21世紀システムへの衝撃

■ 米国発世界金融危機と21世紀システムへの衝撃  井上 定彦

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  アメリカ、サブプライム・ローン問題に端を発した世界金融危機は、その広が
りの早さと深さは底知れない。米、欧州、日本の各国政府は足並みを乱しながら
も、事態のあまりの深刻さに対して、ようやく、かつてなかったような金融政策
をめぐる協調行動を展開しはじめているが、依然として予断をゆるさない。11月
15日にはG7(7か国財務相・中央銀行総裁会議)からG20に拡大した緊急金
融世界サミットが、予定されている。おそらく、それでも十幕ものの劇でいえば
、これでようやく三~四幕目を迎えたというところか。これからがいよいよ難し
い局面である。
  世界金融危機は金融危機にとどまらず、結局は実体経済としての世界経済危機
、あるいは「大不況の世界」への移行、またそれまでの国際政治またそれまで支
配的であったで政治・政策思想潮流を含む転換期入りを意味することになるだろ
うからである。


◇◇金融危機の世界的広がり


  ことの発端は、知られているようにアメリカのザブプライム層(信用力の乏し
い社会層)への住宅ローン債権の焦げつきであった。しかし、それだけでなく、
アメリカをはじめ世界的に信用膨張(1989年頃のバブル絶頂期の日本経済のよう
に)がおこり、それがアメリカ金融市場にあつまるサイクルが生まれた結果、ア
メリカ、欧州をはじめ住宅バブルが生じた。そのなかで、それまで返済が困難と
みなされてきた所得層にまで住宅ローン(サブプライム・ローン)が提供されて
しまった。それは、住宅価格が上昇している間は問題が表面化することはなかっ
たが、2006末頃には頭打ち、下落に転じた。そのことが世界に新金融商品などを
含む信用膨張という問題のゆきつく先の金融機関の破綻をひろげることになった

  というのも、その住宅ローン債権は(日本の1990年代の場合とは違って)、銀
行が保有を続けずすぐに金融市場で証券化され、細切れのようなかたちで他の金
融商品とも組み合わされて、世界中で売られてしまったからだ。どこにそのよう
なリスク性の高い金融商品がまぎれこんでいるのか購入した側には殆ど分からな
い。信用性が疑われその金融商品の価格が暴落して、はじめて一般の人にはそこ
にリスクがあったことが知れわたることになる。問題はサブブライムローンとい
う特別の金融商品だけではなく、大規模に出された新型の金融商品の多くが、レ
バレッジ(テコ・外部負債依存)を使って信用膨張し、健全であるかもしれない
金融商品部分も含めて世界的規模で拡大。そして、いま暴落したということであ
る(CDS=信用保証型の金融派生商品がその典型)。
 
 10月7 日、IMFはサブプライム問題を契機とする金融機関の損失額は1 兆4
000億ドル(約140 兆円)にのぼっているとし、翌日公表の世界経済見通しでは
、2009年のアメリカの成長率は殆どゼロ、ユーロ圏も同様、日本は0.5 %として
世界不況の到来を予測している。


◇◇「アングロ・サクソン型」・グローバル金融資本主義モデルの崩壊へ


 危機の火は、2007年8月BNP傘下のファンド凍結で表面化、欧州そして日本で燃
え拡がったかにみえたが、本年3 月にはアメリカの大手投資銀行( 証券会社) ・
ベア・スターンズの破綻懸念とJPモルガンによる救済、7 月には米政府支援企業
(GSE) の住宅金融会社二社の破綻懸念と異例の政府による直接介入、そして9 月
15日にはリーマン・ブラザーズという世界最大規模の倒産( 米破産法) 。規制緩
和による新金融商品開発で我が世を謳歌していた米大手投資銀行は、ゴールドマ
ン・サックス、メルリル・リンチも連銀の監督下に入ることですべて消滅した。
グローバル金融資本主義として、情報技術に依拠したアングロ・サクソン型金融
ビジネス・モデルの虚像は殆ど消え失せたといってもよい。これはこの4 半世紀
つづいてきた米国型資本主義の発展モデルの中心かつ深奥部における崩壊である

  1980年代、イギリスのサッチャー政権の誕生、アメリカのレーガン政権の成立
で、世界の政治潮流はそれまでの資本主義のあり方とは異なった「新自由主義」
または新保守主義といわれる政策路線が主流を占めることとなる。そこでは1930
年代の世界恐慌の経験から生まれたいわゆる「ケインズ主義」的な経済過程への
政府介入が公共部門の肥大と非効率、経済の停滞とインフレーションの併存を生
んだと考えられた。たしかに競争的市場と規制撤廃の推進は、強力な資本主義を
再生させることに成功したかにみえた。大恐慌期に導入されたグラス・スティー
ガル法をはじめとする金融市場規制の体系は廃棄され、情報技術革新を利用した
新金融商品が次々と登場し、広がった。

 ソ連をはじめとする「東側陣営」の崩壊はそうした新自由主義の勝利を裏書き
したかにみえた。クリントン民主党政権も、またイギリス・ブレアー政権も大半
はそれを引き継いだ。1990年代後半から2007年までは、アングロ・サクソン型の
金融資本主義が資本主義の「成功モデル」とされた。イギリスはむろんアイルラ
ンド、ベルギー、スペインそして転換した東欧諸国の一部や小国アイスランドま
でもそうした成功モデルにつき従おうとした。そして日本でも1990年代の平成長
期経済停滞下の次の「成長モデル」として次第に主流派的な位置を占めるように
なってきた。2001年の小泉政権の成立、いわゆる「構造改革」路線という新自由
主義は日本社会で高い人気をえた。郵政民営化、政府系政策金融機関の民営化は
進んでいる。
 


◇◇ 次の21世紀世界システムは?


