2015年12〜2016年1月

【読者日記——マスコミ同時代史】(24)

2015年12月〜16年1月

田中 良太


◆◆【経営のため報道を売った日本のマスコミ】

◆報道ステーション・古舘伊知郎キャスターの降板

 言うまでもなく2015年は「戦後70年」だった。その最終12月、マスコミをテーマとする大ニュースが相次いだ。12月24日、テレビ朝日制作で、全国の系列局などでオンエアされている「報道ステーション」のキャスター・古舘伊知郎が、今年すなわち16年3月いっぱいで降板することが発表された。
 テレビ朝日の発表は「現在の契約切れ」を理由とし、「再契約しない」きっかけは古舘側からの申し入れだったとしている。テレ朝側は慰留したが、古舘の決意は固く、再契約なしで合意となった。その記者会見に古舘も同席、その筋書きについては100%肯定した。

 タテマエはそうであっても、安倍晋三政権の「圧力」によって古舘が「降ろされた」という見方がある。ネット上のメディア「J−CAST」は24日18時56分付で、<「報道ステーション」古舘伊知郎の後任は 憶測が飛ぶ中で、AKBアイドルの名前も>というタイトルの記事を流した。古舘の後任は、テレ朝の局アナとなったのだから、後任についての憶測は、的外れだったといえる。
 その記事の末尾は以下の文章だった。

<「報道ステーション」を巡っては、2月には九州電力川内原発に関する報道に誤報があり、放送倫理・番組向上機構(BPO)から放送倫理違反を指摘された。3月には元経済産業省官僚の古賀茂明さんの降板騒動、9月の安全保障関連法案成立に関しては偏向報道だということで「高須クリニック」がスポンサー契約を打ち切る事態になった。こうしたことが続いたため、降ろされたという見方も有力だ。>

 こういう見方があるのは当然だろう。しかしその後の週刊誌報道などを見ても、「降ろされた」具体的経過を書き込み、ナルホドと感じる説得力のあるものはなかった。テレ朝と古舘の会見は、ウソでないという印象を受けている。

◆ニュース23、クローズアップ現代も変わる

 その時点で、16年3月末のテレビ番組改編期には、TBSの「ニュース23」のキャスター・岸井成格(しげただ)も交代がほぼ確実となっていた。前号で書いたが、11月14日付の産経朝刊と、翌15日付の読売朝刊に掲載された「私達は、違法な報道を見逃しません」というタイトルの意見広告だった。広告主は「放送法遵守を求める視聴者の会」なる団体。呼びかけ人には、作曲家のすぎやまこういち▼評論家の渡部昇一▼SEALDsメンバーへの個人攻撃を行っている経済評論家の上念司▼タレントのケント・ギルバートらの名が並んでいた。事務局長は、安倍晋三首相復活のきっかけをつくった安倍ヨイショ本『約束の日 安倍晋三試論』(幻冬舎刊)の著者・小川榮太郎。安倍政権応援団が勢ぞろいしていた。純粋に「民間」製だとは考えにくく、菅義偉官房長官ら、安倍政権が深く関与して実現した意見広告だった。

 またNHKの「クローズアップ現代」も、現在の7時半開始から10時台に移行する見通しと報じられていた。これもまた安倍政権がつくった籾井(勝人会長)体制の下での決定だった。
 テーマによっては、安倍政権批判を展開するまともなニュース番組3本がそろって16年3月で大きく様変わりする。その様変わりで、安倍政権批判トーンが強まるという観測はない。逆に安倍政権批判トーンは消えてしまうとまでは言えないにしても、薄まることは確実というのが、大方の見通しだろう。

◆ニュースショー番組の隆盛

 その3番組が健在という状況下でも、テレビで隆盛なのは「ニュースショー番組」である。「興味本位」を基準にテーマを選び、「コメンテーター」たちが、視聴者の耳に心地よい言葉ばかり発する……。コメンテーターとして登場する者には、現役あるいは元職の記者たちも多い。私は彼らをあえて「テレビ芸人」と呼び、軽蔑していた。
 ニュースの本質に迫ることがない「ショー」番組全盛のテレビの世界では、「報道の崩壊」現象が進行中だったが、報ステ、ニュース23、クロ現の様変わりは、一つの時代の終わりを意味するといっても過言ではないだろう。前号(24=2015年11〜12月)のトップ記事は【戦後70年の日本は魔女狩りで終わった】だったが、背後に安倍政権がある魔女狩りは成功し、「報道の死滅」にまで至ったのである。

◆消費税軽減税率というアメ

 その見返りに新聞業界は、安倍政権から大きなプレゼントを得た。2017年4月に導入する消費税軽減税率適用の範囲についての自公両与党協議が12月15日決着し、宅配される新聞も、「週2回以上発行」を条件に、適用範囲内とすることに決まった。これは文字通り政権与党による「決定」である。政権は新聞業界に大きなアメを提供したことになる。

