2015年3月〜2015年4月

【読者日記——マスコミ同時代史】(17)

2015年3〜4月

田中 良太


■【前文】

 日本の現在(いま)を象徴するような事象(ものごと)が、あちこちで出現した1カ月であった。新聞を中心としたメディアが、それに十分対応できていたのかどうか? 疑問に思わざるを得ない。
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■【主テーマ 安倍政権は怖い政権では? 権力の「強さ」をフルに発揮している】

 まず本号の大テーマとして、「安倍(晋三)政権は、怖い権力ではないのか?」を設定したい。疑問形ではあるが、それによって示す私見(=私の考え)は、怖い権力を振るっているとしか考えられない、ということである。

◆首相官邸が握る膨大な情報=私が知った一例

 首相官邸が政権の権力中枢となる。情報化社会だから、情報を持っていることが権力と直結する。官邸に入ってくる情報は、狭い政治のものだけではない。政界・官界にとどまるものでもない。分野は多岐にわたり、量も膨大なものがある。
 私が具体的に知った実例として、兜クラブ(東京証券取引所の記者クラブ)の発表予定というものまであった。
 民間企業は例外なく、「新商品を開発した。近く売り出す」といったニュースが、新聞の記事面に載ると、大きなパブリシティー効果があると考えている。企業の側は発表したいのだ。このテの発表は、業界別の記者クラブがある特殊な例外を除き、おおむね兜クラブで行われることになっている。
 申込を受け付けるのは兜クラブ幹事社となるのがスジだが、その代行として野村證券が受け付けることになっていた(過去形にしたのは、私がこの事実を知ったのは、いまから20年余前、1990年代だから。その後も続いているとは思うが、現在どうなっているかは確認できない)。

○兜クラブの発表予定まで
 とくに製薬会社の「新薬」などがニュースバリューが大きい。その発表予定が確定すると、兜クラブの黒板に書き込まれ、「発表までは書かない」という協定(もちろん新聞協会の承認などないヤミ協定)となる。この「黒板協定」の成立は、どのクラブでもまったく同じことである。
 兜クラブの黒板協定は、記者クラブの黒板に書き込まれると同時に、首相官邸に報告される。この慣行は少なくとも中曽根(康弘)政権の時代には成立していた。成立の時期について私は、それよりかなり以前という印象を受けた。
 どうして私がこの事実を知っているかを説明しよう。90年代前半に聞いた話だが、政治部記者の世界を揺るがすような大不祥事があった。ある時期に官房長官番だった記者たちが、株の「インサイダー取引」でカネを稼いでいたのである。
 某政権の某官房長官の時期、悪質な秘書官がいた。官房長官番の記者たちにゴマをするため、株のインサイダー取引を勧めたのである。もちろん兜クラブ発表のシステムや、その予定が必ず官邸に報告されることなどを説明する。その上で発表予定について必ず連絡することを約束する。
 製薬会社の発表なら大半は新薬の開発・発売だから、「必ず儲かる」と説得したのだ。発表の内容が「新薬」でない場合も、それで株価が下がるわけではなく、ソンはしない。有利な株取引が保証されるわけだ。

○官邸クラブの記者たちがインサイダー取引
 そのインサイダー取引を十数人の政治記者がやったという。その情報は、報道の対象となるニュースの素材ではなく、政治部の管理サイド(端的にいえば政治部長)にとって必要な情報として各社に伝わった。週刊誌報道で暴露されることもなかったのは、どう考えても各社「政治部」ひいては、政治報道全体の恥であるだけで、報道されることによるメリットは皆無だったからだろう。
 インサイダー取引をやった記者たちの処置は各社ごとの判断に委ねられた。厳しい社では、人事異動で地方支局に飛ばされた例もあったという。本社勤務だが、政治部から外された。さらには取材部門ではないところに行かされた例もあった。政治部にとどまったが、華のポジションである官房長官番は外された。取引が開始されてからかなり時間が経過してからの発覚だったので、デスク職に「昇進」していたケースもある。そういう場合はおおむね、何の処置も行われなかった。デスクからヒラ記者への降格などとなると、週刊誌が「何故だ」と取材に動き、恥ずかしい「事件」が報道される端緒になりかねない……。
 こんなことだったようだ。いずれにせよ私は、自然に耳に入ったことを記憶にどめているだけで、「もっと詳しく知りたい」と取材することはなかった。それでも事の経過は、こうして書くことができる。「政治部」の世界では、多くの人が知った「事件」だったはずだ。

 こんなことを書いたのは、首相官邸に入ってくる情報は、分野が幅広く、その量も大きいということを理解して貰いたいからだ。兜クラブの発表予定まで、官邸に入るのである。他にも「こんなことまで」と思われる情報は、極めて多いはずだ。
 その情報を行かして首相官邸は、政権に反旗を翻した人物・団体に対して、「懲罰」とも思える措置をとることができる。それを「官邸からの懲罰」と呼ぶことにしよう。それをひん発する「怖い政権」が、いまの安倍政権=第2次安倍内閣だと言って良いように思うのである。

◆全中・万歳章会長の辞意表明

 ここからが本論だが、安倍政権の「怖さ」の実例の一つが、全国農業協同組合中央会(全中)の万歳(ばんざい)章会長の辞意表明だと思う。万歳会長が辞意を表明したのは9日で、それを報じた10日付「朝日」朝刊の記事は、以下が全文だ。

