3つのメーデー集会

ミャンマー通信(5)

3つのメーデー集会           中嶋 滋

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今年ミャンマーでは、メーデーを祝う集会が3つもたれました。いずれも最大
都市ヤンゴンで開催されました。

 1つは政府主催のもので、招待された労働組合や使用者団体の代表など1000名
程度の人々が参加し、政府代表として労働大臣が大統領の挨拶文を代読し開会し
ました。この集会には各国大使館や、ILO、ITUC(国際労働組合総連合)、
GUF(国際産業別労組の総称)、FES(フリードリッヒ・エーベルト財団)
など国際組織の代表も招待され、私も参加いたしました。

 労働大臣に引き続いてILO代表および労・使代表挨拶が行なわれ、その後は
コーヒーとスナックで談笑という極めてシンプルな式典でした。昨年までは首都
ネピドーで開催されていて、もちろん労働組合代表は参加していなかったとのこ
とですから、労働者が最も多く存在する最大都市ヤンゴンで政府主催のメーデー
祝賀式典がもたれたことは、民主化の進展を示すものと受け止められているよう
です。

 2つ目はFTUM主催の工業団地(地元ではインダスティアル・ゾーンと呼ん
でいる)付近の広場で開催されたメーデー祝賀フェスティバルで、FTUM傘下
の組合員ら4000名(主催者発表)程度が参加しました。歌あり、踊りあり、伝統
芸能ありの多彩な催しで、大いに盛り上がっていました。環境問題やエイズ問題
などについてのキャンペーン用テントも仕立てられ、食物やTシャツなどの物品
販売にも、若者が活躍している姿が多く見受けられました。

 ILOやITUCも招待され、私も連帯の挨拶をしました。特筆すべきは、労
働大臣が幹部職員を引き連れてヤンゴン市の中心から1時間程度要する会場に姿
を見せ、挨拶をしたことです。おそらく40度を越していた猛暑の中の屋外集会に
1時間近く参加していましたから、参加の政治的意義を大臣として相当強く感じ
ていたのであろうと思います。

 3つ目は25労組のネットワークが呼びかけたメーデー祝賀の屋内集会です。地
元紙によれば、この集会には約2000名の人が参加し、88民主化闘争時の学生運動
のリーダーであった人々やNLDの幹部が連帯と激励に駆けつけたということで
す。

 労働組合主催のメーデー集会が2つ開催されたことは、ミャンマーにおける労
働組合運動の分立・競合の図式を明らかにしました。日本でも、連合と全労連と
別々にメーデー集会をやっているのですから、別に大騒ぎする必要はないのかも
知れませんが、メーデー直前の4月29-30日に開かれた労働フォーラムで起った
事態を見ますと、深刻に受け止めざるを得ない面があります。

ILO総会への労働代表選挙

 国際労働総会(ILC、ここではILO総会という)のミャンマー労働代表の
選挙は、ILOとFESが共催で開催した労働フォーラムの場を利用して行なわ
れました。

周知のように、他の国連組織と異なりILO総会へは、政府代表2、労働者代
表1、使用者代表1の4名が加盟国を代表し参加します。日本を含め多くの加盟国
では、例えば、連合と経団連のように代表的労・使団体が明らかで、それらの団
体の代表が加盟国の労働代表、使用者代表として政府の認証を受け参加します。
韓国、イタリア、フランスなど複数の有力な労組ナショナルセンターが併存して
いる場合は、輪番制をとって参加するなどしています。

 ここミャンマーでは、未だ代表的労組団体が不明確な状態にあるということで、
政府が登録組合と認定した約500組合の代表による選挙により選ぶということに
なったのです。

■ 問題点

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 この選挙での問題点はいくつかありますが、その1は全ての登録組合に1票を与
えて選挙をする方式です。数十人の組合も千人を超える組合も1票ですから組合
員の意思を反映するという点からすると問題があります。

 その2は代表候補にノミネートする条件を課したことです。登録組合のメンバ
ーに限るとしたのです。「真の労働者でなければならない」としてフルタイムで
労働組合の組織化に取り組んでいる人々を排除する主張が執拗になされたのです。

 その3は労働代表のILO総会での役割をはじめ何のために誰を選ぶかについ
て共通認識が全くないまま選挙が行なわれたことです。候補者となった人々で、
今年の総会の議題に言及した人は1人もいませんでした。

