【マスコミを叱る】(旧タイトル【読者日記——マスコミ同時代史】)(26)

2016年1〜2月

田中 良太


◆◆【菅義偉官房長官の完全勝利 報道の完敗】

 朝日新聞特別編集委員の星浩氏(60)がTBS系の報道番組「NEWS23」(月〜金曜夜)の新メインキャスターに決まった。3月28日から出演することになっており、朝日の方は、現在退社の手続き中という。先月26日TBSが発表、朝日も27日付朝刊第3社会面に3段相当の見出しで記事にしている。
 記事中に「政治部の先輩である筑紫哲也さんがやっていた番組なので、お手伝いできればと思いました」という星氏の言葉が紹介されている。朝日の記者に対して語ったのだろうが、「よく言うヨ」と思った。

 「NEWS23」は、1989年10月「筑紫哲也 NEWS23」として始まった。2008年3月末まで、20年近くも続いた人気長寿番組だった。
 筑紫哲也(ちくし てつや)氏(故人、1935年6月——2008年11月、満73歳没)は、ご存じの方も多いと思うが、一時代を画したジャーナリストだった。1959年から2008年まで朝日新聞記者であり、政治部記者、琉球(現在の沖縄)特派員、ワシントン特派員、外報部次長、編集委員などを歴任した。私自身は面識がないが、筑紫氏を知っている先輩記者の話は聞いたことがある。「野党担当になると生き生きする人」という評が印象に残っている。
 「朝日ジャーナル」編集長だった1984年から87年までは中曽根康弘政権の時代。社会党など野党より鋭い政府批判を展開した。その後、ニューヨーク勤務を経て、朝日新聞を退社。「筑紫哲也 NEWS23」を開始した。
 筑紫氏の番組だった時代、最も目立ったのは、「多事争論」と名付けた部分だった。新聞記者が書くコラムに相当する「発言」部分がほしいと考え、筑紫氏の主観を交えた発言のコーナーを設け、「多事争論」と名付けたのだ。筑紫氏は「政府批判こそジャーナリズムの使命」と言い切っていたのだから「多事争論」の発言内容は政府批判が大半。自民党など保守勢力は「偏向番組」だと嫌っていた。

 さて星氏だが、著書に「官房長官——側近の政治学」(14年6月、朝日新聞出版)がある。冒頭、官房長官は政権の要(かなめ)であり、その立場は強いことを強調。その後、後藤田正晴氏(中曽根康弘内閣)野中広務氏(小渕恵三内閣)など歴代の主要官房長官ついて、首相との関係や、考え方・仕事ぶりなど各論を書いている。
 その双方のつなぎの部分に、塩崎恭久氏と、菅義偉氏を対比した文章がある。言うまでもなく、塩崎氏は第1次安倍晋三内閣の、菅氏は第2次安倍内閣の、それぞれ官房長官である。詳しくは本をお読みになっていただきたいが、第1次安倍内閣がたった1年で総辞職を迫られたのは、塩崎氏が弱かったから、第2次安倍内閣が「1強政権」を構築しているのは、菅氏が強いから、という組み立てになっている。巻末には「官房長官とは——菅義偉官房長官に聞く」というインタビューを20ページにわたって掲載している。

 端的に言えば「菅義偉氏賛美の書」なのである。星氏はベテラン政治記者だから、自分の文章が政界でどう読まれるか? 考え尽くしたうえで執筆するはずだ。「菅賛美」と受け取られることはプラスだという判断があったに違いない。
 菅氏をテーマとした本に「影の権力者 内閣官房長官菅義偉」 (16年1月、講談社+α文庫)がある。比較して読んでいただければ、私の考えが邪推でないことはおわかりいただけるはずだ。こちらの方の著者は、松田賢弥氏で、54年生まれだから星氏とほぼ同年齢。フリーライター一筋で、小沢一郎氏をテーマとした著書は高く評価されている。

 星氏は1月31日付朝日新聞オピニオン面「日曜に想う」欄に「日本の政治は悪くなったのか」と題する署名入りコラムを書いている。末尾に「星特別編集委員のコラムは今回で終わります」という文章があるから、朝日の政治記者としての「卒業論文」だろう。その結論部分は、「日本の政治は悪くなったのか——。私は『否』と答えたい。政治家が明確な選択肢を示し、有権者が熟慮の末に賢い判断をすれば、民主主義は生き生きとしてくる。その素地は出来つつあると信じているからだ」という文章だ。
 私は「日本の政治は?」という問題について問うことはしない。報道一筋に生きてきたのだから「日本のマスコミは悪くなったのか?」と問いたい。答えは当然、「悪くなった」だ。

 マスコミを悪くした元凶は安倍政権で、一人だけ挙げると菅官房長官となる。NHK経営委員につぎつぎ「保守反動」の人たちを任命。会長には、「政府の方針に従う」路線が鮮明な籾井勝人氏を起用した。新聞についても、消費税引き上げに伴う軽減税率適用品目のなかに「週2回以上発行の新聞」を入れることをニンジンにぶら下げて、「政府批判」論調を消していった。
 「マスコミ改造」を目指した菅(義偉)大作戦と言うべきものは見事に成功した。安倍政権・自民党から、「偏向」視されていた、「報道ステーション」(テレビ朝日系)「クローズアップ現代」(NHK)と「NEWS23」はそろって3月末から、メインキャスターが交代する。テレ朝とNHKは局アナを選んだが、TBSだけは、星氏を選択した。星氏の著書「官房長官」は、TBSキャスターへの立候補宣言だったのではないか? 
 14年の衆院選前には、「NEWS23」に生出演した安倍晋三首相が、街頭インタビューの声の選択が「政府与党批判ばかりで偏りがある」と、番組内で批判するという「事件」があった。TBSとしては、「誰なら納得するのか? 」と菅氏に打診。「星氏なら安全」との感触を得たといった経過があったのではないか。

