21世紀の放射能をどう生きるか ~核シエルターから原発震災まで~

■ 21世紀の放射能をどう生きるか         武田 尚子   

    ―核シェルターから原発震災までー
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 1981年にイギリスで初出版された後, ノルウエー,フィンランド、スエ
ーデン,デンマーク、オランダ,西ドイツ、イタリア、スペインの西欧諸国で次
々に翻訳出版されて大きな注目を浴びた「ジェニーの日記」という本がある。日
本では1984年にサイマル出版社から刊行され、翻訳は筆者が担当した。

 題名からは想像しにくいが,これは核爆弾の被害を避けるために一家で核シェ
ルターを購入することが欧米でかなり真剣に行われていたころ、そうした家族の
主婦であるジェニーと子供たちの、核シェルターでの避難体験を日記につづった
フィクションなのである。作者は当時ニューズウイークの記者だったヨリック.
ブルーメンフェルド氏。核の廃絶のために生涯を捧げることを決意していられた。

 1973年以来アメリカに定住した私は,地階にシェルターのあることをしめ
す核のマークをつけたビルを、マンハッタンで折々見かけた ことを 今でも鮮や
かに思い出すことができる。その後何よりもソ連の崩壊で米ソの深刻な対立は解
消され,それとともに核のマークは町から姿を消した。それから20年、放射能
汚染の恐怖が日本全土に拡散しようとしている今,この本を何年かぶりに読み返
して私は戦慄を覚えた。

 核のマークがなくなったことは核戦争の廃絶を意味しはしなかった。それどこ
ろか新しいエネルギーの源泉として、平和利用を喧伝された原子炉による大事故
が、またもや人間の未来を暗くしようとしているのではないか。核の問題をいま
改めてふりかえってみるために,83年に書いた訳者のあとがきの一部をここに
引用させていただきたい。『引用は訳者あとがきから』
 
『本書?ジェニーの日記?の背景になっているのは,ロンドンの西南150キロ
のところにあるバース地方である。訳者の手元にある資料によると,1979年
現在,既にアメリカでは人口の47%を収容可能なシェルターがあり,ソ連72
%、スイス83%、イスラエル100%、スエーデン87%、デンマーク、ノル
ウエー各56%などの数字が報告されている。

 日本でも1980年頃から,シェルターが登場し始めた。シェルターの必要を
説く人は"日本はまず核戦争の第一撃の対象でないから,他国での第一撃の報道
を聞いてからシェルターに入る暇が十分ある。この場合,日本の受ける被害は,
時間を置いて流れてくる死の灰によるものであり,これは放射能が低下するまで
シェルターに潜んでいることで解決される。また,たとえ日本に核爆弾が落ちて
も、直撃地域以外は死を免れるから,シェルターに入る価値はある"と論じてい
るようだ。
 
  はたしてそのとおりだろうか?
同様な状況のもとでシェルターに逃れ,辛くも生き残ったジェニーとその家族
を,その後おそった運命は,荒唐無稽な作り話だろうか。 計算され尽くした
シェルターの安全体制に起こる,さまざまの不測の事故,生命を拒絶する、原子
野の果てもない広がり。生存者の一人一人をやがておそう,飢えと病と死の苦し
み。むしろこれはリアルにすぎる予言ではないか 』

 イギリスで行われた、核シェルターの有効性を確かめる実験では、1週間をシ
ェルターで過ごした夫婦が、2度と再び、シェルター生活なぞはご免だ。こんな
所で人間が長く生きられるわけはないと 断言したという報告があった。(訳注)

 『また,かりにシェルターが完全に機能し、食料を地下にほとんど無尽蔵に蓄
えて明日を思いわずらうこともなく,長期の地下生活を鉄の神経で持ちこたえ,
完全な放射能汚染防止服に身を包んで,放射能レベルの下がった,核戦争後の世
界に出てゆけるという僥倖にめぐまれたとしても問題は残る。作者もふれてい
る,核爆弾によって放出される大量の煤(死の灰)はどうなのだろう?
 
