2015年1月〜2015年2月

【読者日記――マスコミ同時代史】(15)

2015年1月~2015年2月                 

田中 良太


■【第1のテーマ=フランスの週刊紙テロから、日本人2人殺害まで】

 発端は1月7日に遡らなければならない。パリ中心部近くにある、週刊新聞「シャルリー・エブド」の事務所が7日、自動小銃を持った男らに襲撃され、記者ら12人が死亡、約20人が負傷した。フランスで起きたこの事件がきっかけとなって、日本人2人が、過激派集団「イスラム国」の人質となり、結局は殺害されてしまうという大事件に発展した。日本が国際社会の一員であり、国際社会で生じた事態は直ちに日本を揺るがすという構図が成立していることを鮮明にした「事件」だったといえる。

◆12人が死亡したフランス・パリの週刊紙襲撃テロ

 フランスの事件発生直後からテレビはトップニュースとして報じ続け、新聞各紙も8日付朝刊の1面トップ記事とした。フランスの捜査当局は事件直後に3人の犯行と断定、指名手配した。主犯格の2人はアルジェリア生まれの兄弟で、イスラム教信者。犯行のとき銃を連射しながら「偉大な神よ」「預言者の敵だ」などと叫んでいたと報じられた。
 犯行当日の7日夜フランス国内各地で、市民による犠牲者の追悼と抗議の集会が開かれた。パリ中心部の共和国広場には数万人が集結し、「表現の自由を」「愛は憎しみより強い」などと訴えた。多数の人々が「私はシャルリー」と書いたプラカードを掲げて街に繰り出し、同紙への連帯の意思を示した。
 事件はキリスト教が支配的なフランス国内で、少数派のイスラム教信者が起こした「宗教戦争」の一面を持つ。フランスは周知のようにローマンカトリック優勢のキリスト教国。1962年まで、北アフリカのアルジェリアはフランスによる植民地支配の下にあった。アルジェリアではイスラム教信仰が根強い。この「宗教戦争」は、植民地時代の支配者だったフランス民族と、被支配者だったアルジェリア民族の間の「民族紛争」でもあった。

◆日本のマスコミ論調は「言論の自由」一色

 よって来る所以(ゆえん)を探るなら、多面的なものだとしか言いようがないはずのこの事件について日本のマスコミは、「言論の自由」を唯一のキーワードとして報道・論評した。多数派のキリスト教信者と少数派のイスラム教信者の「宗教戦争」の側面、植民地支配したフランス民族と、被支配者だったアルジェリア民族の「民族対立」の側面も意識した複眼的視点は欠けていたと言わざるを得ない。

 1面トップ扱いだった朝日8日付朝刊記事の前文は、以下のとおりだった。
<風刺画が売り物のフランスの週刊新聞「シャルリー・エブド」の事務所が7日、自動小銃を持った男らに襲撃された。少なくとも記者ら12人が死亡、数人が重体となった。同紙は、イスラム教を風刺するイラストで物議をかもしてきた。オランド大統領は「野蛮なテロ行為だ」と批判した>
 翌9日付朝刊は、1面コラム・天声人語と社説が、ともにこのテロ事件を題材とした。天声人語は明治から昭和に至る生涯で14回も発売禁止・発行停止の処分を受け、入獄4回、罰金15回の刑事罰も課された、反骨の言論人・宮武外骨(がいこつ)を紹介。
<自由が成熟した社会だからこそ節度を保ちたい。憎悪をあおる過激さは、外骨の反骨精神とは似つかない代物である>と結んだ。「シャルリー・エブド」紙の「過激なユーモア」に否定的なニュアンスの文章としたことは、日本の新聞論調の中で「珍しい」といえるものだった。
 同じ9日付の朝日社説は、<フランス週刊紙襲撃 言論への暴力を許すな>というタイトルの一本社説 <注>。風刺画が社会に定着▼イスラム社会も非難▼共生社会どう築くか、と3本の中見出しを立てている。