<見出し=全中・万歳会長が辞意 任期2年残し 農協改革の引責か>
<本文=全国農業協同組合中央会(全中)の万歳(ばんざい)章会長が9日、辞意を表明した。任期を2年以上残し、8月の総会で正式に辞める見通しだ。政府の農協改革では、全中が持つ農協への監査権を廃止するなどの方針が示された。強く反対した全中だったが、最終的に受け入れた責任を取った形だ。
 この日、東京都内であった全中の定例理事会で報告した。その後に記者会見した万歳会長は、政府が農協改革関連法案を3日に閣議決定したのを「一つの区切り」とし、「自己改革を実行するためにも、新会長のもとで流れをつくってほしい」と辞める理由を説明した。閣議決定直前に考え始め、誰にも相談せずに決めたという。
 法案では「中央会制度」が廃止される。地域農協への監査権といった権限はなくなり、全中は一般社団法人になる。ほかにも権限を弱める内容が含まれる。
 農協改革は2月上旬に内容が固まった。万歳会長は中央会制度の維持にこだわったが、最終的に「廃止」を受け入れた。そうしないと、政府が農協最大の収益源である金融事業の規制までしかねなかった。内部からも「金融を守るべきだ」との声が強まり、苦渋の決断をした。
 会見で「責任は?」と問われた万歳会長は明言を避けた。農協グループの幹部は「交渉について内部から会長批判もあり、嫌気がさしたのでは」とみる。
 後任は8月の総会までに決める。全中副会長の飛田稔章氏(北海道中央会会長)、全国農業協同組合連合会長の中野吉実氏(佐賀中央会会長)らが有力視されている。ただ、人選は難航する可能性もある。その場合、農協改革の実行にも影響が出かねない。
 安倍晋三首相は9日、万歳会長の辞意について「農協改革で大変なご協力をいただいた。今後とも農政の改革にご尽力、ご協力いただきたい」と首相官邸で記者団に語った。
 たった2日前、2人は官邸で会談し、握手もして融和を演出したはずだった。民主党の細野豪志政調会長は「安倍政権の『全中切り捨て』が象徴的に表れている」。安倍政権の閣僚の一人は「言うことを聞かない人間はこうなるのか。怖い」と語った。
 一方、政権と農協が対立から協調路線に変わるとの指摘もある。農協改革案をとりまとめた一人の森山裕衆院議員も、後任会長は「一緒にがんばっていただける方がいい」と語った。>

○2日前には、安倍首相と万歳会長が握手
 文中にある「2日前、2人(安倍首相と万歳会長)は官邸で会談し、握手して融和を演出した」というのは以下、8日付朝刊の記事だ。

<見出し=「佐賀の乱」残るしこり 自民VS.農協、県議選でも 首相・全中会長は握手>
<本文=農協改革で関係がぎくしゃくした安倍晋三首相と全国農業協同組合中央会(全中)の万歳(ばんざい)章会長は7日、首相官邸で握手を交わし、統一地方選をにらんで融和を演出した。だが、農協改革が知事選の焦点の一つになった佐賀県ではなお火種がくすぶり、自民党の選挙戦にも影響している。
 7日の首相官邸。あいさつにやって来た万歳氏が「精いっぱい、組合員のためにがんばっていきたい」と語ると、首相は笑顔で「私たちの目的は同じ。農業農村の所得を増やし、若いみなさんが参加してくる農業に変えていきたい」と応じた。
 全中の各農協に対する指導・監査権廃止で対決した両者だが、いまは融和を強調する。全中側は政権と接近し、稼ぎ頭の貯金や住宅ローンなど金融事業が実質的に制限されるのを防ぎたい。一方、首相側は統一地方選で農協の支援を求めたいのが本音だ。自民党も統一選向けの政策で「農業者と地域農協が『主役』になる農協改革を進める」と明記。農家に寄り添う姿勢を鮮明にしている。

 自主投票の支部も
 しかし、今回の統一選で、農協はこぞって自民党を応援しているわけではない。特に佐賀県では、農協が支援した山口祥義氏が、政権が擁立を主導した自民推薦の樋渡啓祐・前武雄市長を破った1月の知事選の遺恨がくすぶる。JAグループ佐賀の政治団体「県農政協議会」は県議選で自民候補30人のうち22人を推薦したが、協力関係にはほころびも見え隠れする。
 多久市選挙区(定数1)では、地元の農政協支部が自民現職を4年前の「推薦」から「自主投票」に格下げした。この現職が樋渡氏を支援していたからだ。その代わりに今回、農政協支部は現職に挑む無所属新顔を実質的に支援する。支部関係者はその理由を「知事選のことがある」と語る。
 この新顔は「『推薦願を出してください』と農政協から言ってきた。知事選を一緒に戦ったのが大きい」。前回選挙では惜敗しており、今回は「農家を回ると『JAから聞いとるよ』と声がかかる」と手応えを口にする。
 小城市選挙区(同2)では、3人の候補への処遇に差が出た。知事選で樋渡氏を推した自民現職は議会で副議長の要職にあるが、選挙区内に四つある農政協支部から推薦を得られなかった。一方、農協側についた山口氏を応援した別の自民現職や無所属新顔には、支部によっては推薦が出た。
 4支部の上部組織にあたる地区農政協の幹部は「役職や経歴の問題ではない。県議は地元から評価を受けないといけない」。副議長の知事選での対応が反発を招いたと指摘。「今の自民党は強くなりすぎている。対応に差をつけることで、『地方の農家は党のいまのやり方に必ずしも納得していない』と、それとなく打ち出す気持ちがある」と明かす。
 (笹川翔平、菅原普、大野宏)>

 後者の記事から見る限り、2日後の9日万歳会長が辞意表明するなどとは思えない。首相は万歳氏と握手して「私たちの目的は同じ」と協調姿勢を言葉にして表明した。それが2日間で逆転し、万歳氏を辞任させる力が働いたはずなのだ。