  われわれの太陽から,熱も光も奪う煤の帳に覆われた薄明の世界で,生命はい
ずれにせよ死に絶えるだろうと,科学者たちは証言しているではないか。
  こんな状態が起こるには,1万個の核爆弾が爆発しなくてはならない。そんな
非常識は起こりえないという方には質問したい。
  
  相互報復によってエスカレートした核戦争が,世界を終焉に導きうることを承
知の上で,核戦争のボタンを押そうという人間あるいは国家に,戦場を限定し,
最低量の核爆弾だけを使用する『良識』あるいは『冷静さ』を,我々はいったい
本気で期待できるのだろうか。また,大国の管理下にある間はまだしも,中小国
家に普及しつつある核兵器による戦争の可能性を誰に統制できるのだろう?

 そしてこれは,種としての人間の生存そのものが,ボタン操作一つで瞬時に
相互を破滅に導きうる,根本的には狂気の世界で正気を期待するという綱渡り並
みの危険の上に,辛くもバランスを保っていることを我々に明示するのである。
 
  こう考えてくるとシェルターは、核戦争から避難するための安全弁ではあり得
ず「ひょっとすると自分だけは生き残れるかもしれない」という,まことに利己
的な幻想を与えるための,高価な玩具のように思われてくる。そして人間は希望
なしでは生きられないなら,幻想であれシェルターは我々の一部に,生きる力を
与えているのかもしれない。

 しかしこの幻想には,シェルターでは核戦争を生き延びられないという強力な
命題の他に、非常に危険な落とし穴がある。それはシェルターに逃げ道を求め
ることが、実際には「核戦争は不可避である」という前提を強めるためだけに役
立っていることだ。なぜなら,シェルターに費やされた金とエネルギーと,その
結果の「安全幻想」は,もう一つの選択?平和の選択への目を塞がせ,それへの
努力を怠らせ,平和に向けるべきエネルギーを分散させるからである。 そして
それこそ,この作品をとおして、作者が訴えたかったことにほかならない。』
  
  このあとがきを書いたのは1983年のことだった。91年のソビエト連邦
の崩壊という劇的な事件が,米ソの対立を大きく緩和したこと、その後の核兵器
の削減で、核戦争の恐怖は後退したかに見えた。しかしほぼ20年後の今日,核
は廃絶どころか、核兵器の保有国が増え,現在ではアメリカ、ロシア,中国,イ
ギリス、フランス,インド、イスラエル、パキスタン、北朝鮮, イラン(?)が
核爆弾を所有している。「あとがき」で危惧した中小国による核の保有は、まる
で当然しごくの現実になってしまった。そしてその現実になれると、よほどのこ
とがない限り、何となくこのままで世界が存在し続けるような「錯覚」がまかり
とおってしまう。

 超大国による核管理を私はむろん信用するわけではない。例えばスタンリー.
キューブリックの、架空の核戦争を扱った映画[ドクター.ストレンジラブ](博
士の異常な愛情)はアレゴリーとはいえ,万に一つも狂気のリーダーによるあん
なドラマなど起こりえないと誰に断言できるだろう。現実の世界にはすでに,北
朝鮮やイランのような、かなり常規を逸した支配者が存在するではないか。彼ら
に、理性ある行動を期待できるのだろうか。
 
  ではなぜ核爆弾保有はこれほど増殖したのだろう?これらの国々は,世界また
はその一部を破滅させることを本気で願っているのだろうか。願っている国も確
かに少数はあるとしても、核を保有する大半の国家は、国民の福祉にまわせたは
ずの巨大な予算を投資しての核保有を威嚇に使うことで,自国を守ろうとしてい
るのが現状であろう。しかしこの図式が、威嚇だけを目的にした核兵器の平和保
有を永続させられるとは考えられない。いつの日か、狂気か、あるいは事故がこ
の世界を破滅させ得る核爆弾を抱えて我々が生きている現実は、ソビエトの崩壊
以前から変わっていない。

 ヒロシマ以来,事故による核戦争の勃発がなかったのは幸運中の幸運だった。
むしろこの幸運こそ偶発的なものではないかとさえ思える。
その中でオバマが,核廃絶を訴えて,少なくともロシアの間で同意を取り付け
たことだけは快挙だった。このプログラムが党派と国をこえて無事に実施され,
引き継がれることを願わないではいられない。

 3月11日の災害は、核と同居する世界への辛辣な『ウエイクアップコール』
だったように思われる。この日に始まった原発震災以来、世界の核への関心は、
目下、核リアクターに集中している。リアクターについてのさまざまな報道は、
この問題について明確な知識を持ち合わせなかった私の目を大きく開いてくれた。
 