 <注> 通常2本掲載する社説を1本だけにした社説。2本分の分量があり、とくに力を込めた主張を展開すると言われる。
 《<注>終わり》

 末尾では、
<フランス国内で、特に右翼などがこれを機に、反イスラムの言動を増やす懸念は拭えない。差別や偏見が強まり、ヘイトスピーチのような現象が起きるかもしれない。
 そのような事態に陥らないためにも、イスラム教徒や移民など少数派と多数派市民とが共生できる社会づくりに向けて、取り組みの強化が欠かせない。
 パリだけでなく、欧米各地の主要都市で多くの人々が連帯の集会を開いているのは、心強い反応である。この悲惨な事件を、共生社会の建設に向けた議論が広まるきっかけへと、転じたいものだ>
 と書いて、「共生」の理念を強調した。
 しかしその直前に
<安倍首相を含む主要各国の首脳らが、事件の犠牲者に対する哀悼や犯行への非難を表明した。テロ捜査と防止には国際協調が欠かせず、今後も協力や情報の共有が求められる。
 イスラム教徒の多いアラブ諸国からも、テロを非難する声明が相次いでいる。国内に過激派を抱える国々が多くあり、テロの拡散は自身にかかわる深刻な問題だ。イスラム諸国の側からも、積極的に実態解明と再発防止の営みに加わるべきだ。>
 と書いており、「テロ非難」を正論としていた。
 9日付朝刊は他に、
<言論へ凶弾、世界が非難 仏に連帯表明、続々 新聞社襲撃>(外報面トップ)
<(時時刻刻)戦闘員訓練で逮捕歴 容疑兄弟、当局がマーク 仏紙襲撃>(2面トップ)
 など、テロ非難トーンの圧倒的優勢と言うべき記事を並べた。

 他紙の場合、天声人語にあった「言論に節度を」色もなかった。
 読売「編集手帳」のさわりは
<動機が何であれ、正気の沙汰とは思えぬ蛮行を心から憎む◆言論機関が脅されて書くべきことを書かずに済ませることは、ない。書く量が増し、表現に鋭さが加わるだけである。言論テロからは、おのが信奉する神の評判を貶(おとし)める逆効果しか生じないことを襲撃者は知っていい>
 だった。

 毎日「余録」の末尾は
<銃撃は「偉大な神よ」などと叫びながら繰り返された。その背景が何であれ、テロのもたらす恐怖の毒は市民の日常へと入り込み、不安と憎悪で社会を分断する。イスラム教徒への猜疑(さいぎ)の目やそれへの反発による相互不信の増殖こそがテロリストの望むところだろう▲自由と平和、人権をともに掲げる共和国のマリアンヌだ。どんな理不尽(りふじん)な暴力にもたじろがず、自由と寛容の帽子をさりげなくかぶってみせるのが、その市民の「テロとの戦い」にほかなるまい。>
 だった。
 ともに紙面全体がテロ非難一色だったのである。

◆自由を享受するために必要な「節度」

 天声人語の筆法を真似るならば、「シャルリー・エブド」紙がイスラム教風刺を自由に展開するためには、満たすべき条件がある。フランスで支配的なキリスト教についても、大胆な風刺を再三掲載することである。フランスで支配的地位を占め、旧植民地のアルジェリア人たちを下位に置いているフランス人を風刺しようとするなら、題材は有り余るほどだろう。フランス人とその文化、宗教などへの風刺を全く展開しないで、イスラム教風刺だけが誌面を飾るのでは、健全な言論とは言えないはずだ。

 このコラムが「マスコミ昨日今日」だったころだが、2014年10月号で、<産経支局長起訴=「日本はうって一丸抗議」で良いのか?>という文章を書いた。産経新聞の加藤達也・前ソウル支局長(48)がその年10月8日、ソウル中央地検によって情報通信網法違反(名誉毀損)で在宅起訴された。9月3日付で「MSN産経ニュース」に掲載された「追跡・ソウル発 朴槿恵(パククネ)大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」と題したコラムが、大統領の名誉を毀損した、というのが起訴事実。朝毎読、日経、産経の全国紙5紙がそろって社説、1面コラムなどで、「言論弾圧だ」と反発の論調を展開したことをテーマとした。
 日本新聞協会は、開催中だった新聞大会で特別決議を行った。新聞労連も、日本記者クラブも、さらには日本ペンクラブも決議などして、「言論の自由を侵害する行為だ」と批判した。日本政府も外交ルートを通じて「憂慮の念」を伝えた。まさに日本総ぐるみの「批判」だったことを指摘。そんな問題で日本側に立った見解を主張するのでは「言論の自由」の旗手と誇ることはできない。単に日韓対立の構図の下で、無批判に日本側に立っただけだ、と主張する内容だった。
 加藤氏の場合も、このコラムが正当な言論活動だと主張するためには満たすべき条件がある。日本の天皇の女性関係(そんなものは存在しないのだろうが)と同等と言えるほどのスキャンダルをテーマとする大胆なコラムを産経紙上で展開することがその条件となる。その条件を満たしていないことは明らかだから、加藤氏のコラムは、単なる「反韓国感情」に立った、朴槿恵大統領のスキャンダル暴露めいたものにすぎない……と主張したつもりだ。
 自らの「作品」について、「言論の自由」を享受すべきものだと主張するためには、その作品の「質」が問われなければならない。独身女性である韓国大統領の男性スキャンダルめいた文章など、その「質」を満たすものとは言えないのである。

◆ヘイトスピーチまで許容するのか?

