200年ぶりの「リオリエント(ReOrient)」とASPAの役割

■ 200年ぶりの「リオリエント(ReOrient)」とASPAの役割        久保 孝雄

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  (注) ASPA
         ASPA=Asian Science Park Association.神奈川
         県(長洲知事)と川崎市(伊藤市長)の共同事業として
         、1987年に創設された日本初のサイエンスパーク=
         かながわサイエンスパーク(略称KSP、川崎市溝口。5
         .5haの敷地に15万m2のインテリジェントビルが建
         ち、4200名の研究者・技術者、起業家が集うイノベ
         ーションと創業支援のセンター)が日本最大、アジア有
         数のサイエンスパークに成長したため、アジア諸国から
         の見学者が急増した。
          そこで、KSPの提唱で97年12月「アジアサイエン
         スパーク交流会議」がKSPで開かれ、これを機に「アジ
         アサイエンスパーク協会=ASPA」が結成された(提唱者
         の久保KSP社長が初代会長に選ばれた)。ASPAはアジ
         アにサイエンスパーク建設の機運を広げ、経験交流を促
         進する上で大きく貢献し、現在13カ国、27地域から5
         3のサイエンスパークが参加する組織に成長している。
         現在、本部は韓国大邱市、会長は李鐘玄(韓国テクノパ
         ーク協議会会長)。
           本稿は、さる5月、KSPで開かれた「ASPAリー
         ダーズ・ミーティング」(内外から60人出席)での基
         調講演の記録である(付属資料は省略)。



◇アジアに集まる世界の注目


 いま、世界の注目がアジアに集まっている。5月2日、ミャンマー南部を襲っ
た大型サイクロンで10数万の犠牲者が出る悲劇が起きたが、さらに5月12日
、中国四川省に未曾有の巨大地震が発生し、数万の死者、数十万の負傷者、被災
民1000万人という巨大災害が起きた。現在、両地域とも懸命な救助活動と復
旧作業が行われているが、相ついでアジアを襲った巨大災害の犠牲者に心から哀
悼の意を表し、一日も早い復旧を祈りたい。こうした状況のなか、チベット問題
で傷ついた北京オリンピックの開幕が近づいており、中国はいま世界の注目のな
かで厳しい試練にさらされている。

 しかし、世界の注目がアジアに集まっているもう一つの重要な背景がある。そ
れは、21世紀の最初のディケードがあと2年で終わろうとしているいま、21
世紀を象徴する最も重要な変化の一つが、その姿をよりクリアに現し始めている
からである。21世紀が中国とインドを中心とするアジアの世紀になること、世
界経済の中心が200年ぶりに欧米からアジアに回帰しつつあることに、世界の
注目が集まっているのである。

 いま、アジアは世界経済における歴史的な構造変動の中心にいる。ある人(An
dre.Frank.アムステルダム大名誉教授)はこの変動を「
リオリエント」(東洋の復活)と呼び、ある人(金泳鎬 Kim Yongho、元韓国産
業資源部長官、慶北大学教授)はこれを「アジア・ルネッサンス」と呼んでいる
。この歴史的構造変動は欧米先進国中心の既存の国際秩序に衝撃と動揺をもたら
しており、再編成を促す起爆力になりつつある。

 【中国】は1976年、社会的、経済的混乱と国土の荒廃をもたらした文化大
革命を収束し、79年以降社会主義市場経済への転換
を進めてきたが、それ以来今日まで、GDP(国内総生産)は毎年10%近い成
長を続け、2000年には鉄鋼、石炭、セメント、化学肥料、家電製品など
主要工業製品の生産で世界のトップを占め、GDPも初めて1兆ドルを超え、世
界第7位にランクされた。01年、WTOに加盟した中国は、改革・開放へ
の転換以来20年目で、文字通り貧しい農業国から「世界の工場」に生まれ変わ
った。

 中国がGDP世界第2位の日本(07年=4兆3459億ドル)を追い越すの
は、2020年ごろとみられていたが、最近では数年早
くなって2010-2012年ごろと予測されている(共同通信、4.6)。ま
た、世界第1位のアメリカに追いつくのは2050年ごろとみられていたが、こ
れも2020年前後に早まるだろうと推定されている(世界銀行「中国経済は2
016-2020年に世界一になるだろう」)。このように、中国は史上まれに
みる驚異的な経済成長によって、今や世界経済をけん引する強力なエンジンの一
つになっている。最大のエンジンである米国経済が、サブプライム問題を機にド
ル危機を招き、世界経済におけるエンジンの役割を低下させている現在、中国は
じめアジア経済への期待がより一層高まっている。