 朝日新聞は2月2日付朝刊社会面に<(Media Times)直言キャスター、交代の春>という記事を掲載している。

<NHK、テレビ朝日、TBSの看板報道番組の「顔」が、この春一斉に代わる。番組の一新、本人の意思など事情はそれぞれだが、政権への直言も目立った辛口キャスターがそろって退場していくことに、懸念の声が上がっている。>
が前文。
 TBS系の「NEWS23」は、メインキャスターの膳場貴子さん(40)と岸井成格(しげただ)アンカー(71)が降板、新キャスターに星浩・朝日新聞特別編集委員(60)を起用する。テレビ朝日系の「報道ステーション」は、メインキャスターの古舘伊知郎さん(61)が3月末で降板。後任は同局の富川悠太アナウンサー(39)となる。NHKは報道番組「クローズアップ現代」のキャスターを1993年から務めるフリーの国谷裕子(くにやひろこ)さんとの契約は更新せず、後任は局アナを軸に検討している(その後、局アナが交代でつとめると発表)……などが主な記事内容。

<昨年9月、安保法案が参院特別委員会で可決されたことを、「私は強行採決だったと思います」とコメントした古舘さんなど、降板するのは辛口で知られたキャスターたち。三つの番組には最近、政権や自民党から報道内容に対する注文が相次いでいた。
 「報ステ」のアベノミクスの取り上げ方を自民党が文書で批判、「公平中立」を求めた。昨年4月には、「クロ現」と「報ステ」の内容をめぐって自民党が局幹部を事情聴取。「直接の原因ではなくても、それぞれが降板へ背中を押す一因になったのでは」と話す放送局関係者もいる。>
 という文章もある。

 翌3日付の朝日川柳には<お笑いとお上の声が占めそうな>という1句があった。この件については読者の関心も高かったのではないか。
 辛口・直言のキャスターが降板して、星氏に交代するのだから、星氏は「甘口代表」として選ばれたと、朝日が認めたことになる。もちろん朝日が記事中でそう書いている訳ではないが……。
 星氏がキャスターになった「NEWS23」には、菅義偉官房長官が生出演したりといったことがあるのかもしれない。その後は安倍晋三首相となる。現状は安倍首相出演は、日テレとフジに限られている。TBSは「大きな戦果」と評価するのではないか。

◆◆【政府ペースに過ぎる大ニュース報道】

 1月末から2月初めにかけて、各紙共通に1面トップとなるような大ニュースが続いた。以下、日付は掲載された朝刊のもの。内容は朝日の見出しを借用した。
 1月29日=甘利経済再生相が辞任 秘書300万円流用「監督責任」 後任に石原元幹事長
 同30日=日銀緩和、新局面 マイナス金利を導入 物価2%目標は先送り
 2月8日=北朝鮮、ミサイル発射 沖縄上空通過、宇宙到達か
 いちばんの「大報道」は各紙とも、北朝鮮のミサイル発射だった。
 2月8日付朝日朝刊に例をとると、以下のように「北朝鮮ミサイル新聞」と言えるような紙面になっていた。

[天声人語]
■北、核に続きミサイルも(デジタル紙の見出し)
[社説]
■ミサイル発射 安保理の対処を急げ

[総合面]
■(時時刻刻)北朝鮮、挑発エスカレート ミサイル能力向上か 実戦配備には至らず
■北朝鮮といかに向き合うか 日米韓の識者に聞く
 ▼米朝交渉、日本が後押しを 元日朝国交正常化交渉政府代表・美根慶樹(みねよしき ▼圧力・関与、中国巻き込んで 元米国務次官補、ロバート・アインホーン氏
 ▼説得の努力、続けなければ 元韓国外交通商相・尹永寛(ユンヨングァン)氏

[国際面]
■韓国、ミサイル防衛転換 米の先端システム配備協議 北朝鮮ミサイル発射
 ▼中国「深い関心」
 ▼ロシア「深刻な緊張もたらす」
 ▼フィリピン「技術廃棄求める」
 ▼インドネシア「緊張緩和へ対策を」
■「衛星、まっすぐ上に」「貿易へ打撃心配」=中朝国境近くの中国・遼寧省丹東市に入っていた特派員の目撃記事
■開城の一時撤収も視野 北朝鮮ミサイル発射

[社会面]
■発射強行、不安と怒り 北朝鮮ミサイル
 ▼米射程目標に
 ▼核弾頭小型化
 ▼再突入が難関
 ▼党大会へ正恩氏「業績」作り
 ▼パキスタンなどに輸出、見返りに核技術を入手
 (以上、▼は小見出し)

 読売、毎日なども同じようなもの。朝日ほどひどくはないが「北朝鮮ミサイル新聞」の様相は濃厚だ。参考まで主要紙の社説のタイトルは以下である(いずれも2月8日付。産経については上手く検索できなかった。日経は、このテーマの社説はなかったようだ)。

朝日=ミサイル発射 安保理の対処を急げ(再掲)
読売=北ミサイル発射 地域の安定を揺るがす暴挙だ(一本社説=以下▼は小見出し)
 ▼安保理は厳格な制裁決議を急げ
 ▼中国の責任は重大だ
 ▼危機管理体制を万全に
毎日=北朝鮮ミサイル 暴走止める体制を作れ
中日・東京=北ミサイル発射 東アジア危機に協調を
北海道=北ミサイル発射 平和脅かす挑発行為だ
西日本=北朝鮮ミサイル 安保理で厳しい制裁必要