◆朝日前社長の陳情

 前号でも書いたことなのだが、月刊誌「選択」(「三万人のための月刊誌」を自称、一般書店などの店頭販売はしていない)の2013年8月号で、<新聞業界の「ご都合主義」が官邸の失笑を買っている。>と揶揄された。同誌の最終ページは「マスコミ業界ばなし」なのだが、<失笑を買っている。>に続く記述は以下のとおりだ。

<7月22日、東京・永田町の日本料理店で、安倍晋三首相が出席する会食が設けられた。2時間弱にわたって首相と相対したのは、木村伊量朝日新聞社長と大久保好男日本テレビ放送網社長らだ。席上、木村社長から安倍首相に対して、「来年4月からの消費税引き上げを先送りし、2015年10月に一気に10%まで引き上げてはどうかという主旨の発言があった」(首相周辺)という。新聞業界の悲願である軽減税率適用は、来年4月に予定されている8%への引き上げ時には行われないことが確定している。仮に10%引き上げ時に適用されたとしても、「一度8%に引き上げられたら、軽減率は2%に留まる」(大手紙政治部OB)。つまり来年4月の税率アップが先送りになれば、現在の5%のままでいられるという算段だ。
 これに対して、「首相はやんわりと『5%も一気に増税すれば経済が壊れる。外国にも例がない』と説明した(前出首相周辺)という。「説明した」というより「諭した」のだ。安倍首相にしてみれば、初歩的な経済知識も持たずに虫のいい要求をする新聞社を腹の中で嘲笑していただろう。>

◆読売・ナベツネ氏の大活躍

 「選択」誌は今年(2016年)1月号で<新聞「軽減税率適用」の真相」>というタイトルの記事を掲載している。さわりの部分を引用しよう。

<「新聞への適用は11月半ばに大した異論も出ずに決まっていた」
 与党協議の経過を知る自民党幹部の一人はこう語る。(中略)今回合意された対象品目の軽減額は約1兆円に上る。新聞に適用された場合の軽減額は200億円。全体からすればわずかな額だが、あまりにすんなりと了承されてしまったのは端(はた)からみれば不可解だ。
 「協議の過程で一部議員から『食料品も厳しく制限しようとしているのに、新聞だけ特別扱いはいかがなものか』と異論が出た」
 自民党の税制調査会幹部の一人はこう話す。しかし税調会長の宮沢洋一は「官邸の意向もある。(新聞への適用は)避けられない」と早々に異論を潰したのだ。
 実はこのやりとりさえも事前から決められていたシナリオだと、事情を知る財務省OBが語る。
 「もともと決定の直前に駆け込み的に入れることまで決まっていた。ずっと前からナベツネさんが仕組んできたこと」
 渡邉(恒雄=読売新聞グループ本社会長=田中加筆)はかねて「財政再建論者」として知られる。分科会を含めて20年近く在籍した財務省の財政制度等審議会では一貫してその論調を貫いており、小泉純一郎が首相だった当時、「消費税を上げない」と宣言したことに真っ先に噛みついていた。消費税は上げるべきだが、新聞購読料には適用させない。これが渡邉の主張なのだ。
 「新聞に軽減税率を適用することが、新聞人として最後の仕事になる」
 周囲にこう語っているという89歳の渡邉は消費税論議が再開された2006年時点で、すでに今回の適用を視野に入れていた。日本経済新聞のある役員は税率が5%だった当時、渡邉からこう言われた。
 「消費税10%に対して新聞は宅配に限り8%にする。(8%になった時点で)定期購読をやめる人が出てくるだろうが、それで打撃を受けるのは毎日と産経だ。日本の新聞は読売と朝日と日経だけでいい」(中略)
 さらに渡邉は「現政権のキーマンである菅(義偉官房長官=同)から、少なくとも14年時点で約束を取り付けていた」(政治部記者)という。
 「読売の『反還付案キャンペーン』は凄まじかった。新聞を入れなければという空気が与党内にできた」
 ある自民党幹部はこう語る。9月に財務省が提案したマイナンバーカードを使った消費税還付案はあっさりと潰された。きっかけは読売新聞が9月5日付朝刊で、この案をスクープしたことだった。読売はその後5日連続で財務省案に関する続報を掲載し続けた。(中略)