○菅義偉官房長官の行動(?)
 ここからは推測だが、万歳氏を辞任させる力は、今年1月11日投票の佐賀県知事選にからむものだったはずだ。この選挙は「保守分裂選挙」となり、元総務省官僚で新顔の山口祥義(よしのり)氏(49)が、同県武雄市の前市長の樋渡(ひわたし)啓祐氏(45)=自民、公明推薦=ら新顔3人を破り、初当選した。山口氏と樋渡氏の争いは「安倍政権対農協」の対立構図だといわれた。安倍政権は樋渡氏を全面支援。これに対して山口氏陣営の中心に位置したのは農協だった。
 安倍政権は樋渡氏を勝利させて、改革派知事の誕生を追い風に、農協改革を前進させ、「成長のための改革」の追い風にしようという思惑だった。しかし結果は農協の勝利に終わった。
 安倍政権内で佐賀県知事選について熱意を燃やしていたのが、菅義偉官房長官だったといわれる。菅官房長官は昨年末自ら現地入りした。官房長官は首相が外遊・遊説などで東京を離れるさいの「留守番役」とされ、自身の選挙応援は異例のことだ。今年の正月5日には谷垣幹事長も応援に入ったが、国政選挙並みの支援態勢を築いたのも、菅氏だという見方が一般的だ。
 4月7日には、佐賀を舞台にした「安倍政権対農協」の対立構図を一段落させようと、安倍首相自らが動いて、万歳氏と握手した。しかし菅氏はこの「手打ち」に納得していなかった。電話などで「対話」し、全中会長辞職を迫ったのではないか。万歳会長が続くなら、安倍政権は「全中いじめ」を徹底的に展開するといった意思を伝えたのではないか? 安倍首相本人と握手したばかりの万歳氏も、「辞任表明」をせざるをえなかった。

 万歳会長の辞意表明を伝えた10日朝刊の朝日記事中に
<安倍政権の閣僚の一人は「言うことを聞かない人間はこうなるのか。怖い」と語った>という文章があった。この「閣僚の一人」は林芳正農相ではなかろうか? この記事は署名入りではないが、執筆したのは農水省担当の記者のはずだ。万歳会長辞任という事態についての感想を、安倍政権の閣僚全員に聞くといったことをやるはずがない。農相の感想なら、執筆の農水省担当記者が聞くことができる。
 この発言には「同等の閣僚であるはずなのに、官房長官はこんなことまでできる。明日は我が身かも知れない」というニュアンスも含まれているような気がする。林農相のホンネが漏れたのだろう。

◆テレビ朝日「報道ステーション」への過剰干渉

 3月27日、テレビ朝日の人気ニュース番組「報道ステーション」で異様なやり取りがオンエアされた。午後10時16分のことだという。メインキャスターの古舘伊知郎氏(60)が、中東情勢についてコメンテーター、古賀茂明氏(59)に発言を求めた。
 古賀氏は毎週金曜日に出演を続ける「レギュラー」だった。このとき唐突に、「テレビ朝日の早河(洋)会長あるいは古舘プロジェクトの佐藤(孝)会長のご意向で今日が最後ということなんです」と切り出した。元通産・経産省キャリア官僚の古賀氏は毎週金曜日に「出演」する準レギュラーとも言える存在だった。
「菅(義偉)官房長官をはじめ、官邸の皆さんには物凄いバッシングを受けてきました」と続けた。
 古舘氏はこの尋常でない発言を遮った。
「ちょっと待って下さい! 古賀さん。今のお話は、私としては承服できません」
 古賀氏はすぐに反論した。
「いや、でも古舘さん言われましたよね。私がこういう風になるということについて『自分は何もできなかった。本当に申し訳ない』と」
 古舘氏は引き攣った笑みを浮かべて必死に抗弁する。
「古賀さんの思うような意向に沿って(番組の)流れが出来ていないのであるとしたら大変申し訳ないと私は思っている、今でも……」
 次の古賀氏の発言は、「恫喝」と言えるものだった。
「私、全部(古舘とのやり取りを)録音させていただきましたので、そういう風に言われるのであれば、全部出させていただきます」

○古賀氏の「暴走」
 古賀氏の暴走は終わらなかった。その後、高村正彦自民党副総裁の訪米についてコメントを求められると、
「テレビ朝日で作っていただくのは申し訳ないと思ったから自分で作ってきました」と断ったうえで、〈 I am not ABE 〉と大きく印字された紙を取り出して広げ、菅官房長官を名指しして、「陰で言わずに直接、文句を言って来て欲しい」と呼びかけたのだ。
 この報道ステーションでの発言内容等は「週刊文春」4月9日号の記事による。私は放送を視聴していなかったが、視聴者の一人から、「だいたいそんなところだった」と聞いた。
 「週刊文春」記事のタイトルは
<「報道ステーション」〈電波ジャック〉古賀茂明 vs. 古舘伊知郎 内ゲバ全真相>
だった。
 この「事件」を古賀氏による「電波ジャック」と非難する記事になっている。
 私は古賀氏の電波ジャックなどとんでもないと思っている。少なくとも古館氏は了解したうえでの「押し問答」だったというのが私見である。

○菅氏の得意ワザはメディア介入
 「事件」の背景には、菅義偉官房長官による「古賀のレギュラー出演は止めさせヨ」という介入があったことは明らかだろう。
 菅氏は総務大臣時代の2006年10月、NHK短波ラジオ国際放送への放送命令の中に、「拉致問題」という具体的な内容を加える方針を示した。放送法33条には「国際放送等の実施の命令等」という項目があり、「総務大臣は、協会に対し、放送区域、放送事項その他必要な事項を指定して国際放送を行うべきことを命ずることができる」とあることを根拠とした行動だった。これが話題となり、少なくとも自民党内では高く評価された。
 その評価があったから、第2次安倍政権の「マスコミ担当」といえる官房長官に起用された。安倍首相の期待が「マスコミ操縦」にあることを強く意識して行動している。テレビコメンテーターの中で最強のアンチ安倍政権論者が古賀氏だ。「古賀切り」勧告は当然の行動と言うべきだろう。