 かつて18世紀まで、中国と並ぶ経済大国として繁栄を謳歌し、中国とともに
世界経済の「アジア時代」の中心を占めていたインドも
、91年以降、経済の自由化を推し進めて200年間の停滞から脱し、折からの
IT革命の波に乗ってIT、ソフトウエア産業をリード役に産業の近代化を進め
、鉄鋼、化学、家電、自動車、二輪車などの製造業も活況を呈し、90年代を通
じて8-9%の高い経済成長を続けている。「BRICsレポート」(Goldman
Sachs)によれば、インドは今後50年間で最も高い経済成長が期待される国に
挙げられており、豊富な若年労働力、質の高い知識労働者、準公用語でもある英
語力の高さ、豊富な天然資源などによって、20―30年後には世界第1位の人
口大国になるとともに、中国やアメリカと肩を並べる経済大国に変ぼうしていく
ことが予測されている。

 【韓国】は97年の経済危機に際し、IMF指導下で厳しい経済再建の道を歩
み、財閥系企業をはじめ全産業のリストラを徹底する
とともに、起業立国を目指してリストラされた従業員を先頭にベンチャー企業の
創業熱が高まり、P.F.ドラッカー教授に「今や企業家精神ナンバーワン
はアメリカではなく、間違いなく韓国である」(「ネクスト・ソサエティ」02
年)と高く評価されるまでになった。96年にはOECD(経済開発協力機
構)加盟を果たし、先進国に仲間入りしている。ある予測によれば、韓国の一人
当たりGDPは2050年に米国に次ぎ世界2位になると見られている。最
近、大統領に就任した李明博(Lee Myon-Pak)は「大韓民国747」計画を国民に
公約したが、これによると今後10年間7%成長を続け、1人当たりGDP
を4万ドルに拡大し、韓国をGDP世界第7位の経済大国にするという目標をめ
ざしている。

 【台湾】経済はIT関連産業で強い競争力を持っており、4%台の成長が続い
ている。対中国貿易も好調で、06年の貿易総額に占
める中国の比率は20.3%(881.2億ドル)に達し、引き続き中国が最大
の貿易相手国で、中国経済との連携が深まっている。

 結成以来40年を経て、EU(欧州連合)に次ぐ結束力を誇る【ASEAN(
東南アジア諸国連合)】は、07年11月、最高規範を
定めた「ASEAN憲章」を制定し、2015年の「ASEAN共同体」発足へ
向けて新しい一歩を踏み出した。ミャンマーの軍事政権など不安定要素を抱
えながらも、ASEAN4(インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピン)は
じめおおむね順調な成長を続け、域内GDPは通貨危機前の2倍近くに拡大
している。とくにシンガポール経済は好調で1人当たりGDPは世界のトップク
ラスにランクされている。

 【ベトナム、インドネシア】はBRICsの次の新興国群VISTA(ベトナ
ム、インドネシア、南アフリカ、トルコ、アルゼンチ
ン)に数えられている。とくにベトナムは07年1月のWTO加盟以来、経済成
長が加速し、07年の8.5%に続き08年も8-9%の成長が見込まれ
ている。またラオス、カンボジアの天然資源をめぐって外国からの投資が急増し
、成長が加速するなど、ASEANの新たな発展の可能性が生まれている。

 なお、BRICsに次いで投資価値の高い国として韓国、メキシコ、トルコ、
インドネシア、イラン、パキスタン、ナイジェリア、フ
ィリピン、エジプト、バングラデシュ、ベトナムの11カ国が選ばれ、「ネクス
ト11」と呼ばれているが、このなかにはイスラム国家が多く含まれており、イ
ランなどかつてイスラム帝国の繁栄を築いたイスラム圏が21世紀の世界経済の
中で徐々に存在感を高めていくと見られている(Goldman Sachs)。


◇200年ぶりの"ReOrient"