 いずれも「暴走」「挑発行為」などと北朝鮮を非難し、国連安保理決議などによる制裁決議を呼びかけている。

 自民党の高村副総裁は5日、福岡市で講演し、「北朝鮮は最低300発のミサイルを持っていて、日本列島のほぼ全体を射程に入れている。何十発ものミサイルを一緒に撃たれたとき、それをすべて撃ち落とすことは今の技術では到底考えられない」と述べた(6日夕刻のNHKニュースによる)。北朝鮮の脅威を煽り、集団的自衛権ひいては改憲など、安倍政権の目指すものを確立・実現させようとする発言だ。
 この高村発言はウソだ。北朝鮮が日本列島を「何十発ものミサイルで撃つ」ことなど考えられない。北朝鮮の核実験、ミサイル発射(正確には衛星打ち上げ)の意図は、核・ミサイルを保有しているという一点で米国と肩を並べ、米国を北朝鮮と2国だけの外交交渉に引きずり出そうということにあるというのが、北朝鮮ウォッチャーたちの共通した見方だろう。

 そもそも、日本本土が外国の侵略を受けそうになった歴史上の「前歴」はいわゆる「元寇」すなわち「文永・弘安の役」だけである。1274年(文永11年)と81年(弘安4年)だから、700年以上も以前のことになる。その元寇によっても、対馬・壱岐など島嶼部を除けば、日本列島本体が大被害を受けることはなかった。
 日本が被害を被った外国軍の「軍事行動」は、日本軍が起こした侵略戦争に対する外国の報復攻撃だった。とくに第2次世界大戦(太平洋戦争)による戦没者は「310万人以上」とされている(日本政府発表の数字)。人的被害だけでなく、国民生活全般にわたって巨大な惨禍をもたらし、経済も崩壊した。これは全て日本の陸海軍が引き起こした侵略戦争に起因するものだったのである。
 北朝鮮の核・ミサイル開発の問題を論じるときは、「暴挙」ではあるが、日本にとって「脅威」とは言えないことを鮮明に示さなければならない。しかし各紙とも、高村氏の発言が示したような「日本への脅威」論を否定しているとは言えない。

 さて、この項目のタイトルを北朝鮮ミサイル報道だけでなく、甘利明経済再生相の閣僚辞任、日銀のマイナス金利導入と並ぶ「三本柱」としたのは、いずれの報道もあまりにも安倍政権に有利にすぎると考えるからだ。安部政権は機会あるごとに「報道の偏り」を指摘している。過去にこれほどしつこく「報道が偏っている」と指摘した政権の前例はない。私見では、安部政権の指摘する偏りは被害者意識にすぎない。実際には逆に、安部政権有利の「偏り」こそ目立つのである。

 甘利辞任、日銀のマイナス金利は、ともに安倍政権の弱みが露呈したものと判断すべきだ。甘利氏は、「3A1S」(安倍晋三首相、麻生太郎副総理兼財務相、甘利氏と菅義偉官房長官)といわれる安倍政権中枢の4人組の一角だった。その甘利氏が引きずり込まれた事務所の金銭スキャンダルは、贈収賄事件に発展しての当然の「政治家の犯罪」だった。
 「甘利事件」の本質については東京新聞2月5日付の<こちら特報部 甘利氏問題の本質とは>が、正しい指摘である。書き出しは以下の文章だ。

<甘利明前経済再生担当相による金銭授受問題。辞任理由は不届き者の秘書が政治献金を私的流用し、その監督責任を取るといった趣旨だった。だが、おかしくないか。政治家が企業の要望を聞き、その名前で得た報酬(献金)を世間では「賄賂」と見なす。そうした癒着をはがすため、政党助成法も施行されたはずだ。企業献金が生き残っている現在、これでは二重取り以外の何物でもない。>

 末尾近くの部分から、末尾までを引用しよう。
<全国銀行協会(全銀協)の佐藤康博会長(みずほFG社長)は昨年十一月、「社会的貢献として企業が政治献金する意味」を強調したが、一四年分の政治資金収支報告書によると、自民党の三メガからの借入金は約七十億円。献金はおよそその利子分にも映る。
 立正大学の浦野広明客員教授(税法)は「自民党には資産がなく、メガバンクからの借り入れに依存している状態」と政策に関与する危うさを指摘する。
 実際、ゆうちょ銀の預入限度額引き上げをめぐっては、競争相手の民間金融機関から反発の声がある中、自民党の特命委員会では段階的に三千万円に引き上げることを提言した。だが、昨年十二月、政府の郵政民営化委員会は限度額を千三百万円程度に抑える形で報告書をまとめている。
 企業献金と政党交付金が二重取りできる現状は、昔よりも悪いとも言える。
 ただ、一橋大大学院の中北浩爾教授(政治学)は「かつてに比べて企業献金は激減しており、現在では政党交付金に依存することの方が問題だ」とみる。
 「選挙に勝てば、多額の政党交付金が入ってくる。だから、政党は有権者の声を日常的に聞かなくなっている。民主党政権と安倍政権に共通する選挙至上主義の一因はそこにある」
 中北教授は「企業献金をただ禁止すればいいということではなく、個人献金をベースとする形に移行させて、透明性を確保していくことが重要だ」と説く。
 上脇教授も政党交付金については「税金に依存し、浄財を有権者から集める必要がなくなった分、痛みを強いることに躊躇(ちゅうちょ)がなくなった」と問題視する。
 「ただ、大口の献金が横行すれば、買収政治になりかねない。企業による政治献金は禁止。献金は個人または同じ政治主張を持つ少人数の集まりなどに限った形にするべきだ」>