○朝日新聞の「優等生」記事
 朝日新聞はこの「事件」について29日付朝刊で
<「報道ステーション」放送中に言い争い 古舘氏と元官僚・古賀氏、出演巡り>という記事を掲載した。本文は以下のとおりだ。
<テレビ朝日のニュース番組「報道ステーション」の27日の生放送で、コメンテーターの元経済産業省官僚の古賀茂明さんとキャスターの古舘伊知郎さんが番組への出演を巡り、激しく言い争う場面があった。
 古賀さんは、中東情勢について意見を求められた際に突然話題を変え、テレビ朝日や古舘氏の所属事務所のトップの意向だとして、「私は今日が最後」と発言。続けて「菅官房長官をはじめ官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども、それを上回るみなさんの応援のおかげで非常に楽しくやらせて頂いた」と話した。
 これに対し、古舘さんは「今のお話は承服できません」「これですべてテレビ側から降ろされるということは、違うと思うんですよ」と反論した。
 しかし、古賀さんは「古舘さん言われましたよね。私がこういうふうになることについて『自分はなにもできなかった、本当に申し訳ない』と。(やりとりは)全部録音させていただきました」などと話した。
 その後、古賀さんは「I am not ABE」と政権批判とも取れる自作の紙を提示した。
 テレビ朝日広報部は「古賀さんの個人的な意見や、放送中に突然、一部事実に基づかないコメントがなされたことについて、承服できない思いでおります。番組に一部混乱が見られたことについて、おわび致します」とコメントした。(才本淳子)>

 朝日新聞社はテレビ朝日の親会社であり、社長には例外なく朝日新聞社幹部が就任している。親会社の立場で「中立公正な報道」を工夫した結果が、この記事だったのだ。
 「これでは、朝日の立場が出ていない」という社内の声があったのではないか? 4月1日付の「Media Times」欄で<TVコメンテーター、役割は 「報ステ降板」元経産官僚古賀氏発言>という記事を掲載した。以下が全文だ。

<コメンテーターの暴走か、権力による圧力か——。テレビ朝日の「報道ステーション」の生放送中、元経済産業省官僚の古賀茂明氏が、官邸などを批判した問題が波紋を広げている。安倍政権は「放送法」を持ち出し、テレビ局を牽制(けんせい)。関係者は放送への影響を懸念する。
 ○テレ朝会長、政治的圧力否定
 テレビ朝日は31日、年度末の定例社長会見に出席した早河洋会長が「ニュースの解説・伝達が役割の番組で、出演を巡るやり取りがあり、あってはならない件だった。皆さまにおわびをしたい」と陳謝した。
 古賀氏は27日の「報ステ」に出演中、古舘伊知郎キャスターから中東情勢への意見を求められた際に突然話題を変え、早河会長らの意向で降板に至った、と発言。続けて「菅(義偉)官房長官をはじめ官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきました」と述べた。
 早河会長は会見で「古賀氏は金曜日のゲストコメンテーターで、有識者をその都度呼んできた」と説明。4月の年度替わりに際し、コメンテーターの人選も含めた内容の刷新を指示したが、「固有名詞を挙げて議論をしたことはない」とした。政治家からの圧力については、「一切ありません」と述べた。
 古賀氏には放送後に報道局長らが厳重に抗議し、今後の出演は依頼していないという。朝日新聞は古賀氏に取材を申し込んだが、回答は得られていない。
 テレビ局が報道・情報番組でコメンテーターを招くのは、多様な意見を紹介する狙いからだ。通常は事前に綿密に打ち合わせて放送に臨み、不測の発言は出にくい。ある民放幹部は「出演者が放送中にもめ事を持ち出すのは記憶にない事態だ」と驚く。一方で、「古賀氏にはやむにやまれぬ思いがあったのではないか」とも話した。
 ○私情はさまないで/局の萎縮懸念
 そもそも、番組のコメンテーターに求められるのはどんな役割なのか。
 ニューズウィーク日本版元編集長の竹田圭吾さんは「視聴者に何らかの知見を提供する役割」と考える。古賀氏の行動については「コメンテーターとしての責任放棄だ」と批判。番組出演中に私情をはさんで政権批判をするのであれば、明確な根拠を示すべきだという。「それがなければ視聴者には単なる『言いがかり』にしか見えない」。露骨な表現でなく、ユーモアを織り交ぜ論理的に「風刺」する方が伝わりやすいという。
 ただ、懸念するのはテレビ局側の萎縮だ。「コメンテーターの発言内容を事前に確かめるような状態になってはいけない」
 経済アナリストの森永卓郎さんは最近、在京の民放番組で「強い意見を言う人」が求められていないと感じる。選挙期間をのぞき、局側から発言の規制はないというが、「『左派』に限らず『右派』と言われる人も出番が減った。制作費が削られるなどして余力がなくなり、面倒なことになるような発言をする人を避けているのかも」。
 一方で、ジャーナリストの池上彰さんや予備校講師の林修さんのように、わかりやすく「解説する人」が重宝されていると指摘。「本来、視聴者が多様な意見を知り、判断するのが民主主義。でも今は意見や論評よりも解説が望まれる。そんな状態がよいのかどうか、考えるきっかけになれば」と話した。
 ○神経とがらす政権
 官房長官や官邸からバッシングを受けたとする古賀氏の発言に、安倍政権も神経をとがらせる。
 菅官房長官は30日、会見で「まったくの事実無根」としたうえで、「放送法という法律があるので、まずテレビ局がどう対応されるかを見守りたい」と述べた。放送法は4条1項で「報道は事実を曲げないですること」と定める。
 テレビ朝日の早河会長は「(放送法違反があったかどうかは)専門家の見解を伺って判断したい」と述べた。
 菅氏が放送法に言及したことに、政府から放送免許を受けているテレビ局からは戸惑いの声も上がる。民放のプロデューサーは「何かといえば放送法を持ち出す空気が気になる。放送法を権力側が都合よく使っていないか」。
 実際、放送局に注文がつくケースが増えている。自民党は昨年11月、在京テレビキー局に、衆院選の報道に「公平中立、公正の確保」を求める文書を送り、街頭インタビューなどでも一方的な意見に偏らないように要請。TBSの番組に出演した安倍晋三首相が、「街の声」の選定について注文を付ける一幕もあった。
 ○菅長官の放送法言及、問題
 <砂川浩慶(ひろよし)・立教大学准教授(メディア論)の話> 生放送中のハプニングは番組として不適切ではあったものの、今回の最も大きな問題は、政権与党と放送メディアとの関係だ。官房長官が「放送法」を持ち出したのは非常に巧妙。直接的ではなくても、口に出すことで圧力になる。今後、テレビ局側が当たり障りのないコメンテーターを使うなど、結果的にメディアによる権力批判が封じられることにつながることを懸念する。今後もテレビ局は波風をたてることを恐れず、少数意見や政権を批判する意見も報道し、多様な角度から報道することが重要だ。>