  こうして、世界GDPに占めるアジアのシェアは年々拡大し続け、06年には
30%近く(購買力平価ベースでは40%)になっている。とりわけ1970年
代始めには世界GDPの4%程度(購買力平価ベース)を占めるにすぎなかった
中国とインドが、2006年にはそれぞれ世界の14.5%と6、2%を占め、
世界第2位と第3位を占めるまでに躍進している。これらの事実は、今や世界経
済の重心が、日本、中国、インドを中核とするアジアに移りつつあり、世界の経
済構造に歴史的変動が起こりつつあることを示している。

 しかし、最近の研究成果(Andre.Frank『リオリエント』、Angus.Madison『経
済統計で見る世界経済2000年史』など)によって世界の経済発展の歴史を検
証してみると、有史以来1800年ごろまでの世界経済の中心は一貫してアジア
にあったこと、19世紀以降、アジアが世界の中心からずり落ちたのは、産業革
命によって巨大な生産力と軍事力を身につけたイギリスを先頭とする欧米列強に
よって、インド、中国、東南アジアが相次いで植民地、または半植民地化され、
経済発展が阻害されて以来20世紀末までの、たかだか200年間であったこと
が明らかにされている。

 これらの研究によると、1800年ごろまでの世界のGDPの60-70%は
インド、中国を中心とするアジアが占めており、ヨーロッパはすべての国のGD
Pを合計してもインド一国、中国一国のGDPにも及ばない世界の周辺地域にす
ぎなかった。しかし、18世紀後半、蒸気機関の発明を機にイギリスで産業革命
が起こり、機械制工業の発達によって生産力が飛躍的に拡大し、経済力、軍事力
を身につけたイギリスを先頭とする欧州諸国がアジアの植民地化を進めた結果、
巨万の富が収奪され、経済は委縮し、世界GDPに占めるアジアのシェアも急速
に縮小していった。

 とりわけ、第2次世界大戦終了後の1950年ごろは、国土が戦場になった中
国、日本、欧州は戦争の打撃によって生産力が大きく低下した。戦場とならなか
ったアメリカだけが無傷のまま強大な生産力を擁し、アメリカ一国だけで西欧諸
国の合計を上回り、中国の6倍、アジア全体の1.6倍という圧倒的な生産力を
持つに至った。したがってこの時点では、4億6000万人の人口の西欧とアメ
リカが、世界GDPの55.6%を占めていたのに対し、人口14億人のアジア
は世界GDPの18.5%を占めるに過ぎなかった。この時期が、世界経済に占
めるアジアの地位が史上最低、最悪に陥った時期だった。

 この1950年代をボトムに、戦後の東アジアの目覚ましい経済発展が始まっ
たが、それはまず「東洋の奇跡」といわれた日本経済の高度成長から始まり、次
いでNIES(韓国、台湾、香港、シンガポール)、ASEAN4(インドネシ
ア、マレーシア、タイ、フィリピン)、中国、ベトナムの順で高い経済成長が連
続してきた。この結果、日本はGDP世界第2位を占めるまでに成長したが、9
0年のバブル崩壊後、低成長時代に入っている。ASEANは80年代の「奇跡
の成長」の後、97年に通貨・金融危機に見舞われたが、危機を克服する過程で
、産業構造の高度化と域内の結束をより強化し、90年代後半にはASEAN1
0に拡大し、アジアと世界における存在感を一層高めている。中国は2000年
までの20年間でGDPを4倍にしたが、深刻化する環境問題や所得格差問題な
どの困難を抱えながらも、さらに2020年までに4倍化を目ざし、日本とGD
Pアジア・ナンバーワンの地位を競うまでになっている。


◇経済統合が進む東アジア


  こうした東アジア経済のダイナミックな発展のなかで、注目すべきことは域内
貿易が急速に発展し、事実上の経済統合が進みつつあることである。東アジア諸
国(ASEAN+日中韓)の貿易に占める域内貿易のシェアは1980年の35
.7%から05年には55.8%へと大きく拡大したが、同じく05年のNAF
TA(北米自由貿易協定)、EU(欧州連合)の域内貿易比率がそれぞれ43%
と62.1%であるのと比べると、東アジア諸国の域内貿易比率はすでにNAF
TAを大きく超え、EUに近づきつつあることが分かる。しかも、域内貿易に占
める中間財の比率は1980年の42%から、05年の60%へ急増しているが
、これはNAFTA、EUを大きく上回る数字であり、先行する欧米の共同体よ
り域内分業体制がより着実に形成されつつあることを示している。