◆菅義偉官房長官と連携して

 ある読売関係者が語る。
 「菅官房長官が、渡邉会長に直接漏らした」
 菅は「読売本社のナベツネの部屋に定期的に通うほどの関係」(官邸関係者)だといい、渡邉に耳打ちしたのである。渡邉は社内に号令をかけて、経済部を中心に特別チームを編成させた。1面だけでなく、政治面や経済面を駆使して、財務省案の欠点をつく記事を集中的に掲載したのだ。読売の社論というよりも、渡邉の持論だったと読売の経済部記者が語る。(中略)
 10年も前から準備されてきた構想の立役者が渡邉であることは間違いないが、今回の抜け駆けのような適用決定は、新聞業界全体の要望でもある。ある政治部ベテラン記者が語る。
 「適用範囲の議論ばかりを伝えて、軽減税率そのものの是非はどこの新聞も伝えなかった。>

◆朝読連帯の下で

 こうした経過を伝えながら、11月中旬ごろには各紙の記者とも、新聞が軽減税率の対象になることを知っていたと書いている。末尾の文章は、
<「たった200億円で新聞業界は安倍政権に借りを作った」(前出ベテラン記者)ことだけは間違いない。>

 読売の支配者、渡邉の「活躍」が目立ったが、軽減税率適用は新聞界全体の願いだった。新聞業界全体が、安倍晋三政権に借りをつくった……ということになる。すでに書いた朝日前社長・木村伊量の安倍に対する「陳情」めいた発言を見ても、この件に関する限り「朝読対決」などなく、「朝読連帯」が支配的な原理だったのである。

 冒頭に書いた報道ステーション、ニュース23、クローズアップ現代の変貌はテレビの世界のことで、新聞界がつくった安倍政権への「借り」と直接の関係はない、という人もいるかもしれない。しかしテレビ朝日、TBSの両民放局経営者は、「安倍政権への抵抗を続けることは困難な情勢だ」と判断したのだろう。新聞界で、朝日・毎日やブロック3紙など有力地方紙が「アンチ安倍」の姿勢を崩さないと確信できる状況ではない。それなら安倍政権が露骨に反発している報道ステーションやニュース23のキャスターは交代させた方が、無難なのである。
 クローズアップ現代の場合、NHKだが、籾井勝人会長の支配が貫徹して、「籾井一色」になっているわけではない。「籾井色に染まらない番組作りやニュース報道を目指そうとしている幹部も多い。新聞業界が安倍政権に「借り」をつくったことによって、こういう「非籾井」勢力は、「当面、籾井とやり合うようなことは止めよう」と判断するのではないか? 
 新聞業界がこぞって消費税軽減税率を求め、安倍政権にアメを与えられた。その結果、「真実の報道」の方を放棄してしまった。今年3月末に実現する、報道ステーション、ニュース23、クローズアップ現代の変貌以後、朝日、毎日やブロック3紙など主要地方紙が維持してきた、まともな報道はどうなるのか、注視して行きたい。
    ×    ×    ×    ×
 以上がマスコミと報道全体についての論評ですが、以下に個別テーマごとの報道について論評します。

◆◆【「慰安婦問題・日韓合意」報道の驚き】

 年末もおし詰まった12月28日、日韓両国の外相がソウルで会談し、終了後日本の岸田文雄外相は記者会見で「慰安婦問題の最終的かつ不可逆的解決策で合意が成立した」と語った。政治家が「成果」を誇るのは当然だが、新聞各紙の報道がそれを肯定したことに驚いた。本記(ニュースそのものを伝える記事)は各紙そろって1面トップ扱い。社説のテーマともなり、その論旨も「歓迎」一色。「安倍政権の快挙に万歳」という発声で、万歳三唱を行ったという風情だった。

 何故か朝日の紙面作りがいちばん派手だった。1面トップ記事は<慰安婦問題、日韓合意 政府の責任認定・首相おわび 韓国が財団、日本から10億円>という見出し。1面には左肩に<日韓新時代、育むのは市民 慰安婦問題合意>という見出しの「編集委員・箱田哲也」の署名入り解説の2本だけ。ほかに決まりものの「天声人語」と「折々のことば」があるだけだった。
 2面は<(時時刻刻)国交50年、歴史的決断 慰安婦問題、日韓合意>、3面は<日韓、苦心の着地点 慰安婦問題合意>という見出しの解説風記事で見開きになっていた。4面も<「日韓の双方、政治決断」「画期的、履行には課題」 慰安婦問題日韓合意、国内の受け止めは>という記事がトップで、大半を埋めている。その左端に<もんじゅ見直し 船出多難>という記事を掲載。5、6面は全面広告で、7面も<慰安婦問題、これまでの経緯>という資料的な記事が埋めている。つまり1面から7面まで、記事面5ページのほとんどが「慰安婦」をテーマとしたものだったのだ。社会面の大半も<「謝罪、直接聞きたい」 元慰安婦ら、不満と評価 日韓合意>という記事で埋まっていた。