 親会社の立場は崩すことができないから、菅官房長官の「介入」「圧力」などは否定せざるを得ない。その上で、テレビが「主張」を嫌い、「解説」を好んでいる現状を批判する……。苦しい記事と言える。

○かろうじて真相に迫った毎日
 毎日は4月6日付朝刊解説面に<テレビ朝日:古賀氏降板問題 「圧力」か「暴走」か 言い分、真っ向対立>という記事を掲載した。以下が全文だ。

<放送現場で報道の自由は守られていたのか。コメンテーターの暴走だったのか——。テレビ朝日の「報道ステーション」で、元経済産業官僚の古賀茂明氏が生放送中に突然、自身の降板をめぐる政権からの圧力を訴え、物議をかもしている。古賀氏、テレビ朝日、首相官邸それぞれの言い分は真っ向から対立している。【青島顕、写真も】
 ◇古賀氏「官邸から批判」
 3月27日の番組に出演した古賀氏は、古舘伊知郎キャスターから中東情勢へのコメントを求められた際に、テレビ朝日の早河洋会長らの意向で降板に至ったと発言し、「菅(義偉)官房長官をはじめ官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきた」と語った。古賀氏は1月23日の番組では、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)の日本人人質事件の政権の対応を批判し、「I am not ABE」と述べていた。
 古賀氏は4月1日、毎日新聞の取材に約10分間応じた。「圧力」の内容について、菅官房長官が報道機関の記者らを相手に古賀氏らの番組での言動を批判していた、と主張したうえで「官邸の秘書官からテレビ朝日の幹部にメールが来たことがある」と語った。
 また、昨年末の衆院選前、自民党が在京テレビ局各社に「公平中立」を求めた文書を配布したことについて「(テレビ朝日は)『圧力を受けていない』と言うけれど、局内にメールで回し周知徹底させていた」と批判した。
 古賀氏はテレビ朝日が3月末に番組担当のチーフプロデューサーとコメンテーターの恵村(えむら)順一郎・朝日新聞論説委員を交代させたことにも言及した。「月に1度の(ペースで出演していた)ぼくの降板はたいしたことがないが、屋台骨を替えた。プロデューサーを狙い撃ちにし、恵村さんを更迭した」と語った。
 一連の人事をめぐる古舘キャスターの対応については「前の回(3月6日)の出演前に、菓子折りを持ってきて平謝りだった」と述べた。
 生放送中に、持論を展開した行動に批判が出ていることについては「ニュース番組でコメンテーターが何を言うかはある意味、自由だ。テレビ朝日の立場では『降板』ではないので、あいさつの時間も与えられなかった。だからどこかで言わなければならなかった。権力の圧力と懐柔が続き、報道各社のトップが政権にすり寄ると、現場は自粛せざるを得なくなる。それが続くと、重大な問題があるのにそれを認識する能力すら失ってしまう。『あなたたち変わっちゃったじゃないですか』というのが一番言いたかった」と語った。
 古賀氏は1日、市民団体のインターネット配信番組に出演し、「安倍政権のやり方は上からマスコミを押さえ込むこと。情報公開を徹底的に進め、報道の自由を回復することが必要だ」と述べた。報道ステーションでの発言に対する反応についても触れ「多くの方から大丈夫かと聞かれるが、批判は予想より少ない」と語った。
 ◇テレ朝と政権「事実無根」
 テレビ朝日広報部は、古賀氏の言う「圧力」について「ご指摘のような事実はない」と否定した。同社の早河会長も3月31日の記者会見で「圧力めいたものは一切なかった」と話した。
 広報部は毎日新聞の取材に対し、恵村氏の交代については「春の編成期に伴う定期的なものだ」と説明した。さらに、プロデューサーを「狙い撃ち」にしたとの主張についても「ご指摘は当たらないと考える」とした。
 その一方で、衆院選前の自民党の文書については「報道局の関係者に周知した」と認め、「日ごろから公平・公正な報道に努めており、特定の個人や団体からのご意見に番組内容が左右されることはない」と回答した。
 菅官房長官は3月30日の記者会見で古賀氏の発言について「事実無根。事実にまったく反するコメントを公共の電波を使った報道をして、極めて不適切だ。放送法という法律があるので、テレビ局がどのような対応をされるか、しばらく見守っていきたい」と全面的に否定した。放送法4条は「報道は事実をまげないですること」と規定している。>