 東アジアにおける域内貿易の急速な発展を背景に、2000年以降、域内諸国
間にFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)のネットワークが広がり
つつあるが、これは事実上の市場統合に加えて制度的統合に一歩踏み込むもので
あり、2015年の「ASEAN共同体」発足をめざすASEANのイニシアチ
ブに後押しされて「ASEAN+日中韓」による「東アジア共同体」結成への動
きも加速されてきている。05年現在、世界には138のFTAが活動しており
、世界貿易の半分がFTA貿易で占められているが、もし、東アジア共同体が結
成されれば、人口、面積、経済規模など、おそらく世界最大、最強の地域共同体
になると思われる。

 EU創設から遅れること半世紀にして、東アジアでもようやく地域統合への動
きが本格化したことは大いに歓迎すべきであるが、欧州に比べ、言語、宗教、民
族、経済発展段階などに多様性があるため、共同体実現には多くの困難が横たわ
っている。この困難を克服するには、EUがそうであったように、強力な政治的
リーダーシップが不可欠であるが、同時に、自治体間、都市間、大学間、市民団
体間などの非政府レベル、民間レベル、市民レベルでの東アジアコミュニティー
(NGOなど)をさまざまな分野で数多く形成し、共同体意識を醸成していくこ
とが重要である。


◇ASPAの誕生と発展


  ASPAは、1997年12月、ここKSPで開催された[東アジアサイエン
スパーク交流会議]を母体として誕生したNGOである。この第1回ASPA会議
に参加したのは、日本、中国、韓国、台湾の8サイエンスパークだけで、会議参
加者も100名程度だった。しかし、それから11年後の現在、東アジアのサイエ
ンスパークのネットワークとなったASPAは、13カ国、27地域から53の
サイエンスパークやインキュベータが参加するユニークな組織に成長している。

 各国持ち回りで開催される年次大会には、各国のサイエンスパーク、インキュ
ベータのマネージャー、ベンチャー企業経営者、大学、研究所、中央、地方の政
府関係者など、200-800名が参加し、サイエンスパークやインキュベータ
同士の経験交流、ベンチャー企業同士のビジネス交流、産業、大学、行政間の連
携のあり方などについて議論を深め、共通の課題の解明に努めており、アジアの
サイエンスパークやインキュベータ活動の発展にとってきわめて有意義な組織に
成長している。改めて、ASPAの発展に貢献された李鐘玄(Lee Jong-Hyun)
会長をはじめ、ASPAボードメンバー、ASPAリーダーの皆さんに心から敬
意を表したい。

 今からふり返ってみると、ASPAは1997年の東アジア経済危機を克服す
る過程で、域内各国の協力と連携が強まるなかで誕生したことになる。それまで
、東アジアにおける経済発展の主要な手段の一つであった先進国からの企業誘致
政策が見直され、これに頼るだけではなく、自力で新しい企業を生み、育てるこ
との重要性が強く認識されるようになってきた。

 また、この時期は経済のグローバル化が進み、産業のIT化、ハイテク化が進
展するなど、知識経済時代へ向けた産業構造の転換が世界的に進み始め、情報化
、知識経済化という時代の波がアジアにも波及し始めていた。こうして、経済の
IT化、ハイテク化、知識経済化にどう対応するかが、東アジア諸国の緊急の課
題になってきていたのである。

 知識経済化の進展につれて、知的創造活動やその成果を産業化に結び付ける活
動が重要になってきた。産業と科学技術、大学と産業活動などの距離が急速に縮
小し、「科学技術が産業を創る」、「大学が産業を創る」時代といわれるように
なってきた。こうした産業社会の新しい段階に対応するために、欧米諸国では7
0年代から大学を核とするサイエンスパークやインキュベータづくりが始まり、
拡大していった。現在、米国には1500のサイエンスパークと500を超える
インキュベータが、欧州にも600のサイエンスパークがあり、活発に活動して
いる。