  1995年頃から最近までの間に、アメリカのGDP 構成にしめる個人消費の割合は
65% 程度から72% 程度にまで異常にまで拡大した。それとともにもともと大きか
ったアメリカ経常収支の赤字幅はさらに拡大していった。それにもかかわらずア
メリカ経済の拡大が続いたのは、その赤字幅をさらに上回る世界の資金がアメリ
カに集まりつづけたからだ。それが金融市場の新金融商品による信用拡張機能に
より拡大され、中国をはじめとする新興国の工業製品を消費し続けた。こうした
世界の資金循環がこの10年の世界の好景気を支えつづけてきたともいえよう。世
界の名目GDP に対する金融資産の倍率は1990年の1.7 倍から2006年には3.1 倍へ
の膨れ上がった。つまり、BRICs(新興国)経済も、このような資金循環と
信用膨張のなかで高度成長してきたわけである。ところが、いま原油価格・穀物
価格の暴落に直面しているように、やはりアメリカをはじめとする世界経済の急
減速が、輸出依存比率の高いそれらの国におよばないということはないだろう(
ある程度の成長スピードは維持し続けるとしても) 。

  したがって、これから心配なのはアメリカの住宅バブル後遺症がいつ底をつい
て反転するかなかなかみえないということである。米住宅価格指数をみるとまだ
2 ~3 年かかるのではないか、それまでは米消費は落ち込みを続けるのではない
か、との懸念をもつものが多い。つまり金融の世界危機のあとは、かりに破局が
ないとしても、よくて経済の長期停滞( 4 ~5 年にもわたる) 、すなわちGreat
Depression、「長期不況下の世界」( チャールズ・キンドルバーガー) の懸念が
あるということであろう。
  アメリカの世界金融恐慌(1929 年) のあとに遅れて世界経済危機がおとずれ
、ロンドン世界経済会議(1933 年) に前後して、世界は保護主義( 「ブロック主
義」) に陥っていった。第二次世界大戦はその帰結ともいえる面があった。
 その点でいえば、ここまで世界経済がグローバル化し、「フラット化」して
くると、もはやもとの「ブロック主義」にもどるということはないように思える
。しかし、国民国家やその連合体がこれまでのグローバリゼーションの急進展に
ブレーキをかけ、「格差社会」の亀裂を癒すために、機能を再拡大する可能性も
ある。かつて「福祉国家を越えて」(G. ミュルダール)という問題提起があった
が、いまだに世界は国民国家のゆるやかな協議会程度の国際組織しか組織しえて
いないのである。
  欧州連合はいままた試練の時期を迎えている。ユーロ価値の対円のみならず対
ドルでの下落にみられるように、ECB(欧州中央銀行) をつくったものの、金融政
策についても国民国家の政府間連携をどう進めるかという段階である。これを契
機としてもう一段上がった経済・政治統合をすすめることになるのかどうか。
 いま予定されている「緊急世界金融サミット」が、G7からG20に拡大さ
れたことはこれからの21世紀の世界システムにとって示唆的である。つまり、
ブッシュ現政権による「アメリカ単極主義」は勘違いだったのではないか。世界
はグローバル化と情報技術革新と教育の普及・水準向上のなかで、「多極化」あ
るいは「無極化」の大きな流れのなかにあったのであり、これからは米政権の交
代でますますそれが明確になってくるように思える。
 
  第二次大戦後の先進諸国は、1930年代の経験から学んだアメリカ・モデル
のかなりの部分をとりいれた。それは.ひとつには「制御された市場」であった
し、いまひとつは「ブレトン・ウッズ体制」の構築であった。「制御された市場
」には有効需要政策の拡大による経済停滞への介入も含まれる。
  いまの世界金融危機に続いて生じている世界経済停滞に対して、米政府を先頭
に(日本を含めて)公共部門・財政への負荷をかけた拡張型経済政策の発動は不
可避なように思える。
  その先に待っているものは、混乱の程度がもっともひどいアメリカの通貨価値
への信認低下、国際通貨体制の動揺、ドル本位制からのゆるやかな離脱というこ
とにならざるをえないだろう。「新ブレトン・ウッス体制」(ブラウン英首相、
サルコジ仏大統領)をめざさざるをえないことになる。
  これから数年が次の世界のシステムへの橋渡しとなる世界政治劇の本格的な見
せ場となるというわけだ。(11月1日記)

             (筆者は島根県立大学教授)

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