 これを読めば、「事件」はニュースショー番組など、テレビの言論・報道にからむ重大なものだということが分かる。
 いずれにせよ、マスコミを怖がらず、あえてマスコミに圧力をかけることを得意技とする菅氏は怖い政治家だ。
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■【サブテーマ1 統一地方選が語ったもの】

 4月12日投票だった統一地方選前半の結果は、安倍自民党の勝利だった。10道県知事・5政令市長の首長選は、自民・民主の対決型となった北海道、大分を含め、そろって自公両党が推した現職が当選。41道府県議選など議員選挙も自民の勝利だった。
 自民党は大阪を除く40道府県議選で第1党の座を確保。41道府県議選の総定数2284の過半数となる1153議席を得た。統一選の都道府県議選で過半数をとったのは1991年以来、24年ぶり。今回選挙がなかった岩手、宮城、福島、茨城、東京、沖縄の6都県議会でも自民党は第1会派を占めており、大阪以外すべての都道府県議会で多数派を獲得したことになる。
 他方、投票率は低迷もひどかった。10道県知事選の平均投票率は47・14%。戦後最低だった2003年の52・63%を大幅に更新し、史上初めて5割を切った。41道府県議選の平均投票率は45・05%と前回の48・15%より低く、同じく戦後最低だった。岐阜、大阪、奈良以外の38道府県議選で、戦後最低。つまり戦後最低でない方が例外的というのだからひどい。
 低投票率の下での自民党勝利というのは、一昨年12月の衆院総選挙と同じ構図だ。その総選挙後の特別国会で安倍晋三自民党総裁が、首相に指名され、安倍第2次内閣が成立したのだった。安倍政権は発足のときから、政治的関心が薄い中で、「他党より良い」だけで「安定」を誇る構図だ。国民の「強い支持」不在という弱点を指摘しない報道ぶりが、安倍政権の援軍となっているように思える。

 今回の選挙結果では、議員選の政党別議席数に注目したい。公明党は前回の171から169議席に減らした。共産党は、前回の80議席を大きく上回る111議席を獲得した。公明党はわずか2議席の減だ。しかし連立のパートナー・自民党の「大勝利」とは対照的な敗北だ。共産党もまた、安倍自民党「1人勝ち」を阻み、最も厳しい批判勢力として健在ぶりを発揮した意味は大きい。
 地方選挙の実態を見ると、公明・共産の「対決」は厳しいものがある。生活上の問題を抱えた人々は、末端行政機関である市町村と折衝しなければならない。高齢の父母を特別養護老人ホームなど高齢者福祉施設に入れたい▼乳幼児を保育所に入れたい▼障がい者や要介護の認定を受けたい……。どの場合でも居住地の市区町村役所(役場)の窓口に申し込むことになる。
 高齢者でも、乳幼児でも、施設なら「満杯です」と断り、認定の問題なら「基準に達していませんね」と突っ慳貪に断るのがお役所仕事。その類の相談を受け付けてくれるのは、公明・共産両党の市町村議だ。両党の市町村議は、それら「行政相談活動」で支持者を増やし、選挙の集票力を強めている。

 公明・共産両党の組織実態は似通っており、その両党と異質なのが、自民党だ。もともと地域の有力者(かつて「地方名望家層」という言葉があった)が集まって保守政党をつくった。複数の保守政党が合流して自民党となった。公明・共産両党支持者のような、困っている人は少ない。
 国政選挙で自公両党の共闘は、大きな力を発揮する。両党の支持者がオーバーラップしないからこそ、共闘が効果的なのだ。しかしどうやら公明党にとって、自民党との共闘は不利に作用しているのではないか? 支持者の多くは「護憲」「反戦」の立場だ。安倍自民党と協調している公明党を離れたのではないか? 統一選終了後、公明党がこの問題を顕在化させるかどうか、注目したい。
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■【サブテーマ2 生ぬるいアベノミクス批判】

 今月10日午前、東証一部の日経平均が、一時2万円を超えた。NHKラジオ「正午のニュース」のトップは、「10日の東京株式市場は、国内企業の業績拡大や景気回復への期待感を背景に買い注文が出て、日経平均株価は一時、15年ぶりに2万円の大台を回復しました」だった。アナウンサーの声は弾んでいたように思えた。「それはオマエのひが耳」とおっしゃる方がいるかもしれないが、少なくとも不可解な殺人事件のニュースを読むときの沈んだ声と対照的な明るいトーンだった。
 10日夜のニュースは「株価 一時2万円台 専門家の見方は」に変わり、11日早朝は「株主還元が過去最高 株価上昇の一因に」となって、翌朝まで丸1日「アベノミクスの成功」を聞かされるハメに陥った。

 1日中NHKラジオか落語のCDを聴いているのが私の日常。コマーシャルを聞きたくないから民放にはしない。NHKが意図的に流さないのは、自殺のニュースである。「自殺隠し」がある時期から意図的に行われるようになった。
 ラジオだから、「JR○○線は、××駅付近で起きた人身事故のため、▽▽——◇◇間で不通になっています」という臨時ニュース(?)が流れる。首都圏は鉄道網が「張り巡らされている」感じだから、これを聞かない日はない。
 ご存知だと思うが「人身事故」は99%まで飛び込み自殺で、ときに幼子を抱えた母親の無理心中もある。つまり自殺ニュースは認知しているが、ニュースとして流さないのである。これと対比するなら、東証1部株価の日経平均は、定時ニュースのたびに必ず流れている。このひどい落差は非人間的だという非難に値する。
 自殺は人命に直結するニュース。人生最大のそして極めて悲惨なドラマだ。株価は、少なくとも私にとっては無関係だ。知人にも「株をやっていてね……」とニヤ付いている輩(やから)はいない。「人命よりも経済を重視するのが体質」というのが、私の21世紀日本認識だが、「国営放送」が、この歪んだニュースバリュー判断をしているのが何よりの証拠といいたい。