◆各紙共通して肯定

 つまり朝日の29日付朝刊は「慰安婦新聞」になっていたのだ。しかも記事の大半は、この日韓合意を肯定するトーンだ。社説(オピニオン面=この日は12ページ)は、通常の2本ではなく、このテーマだけの1本社説。見出しは<慰安婦問題の合意 歴史を越え日韓の前進を>である。書き出しは、
<戦後70年であり、日本と韓国が国交正常化してから半世紀。そんな1年の終わりに、両政府は最大の懸案だった慰安婦問題で合意に達した。
 節目の年にふさわしい歴史的な日韓関係の進展である。両政府がわだかまりを越え、負の歴史を克服するための賢明な一歩を刻んだことを歓迎したい。>
 末尾は
<両外相はきのう、ともに「日韓関係が新時代に入ることを確信している」「来年から新しい関係を切り開けることを期待する」と期待を述べた。
 3日後の新年からは、日韓がともに前を向いて歩む50年の始まりとしたい。>
 という文章だ。

 この合意「歓迎」が基本姿勢であることは明らかだろう。すでに紹介した箱田編集委員の1面解説記事も末尾は、
<今こそ慰安婦問題の原点を見つめ直すことが大切だ。元慰安婦の女性たちの心を癒やし、尊厳を回復する必要がある。紛争下で女性の人権をいかに守るのかはまさしく現代の問題であり、日本と韓国が手を携えて取り組むことができる目標でもある。
 産声を上げたばかりの合意はこれから、多くの試練にさらされるだろう。それらを乗り越え、中身を充実させていくのは政治家だけの役割ではない。今後、どんな隣国関係を作っていくのか。それを考え、育んでいくのは市民である。>

 「市民」に対して、政府間合意を「育んでいく」役割を果たすよう呼びかけているのである。厳しい政府批判が基本姿勢とされている朝日としては、異常なほどの「賞賛」ではなかろうか?
 ほか各紙の社説のタイトルだけ並べよう。

読売=慰安婦問題合意 韓国は「不可逆的解決」を守れ
毎日=慰安婦問題 日韓の合意を歓迎する
日経=「慰安婦」決着弾みに日韓再構築を
東京=従軍慰安婦問題で合意 「妥結」の重さを学んだ
西日本=日韓外相会談 真の和解へ向けた一歩に

 おおむね肯定的な評価であることがわかる。
「社論」の一端と位置づけられている記事で、否定トーンのものとしては、東京の1面コラム「筆洗」があった。29日付は、以下が全文だった。

<その兵隊は戦場で泥まみれになりつつ、亡き妹に宛てた届かぬ手紙を書き続ける。<僕は、兵隊は、小さくて、軽くて、すぐ突拍子もなく遠い所に連れて行かれてしまって、帰ろうにも帰れなくなってしまう感じから虫けらみたいだと思います>▼故・古山高麗雄(ふるやまこまお)さんの小説の一節だ。一兵卒としての経験を基に地を這(は)う視線で戦争を描いた古山さんは、慰安婦について<屈辱的なことをやらされている点では同じだ…彼女たちは同族だ>と書いた▼韓国・世宗(セジョン)大学の朴裕河(パクユハ)教授は労作『帝国の慰安婦』でこの小説を引きつつ、慰安婦が「性」を提供する立場であったなら、兵士は「命」を提供する立場。どちらも国家によって「戦力」にされていた—と論ずる▼巨大な手に虫のように弄(もてあそ)ばれ、今もその記憶にさいなまれる。そんな人々にとって、朗報となっただろうか。日韓両政府はきのう、慰安婦であった方々の名誉と尊厳を回復し、心の傷を癒やすことに取り組むことで合意した▼日韓や左右の分裂と対立によって生まれる苦痛は結局、元慰安婦たちが受け持つことになる。そう朴教授が指摘するように、彼女たちは戦時中だけでなく戦後も、国家や集団の論理に翻弄(ほんろう)され続けたのだ▼戦後七十年。その苦痛に終止符を打つ試みは政府間の合意で終わるものではなく、一人一人の様々な思いと向き合うことで始まるのだろう。>

◆国交正常化を5億ドル経済協力で買った前例

 私自身は、今回の合意の「精神」が、50年前、1965年の日韓国交正常化の時と同じであることに強く印象づけられた。韓国関係の難題はカネで解決するというのが自民党政権の常套手段であるらしい。
 第2次大戦終戦後、日韓両国は隣国でありながら国交のない不正常な状態が続いた。李承晩大統領(在任1948〜60年)の時代は、「反日」を国是とし、竹島の領有権、周辺海域の漁業権問題で、日韓両国が鋭く対立した。