 「選挙に勝ったから国民の支持を受けている」と強さを誇り、国民に「痛みを強いる」ことを躊躇しない安倍政権の本質を衝いている。「一強」と言われる安倍政権の「弱さ」が露呈したはずであるのが、「甘利事件」なのだ。
 すでに特捜検察が動き始めていることは報道されている。しかし検察もまた行政権内部の機関に過ぎない。ロッキード、リクルート両事件の前例はあるが、マスコミによる「強烈」といえるほどの「徹底捜査」キャンペーンがあってはじめて、検察は「立件」と意思決定する。
 東京新聞の「こちら特報部」も、結論部分では政党交付金と政治献金の「二重取り」という制度問題に逃げ込んでいる。冒頭にあった「政治家が企業の要望を聞き、その名前で得た報酬(献金)を世間では『賄賂』と見なす」という言葉からすると、刑事事件としての立件が必要なケースであると断じることこそ必要だった。甘さの残る記事だと言わざるをえない。

 その後、自民党衆院議員・宮崎謙介氏が議員辞職するという「事件」があった。妻(衆院議員・金子恵美氏)が妊娠中に、他の女性と「不適切な関係」を持ったことを「週刊文春」に暴かれた。その事実を認めざるをえず、議員辞職を余儀なくされたのだ。
 かつて「浮気」とされた行為だが、なぜか「不倫」と呼ばれることが一般化した。「浮気」はいまや死語同然だ。戦前、刑法に姦通罪があった時代も、姦通で罰せられるのは妻だけで、夫の「浮気」は「公認」同然だった。刑法犯とは全く縁のない「不適切な行為」で議員辞職するなら、刑法の収賄罪の容疑濃厚な甘利氏こそ、議員辞職を迫られて当然だろう。甘利氏に議員辞職を促す論調など、かけらも見られない。「安倍一強政権」に、マスコミは甘い。その甘さが、安倍政権にとって大きな武器となっている。

 甘利事件は中枢閣僚が引き起こした「事件」であり、人的側面で安倍政権の弱みを露呈したものだった。日銀のマイナス金利導入は、政策的な面での安倍政権の弱みを露呈した決定ではないか? アベノミクスの原点だった「三本の矢」(「新」ではなく、「旧」と言うべきか?)は▼大胆な金融政策▼機動的な財政政策▼民間投資を喚起する成長戦略、だった。第1項目の「大胆な金融政策」とは、日銀による「異次元の金融緩和」に他ならない。異次元と言えるほど、金融を緩和し、銀行など金融機関に潤沢な資金を供給する。その資金が民間企業に貸し出され、企業はモノとサービスの生産・販売に励む。経済活動は活性化し、年率2%のインフレ目標は達成されるはず……だった。
 しかし現実の展開は違った。調達コストほぼゼロの資金で膨れあがった企業は、モノとサービスの生産などやらず、株式や外為などのマネーゲームに資金を費やした。アベノミクスによって、株価が低落を免れたのは事実だが、それだけだった。経済はゼロ成長が定着するという展開だった。アベノミクスの推進役となってしまった黒田日銀としては、「ともかく行動している」というポーズを示すことが必要だった。だからこそ、ゼロ金利導入に追い込まれたというのが真相だろう。

 朝日は1面トップで<日銀緩和、新局面 マイナス金利を導入 物価2%目標は先送り>と報じた。日銀担当記者(と思われる)の署名入り解説がついており、その見出しは、<未知の領域、副作用懸念も>だ。
 一般の消費者にとっては、住宅ローンなどの金利がさらに下がって得する一方で、預金金利や運用商品の利回りが下がる不利益も出る。銀行の収益も圧迫し、銀行が損をしないように、貸し出しを慎重にする恐れもある。各種金融サービスの手数料も上がるかもしれない、などの危惧を並べている。
 さらに、日銀は、銀行などから大量に国債を買って金利の引き下げを狙う政策を続けるが、今後は国債を売ったお金をためると「罰金」がかかるため、銀行が国債を売り惜しみ、これまで通りの緩和策がうまく進まない懸念もあると指摘。<これまで続けてきた政策との相性も悪い>と断じている。
<にもかかわらず今回の政策に踏み切ったのは、日銀が市場に追い込まれた側面がある。世界経済の先行きが不透明になるなか、日銀が国内景気の腰折れを防いでくれるとの期待は市場でくすぶっていた。
 市場の動揺を一時的に抑えるかもしれないが、日銀が最終的に目指すデフレ脱却の「特効薬」になるとは限らない。副作用の懸念を抱えたまま、日銀はまた未知の領域に入った>
 というのが、結論部分だ。

 2、3面が見開きの関連記事で、2面は<(時時刻刻)日銀、苦肉の「奇策」 マイナス金利導入 量的緩和、限界近づく>、3面は<日銀の新手、株価乱高下 効果、割れる見方 マイナス金利導入、長期金利は急落>だった。社説は<マイナス金利 効果ある政策なのか>と並び、社会面に記事はないものの、「マイナス金利新聞」の様相だ。
 社説の末尾を引用・紹介しよう。
<今回、中国をはじめとする新興国経済の減速や原油価格の下落など、世界経済の不安定さに対応して日銀は新政策を導入した。ただ、内外経済が不安定になるたびに、新たなサプライズを市場に与える今のやり方がいつまでも続けられるとは思えない。その手法はいよいよ限界にきている。>
 「限界に来ている」は、十分に厳しい言葉遣いという判断だったのかもしれない。しかし通貨政策で最も重要なのは安定性である。一般市民が持っている通貨=円の価値がくるくる変動するようでは、暮らしは不安定になってしまう。「『限界』と言えるほどの奇策に頼らざるを得ないという状況に自らを追い込んでしまったのだから、日銀総裁退任こそ正しい選択だ」という文章が必要だったのではないか?