 同じように、イスラム教で「神」と同レベルの信仰の対象となっている預言者・ムハンマドを風刺した作品が、「言論の自由」という原則で守られるべきであるかどうか? 疑問の余地があるのは当然のことでしかない。「言論の質など問うことは不要だ。全ての言論は自由を享受できる」という主張は展開しうるだろう。しかしそう主張するなら、あの悪名高いヘイトスピーチもまた「自由」となってしまう。
 いま日本で行われているヘイトスピーチは、在日朝鮮・韓国人に向けられたものである。「民族的な偏見・差別意識」を露骨に表明した主張にすぎない。同様に「シャルリー・エブド」紙のイスラム教風刺もまた、アラブ系などイスラム教信者に多い民族に対する差別感情を吹くんだものでないであろうか。そうした批判を免れるためには、「シャルリー・エブド」紙が、キリスト教に対する風刺を大胆に展開していることが条件となる。
 事件発生4日後の11日、パリ中心部の共和国広場周辺で、犠牲者17人を追悼する大規模な反テロ行進が行われた。オランド仏大統領をはじめ、メルケル独首相、キャメロン英首相ら50カ国以上の首脳が腕を組んで歩き、結束を訴えた。仏紙フィガロ電子版は130万〜150万人が参加したと報道した。仏メディアは、1944年8月にドイツの占領からパリが解放されて以来の人出だと伝えた。

◆商魂発揮した「シャルリー・エブド」紙

 1週間後の14日、「シャルリー・エブド」紙は特別号を発刊した。表紙には「すべてが許される」というタイトルと、涙のしずくをうかべる預言者ムハンマドの風刺画が描かれていた。通常通り16ページで、中面では「聖戦」を実行する「ジハーディスト」が職探し中に「スーパーの警備は?」と提案される様子や、イスラム風の衣装をまとう女性が下半身や胸をさらす姿も描かれたという。多くの売り場であっという間に売り切れとなり、同紙は500万部を発行することにしたと報じられた。「テロによる人気」を営業に活かしたわけで、商魂のたくましさを発揮したことになる。

 欧米の首脳を含む市民たちが「言論の自由」を看板に動きを強めることは、アラブ圏・イスラム教圏の反発を強めることになる。「欧米の論理」をふり回すことが賢明でないことは、分かりやすい論理である。
 日本について考えると、欧米とは異なって、キリスト教信仰が支配的な社会ではない。国民の大多数はアジアに居住し続けた非白人であるという点で、アラブ民族との共通点も持つ。それなのに日本マスコミの報道・論評は、欧米の論理である「報道の自由」強調の一色に近かった。

◆日本人の事件に転じる

 事件が日本人のものに発展したのは1月20日。午後2時すぎインターネット上に、イスラム過激派組織「イスラム国」のメンバーとみられる男が、「72時間以内に2億ドル(約236億円)を払わなければ拘束している日本人2人を殺害する」と脅す映像・音声が公開された。日本人2人は、千葉市出身で会社経営者湯川遥菜(はるな)さん(42)と、仙台市出身のフリージャーナリスト後藤健二さん(47)だった。
 その後1月24日のネット映像・音声は、後藤さんが湯川さんの遺体とみられる写真を持たされ、「湯川さんは既に殺害された」と英語で話す声となった。同31日のネット映像・音声は、「日本政府へのメッセージ」との表題で後藤さんを殺害したとするものとなった。覆面姿の男が後藤さんと見られる男性の脇で話した後、遺体を映し出した。

◆「赤旗」に至るまで共通したオピニオン

 拘束していたフリージャーナリスト後藤健二氏(47)殺害の事実を、「イスラム国」がネット上で宣言したのが1日早朝だった。1日は日曜で夕刊がなかったため、後藤さんも殺害されたニュースは2日付朝刊1面トップ記事となった。2日付朝刊各紙の社説や1面コラムは、当然この「事件」について論評することになった。
 そのオピニオン記事の内容は、どの新聞も同じと言えるものだった。とりあえず、全国紙、ブロック紙、沖縄2紙(「沖縄タイムス」と「琉球新報」)それに赤旗の、社説と1面コラムのタイトル(正確には「見出し」なのだろうか?)を、以下に並べることにした。1面コラムは新聞紙面にタイトルがなくても、ネット上で読む「電子新聞」ではタイトルがある場合もある。電子新聞にもタイトルがない場合は、さわりの文章とした。

【朝日】
社説=「イスラム国」の非道 この国際犯罪を許さない
天声人語=非道きわまる結末
【読売】
社説=後藤氏殺害映像 「イスラム国」の蛮行を糾弾する
編集手帳=後藤氏殺害は鬼以下
【毎日】
社説=日本人人質事件 この非道さを忘れない
余録=あまりの非情への怒りに目がくらみそう
【日経】
社説=後藤さんの志を踏みにじる卑劣な犯行
春秋=こみ上げる怒りに身を委ね、憎しみの連鎖に陥りたくない
【産経】
主張=後藤さん殺害映像 残虐な犯罪集団を許すな 対テロで国際社会と連携
産経抄=11年前の教訓