 国交なし状態が解消されたのは、韓国の朴正熙(パクチョンヒ=朴槿恵・現大統領の父)政権、日本の佐藤栄作政権時代の1965年だった。この年8月、日韓基本条約が締結され、「国交正常化」が成立した。ポイントは条約の内容ではなかった。条約締結と同時に、日本から無償3億ドル、有償2億ドルの経済協力を約束したことだった。
 朴正熙政権は61年の軍事クーデタで成立したのだが、その後経済成長を志向。そのための原資は外資導入で調達しようとしていた。そこに注目した佐藤政権が5億ドルの資金提供によって国交正常化を実現させたのである。当時の国会論議で社共など野党は「国交正常化を、5億ドルで買った」と批判した。
 朴正熙政権は、こうして手に入れた資金を経済建設につぎ込み、「漢江(ハンガン)の奇跡」と呼ばれた高度経済成長を達成させた。韓国の現大統領・朴槿恵は、その朴正熙の長女、日本の安倍晋三首相は、当時の首相・佐藤栄作の甥(実兄・岸信介の孫)である。1965年と同タイプの外交劇を繰り返すさいの両主役としては、願ってもない「適役」のご両人と言ったところかもしれない。

 当時は1ドル=360円の固定レート。5億ドルは1800億円に相当する。「10億円なんか安いもの」というのが、安倍の感覚だろうか。当時は高度成長の真っ盛りで、「カネの力」を誇っていたのが日本だった。いま日本政府が出すカネは例外なく借金だといえる。その差に目が行かないとすれば、安倍は首相失格だろう。
 50年前の野党による批判と同じ論法を使うなら、「慰安婦問題を理由とした対日強硬姿勢の緩和を、韓国の財団に対する10億円の資金提供で買った」ということになる。それだけでも「日本国民の税金の使い途として許されるのか?」という論議は可能だろう。

◆その日首相夫人は靖国参拝

 しかし安部政権が10億円でホントに買ったものは何か? を浮き彫りにするような新聞記事に巡り会ったことを指摘したい。
 読売は29日付朝刊4面に、以下のベタ記事を掲載している。

<見出し=安倍昭恵・首相夫人が靖国参拝、FBに書き込み
 本文=安倍昭恵首相夫人は28日、自身のフェイスブックで、東京・九段北の靖国神社に参拝したことを明らかにした。昭恵夫人はこの中で、「戦後70年を迎えた平成27年。残すところあとわずか。今年最後の参拝…」と書き込んだ。神社側によると、本殿への昇殿は確認できていないという。日韓両政府が慰安婦問題で合意した当日の参拝表明については、「首相の固い支持層である保守系に配慮したのでは」との観測もある。>

 もともと日韓関係がこじれた原因は、2013年12月27日、首相・安部晋三が靖国神社に参拝したことだった。安倍はその1年前の総選挙で勝利し、政権を奪還した。その総選挙で、「首相の靖国参拝を実現する」と公約したという認識だった。
 その直後の30日、朴槿恵大統領は、大統領府(青瓦台)で開かれた首席秘書官会議で「過去の出来事による傷をほじくり返し、国家間の信頼を崩し、国民感情も悪くするような行動がなくなることを願う」と発言した。名指しは避けながら、安部の靖国参拝を批判したと報道された。
 この2年前の安部晋三靖国参拝と、今回の昭恵参拝を重ね合わせると、安倍政権は靖国参拝の自由を10億円で買ったと言えるのではないか。税金の無駄遣いというよりも「不当支出」と言った方がいいだろう。
 その不当支出をキーポイントする日韓合作の外交劇を、新聞各紙が全面肯定した。テレビの報道ぶりはもっとひどいから、マスコミが安倍政権に全面屈服したことになる。恐ろしいことだ。

◆朝日の予測は「1億円」

 年末もおし詰まった28日の外相会談は異例だから、各紙とも予測記事を掲載している。朝日は会談前日の27日付朝刊1面トップに<日韓共同で新基金、要請へ 元慰安婦支援、関与促す 政府>という記事を掲載した。
 冒頭と末尾の部分を、引用・紹介したい。

<冒頭=慰安婦問題をめぐり28日にソウルで開かれる日韓外相会談に向けて、元慰安婦を支援する新たな基金について、日本政府だけでなく韓国政府にも拠出を求める共同設立案が浮上していることがわかった。日韓外交関係者が26日、明らかにした。韓国政府を関与させることで慰安婦問題の「最終妥結」を担保する狙いがあり、日本政府は拠出規模など最終調整を進めている。>

<末尾=日本政府は新基金への拠出額や拠出割合などの調整を進めている。2008年度以降、アジア女性基金のフォローアップ事業として1千万円前後の予算が組まれ、元慰安婦への医療・福祉支援が続けられている。
 新基金はフォローアップ事業を拡充し、個人への支援金を支給することも想定。規模について、約10年度分に当たる「1億円」とする案も浮上しているが、ある政府関係者は「1億円で韓国が納得するかわからない。20億円なら韓国はいいだろうが、日本はとてものめない」と話している。>