  超ド級の地震と津波のニュースに、アメリカはじめ世界は驚き、個人的には多
くの友人、知人が深い同情の電話やメールをくださった。福島を中心とする東北
の人々の忍耐と助け合いのこころにうたれて、各紙が、大災害に際して略奪や盗
難の皆無といわれた日本の市民の規律正しさ、その遵法精神を絶賛した。日本人
の禁欲主義のあらわれともいわれた。世界中が日本を支援しようとし、日本人は
深い感謝でそれに答えた。アメリカに住むようになってから、私は日本人である
ことにあれほどのプライドを感じたことはなかった。それはトヨタやホンダの優
秀車に感じる大きな誇りともちがって、市井の名も知れぬ日本人の、いわば「一
人をつつしむ」姿勢に対する、かぎりない共感と賞賛の想いだった。

 それから、原子炉からもれる放射能問題の深刻さが、日ごとに明らかになって
いった。『東電は言い逃ればかりしている』『政府が真実の状況をあきらかにし
ない。』当初の、愚痴にも似た、政府や企業の対応への批判を聞いたときには、
こうした場合アメリカでもありそうなことではないか、想像を絶する地震と津波
に襲われたら、政府も企業も周章狼狽するのは当然ではないかと、重大な危機に
見舞われた彼らに同情さえした。それより、日本の兄弟や友人が毎日のように知
らせてくれる、被災で苦しむ人たちへの思いが私の心を領していたのである。

テレビをあまり見ない私が最も衝撃を受けたのは4月27日のニューヨーク
タイムズだった。『Culture of Complicity Tied to Stricken Nuclear Plant』
つまり『原子炉の破損につながるなれあい文化』という見出しが踊っているで
はないか。『公益事業と安全規制官(以下規制官)のむすびつきが、原子炉を破
損に導いたと評されている。』という小見出しが続く。

 おまけに別のページでは、シェルターの被災者に平身低頭する東電の社長以下
数名の写真と、International Nuclear Energy Development of Japan のタケク
ロ・イチロウ氏、自由民主党議員の河野太郎氏、2000年に福島第一 プラン
トの検査をした日系アメリカ人のスガオカ・ケイ氏の写真が盛大に紙面を埋めて
いる。(ローマ字の姓名表記なので、適切な漢字をあてはめることができませ
ん。失礼をお許しください)
 
  いったいこれはどういうことだろう。では噂にも聞いたとおり、原発震災は人
災だったのだろうか?管理次第で、あれだけの災害の下でも防ぎ得たのだろうか?
私は信じられない思いで紙面を追った。原発震災のほぼ50日後に、アメリカ
の有力紙がこの事件をどう伝えているかを一部だけ記事のまま翻訳してご紹介し
よう。 『日本の核産業の極度の狭量性を考えると、日本の核エネルギーの歴史
の中で最も重大な、安全性問題の隠蔽を明るみに出したのが、アウトサイダーで
あったのは当然というものだろう。それは現在、3月の地震と津波による被害と
格闘している福島第一プラントで起ったことだった。

  2000年に、日系アメリカ人であり、核の検査官である すがおか.けい氏は、
福島第一プラントでのGEの仕事を終え、日本の核 問題の主だった規制官に、彼
のみたところではスチームドライアーのひび割れが隠蔽されていたことを報告し
た。もしそれが公表されたら、このリアクターの経営者である東京電力をしい
て、公益事業の最もいやがる多額の修理をさせなくてはならない。次に起こった
ことは、評論家によると、この国の核エネルギー会社と、規制官と政治家をつな
ぐなれ合い‘のきずなの好例である。
 
  告発者をかばう新しい法律ができたにもかかわらず、すがおか氏が告発者であ
ることを核のエージェンシー(以下、安全規制局とよぶ)が東京電力に通報した
ため、すがおか氏はおどされてこの産業を追われた。第一リアクターに調査官を
派遣して調べさせる代わりに、安全規制局は東京電力自らがリアクターを検査す
ること、そして以後2年間、このリアクターを操作することを東電に許した。し
かもそれは、後の調査が明示したように、リアクターの中核を覆う外皮にできた
ひびを含む、それよりも遥かに重大な問題を、東電の重役たちが隠蔽していたに
もかかわらず、なされたのである。