〈注〉ちなみに読売、毎日の社説タイトルは以下のとおり
読売=日銀追加緩和 脱デフレの決意示す負の金利
毎日=マイナス金利 苦しまぎれの冒険だ
《〈注〉終わり》

 日銀のゼロ金利導入を甘利事件と併せて論じ、「アベノミクスの敗北」を打ち出す報道・論評も必要だったはずだ。
 米国のジャーナリスト・政治評論家だったウォルター・リップマン(1889年9月−1974年12月)の名著‘Public Opinion’が刊行されたのは、1922年。翌23年には邦訳「輿論」(中島行一・山崎勉治訳、大日本文明協會事務所)が刊行された(現在は掛川トミ子訳「世論」[上・下=岩波文庫、1987年刊]で読むのが一般的だろう)。
 米国ではこの‘Public Opinion’刊行以後、日本でも55年体制成立以後、「世論政治」の時代に入ったと言える。日本の政治風土と世論の構図を併せ考えると、新聞論調は大きな意味を持つ。世論形成の「主役」であり、ときに政治を動かす原動力にもなる。

 「甘利事件」、日銀のマイナス金利導入と、2件の「追いつめられた選択」が続いた時点で、新聞論調は「安部一強政権」の弱さが露呈したことを鋭く指摘すべきだった。しかし現実には、朝日を初めとする日本の新聞論調は、過度と言えるほど安部政権に甘かった。
 「その代わり」と言うべきだろうか? 前半で書いたように、北朝鮮のミサイル発射について新聞各紙は過度に強い批判・非難の論調で足並みをそろえた。いうまでもなく北朝鮮・金正恩(キムジョンウン)第1書記の政権は、日本の世論政治の枠外にある。
 新聞が果たさなければならない使命は、世論政治の枠組みの下にある安部政権に対して、批判すべきは批判するという論調だろう。それを怠って、日本の世論政治の枠組み外にある北朝鮮の行動について厳しい批判・非難を展開している。
 世論政治の下での新聞の使命を忘れた行動であるだけではない。「安部政権応援」の論調にもなったのである。

 北朝鮮のミサイル発射によって、安倍首相の語調・表情は一変した。甘利事件とゼロ金利導入についての国会論戦では苦しそうだった安倍首相の口調が、北朝鮮のミサイル発射以後、元気を回復、「強気」に転じた。
 もともと安倍晋三氏が首相に就任できたのは、2002年9月、小泉(純一郎当時首相)訪朝によって連れ帰った、拉致被害者5人について「北朝鮮に返すべきでない」と主張したことがきっかけだった。外務官僚は「北朝鮮との約束」にこだわり、政権内の論争になったが、当時官房副長官だった安部氏が勝利した。その後安部氏は官房長官・自民党幹事長などを歴任。小泉氏の指名もあって後継首相に就任した。その第1次安部政権は1年で崩壊したが、その後復活し、「一強政権」と言われるほどになった。

 政治の世界のプレーヤーたちにとって、強敵の存在は不利ではない。「敵」が強いからこそ、強くなる政治家の方が多いくらいだ。安部氏と北朝鮮の関係はその典型である。強敵・北朝鮮の存在は、安部政権を支える、極めて強い大黒柱だろう。その構図を熟知しているはずの新聞各紙が、しつこすぎるほどの北朝鮮非難を展開し、安部政権を支えたのは、使命放棄以外の何者でもない。
 甘利事件▼日銀ゼロ金利導入▼北朝鮮のミサイル発射の3件についての新聞論調を一連のものとして見ると、「安部政権支援」の姿勢が浮かびあがってくる。

◆◆【「週刊文春」のリードが目立ったニュース報道】

 「週刊文春」が大活躍だ。何と言っても最大のスクープは、甘利明経済再生相が閣僚辞任を余儀なくされた贈賄まがいの金銭受領だろう。「週刊文春」誌1月28日号(同21日発売)に<政界激震スクープ 「甘利明大臣事務所に賄賂1200万円を渡した」 TPP立役者に重大疑惑 実名告発 口利きの見返りに大臣室で現金授受>という記事を掲載した。
 本文冒頭の記事内容は以下のとおりだ。

<難航したTPP交渉を大筋合意に導き、評価を高めた甘利明TPP担当大臣。今国会では承認が控えるが、そんな矢先、その適格性が問われる重大な疑惑が発覚した。甘利大臣や秘書が、口利きのお礼として多額の金を受け取ったというのだ。衝撃告発の中身とは——。