【北海道】
社説= 日本人人質事件 卑劣な行為許さぬ連携を
卓上四季=殺りくの連鎖
【東京】
社説=日本人人質殺害映像 絶対に許せぬ蛮行だ
筆洗=テロには屈しないが、憎悪の「毒樹」も育てまい
【中日】
社説=絶対に許せぬ蛮行だ 日本人人質殺害映像(東京社説と同文)
中日春秋=事件は最悪の結末となった。許せぬ蛮行だ。
【西日本】
社説=許せぬ暴挙 悲劇胸にテロ封じ込めよ
春秋=国民の安全をどう守るか。事件は重い教訓を残した

【沖縄タイムス】
社説[後藤さん殺害]貫いた「正義感と勇気」
[大弦小弦]ドイツのワイツゼッカー元大統領死去
【琉球新報】
社説=邦人殺害声明 卑劣なテロを許すな 今こそ平和国家の決意を2015年2月2日
金口木舌=沖縄へのメッセージ
【赤旗】
主張=日本人人質殺害 国際的結束でテロ組織包囲を
きょうの潮流=これほど残虐で人の命をもてあそぶ行為が今の世にまかり通っていいのか。

 沖縄県紙2紙の1面コラムが、ともにドイツのワイツゼッカー元大統領死去を題材にしているだけ。他は全て、「イスラム国」による日本人殺害事件がテーマなのだ。非道▼非情▼残忍▼憎悪▼憎しみ▼暴挙▼蛮行▼殺害▼殺りくなどの「非難語」がどんどん出てくる。産経から赤旗までが全て「異口同音」なのだが、新聞外の存在として安倍晋三首相がいる。
 「改憲政権」のトップである安倍首相から赤旗まで、日本のオピニオンリーダーたちが、全て「イスラム国」非難の大合唱なのである。

◆「逆KY(空気を読むだけ)」という本質

 テーマはイスラム国、主張はその犯罪性を非難する……。それが「空気」となったのである。イスラム国非難を書かなければ「KY(空気が読めない)」の誹(そし)りを受ける。執筆者たちがこう考えたから、この一覧表のような結果になったのだろう。
 新聞記者の中でも、論説委員となる人は限られている。それなりに「知的」というイメージが浮かんでくる肩書きである。その論説委員たちがやっていることは、自分で考え、その結果として独自の主張をすることではない。「逆KY(空気を読むだけ)」と言うべき「思想と行動」を展開し、それを文章にまとめることなのである。
 こういうときだから、「逆KY(空気を読むだけ)」という実態がよく見えてくる。私自身も論説委員をやっていた経験があるからあえて言うが、新聞の社説や1面コラムは、ほとんどが「逆KY(空気を読むだけ)」の産物だといえる。
 オピニオン記事のテーマがほとんど共通のものになるという大事件となったからこそ、「逆KY(空気を読むだけ)」という新聞論調の本質が見えたと考えたい。

◆安倍政権の「日本改造」を支援することになった!

 以上述べてきたのは、パリのテロ事件と日本人2人殺害事件というイスラム過激派による2つの事件についての報道・論評についての私見である。しかしもっと厳しく論じるべきは、とくに日本人2人の「人質」問題になってからの「騒ぎすぎ」だったはずだ。
 テレビのニュースショーは連日、「2人の運命や如何に?」といったトーンで、「イスラム国」問題を論じていた。新聞の紙面扱いもその影響で、この問題関連記事の扱いが大きかったという印象だ。
 この間安倍政権は、この問題とは無関係な「日本造り替え」ともいえる動きをどんどん展開していた。防衛・安保政策では、「安全保障法制の整備」を課題としてうち出し、自衛隊(これは日本が勝手に名付けている固有名詞で、「日本の陸海空3軍」という一般名詞で語らなければならないと思っているが……)の活動をより広範囲・積極的なものにすることを目指している。農協を変えるため、全中の力を弱める。労働と賃金のあり方も変えていく。こうしたあらゆる分野での「日本造り替え」の動きをどんどん展開していた。それを「問題」として論じるマスコミの声は弱いものとなった。

 「人質」問題が起きると過大に騒ぎすぎるのが、マスコミの大きな欠陥である。新聞記者時代の業界用語に「燃えてる火事」というのがあった。締め切りの時点で燃焼を続けている火事は、消えた火事に比べると、2段も3段も扱いを大きくする、というのである。
 私自身は「この記事、扱いが大きすぎるんじゃない?」とでき上がった紙面に「異議あり」と言うことが多かった。それに対して先輩が「燃えてる火事だから、これで良いんだよ」と言う。こうした会話が多かったという思い出がある。
 人質事件は典型的な「燃えてる火事」なのである。「どうなるのか?」と心配する心理に支配されて騒ぎすぎる。そのため重要な事柄についての論評が不十分なまま、ものごとが展開してしまう……。安倍政権の「日本改造」にとって、イスラム国の人質事件は、極めて良好な「援軍」だったのではないか?

