【北から南から】ミャンマー通信(10)

2つの「朗報」について

                       中嶋 滋


 ヤンゴンでは雨の降る回数も量も減り、照りつける陽の強さが増してきています。雨期が終わり乾期への移行が確実に進みつつあります。鬱陶しい黴の悩みからの解放は嬉しいかぎりですが、折角、雨で洗われて瑞々しくなっている街路樹の葉がすっかりホコリまみれになってしまうのは残念と、無い物ねだりの心境です。
 そんな季節のなか、2つの「朗報」が届きました。
 1つは、ミャンマー政府がILO182号条約を批准するというニュースです。2つ目は、この間お伝えしている結社法案についての新しい改正案が出されたことです。

 まずILO条約批准の動きです。このニュースは9月20日付の地元紙「イラワディ」が伝えました。ILO連絡事務所のS・マーシャル代表が「ミャンマー政府が最悪の形態の児童労働に関するILO182号条約を批准する意思を表明した」と紹介し、「(政府が)この国の児童労働を削減していくために、来月、ILOとの協定に署名することになった。児童労働に関するILO条約の東南アジアでの最初の署名国になる」と報じたのです。今月初旬にマーシャル氏に会う機会があったので、ことの真偽を確かめたところ、間違いないということでした。批准が実際なされれば、まさに歴史的な出来事だといえます。

 ミャンマーが批准をしているILO条約は21(加盟国の批准条約数平均は43ですからその半分以下)ありますが、その3分の2にあたる14条約は当時のビルマが英領インドの属州として植民地支配されていた時代に英国が批准したものが適用され独立後も引き継がれたものです。独立後に批准した条約はわずか7条約に過ぎません。21番目つまり最後に批准したのは1961年で、ネウィン将軍のクーデターによる「ビルマ式社会主義」時代が始まる前ですから、実に50年以上の長きにわたってILO条約の批准がなされなかったわけです。その間に実に多くの重要条約が採択されました。それらの全てが軍事政権によって無視され続けたのです。

 ILOには、最も重視されている中核的労働基準と呼ばれる8条約(結社の自由・団交権にかかわる87号と98号、強制労働禁止のかかわる29号と105号、児童労働削減にかかわる138号と182号、平等・反差別にかかわる100号と111号)があり、それと匹敵する重要性をもつと位置づけられ優先条約と呼ばれる4条約(労働監督にかかわる81号と129号、雇用政策にかかわる122号、国際労働基準の促進に関する3者協議にかかわる144号条約)があります。

 しかし、これらの重要条約の内、批准していたのは29号と87号の2条約のみでした。これは加盟国間で最低の水準で、しかも両条約の実施に関して深刻な違反があるとして長年ILO総会・基準適用委員会、条約勧告適用専門家委員会、結社の自由委員会で取り上げられ厳しい是正勧告等が出されてきました。2000年の総会でILOの歴史上初めての憲章33条に基づく制裁決議がなされたことは、多くの方々が記憶されていると思います。

 こうした経過と実態の上に、新しく中核的労働基準の一角を占める重要条約182号を批准するのですから、画期的なことであり正に「朗報」だと思うのです。この批准を契機に、少年兵問題など深刻な児童労働問題が早急に解決されることを強く望むものです。

 2つ目の結社法案についてですが、これについても進展がありました。最大の問題であった違反者への刑罰についての章が削除されたことは、大きな前進面だろうと思います。国内、国際を問わず市民社会団体・NGOが問題視していた最も重要な点でしたから、刑罰に関する章がなくなったことは、この間の取り組みの大きな成果と言えるでしょう。しかし、未だ安心することはできません。

 第10章(一般条項)38条に「この法律に違反する団体は関連する現行法により罰せられる」と規定されていて、しかも関連する現行法(relevant existing law)が何であるか明らかにされていません。さらに、法律に規定する手続きの実施に関して、内務省や国レベルの登録委員会は、政府の許可を得て、準則(bylaw)、規則(rule)、規定(regulation)や命令(order)、指令(directive)などを定められるとするとともに、現行の88年団体法に定める準則等で法案に反しないものは引き続き有効とするとしています。これらのことが示しているように、法律の基本的な性格が大きく変わったと即断は出来ません。更なる交渉によって、明らかにすべき点、改善すべき点が多く残っている印象です。

 もう一つの大きな前進面は、第8章に「保護と便益」が定められたことです。登録団体は関係する省庁や地方機関から保護されることや場合によっては支援を受けられることが定められています。登録団体はまた登録国際NGOや登録国内団体からの支援を受けられる権利が保障されるとされています。裁判を提起する権利、資金集めを行なうこと、資金援助を受けること、銀行口座を開設出来ること、また、独自のロゴ、マーク、ユニフォームももてることが規定されています。

 私たちに直接関係する国際NGOの登録に関しては、第5章に規定されていますが、強制登録(shall submit application)になっています。登録の可否に関する審査は、定められた基準(criteria)に基づいて行なうとされていますが、その中身は現時点では一切明らかにされていません。登録申請から90日以内に認定がなされることや、認定されたら5万チャット(約5千円)の登録料を払うこと、さらに登録が拒否される場合は90日以内に適切な理由を文書によって通告されること、不服申立することができることが規定されていますが、肝心な基準が何なのかは示されていません。

 以上のように、まだまだ多くの解決すべき課題があります。「朗報」といっても二重丸ではありません。しかし、国内の市民社会団体が共同して改正に向けて対政府交渉などに取り組んでおり、また国際機関も政府との対話を進めているようです。私たちのように、ミャンマー国内で活動してよい旨の関係省との MoU (Memory of Understanding)締結が出来ていない団体(事実上の黙認の下で活動している)は、このことについても活動が制約されていますが、間接的な意見反映に務めながら、登録しなくとも活動が可能で刑罰を伴う罰則がないボランタリーな登録制度の実現を期待したいと思っています。

 最後に、昨日と今日に起った悲しい事件について報告しておきます。ミャンマーでもインターネットの発展は目覚ましいものがあります。ビルマ語のサイトを見ていた事務局の人が、ヤンゴンとマンダレーで1件の未遂を含め計4件の爆破事件が2日連続で起ったと知らせてくれました。犠牲者の数が少ないことが不幸中の幸いだと、彼は言っていました。大都市部の治安の良さがこの国の数少ない「売り」の一つでしたが、それも崩れつつあるのでしょうか。社会全体が急速に変化する中で、軋轢が高まり発火点に達したのでしょうか。犯行声明もなし、警察発表もなし。あるのは市民の不安の増大です。(10月14日記)

 (筆者はITUC(国際労働組合総連合会)ミャンマー事務所 所長)

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