 神奈川県大和市にある古びた喫茶店『F』。昨年十月十九日、薄暗い店内の片隅でワイシャツ姿の中年男性二人が向かい合っていた。
 この数カ月間、二人は毎週月曜日、近くの回転寿司でランチを済ませると、この店でコーヒーを飲んでいる。男たちは小声で十分ほど話しこんだ後、手前に座った年配の男が周囲を気にしながら、テーブルの上に二つの封筒を差し出した。
 「ウフフフ……」
 封筒を見た窓際の男が、突如笑い声をあげ、年配の男が冗談めいた口調で「本物でしょ?」と語りかけた。
 窓際の男が躊躇なく封筒を受け取ると、もう一方の封筒を手にしながら、
 「ウフフフ。あ、私がお預かりしておきます」
 そう言って、傍に掛けていた自身のジャケットの内ポケットに二つの封筒をねじ込んだのだった。
「甘利大臣に直接手渡した」
 封筒を受け取った男の名は清島健一(39)。実はこの男、地元ではちょっとした実力者だ。甘利明TPP担当大臣(66)の公設第一秘書で、甘利氏が地元に構える大和事務所の所長でもある。

 年配の男性が、この日のことをこう振り返る。
 「清島所長に渡した二つの封筒の中には現金が十万円ずつ入っています。知人に頼まれて、ある外国人のビザ申請で便宜を図ってもらおうと、甘利事務所の力を借りていました。秘書が動くには経費がかかると所長から言われたため、この日、十万円を所長に、もう一つの封筒は政策秘書の方に渡してくださいという意味で預けたのです。
 実は、清島所長や甘利事務所の方にお金を渡したのは、このビザの件だけではありません。ある案件では、所長や他の秘書に金銭を渡したり、飲食の接待をして、千万単位の金をつぎ込んできました。しかも、現金を甘利大臣に直接手渡したこともあるのです」

 そんな衝撃的な告発をするのは一色武氏(62)。千葉県白井市にある建設会社『S』の総務担当者だ。自身でも会社を経営しており、甘利氏の支援者でもある。その一色氏が告発に至った経緯をこう語る。
 「利益供与をしたわけですから、真実を話すことで自分が不利益を被ることは承知しています。
 しかし安倍政権の重要閣僚で、TPP交渉の立役者と持て囃された甘利大臣や、それを支える甘利事務所の秘書たちが、数年もの間、金をとるだけ取って、最後は事をうやむやにしようとしている姿に不信感を抱くようになったのです。『うち(甘利事務所)が間に入りますから』というような甘い言葉を私にかけては、金をタカってきましたが、それは支援者に対する誠実な態度といえるのでしょうか。私は、彼らのいい加減な姿勢に憤りを覚え、もう甘利事務所とは決別しようと決心したのです。
 私は、自分の身を守る手段として、やり取りを録音しています。また、毎回いつ誰とどこで会ったかなどを記録に残し、領収書はメモと一緒に保管してきました。口利きの見返りとして甘利大臣や秘書に渡した金や接待で、確実な証拠が残っているものだけでも千二百万円に上ります」>

 この件について甘利氏は28日に記者会見し、大臣を辞任すると表明した。記者会見の発言要旨をまとめた毎日の記事を紹介しよう。

<見出し=甘利・経済再生担当相:辞任 秘書2人、接待何度も 発言(要旨)
 本文=甘利明経済再生担当相は28日の記者会見で「閣僚のポストは重いが、政治家としてのけじめはもっと重い」と辞任の理由を語った。会見での甘利氏の発言要旨は次の通り。

 ◇辞任理由 「政治家のけじめ」
 今回の報道により、野党の皆さんに経済演説を聴いていただけないばかりか国会運営に支障を生じかねない事態になった。本来、安倍政権を支えるべき中心たる人間が逆に安倍政権の足を引っ張る。安倍内閣の一員としての閣僚、甘利明にとっては誠に耐えがたい事態だ。
 希望を生み出す強い経済を推進してきた閣僚、甘利明が、そのポストにあることで重要な予算審議に入れない。いささかといえども国政に停滞をもたらすことがあってはならない。私に関わることが、権威ある国会の、この国の未来を語る建設的な営みの足かせとなることは、閣僚、甘利明の信念に反する。
 閣僚のポストは重い。しかし、政治家としてのけじめをつけること、自分を律することはもっと重い。政治家は結果責任であり、国民の信頼の上にある。たとえ私自身はまったく関わっていなかった、知らなかったとしても、何ら国民に恥じることをしていなくても秘書に責任転嫁することはできない。それは私の政治家としての美学、生き様に反する。
 安倍内閣は経済最優先で取り組み、我が国経済は緩やかな回復基調が続き、ようやくもはやデフレではないという状況までやってくることができた。15年以上続いたデフレの重力圏から脱却できるかの瀬戸際にある。デフレから脱却し、強い経済を実現するには、予算案及び重要関連法案の一刻も早い成立が求められており、その阻害要因となることを取り除かなければならない。もとより私もその例外ではない。国会議員としての秘書の監督責任、閣僚としての責務、および政治家としての矜持(きょうじ)に鑑み、閣僚の職を辞することを決断した。