■【第2のテーマ=朝日新聞に激震をもたらした(?)安倍首相の「示唆」】

 ついに社長交代にまで発展した朝日新聞問題については、このコラムが「マスコミ昨日今日」だったころからテーマにしてきた。その「朝日事件」をテーマとした出版物は次第に増えている。これまで出たものは「アンチ朝日」を売りものにする雑誌(「諸君」「正論」など)が多く、いずれも「それ見たことか」と朝日非難をフル展開するような内容のものが多かった。

 今回の執筆を前に、私が注目したのは月刊誌「ZAITEN」(財界展望新社刊)3月号に掲載された<朝日新聞木村社長・安倍首相「極秘会談」>という記事が一つ。もう一つは朝日新聞記者有志著となっている文春新書「朝日新聞——日本型組織の崩壊」(2015年1月20日刊)の2作品である。
 文春新書の著者となっている朝日新聞記者有志については、奥付に以下の説明がある。
<朝日新聞記者有志 現役の朝日新聞記者数名を中心とする取材グループ。社内での経歴、所属部署、“カースト”、政治的スタンスなどのバックグラウンドは全く異なるが、「朝日新聞社の病巣はイデオロギーではなく、官僚的な企業体質にこそ隠されている」という点では一致した意見を持つ。>

 さて「ZAITEN」3月号だが、<朝日新聞木村社長・安倍首相「極秘会談」>を表紙に刷り込み、<すべては“この日”から始まった>と注釈をつけて、最大の売りもの扱いしている。
 「中村洋子」という女性ライターの署名が入っているこの記事で「極秘会談」とされているのは、2012年暮れ、朝日が安倍晋三を招待して開かれた。日時は明記されていないが、総選挙で自民党が単独過半数を大きく超える294議席を獲得し圧勝した12月16日以後で、衆院での首相指名を受けて安倍第2次内閣が発足した同月26日以前。場所は高級フレンチ「サロン・ド・グー」(六本木?)とされている。

 その会合をきっかけにした安倍官邸・木村朝日の関係について、中村女史は以下のように書いている。
<しばらくして第2次安倍政権が発足すると、官邸サイドから「朝日の社長が詫びを入れてきた」という情報が漏れ、さきの密会の模様の詳細が広まった。安倍側近が匿名を条件にこう語る。「あの会合のことは官邸で「手打ち」と言われている。NHKの番組改変問題で関係が険悪となったが、安倍さんが政権に返り咲いたので関係修復を求めたのだろう」。別のブレーンは「安倍さんは来るものは拒まずの人。腰を低くしてきた木村さんと、うまくやっていこうと思った」と明かしている。
 間もなく木村と安倍の間にホットラインが開通。木村が「総理から直通が来ちゃったよ」と嬉しそうに話す姿が目撃され、安倍も官邸で「木村さんは話が分かる人」と極めて高い評価を与えている。
 このあと木村は、吉田慎一(当時上席役員待遇=編集担当、現テレビ朝日社長)と曽我(豪、当時政治部長、現編集委員)を従えて13年2月にも帝国ホテルの「北京」で、同7月には永田町「黒澤」で総理と会食。朝日政治部OBの元常務が「ときの権力にあまり近づきすぎない方がいい」と諫めても、木村は聞く耳を持たなかった。こうした状況をもとに類推すれば、安倍から、「朝日の慰安婦報道は問題だ。吉田清治氏に依拠した記事は訂正した方がいい」と示唆された可能性は大いにある」>

 一連の朝日騒ぎの中で、不可思議としか思えないのが、2014年8月5日付朝刊で、自らの従軍慰安婦報道をテーマに「大特集」と言える紙面をつくったことだ。1面左肩に「編集担当 杉浦信之」署名入りの「慰安婦問題の本質 直視を」という記事を掲載。16、17ページは広告無しの見開き特集とし、主見出しを「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」とした。▼強制連行▼「済州島で連行」証言▼「軍関与示す資料」▼「挺身隊」との混同▼「元慰安婦 初の証言」、という5項目のテーマを設定。それぞれ冒頭に「疑問」、末尾に「読者のみなさまへ」という文章を置いている。
 当然のことながら、一連の慰安婦報道が「すべて正しかった」ということにはならない。誤った資料や証言に基づく「誤報」めいたものがあったということを認める内容になっている。このため新聞各紙は、朝日がこの特集をつくったという記事をつくり、紙面に掲載した。読売、産経などの記事は「それ見たことか」という悪意に満ちたものだった。