◆10倍に膨れあがった「怪」

 日本政府の案としては、アジア女性基金のフォローアップ事業予算の10年分1億円だったのである。「20億円なら韓国はいいだろうが、日本はとてものめない」というのは、外務官僚の言葉であるはずだ。韓国政府から「20億円」という要求があったのだろう。「日本はとても出せない」ということで、中をとって10億円となったのではないか。
 日本側に「カネで解決」という基本路線があったからこそ、当初案の1億円が10倍の10億円に化けたのであろう。当然のことながら、1億円が10億円に化けたこの経過は報道されなければならない。その意味づけをするなら、安倍政権には「カネで解決」しかなかった。だからこそ、金額は韓国側の要求によって膨らむほかなかった、ということになる。

◆「少女像が撤去されなければ支出しない」という共同報道

 この10億円について、共同通信は30日以下のニュースを配信している。
<見出し=少女像撤去が10億円の条件 政府、慰安婦支援の新財団
 本文=元従軍慰安婦の支援を目的に韓国が設立する新財団への支出に関し、日本政府が被害女性を象徴するソウルの日本大使館前の少女像が撤去されなければ、韓国と合意した10億円を拠出しない意向であることが30日、分かった。少女像問題が未解決のまま財政負担に踏み切れば、国内世論の理解が得られないと判断しているため。撤去を拠出の条件とすることは、安倍晋三首相の「強い意志」の反映だという。政府筋が明らかにした。
 こうした考えは、慰安婦問題をめぐる協議の中で韓国側に伝えているとみられる。>

 送信時間は<2015年12月30日 23時00分>となっている。31日付朝刊には間に合わない。1日付は元旦紙面となるから使いにくい。というわけで、新聞各紙には掲載されなかったのかもしれない。
 しかし記事のどこを読んでみても、「外相会談で岸田文雄外相が発言した」とは書いていない。前文では「少女像が撤去されなければ、韓国と合意した10億円を拠出しない意向である」という文章。末尾で「こうした考えは、慰安婦問題をめぐる協議の中で韓国側に伝えているとみられる」である。
 問題の少女像は、韓国政府が建てたものではない。民間団体が建てたもので、政府が「撤去せよ」と命令ないし指示できるものではない。外相会談で岸田が「少女像が撤去されなければ、10億円を拠出しない」と発言したのなら、韓国の尹炳世(ユンビョンセ)外相は「少女像撤去を政府が約束することはできない」と発言、論議になったはずだ。

 そもそも首脳会談、外相会談など、正式な外交の場面では、双方の外交当局が協議して、発言要領をつくる。首脳・外相などは、その要領どおり発言するのである。論議になるような文言が、発言要領に盛り込まれるとは思えないのである。
 この共同通信記事は、自民党内の露骨な嫌韓・右翼グループを納得させるため、首相官邸サイドが「書かせた」ものではなかろうか。
 共同通信記事の当否はともかく、安倍政権が少女像を撤去してもらいたいことは確かだ。16年に入って、韓国の関係団体は「撤去などあり得ない」と反発を強めている。今後の展開に注目しなければならないが、撤去は実現せず、安倍政権は10億円拠出を実行するか否かの決断を迫られる可能性も大きい。10億円拠出を実施せず、外相会談の「成果」を反古にする。少女像は残っても、10億円は支出する……。どちらにしても安倍政権にとっては、つらい決断だろう。

◆ヘイトスピーチ集団が喜ぶ

 今後そういう経過をたどるのは必然だと思われるが、喜ぶのはヘイトスピーチ集団なのではないか? 在特会(「在日特権を許さない市民の会」)の正式名称どおり、「在日特権」ではないが、韓国の「特権」を肯定したといえる、日本政府による巨額公費支出である。「韓国が日本国民の税金を奪い取っている」と街頭で叫んだとしても、一端の真理ではある、という状況になる。
 少なくとも安倍政権のうたい文句である「慰安婦問題の、最終的かつ不可逆的解決」などではあり得ない。その真逆であり、日韓間に新たな問題をつくり出す愚行だったということになる。日韓双方の政府とも困った立場に追い込まれる。かりそめの「合意」は、両国関係をよりこじれたものにするデメリットしかなかったということになる。それなのに日本のマスコミはこの「合意」について、両手を挙げて賞賛したのだから驚く。

◆◆【安倍政権を応援する北朝鮮「水爆実験」という愚行】

 1月6日、北朝鮮が「水爆実験に成功した」と発表した。国営放送・朝鮮中央テレビの「特別重大報道」で、初めての水素爆弾実験に成功したとする政府声明を伝えたのである。。
 政府声明の骨子は、以下の4項目だと報道されている。