 さすがに朝日、毎日は違っていて、両紙とも11日付社説のテーマとしている。朝日は「株価2万円 経済の実態を映すのか」毎日は「株価2万円台 浮かれてはいられない」というタイトル。
 「先行きが不確かな実体経済と、持続可能かあやしい政策。『株価2万円』はそこに乗って生まれた産物だ。株価に即した経済へと底上げすること。それが政権の課題である」(朝日社説の結び)という見方は一致している。2万円を超えたのは、まさに瞬間風速で、終値は前日比30円09銭安の1万9907円63銭と4日ぶりに反落したのだから、当然の見解だろう。
 読売は紙面全体が「大喜び」トーンで、社説のテーマにもしていないが、1面コラム「編集手帳」は「個人消費をよみがえらせて実体経済を株価の流れに近づけるよう、政府の成長戦略が問われるのはこれからだろう。鏡に見とれて“己惚”を醸造している暇はない」と結んでいる。

 朝日・毎日の社説も含めて「こんな生ぬるい見方で良いのか」というのが私見だ。アベノミクスの中枢にあるのは、黒田東彦総裁の下での日銀の通貨政策。日本国債をどんどん買い、通貨・円の流通量を増やす。円はダブつくから、物価は上昇に転じ、デフレは解消する……というわけだ。
 この通貨政策の下で、大企業には軒並み調達コストゼロの資金のカネがあり余っている。その資金を設備投資など、生産のために回すなら、経済は好況に転じる。もちろん従業員の賃金をアップするのも、消費を増やす効果に結びつく。
 しかしどの企業もそんな行動をとっていない。外為、株式などのマネーゲーム部門を新設・増強して、マネー市場で利益を稼ごうとする。日本の企業が明治以後、一貫して歩んできた「ものづくり本位」の行動パターンが崩れてしまっているのが現状だ。
 アベノミクスは、「成功か否か疑わしい」と疑問符を付けるような段階ではない。明治期から21世紀冒頭まで、1世紀半にわたって、それなりに「成長」を続けてきた日本企業の行動パターンを崩そうとしている……。有害な政策だという認識を原点にした厳しい批判が必要な時期になっている。
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■【以下は日付ごとの短評】

◇4月2日

 朝日オピニオン面「ザ・コラム」の「福島の空 不条理と闘った先人」(駒野剛の署名入り)に感心した。冒頭は
<無人の保育所、横倒しになった自動車、鉄柵で封鎖された家……。3月11日、1年半ぶりに訪ねた福島第一原発周辺は、時間が止まったまま、朽ちていた。
 大震災の被災地でも、原発被害を受けなければ、曲がりなりにも復旧、復興が進む。しかしFUKUSHIMAは違う。
 朝日新聞社が2月に実施した全国世論調査で、国民の間で原発被災者への関心が薄れ、風化しつつあると思うかについて尋ねると、「関心が薄れ、風化しつつある」が73%。「そうは思わない」の23%を大きく上回った。
 2012年7月、国会の事故調査委員会がまとめた報告書で黒川清委員長は「変われなかったことで起きてしまった今回の大事故に、日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを世界は厳しく注視している」と提起した。ところが、変わるどころか、忘れ去られつつあるようだ。>

 続けて
<那覇生まれ、山之口貘(ばく)の詩を思い出す。「どうやら沖縄が生きのびたところは 不沈母艦沖縄だ いま八十万のみじめな生命達(たち)が 甲板の片隅に追いつめられていて 鉄やコンクリートの上では 米を作るてだてもなく 死を与えろと叫んでいるのだ」
 米軍の砲弾が降り注いだ沖縄は、今も本土を守る矛と盾が集中する。首都圏の電源供給を担わされた福島は、自らの消費と無縁の放射能の汚染に苦しむ。
 同胞の悲しみも、自分から遠ければ、簡単に忘れ去ってしまうのか。>

 FUKUSHIMAも沖縄も犠牲にして、安逸な生活をむさぼることを止めない、首都圏など大都市圏の住民たちを厳しく告発した文章である。私自身もその1人であることを恥じなければならない。

◇4月12日

 朝日朝刊のコラム「日曜に想う」が「ネトウヨと、ひざ交え終電まで」。筆者は「特別編集委員・山中季広」だった。
 書き出しは以下の文章
<「朝日のくせにウヨっぽい」。短文投稿サイトのツイッターで私は時々、右寄りと非難される。かと思うと左寄り批判も大量に来る。「売国奴」「認識の甘さワロタ」。ひどい場合は「駆除すべき記者」と名指しされる。
 その手のツイート(つぶやき)をしているのは一体どういう人々なのか。かねてネトウヨに会ってみたい、できれば私を害虫扱いしない穏健派とじっくり話してみたいと思っていた。
 先日、その願いがかなった。
 東京・新橋の焼き鳥店。約束の時間に現れたのは、40代風の女性だった。>

 対話を終わって。
<ボクシングのような対話を終え、ひとりになったとたん疲れが来た。酔客で混み合う終電のつり革にぶら下がって考えた。人はなぜ右と左に分かれるのか。境界はどこか。ウヨとサヨは永遠にわかり合えないのか——。
 自問すること数日、「社会はなぜ左と右にわかれるのか」(紀伊国屋書店)という本を見つけた。著者に連絡すると偶然にも大阪に滞在中だった。
 ニューヨーク大学のジョナサン・ハイト教授(51)。左派と右派が憎みあう米国の病理を読み解く心理学者だ。>