 読売・産経は6日付社説(産経は「主張」)のテーマとし、読売は<朝日慰安婦報道 「吉田証言」ようやく取り消し>、産経は<朝日慰安婦報道 「強制連行」の根幹崩れた>の見出しをつけた。
 読売社説は書き出しが<日韓間の大きな棘(とげ)である、いわゆる従軍慰安婦問題について、朝日新聞が過去の報道を点検し、一部だが、誤りを認めて取り消した>。その誤った報道の影響がいかに大きかったかを強調し、誤りを認めるのも取り消しも「遅きに失した」という主張が全てであると言っていい内容だった。
 産経の「主張」はもっと手厳しい。
<朝日新聞が慰安婦問題の報道について、一部の記事が虚構だったことを認めた。だが、その中身は問題のすり替えと開き直りである。これでは、日本がいわれない非難を浴びている原因の解明には結び付かない。(中略)
 真偽が確認できない証言をこれまで訂正せず、虚偽の事実を独り歩きさせた罪は大きい>
 と主張した。

 読売・産経のような悪意が感じられない東京新聞の記事(6日付朝刊3面)全文を紹介しよう。
<見出し=朝日、慰安婦報道を検証 「虚偽」と一部取り消し
 本文=朝日新聞は5日付の朝刊に、従軍慰安婦をめぐる同紙の過去の報道を検証する記事を掲載し「済州島(現・韓国)で強制連行した」とする日本人男性の証言を「虚偽だと判断し(関連の)記事を取り消す」とした。
 男性は「朝鮮人慰安婦と日本人」などの著書がある元山口県労務報国会下関支部動員部長の吉田清治(せいじ)氏(故人)。朝日新聞は、慰安婦にするため暴力を使って無理やり女性を連れ出したとする吉田氏の証言を、1980〜90年代に16回報じた。
 2ページを使った検証記事では「済州島で再取材したが、証言を裏付ける話は得られなかった。研究者への取材でも証言の核心部分についての矛盾が明らかになった」としている。
 「慰安婦が女子挺身(ていしん)隊の名で戦場に動員された」とした記事があったが「誤用した」とも説明。挺身隊は勤労動員で「当時は研究が進んでおらず、記者が参考にした資料などにも混同がみられた」とした。
 同紙は1面に「慰安婦問題の本質直視を」と題する見解も掲載した。「インターネット上などで『慰安婦問題は朝日新聞の捏造(ねつぞう)』といわれなき批判が起きている」として「読者への説明責任を果たす」と強調。「戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできない」とした。>

 誰が見ても5日付朝日朝刊「慰安婦特集」の眼目は、「(ニュースソースの一部を)虚偽だと判断」「(記事の一部を)取り消す」というところにあったのだ。
 東京新聞記事が末尾で紹介している部分は、朝日の編集担当署名入り記事では、以下の文章になっている。
<慰安婦問題が政治問題化する中で、安倍政権は河野談話の作成過程を検証し、報告書を6月に発表しました。一部の論壇やネット上には、「慰安婦問題は朝日新聞の捏造(ねつぞう)だ」といういわれなき批判が起きています。しかも、元慰安婦の記事を書いた元朝日新聞記者が名指しで中傷される事態になっています。読者の皆様からは「本当か」「なぜ反論しない」と問い合わせが寄せられるようになりました。>
 一部の論壇やネット上の「朝日の捏造」という中傷に答えるため、この大特集紙面がつくられたわけではあるまい。「一部の論壇」というのは、アンチ朝日で売ろうという雑誌などのことで、これまで朝日は無視し続けていた。ネット上の中傷についても同じことだ。ヘイトスピーチでさえ大手を振っているのがネットの世界である。いちいち答えることなど不要かつ不可能だといえる。

 中村女史の記事では、朝日がこの8月5日紙面をつくったのは、安倍首相からの「示唆」によるということになる。しかし安倍官邸の構成を見るなら、「示唆」だけではなかったはずだ。安倍首相本人は「示唆」しただけだとしても、首相側近たちは、そんな生ぬるいことですまさない。内閣官房参与には飯島勲氏がいた。自民党総裁特別秘書として、萩生田光一氏もいた。それぞれ「安倍側近」であることを誇示し、傍若無人というべき言動を展開していた。
 安倍首相本人が示唆した内容を、この2人なら「強制」するはずだ。強制の手段ならある。「慰安婦報道について、きちんとした対応を取らなければ、朝日新聞幹部を国会で証人喚問する」という脅しである。
 マスコミ幹部の証人喚問には前例がある。1993年10月25日、直前までテレビ朝日報道局長だった椿貞良が衆院政治改革調査特別委員会に証人としての出頭を求められ、喚問されたのである。椿はこの年7月の総選挙報道について、日本民間放送連盟(民放連)の会合で「なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようと、社内で話し合った」などと発言したと報じられた(産経の特ダネ)。椿は会合での発言は認め、「荒唐無稽(こうとうむけい)な暴言だった」と陳謝した上で、「公平、公正を曲げて放送するよう指示を出したことはない」と証言した。飯島氏や萩生田氏なら、この前例を持ち出して「証人喚問するぞ」と脅すことなど朝飯マエといったところだろう。
 安倍首相の「示唆」に、側近たちの強い勧告が加わって、8月5日の「釈明特集」というべき新聞ができた……。ということになるのではないか。