1.初の水爆実験が完全かつ完璧に行われた
2.実験は米国などから自主権を守る自衛的措置だ
3.敵対勢力が自主権を侵害しない限り核兵器を先に使用しない
4.核抑止力を質的にも量的にも不断に強化していく

 どうやら「水爆」の名に値するほどの爆発力(原発の100倍を上回るのが普通)はなく、水爆の起爆装置となる原発の実験だったのではないか? などの憶測も含めて、その後の報道は賑やかだ。

◆キーワードは「暴走」「暴挙」

 7日付朝刊は、各紙とも「北朝鮮『水爆実験』」がトップ。朝日は1面コラム「天声人語」も社説も、この水爆実験だった。各紙の社説のタイトルを以下に紹介しよう。そろって7日付で、普段の2本分のスペースを1本だけとする「一本社説」だったことも共通している。

 朝日=北朝鮮の核実験 孤立を深めるだけの愚挙
 読売=北朝鮮核実験 脅威の深刻化に迅速対応せよ
 毎日=北朝鮮「水爆実験」 国際包囲網の再構築を
 中日・東京=北朝鮮「水爆」実験 国際包囲さらに強く
 西日本= 北朝鮮核実験 どこまで暴走続けるのか
 北海道=北の「水爆実験」 国際的孤立深める暴挙

 キーワードは暴走・暴挙などであり、国際社会の次元では、「孤立」であろう。「国際包囲網」もあるが、包囲して孤立をさらに深めさせるということになる。孤立と国際包囲網は一対のキーワードだと言えよう。
 7日付では、1面コラムも北朝鮮の「水爆実験」をテーマにした新聞も多かった。さわりの文言付きで紹介しよう。

●朝日・天声人語
「水爆実験」に成功したという。「特別重大報道」という発表の仕方が、独裁国家らしい仰々しさだ。北朝鮮の核実験は4度目。本当に水爆を開発したのかどうか。世界を驚かす愚挙には違いない▼国際社会での孤立を深めるだけなのに、なぜ暴走するのか。国内向けに自身の威信と求心力を高めることが狙いか。

●読売・編集手帳
時は移れども、浜の真砂まさごと“ためすバカ”は世に尽きないものらしい。北朝鮮が「水爆実験に初めて成功した」と発表した。その実否はともかく、国内経済が疲弊の一途をたどるなかで、救い手であるはずの国際社会からこれ以上孤立してどうする▼思い切って【evil】(邪悪)を180度転換し、国家の【live】(生き延びる)道に賭けてみる。“ためす”なら、こちらだろう。バカと利口の分かれ目である。

●毎日・余録
北朝鮮はきのう朝鮮半島北東部で観測されたマグニチュード4・8の揺れにつき「水爆実験に成功」と発表した。思い起こされるのは、先ごろ金(キム)正(ジョン)恩(ウン)第1書記が「水爆の爆音を響かせる核保有国になった」と発言した後、北の楽団の北京公演が急に中止された一件だ▼テスティングは実験のことだが、子供がわざと保護者を困らせて自らへの関心を試す児童心理をもいう。北の核のテスティングが周辺諸国の関心を引き、米国との交渉を求める問題行動なのは以前と変わるまい。だが「水爆」をひけらかす段階にたち至っては、国際社会も今までの対応ですますわけにいかない。

●東京・筆洗
残酷な光を、どうしても手にしたいのか。北朝鮮はきのう、4度目の核実験を強行した。「水爆実験の大成功は、民族の千年、万年の未来をしっかりと保証する歴史の大壮挙、民族史的出来事となる」と勝ち誇る姿の、何と虚(むな)しく悲しいことか▼それは、ヒロシマとナガサキで焼かれた幾万の韓国・朝鮮人の残影を踏みにじる「民族史的大暴挙」なのだが。(中日・中日春秋と同文)

●西日本・春秋
1954年、太平洋でマグロ漁をしていた第五福竜丸は、ビキニ環礁で米国が行った水爆実験に巻き込まれた。乗組員23人が被ばく。無線長だった久保山愛吉さんは「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と言い残し、半年後に亡くなった▼なぜ今、国際社会からの孤立をさらに深める核実験を強行するのか。独裁者の思惑は図りかねるが、国連安保理決議に違反する暴挙である(中略)▼第五福竜丸事件をきっかけに製作されたのが映画「ゴジラ」だ。水爆実験によって現れたゴジラは、核の恐怖の象徴として描かれた。それから60年以上たっても繰り返される愚行に怒りを禁じ得ない。時計の針を逆戻りさせる怪獣を野放しにしてはなるまい。