 ◇菓子折りと封筒 「応援と思った」
 2013年11月14日の大臣室における表敬訪問では、菓子折りが入った袋をいただいたと思う。社長らが退出された後に秘書から「紙袋の中にのし袋が入っていました」という報告があった。それで私から秘書に「政治資金としてきちんと処理するように」と指示をしたと思う。
 次に、14年2月1日の(神奈川県大和市の)大和事務所での面談は、地元事務所長であるA秘書から、あらかじめ(建設会社の)総務担当者が大臣室訪問のお礼と病気の快気祝いに来ると聞いていた。
 お礼とお祝いの話や総務担当者の私生活に関する雑談などをした後、総務担当者が「敷地から産廃が出て困っている」という話があった。
 私は「地主が責任を持つんじゃない?」と話したように思う。ただ、資料を持参していたので、東京のE秘書に渡しておいてくれとA秘書に指示し、話を終えた。
 帰り際に、総務担当者が菓子折りの入った紙袋と封筒を差し出した。大臣室訪問のお礼と、病気を克服して頑張れ、という政治活動への応援の趣旨だと思い、これを受け取り、A秘書が部屋に戻ってきた際に、菓子折りと白い封筒を渡し、「適正に処理しておくように」と指示した。
 週刊文春は、大臣室にて私がお見舞いの袋から現金の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまったと2度にわたり報道した。
 実はこの部分が私の記憶と週刊文春が2度にわたって報道した内容の違いの一つだ。しかも、音声など決定的な証拠がすべてそろっているとの報道だった。
 お客の前で紙袋から現金の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまうという行為が本当だとしたら、政治家以前に人間としての品格が疑われる行為だ。そんなことは、するはずがない。
 14年2月1日に大和事務所で渡された50万円は、13年11月14日の大臣室で社長から渡された50万円と合わせ14年2月4日に(自民党神奈川県)13区支部で寄付として入金処理した。弁護士によると、13区支部の政治資金収支報告書には14年2月4日に建設会社から100万円の寄付金の記載があることが確認できた。

 ◇300万円 流用、伝えられず
 A秘書による弁護士への説明によると、(A秘書は)13年8月20日、総務担当者と大和事務所で会った。総務担当者が1000万円を出してきて、そんな多額の献金は受け取れないといって500万円は返し、結果として100万円と400万円に分けて受領し、事務員に分けて領収書を切るように言った。
 その後、経理事務員と400万円の取り扱いをどうするか相談したところ、やはり400万円は返した方がいいとなった。総務担当者に伝えたが、「いったん渡したお金なので受け取ってもらいたい」と言ってきた。
 そこで400万円のうち100万円を大臣の元秘書の県議に回し、9月6日に渡した。300万円は返せず、自分の机の引き出しに保管した。この300万円はその後、自腹ですべき支払いに使った。誘惑に負けた。県議に100万円を渡したことと300万円を自分で使ったことは甘利大臣や事務所には伝えていない。
 関係資料によると、13年8月20日の500万円のうち100万円は建設会社からの寄付として入金処理され、13年の収支報告書で計上しているのを確認。県議が代表を務める大和市第2支部の13年収支報告書にも建設会社からの100万円寄付計上が確認された。
 秘書2人は総務担当者や建設会社社長から飲食や金銭授受などの接待を多数受けたことは認めている。調査している弁護士を通じ両名から辞表が提出された。辞表は本日付で受理することにした。
 総務担当者と建設会社からの政治献金はすべて返金するよう事務所に指示した。>(1月29日付朝刊5頁=内政面)

 「秘書の監督責任、閣僚としての責務、および政治家としての矜持(きょうじ)に鑑み、閣僚の職を辞する」というのは、きれいごとだ。週刊文春に見事な「真実の報道」をされ、弁明の余地がないので、大臣辞任以外の選択はなかったのだろう。

 「週刊文春」はこの件について、2月4日号で第2弾、同11日号で第3弾を連続して掲載した。第3弾は項目別になっているので、見出しを紹介しよう。
▼(1)告発者は甘利大臣を嵌めたのか?
▼(2)なぜこの時期に文春から出たのか?
▼(3)甘利大臣は50万円をポケットに入れたか?
▼(4)告発者とS社社長は甘利大臣を脅迫したか?
▼(5)「賄賂1200万円」は誰が出したのか?
 回答「S社と一色氏(告発者)の金」
▼(6)URへの口利きで秘書は逮捕されるのか?
 回答「秘書二名については、比較的立件が容易な政治資金規正法違反と業務上横領を“入り口事件”として身柄確保。甘利氏の影響力を考えれば、あっせん利得処罰法違反まで広げていくことも十分可能」
▼(7)なぜ甘利大臣の後任は石原伸晃なのか?

 以上で「甘利事件」記述を終えるが、週刊文春のスクープは、これだけではない。2月18日号には<育休国会議員〈宮崎謙介・35〉の“ゲス不倫”撮った>を掲載した。
 宮崎氏を「育休国会議員」としているのは、昨年12月23日、記者団に「妻(金子恵美衆院議員)の出産後、約一カ月の育児休暇をとりたい」と発言。「国会議員の育休」をテーマに賛否の議論を引き起こした人物である。その人物が、タレント女性(週刊文春記事では実名を掲載=34歳)と婚外性交で楽しんでいたというのである。
 宮崎氏は選挙区の京都市伏見区にマンションを持っている。「金帰火来」で、土日は選挙区で過ごすのが、国会議員の日常だから、そのこと自体は不自然ではない。妻・金子議員の出産の6日前、この京都・伏見区のマンションで、というのが婚外性交の日時・場所。週刊文春は写真撮影にも成功し、写真も掲載した。宮崎氏本人にケータイで電話し「いや勘弁してください。よく分かんない話です」と答えたなどのやりとりも文中にある。

 同じ2月18日号には<清原和博懺悔告白 本誌でしか読めない逮捕までの全真相>が掲載されている。元プロ野球選手の清原和博容疑者は2日警視庁に覚せい剤取締法違反(所持)容疑で逮捕されたが、週刊文春は一昨2014年3月13日号で「清原和博緊急入院 薬物でボロボロ」という記事を掲載していた。警視庁もその時点で情報としては持っていたのだろうが、内偵を本格化させたのは、それ以後らしい。