 福島プラントの最古のリアクターに安全面での警告が与えられ,東電が安全規
制に抜かりのあったことを認めた後でさえ、法定の40年を超えて、なお10年
の延長操業をを安全規制局が、原発震災の数週間前に許したのは、政治家、官
僚、および核産業の重役が、核リアクターの増設だけに奔走していた結果だった。』
 

 上記を含む長い記事で指摘されたのは、監督役である安全規制局自体が、通産
省の一部であること、通産省から東電への天下りルートが確立されていること、
そのために安全性の不備を指摘すれば、昇進も留任もおぼつかないという現実の
ほか、おどろくほかないさまざまの事実であった。

 たとえば、全く核産業にコネのない多数のエンジニアの中から、規制と安全の
要員を選べるアメリカと違って、日本では技術畑でない通産省の役人が安全規制
を扱うので、安全問題はいやでも手薄になること。「原子力村」という排他的な
集団が、学者さえふくむ部外者をのけ者にしていて、最近まで、核産業の改革を
口にするなど自殺行為にも等しかったこと。

  おまけに2003年には、環境汚染のない核のエネルギーを日本の主要なエ
ネルギー源とする決定がなされ、しかも原子リアクターを発展途上国への重要な
輸出品目として振興をはかる方針だという。日本の核産業の関係者も政治家も官
僚も、原子炉を増設して金を追うことに夢中で、安全対策は二の次ぎだったこと
はくり返して指摘され、すでに日本の読者はよくご存知の、日本の核エネルギー
をめぐるずさんと堕落の様相が、赤裸々に暴露されている。

 この記事を読み、また友人に指摘されて広瀬隆氏のインタビューをきいた私は
驚き、恥じ、悲しんだ。東北の被災者への気持ちは少しも変わらないが、祖国へ
のプライドは幻滅にかわった。しかも原爆の唯一の被災国、チェルノイブルに匹
敵する大事故を起こした日本が、2030年までにあと14基の原子炉を建設
し、原子炉とそのテクノロジーを発展途上国に売り込もうという。
 
  本当に日本の将来を思うなら、この核産業と政府関係の癒着を徹底的に暴露し
て大改革をはかるのが野党の責任ではないか。このタイムズの記事によると菅首
相のもとでも、改革は声だけで中途半端に終わったらしい。まさか、与野党とも
に、核産業に丸め込まれているわけはないだろう。 ところが労働組合をバック
にする民主党も、原子力村の温存では同じ穴のむじならしいのである。私は頭を
抱え込んでしまった。

  この事故が起るまで、私は原子炉の安全運転は可能だと信じていたので、日
本が原子炉にエネルギーの独立を託そうとするのは当然だが、国土のせまい日本
では、使用済みの燃料廃棄の問題で、一時的な処置にはなっても、最終的な解決
にはならないだろうと考えていた。しかしネルギーの16.8%を104基の原子炉
にたよっているアメリカでさえ、将来は同じ問題がある。核爆弾については、事
故と、狂気のリーダーの判断が最も恐ろしいと私は思う。

 日本の原子炉によるエネルギー利用については、事故と、原子力村を中心とす
る少数の力ある人々の私欲にへつらい、いったん事故が起っても、責任の所在を
曖昧にしてしまう日本のなれ合いの文化、東電の天下りや原子力村の排他的な互
恵関係が示すような、人間関係をぬくぬくとしたシステムで温存する“なあなあ”
精神の構造が、最も恐ろしいと思える。こんな人たちに、これほど危険な原子炉
の仕事を任せてよいものだろうか。日本から原子炉を買った発展途上国で、こん
な図式が繰り返されないとはどうしていえるだろう。

  核爆弾がどんな口実で作られようと、人間に幸福をもたらさないことは日本
人が最もよく知っているはずだった。原子炉による核エネルギーが日本人に、ひ
いては世界に幸福をもたらすことができるかどうかについては、国民の総力をあ
げての論議に根ざした、よほどの熟慮が必要であろう。そして一刻も早く、風
力、水力、太陽熱その他による代替えエネルギーの研究に、日本の頭脳と金をつ
ぎ込むべきではないだろうか。

        (筆者は米国ニュージャーシー州在住・翻訳家)

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