 文春新書「朝日新聞」の方は、この8月5日付「釈明特集」について、「慰安婦問題取材班」の産物だと説明している。
 以下の記述がある。
<12年11月に行われた日本記者クラブ主催の党首討論会で、当時は野党だった自民党総裁の安倍氏は「朝日新聞の誤報による吉田清治という詐欺師のような男がつくった本が、まるで事実かのように日本中に伝わって、問題が大きくなった」と朝日を名指しで批判した。
「従軍慰安婦問題を捏造し、国際的な信用を失墜させた」
 朝日へのこうした批判が一気に高まっていったのは、このころからだ。
 その後政権に返り咲いた安倍総理は、河野談話の検証を始めるなど、“朝日包囲網”が進んでいく。
 朝日としては、批判をいつまでも無視しているわけにはいかず、その正当性を示す必要が出てきた。朝日の「慰安婦問題取材班」は、こうした流れのなかで生まれたのだ。>

 その取材班の目的について、文春新書「朝日新聞」は、あくまで従軍慰安婦の「強制性」を立証し、「これまでの朝日の報道は間違っていなかった」と主張するためのチームだった、と書いている。
 しかし実際に検証作業をやってみると上手く行かない。例えば検証チームの記者は、韓国・済州島で現地取材した。吉田清治氏が「慰安婦調達」活動をしたとしている現場だからだ。吉田氏は、干し魚の製造工場から数十人の女性を連れ去ったと書いているが、その工場の屋根を「かやぶき」だったとしている。しかし取材班の一員が現場を見るとトタン屋根であった。こうした細かい検証作業によって、少なくとも吉田清治氏の著書に沿って書かれた従軍慰安婦記事については、「間違ってはいない」と主張することはできない……。といった結論になっていく。

 この文春新書「朝日新聞」では、「慰安婦問題取材班」が過去にもつくられていたことが明らかにされている。1997年のことである。藤岡信勝東大教授(当時)や漫画家の小林よしのり氏が「新しい歴史教科書をつくる会」を発足させ、「証拠不十分のまま従軍慰安婦問題が教科書記述となっている」という主張を強めていた。これを受けて朝日は、従軍慰安婦問題取材班をスタートさせ、同年3月31日付朝刊で特集記事「従軍慰安婦、消せない事実 政府や軍の深い関与明白」を掲載したというのである。
 14年8月5日付朝刊に掲載された慰安婦問題取材班のトップに位置して「とり仕切っていた」のは、渡辺勉ゼネラルエディター(GE)だったというのが同書の記述だ。渡辺GEは97年の取材班の一員で、当時も<「真偽は確認できない」ではなく、「訂正して謝罪すべき」と主張したひとりだ。>という記述がある。

 続けて8月5日付検証記事について、以下の記述がある。
<その渡辺GEの指示で、「謝罪」を3カ所に入れることになった。
(1)特集を総括する1面の杉浦信之編集担当役員名の「慰安婦問題の本質を」という原稿
(2)特集面の吉田証言を検証する「『済州島で連行』証言」の「読者の皆さまへ」の原稿
(3)特設面に大きく囲んだ「訂正」の記事
 だが、掲載日が迫るなか、最終的に「謝罪なし」版の採用を決めたのは、やはり木村社長の「鶴の一声」だった。>

 「ZAITEN」3月号の中村女史の文章は、木村伊量朝日前社長について、首相から直接電話がかかることを喜ぶ従順な「下僕」として描いている。しかし文春新書「朝日新聞」では、全ての問題で「社長の意思」をおし通す「独裁者」の顔が浮かび上がる。安倍首相を「上」と意識しているようだから、上には従順、下に対しては尊大な、典型的な「日本の組織人」だと言えるかもしれない。
 こういう人物は、何ごとについても自分の判断をしようとしない。日本社会での「朝日新聞」の位置から考えると、訂正・謝罪なしの慰安婦問題大特集紙面は大きな反響をもたらす。その反響は、朝日新聞のプラスにならないことはもちろん、大きなマイナスとなる。こんなことは、誰が考えてもわかり切っていたはずだ。独自の判断を放棄したままあの8月5日付朝刊特集をつくってしまった最高責任者として木村伊量氏が、不名誉な退陣を迫られたのは当然と言えるだろう。