 アジアでも欧米に遅れること20年、1980年代から90年代にかけて、日
本、中国、韓国、台湾などを先頭グループにして、サイエンスパークやインキュ
ベータ建設の波が高まり、広がっていった。現在日本には198のサイエンスパ
ークと203のインキュベータがある。中国には国家級53、地方級62の高新
技術産業開発区があり、58の大学サイエンスパークや500を超えるインキュ
ベータがある。韓国でも16のテクノパークと300を超えるインキュベータが
あり、台湾でも6つの科学工業園区と60のインキュベータが活動している。タ
イ、マレーシア、ベトナム、シンガポール、香港、イラン、カザフスタンなどに
も活動的なサイエパークやテクノパークがある。


◇未来の「アジア共同体」のために


  すでに見たように、いま、アジアは「世界の工場」として、また、巨大な人口
を擁する「世界の市場」として、世界経済の中心的位置を占めつつあるが、しか
し他方、科学技術や研究開発においては、いぜん欧米が世界の中心に位置してい
る。例えば、自然科学部門のノーベル賞受賞者は圧倒的に欧米に多く、アジアで
は極めて少ない(1946-2006年で欧米364人、アジア19人)のが現
実である。

 世界の主要国の研究費と研究者数を比べてみると、研究費においては米国の3
4兆円が突出しており、3位の日本(17.8兆円)の2倍、7位の中国(3.
3兆円)の9倍、8位の韓国(2.6兆円)の13倍である(04年)。また、
06年の国際特許出願件数をみると、米国50,089件がトップで、2位日本
(26,906件)の1.8倍、5位韓国(5,935件)の8、4倍、8位中
国(3,916件)の13倍である。

 しかし、この分野でも近年大きな改善が見られるようになっている。例えば科
学研究費についてみると、90年代以降中国の伸び率は際立って高く、年平均2
0%を超えており、米国、EUの伸び率5-6%を大きく上回っている。この結
果、06年の中国の研究開発費は1360億ドルに達し、日本の1300億ドル
を上回り、米国の3300億ドルに次ぎ世界第2位を占めた(EUは2300億
ドル)。また、研究者の数でも米国の133.5万人、EUの120.9万人に
次いで第3位(92.6万人。日本は第4位で79.1万人)を占めるなど、ア
ジア諸国が中国を中心に科学技術と研究開発の充実に懸命に取り組んでいること
が分かる。

 このため、例えば北京の「中関村(Zhong Guan Cun)サイエンスパーク」には、
中国の若い優秀な頭脳を活用するため世界各国から世界企業、とくにIT関連企
業(IBM、マイクロソフト、モトローラ、ノキア、松下、日立、東芝、ソニー
など)の研究開発拠点が続々開設されており、さながら「世界の研究開発センタ
ー」の様相を呈し始めている。

 こうして、アジアはいま科学技術や研究開発の分野でも急速に欧米水準にキャ
ッチアップしようとしているが、ASPAに結集するサイエンスパークやテクノ
パークはこの分野で大きな貢献を果たすとともに、科学技術や研究開発の成果の
事業化、産業化の面で特別の役割が期待されている。知識経済時代の本格的到来
とともに、科学技術における知的創造活動を産業活動に結びつける新たなシステ
ムであるサイエンスパークやインキュベータの役割はますます高まっていくと思
われる。さらに、新企業、新産業創出のためのアジア・プラットホームの役割も
期待されている。

 いま、東アジアで日程に上りつつあるASEAN+日中韓の「東アジア経済共
同体」、さらに将来のインドや中央アジアなどを加えた「アジア共同体」は、知
識経済時代の特徴をもつ共同体であることを考えれば、当然、技術共同体、研究
開発共同体の機能を持たなければならないだろう。EUには「リサーチコミュニ
ティー」が形成され、EUの研究開発能力の向上に寄与しているといわれる。A
SPAの11年の歴史はアジアにおけるサイエンスパークのネットワークを拡大
、強化することによって、サイエンスパーク活動の分野で東アジアにおける共同
体意識の醸成に大きく貢献してきたが、将来の「アジア共同体」が科学技術や研
究開発の共同体として、また新しい企業や産業を創造する21世紀にふさわしい
創造的共同体に発展すること、そのためにASPAがさらに大きく貢献すること
を期待したい。

(筆者は元神奈川県副知事・アジアサイエンスパーク協会名誉会長)

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