 その前週の2月11日号には<小保方晴子さんを許さない3人の女>という記事を掲載した。小保方さんとは、理化学研究所発生・再生科学総合研究センターが2014年1月30日、「画期的な研究成果」として発表した新万能細胞(STAP細胞と命名)作製の新手法発見の主役だった研究員。「発見」の記事は各紙共通の1面トップとされる大騒ぎで、当時30歳だった小保方さんは、実験のときに着ていたという祖母のかっぽう着姿の写真付きで、社会面トップ記事の主役となった。その後テレビにも登場し、スター扱いされていた。
 「その『成果』はおかしい」という疑問の声をまとめた記事をつくって掲載したのも、週刊文春だった。その「疑問の声」が広がって理研自体が調査委員会を設置。同年12月、「STAP細胞と見えたものは、ES細胞の混入だった」と結論づけた。
 その小保方氏の手記「あの日」が講談社から刊行されたのをきっかけに、久々ぶりの「小保方もの」を掲載したと思われる。
 記事の内容は? 〈笹井未亡人〉「主人が亡くなっても連絡はありません」▼〈若山教授夫人〉「妄想が爆発してしまった捏造の本」▼「殺意すら感じさせる」と非難された〈毎日女性記者〉は…、の3本立て。

 笹井未亡人とは、医学者で、京都大学再生医科学研究所教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(CDB)グループディレクター、同副センター長を歴任した笹井芳樹氏の未亡人。笹井氏は「論文執筆の天才」といわれ、「ネイチャー」誌に掲載された「STAP論文」も、執筆は笹井氏といわれる。責任をとって2014年8月5日に縊死(首吊り自殺)した。満52歳だった。
 若山教授とは、若山照彦山梨大教授で、理研では笹井氏と同様、発生・再生科学総合研究センターで、幹細胞研究支援・開発室ヒト幹細胞研究支援ユニットの客員主管研究員をつとめていた。「毎日女性記者」とあるのは「捏造の科学者 STAP細胞事件」(2015年1月、文藝春秋刊)を書いた須田桃子氏。
 タイミングも良かったのかもしれないが、短期間でこれだけ「自慢話」を掲載できるというのはたいしたものだ。

 STAP細胞問題で典型的だが、新聞は各紙とも、「発表」を基本に置く報道姿勢だ。理研は公的な機関だから、その発表は正しいという前提で報道する。これに対して週刊文春は「発表がおかしい」という指摘こそ聞くべきだ、という取材・報道姿勢だったと思われる。新聞記者の中でも、毎日の須田桃子氏は、「記者の目」欄などを使って、理研の見解への疑問を記事化していた。しかしそうした姿勢は少数意見というべきものであり、報道・論評の内容、紙面は、発表・記者会見などの内容はホントという判断が基調になっている。少なくともSTAP細胞問題では、この対比が見事なほど成立。「調査報道」を実践していたのは週刊文春だけ、ということになる。
 発表・会見を貴重とする記事づくりを続けていくと、「独自取材で真実を見いだそう」とする情熱が次第に薄れていく。「特ダネ競争」と言っても、その大半は、発表されるはずの内容を、発表に先んじて書く、単なる「前撃ち」に堕してしまう。「人事で抜く(特ダネを書く)ことによって、当該組織(官庁や企業等)の人脈に詳しくなる」ということで、つまらない人事でも、「特ダネ」を賞賛する声は、新聞各社の編集部門で根強い。

 私見では、取材対象の官庁・組織・企業等が隠匿しようとしている事実を暴き出すことこそ、至上の価値を持つ特ダネと位置づけるべきだろう。単なる前撃ちなど、「特ダネ」とほめる対象から外すべきだ。発表されるはずの記事が、数日早く明らかになっても、世の中を変えることにはつながらない。他紙との競争に勝つだけなのである。私は現役記者のときから、早ければ勝ちとなる競争を、「幼稚園の運動会だ」と軽蔑していた。その軽蔑すべき早さ競争が、いつまでもなくならない。新聞の編集部門全体が、無思考で、旧慣墨守を行動原理としていると言えないか?
 発表・会見など誰かが聞いていれば良いのだから、同じ社の多数の記者が聞いているような現状は改め、一人だけが聞くことにする。その他の記者は、調査報道のネタ拾いに、あるいは題材として選んだテーマの取材(=調査)に走り回る……。記者たちの行動を、こうしたスタイルに改めるなら、週刊文春に数倍する戦果が得られるはずだ。と考えるが、どうだろうか?

 ◆タイトル変更にあたって
 先月までのタイトルは「読者日記——マスコミ同時代史」でしたが、編集部にお願いして「マスコミを叱る」に変更しました。今月の3テーマはそろって「叱る」内容になっていることは、お分かりいただけたと存じます。
 これまでも原稿を書くたびに、「叱る」内容だナと思うことばかりだったように記憶します。消費税軽減税率適用品目に「週2回以上発行の新聞」を入れるというニンジンをぶら下げられ、報道内容から「辛口」を消し去ってしまったのが、いまの新聞ではないでしょうか? 新聞記者OBの老人としては残念ですが、やむをえず変更する次第です。
 ご了解、ご容赦のほどを!

(注)
 1.16年2月15日までの報道・論評が対象です。
 2.新聞記事などの引用は、<>で囲むことを原則としております。引用文中の数字表記は、原文のまま和数字の場合もあります。
 3.政治家の氏名などで敬称略の部分があります。
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 その他のテーマについては、筆者独自のメールマガジンとして発信しております。受信希望の方は<gebata@nifty.com>あてメールでご連絡下さい。

 (筆者は元毎日新聞記者)


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