■【第3のテーマ=犯罪は魅力的と感じる若者たち】

 昨年12月7日名古屋市昭和区のアパートで、同市千種区の森外茂子(ともこ)さん(77)を殺害したとして、愛知県警に殺人容疑で逮捕された名古屋大学の女子学生は19歳。1997年3月以降に起き、7月27日に犯人逮捕となった神戸連続幼児殺傷事件のときは、生まれたばかりの赤ん坊だったはずだ。
 大阪教育大学附属池田小学校が元自衛官宅間守(犯行当時37歳、その後吉岡と改姓)に襲われ、小学生ら8人が殺害され、15人が重軽症を負った事件は、2001年6月8日だったから、5歳か6歳の幼女だったはず。歩行者天国だった東京・千代田区のJR秋葉原駅近くに、元自動車工場派遣社員加藤智大(かとう ともひろ)(当時25歳)が2トントラックで突っ込み、ダガーナイフで襲ったりして7人を殺害、10人に重軽症を負わせた事件は08年で、同じ6月8日。女子学生は12歳か13歳だったはずだ。
 この3つの事件について、女子学生は並々ならぬ関心を持っていた。95年3月20日の地下鉄サリン事件についても独自に調べ、昨年9月ツイッターに「日常を失わずに殺人を楽しめることが理想なんだと思う」と投稿していたと報じられた。

 月刊「文藝春秋」誌2000年11月号は、特集を「『なぜ人を殺してはいけないのか』と子供に聞かれたら 14人が答える 『子供の愚問』では済まない時代に親はどうする?」とした。この年7月21日、小浜逸郎著「なぜ人を殺してはいけないのか」(洋泉社・新書Y)が刊行された。
 小浜氏の著書の副題は「新しい倫理学のために」だった。子供の愚問にすぎなかった「人殺しは何故いけない?」が3段も4段も高跳びして、倫理学上の難問に昇格したのである。産経新聞大阪社会部著「『死』の教科書——なぜ人を殺してはいけないのか」(扶桑社新書)は、それらの7年後07年12月1日刊だった。産経新聞大阪本社発行版で06年4月24日から翌07年6月19日まで朝刊1面に掲載した長期連載「死を考える」をまとめたものだ。

 連載開始のきっかけは05年4月30日のJR西日本福知山線電車脱線事故(死者107人)だったが、本の冒頭では神戸連続幼児殺傷事件のショッキングさについて記述している。犯人は14歳・中学3年の男子生徒だったのだが、酒鬼薔薇聖斗を名乗り、以下の箇条書き挑戦状をつきつけていた。
  ×  ×  ×
 さあゲームの始まりです
 愚鈍な警察諸君
 ボクを止めてみたまえ
 ボクは殺しが愉快でたまらない
 人の死が見たくて見たくてしょうがない
 汚い野菜共には死の制裁を
 積年の大怨に流血の裁きを
  ×  ×  ×
 産経の「『死』の教科書」はこの挑戦状を紹介した直後、以下のとおり書いている。
   ×  ×  ×
 社会学者の宮台真司さん(48)は当時、「この事件に呼びかけられたと感じるやつが絶対いる。その一部は近いうちに模倣行動を始めるはずだ」と事件の連鎖を予言した。
 それは、ほどなく現実となる。
   ×  ×  ×

 99年8月、愛知県西尾市で女子高生を殺した少年(当時17歳)は、酒鬼薔薇事件のスクラップブックをつくり、自らも「猛末期頽死」と名乗っていた。翌2000年5月、愛知県豊川市の主婦殺害事件の犯人は酒鬼薔薇と同年齢の高3生(当時17)で「人を殺す経験をしようと思った」と供述した。また岡山県の県立高校で6月に野球部の後輩部員4人を金属バットで殴り、重軽傷を負わせた高3男子(同)も同年。これらが、酒鬼薔薇聖斗の呼びかけに応えた模倣行動だったというのが、宮台説だというわけだ。
 酒鬼薔薇聖斗事件をはじめ、池田小・秋葉原の両多数殺傷事件について書かれた本は多い。名大女子学生がこれらの本をどの程度読んでいたのか? 「人殺し 何故いけない?」の方は読んでいたのかどうか? 知りたいところだ。若者の世界一般では、殺人犯たちの言葉が魅力的であり、「殺人はいけない」本は無力と言えるのかもしれない。

 池田小事件の宅間守、秋葉原事件の加藤智大とも、親は受験優等生に育てようとしたようだ。とくに加藤智大の場合、模試の点が悪かったりしたとき、真冬でも屋外に出され、家に入れてもらえなかったという。青森県育ちなのだから、モーレツにひどい母親だったのだ。
 名大女子学生は宮城県出身だが、旧帝大の一つに入ったのだから、受験成功組だろう。人殺しの好き嫌いと、受験の成功・失敗は無関係であることが証明されたことになる。それでメデタシメデタシと喜んではいられないが……。   

注)2月15日までの報道・論評を対象にしております。新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。

 (筆者は元毎日新聞記者)


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