 末尾は
<私などが言うまでもなく、右と左がすなわち善と悪であるはずはない。陰と陽のように補い合い、背と腹のように欠くべからざるものだろう。時代とともに右へ左へ揺れはするが、人々は両者の均衡の上でしか生きられない。
 それなのに近年は、左右の対話が細り、敵意ばかりが募る。「こっちは善人の集まり、あっちは悪人の牙城(がじょう)」。幼稚な二分論が各国でまかり通る。
 左右の正義に通じたハイト教授だが、ネット上は双方から悪態をつかれる。一例を見せてもらうと、教授を評して「ユング(心理学者)なんか読んで世に毒をまき散らす野郎」。かつてなら書くことさえためらわれた悪口雑言(あっこうぞうごん)が、大手をふって飛び交うデジタル社会。どちら様も大変である。>
となっている。

 「ボクシングのような対話」で疲れたと言うが、何故そんなに疲れるのか? 新聞記者なんだから、人と会い、会話するのは、永年続けてきた仕事のはずだ。72歳の私よりはるかに若い山中氏が「疲れた」のは何故だろうか? と考えた。
 「人と会い、会話する」のが仕事と書いたが、正確に言えば記者の仕事は「人と会い、取材する」であろう。山中氏のコラムにも、取材らしき内容は出てくる。

<「日本のがんはマスコミ。特に朝日とNHKががんですね」。初見のあいさつもそこそこにパンチを繰り出す。
 私がよく見るテレビ朝日やTBSの番組名を挙げると「私は天気コーナーより後しか見ない。前半の政治ニュースの偏向ぶりに我慢ができません」。
 新聞は何を? 「直近は読売でしたがやめた。子供のころ家では朝日と産経を併読していました。10代後半にはもう朝日が嫌いになりました」
 なぜ嫌いに? 「反日の総本山ですから。こう会って話すと反日じゃないとわかる。でもツイッターを見る限り記者の頭のOS(基本ソフト)に反日が入っている。不気味です」
 有名大学卒、首都圏在住。ネトウヨという呼称は「サヨが勝手に貼ったレッテル」ゆえ受け入れがたいと言う。>

 このあたりで「取材」場面は終わっている。
<モルツの生や八海山を酌み交わしながら二次会まで計5時間。話したのは慰安婦、NHK会長職、首相のヤジ、沖縄の基地問題など。意見はことごとく対立した。不一致、不一致、不一致のオンパレードで一致したのはただ一つ、「権力を監視するのは記者の本務」という点だけだった。>

 取材でない5時間の対話!「それじゃ疲れるヨ」というのが私の感想だ。「意見はことごとく対立した」のに5時間というがまん強さに驚いた。さすが朝日と言うべきか。
 朝日とNHKは嫌いだから見ない。それだけじゃなくテレビ朝日やTBSのニュース番組でさえ「天気コーナーより後しか見ない。前半の政治ニュースの偏向ぶりに我慢ができません」という、「左」への嫌悪感。それだけで十分ではないか?
 私なら、「私は『右』を批判したかったから、ヒトラーの『わが闘争』や、ナチス支配の時代を書いた『第3帝国の興亡』を読んだ。北一輝についてもそれなりに読書歴がある。嫌いだから見ない、読まない。それで『右』が良く、『左』はダメとかける貴女はハッピーですね」と皮肉を言って、30分でハイ・サヨナラだろう。
 同じ対話でも、相手の土俵の中のものとなると疲れる。どうやら山中氏は「自分の土俵に引きずり込んでラクに闘おう」とは思っていなかったらしい。それなりに誠実な態度とは言える。相手が20歳代の若者なら、テクニック抜きの対話をつき合ってあげる「教育的指導」の精神を発揮する親切心を発揮するのもうなずける。しかし相手の女性は40歳代風、有名大学卒、首都圏在住だったというのである。男女差別をしなければ、立派な大人扱いで当然だろう。「嫌いなものは読まない・見ない・聞かない」という姿勢で、「発信だけは一人前ですむのかい」と難詰する。せいぜい30分で対話は終わり。
 こんなしょうがない大人を育てたのは、戦後教育であり、社会だ……。というところで、コラムの末尾にすればすむことである。

 筆者・山中氏については今年に入ってからのコラムで、「なるほど」と思ったものがあった。そこで私が利用できる検索機能をつかって、過去記事を調べて見た。政治がらみでは2012年6月17日の<(ザ・コラム)角栄氏の情愛 豪胆さの裏、悩める男>と、同年9月30日の<(ザ・コラム)政治家の器 縄文・弥生、顔面バトル>が出てきた。それぞれ政治部畑の記者たちが書く「政界コラム」とはまったく異質な文章だった。だからこそ「政治」の現実に迫っているようにも思った、
 この2つのコラムの署名には<(東京・社会部長)>という肩書きがあった。山中氏は、当時東京本社社会部長だったのである。その大記者にしては、ネトウヨとの付き合い方が稚拙だったのではなかろうか?
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■【書き残したこと】

(1)沖縄問題は、もはや「国内問題」ではなくなった観があります。全国紙や他県の地方紙と沖縄紙2紙のオピニオンはまったく異なっています。「沖縄は独立に歩むか」は次号の大テーマとなると考えます。
(2)露骨な安倍政権の「軍事優先」路線=予算成立後の国会は、自衛隊の活動をテーマに、制約を取り払う諸法案が焦点となるはず。同じく次号のテーマです。

注)4月15日までの報道・論評を対象にしております。新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。

 (筆者は元毎日新聞記者)