●北海道・卓上四季
北朝鮮がまたもや核実験に踏み切った。広島や長崎で原爆の被害に遭われた方々の気持ちを逆なでするだけではない。なぜ、兵器開発ばかりに国力を傾けるのか。飢えや貧困に苦しむ国民の悲鳴も聞こえてくる▼今、多くの国が核の非合法化で足並みをそろえつつある。昨夏には、イランと欧米がイランの核開発制限に合意した▼片や、北朝鮮は「核武力の使命は絶対に変わらない」と背を向ける。存在感を示したいだけなのか。火遊びが過ぎれば、かえって孤立を深め、世界に大きな不協和音をまき散らすだけだ。

 社説と違って、乱暴な言葉もありなのだろう。バカ▼暴挙▼火遊びといった言葉が飛び出すところが面白い。

◆過激な敵こそ、真の味方

 イスラム過激派が宣伝用に放送している「ネットテレビ」番組に米大統領候補・トランプが登場したそうだ。「イスラム教徒は入国禁止」と叫んでいる場面。「こんなヤツが米国で人気なのだ。欧米に対しては『戦い』あるのみ。テロも断行するのが正しい」と言いたいのだろう。

 過激派にとっては、過激な敵こそ、「真の味方」なのだ。典型的なのは、イスラエルとPLO(パレスティナ解放機構)が争っている中東紛争だ。米国はどの政権も「イスラエル支持」を崩さない。だからこそ、渋るイスラエル政権の尻を叩き、PLOとの和平協議に引っ張り出す。「和平成立」の一歩手前までは行く。
 そういう状況になったとき、紛争の現場であるイスラエル国内では武力衝突が起きる。パレスティナ人がつくっているファタハ、ヒズボラなど武闘集団が、エルサレムやテルアビブで爆弾闘争を実行する。あるいはイスラエル空軍が、ヨルダン川西岸、ガザ両地区などパレスティナ人居住地を爆撃する。どちらの場合も死傷者は少なくとも数十人にのぼり、和平気運はふっ飛んでしまう。
 PLOではイスラエルとの和平を目指す主流派が「政府」を構成して、武闘集団と対立している。イスラエルでも政府は米国の和平提案を無視できないが、軍部は強硬派が支配している。双方とも一枚岩ではない中で、武闘のプロというべき強硬派同士が手を握っている形だ。イスラム過激派がトランプ氏を歓迎・利用するのと、同じことだ。

 北朝鮮の「水爆実験」を初めて聞いたとき、私の第一感は、「また安倍政権応援か」だった。「北朝鮮と対決するため、日本も核を持つべきだ」と言い出さないか、心配になる。

◆北朝鮮の応援で首相になれた?

 2002年9月、小泉純一郎政権(当時)の首相官邸内で激しい対立があった。その直前の小泉訪朝によって「一時帰国」が認められた拉致被害者5人を北朝鮮の主張に従って戻すかどうかがテーマだった。北朝鮮との交渉継続を重視した当時の官房長官・福田康夫や外務省は、「約束どおり戻す」と主張。これに対して官房副長官の安倍が「北朝鮮に戻すな。戻せば二度と日本に帰って来られなくなる」と猛反発。軍配は安倍に上がった。
 当時拉致問題についての関心は高く、この対立の経過・結果は詳しく報道された。安倍は「国民的人気」を手中にして、一躍首相候補の1人となった。小泉の首相辞任(2006年9月)によって、安倍は事実上、小泉の指名によって後継首相となったのは、このときの「活躍」が大きな理由だった。

 この経過を振り返るなら、安倍を首相に押し上げたのは北朝鮮だったと言える。いままた安倍は北朝鮮の応援を得ている。安倍は7月参院選では、自公与党に大阪維新を加えた改憲肯定勢力で3分の2を上回る議席確保を目標とすると言うようになった。北朝鮮の「水爆実験」は何よりも有り難い応援だろう。
 北朝鮮の「愚行」「蛮行」に背中を押されて、安倍が「改憲発議」に成功するなら、まさに「低レベルすぎる東アジア現代史」となってしまう。

 北朝鮮の「水爆実験」が報じられた1月7日付朝日朝刊の「朝日川柳」から3首を引用して結びにしよう。
 2016年1月7日05時00分
 ▼水素にてお屠蘇(とそ)気分をぶっ飛ばし
 ▼新年に世界平和を祈ったが
 ▼「たたかいをいどむこと」だと広辞苑
 3句目は、1月4日の年頭会見で、安倍が「挑戦」という言葉を連発。約20分間に24回も口にしたと報じられた。その「挑戦」を広辞苑でひいてみると、ということ。

(注)
 1.16年1月15日までの報道・論評が対象です。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。引用文中の数字表記は、原文によらず、アラビア数字に統一しました。
 3.政治家の氏名などで敬称略の記述があります。
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 (筆者は元毎日新聞記者)


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