■ 深夜に及んだ候補資格をめぐる投票

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 労働代表候補を登録組合のメンバーに限定すべきであるという執拗な主張がな
され、投票で決定することになりました。この限定すべきであるという主張は、
FTUM書記長のMM氏を何としても代表にさせないということを狙ったもので
あることは明らかでした。FTUMは未だ登録組合になりえていない状況を利用
したものでした。

 ミャンマーの労組法は、企業毎の基礎組合、その産業別の郡市レベル組織、そ
の州・管区レベルの連合体、その連合体の総連合体としてのナショナルセンター、
という5段階の組織構造を規定していて、基礎労組から積み上げたものでないと
認められないとしています。FTUMがナショナルセンターとして登録すること
が認められるのは、複数の産業別の全国組織がなければならないとされています。
昨年9月にMM氏が亡命先から帰国してから組合づくりが本格化したのですから、
未だナショナルセンター登録のレベルには至っていません。

 1回目の投票結果は、登録組合メンバーに限定することに賛成が222、反対が
101、無効が30でした。問題のある強制登録制度を前提にして自由に代表を選ぶ
という原則に反した残念な結果でした。登録組合メンバーに限定することを主張
した組合代表は、登録証を持参しその提示を投票資格とするよう求める一幕もあ
りました。明らかに事前の準備が組織的になされたことを示したものでした。

 5人ほどのアジテーターが入れ替わり立ち代わり、同じ内容のMM氏排除の執
拗な主張を繰り返し行なう様は異常なものでした。そして、この労働フォーラム
で労働代表の選挙を行なうことが、ILOとFTUMが仕組んだMM氏を選ぶた
めの儀式であるとの誤った認識が広められていたことが、事態をより混乱させた
と思います。

■ FTUMの退場

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 2日目は、候補者のノミネーションと投票が行なわれることになっていました。
第1回目の投票でMM氏のノミネーションはできない状況になっていたのですが、
彼とFTUMに対する誹謗と中傷を含めた執拗な攻撃は続けられました。議題に
関係ない主張を数人のアジテーターが繰り返し行なうことを許してしまった運営
のまずさもあり、会議は混乱し対立が煽られる異常な事態が続きました。

 あたかもFTUMが支持を拡大するため買収を行なっているかのごとき悪質な
発言までなされるに及んで、個人と組織の名誉のために抗議の発言にたったMM
氏の「こうした異常な状態が放置され続くならば退場せざるを得なくなる」との
意思表明に対し、主催者側が「誰にでも退場する自由はある」と応じたことが引
金になって、FTUM傘下の労組代表が一斉に退場する事態となってしまったの
です。

 この事態は、ITUCによる説得・調停によって、1)運営のまずさをILOが
謝罪する、2)代表候補ノミネーションなど一切の手続きを凍結しFTUMの参加
を確保する、3)いたずらな混乱・対立を持ち込むことのないよう運営を正す、の
3点が受け入れられ、数時間後にFTUMの復帰がなされて収拾されましたが、
非常に後味の悪いものになりました。会議は、FTUMの復帰を異常な静けさで
受け入れました。

■ 代表選の結果

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 代表選は、ノミネートしたのは11人でしたが3人が辞退し、8人の候補者間で争
われました。結果は、投票総数376、反FTUMのTTH氏が172、FTUMのT
S氏が110、大学教員組合のSKM氏が48で、この3人が上位3位を占めるものと
なりました。労働代表のILO総会参加経費は政府が負担しますが、FESが多
分対立を緩和するためと思われますが顧問として出席する2名分の経費負担を約
束しましたので、3人がILO総会参加となります。

 しかし、問題が残っています。当選したTTH氏は、登録農民組合の代表とし
てノミネートしたのですが、彼女はNLDの活動家で、組合のある地域に住んで
おらずヤンゴンでビューティー・パーラーを経営しているというのです。そうで
あるなら労働代表の資格が問われることにもなりかねません。また、労働フォー
ラムにNLD幹部が出席して組織的な働きかけをしていたとし、政党による露骨
な介入と批判する人もいます。

透けて見える構図

 労働フォーラム、メーデーと、この間の一連の経過を見ますと、必ずしも実態
を正確に反映しているとは思えないのですが、FTUM/政府内民主化促進派と
反FTUM労組(25労組ネットワークなど)/NLDとの対立という構図が透け
て見せられ、残念なことにそれが段々鮮明にされてきていると思われます。労働
組合運動のあらゆる権力からの独立という原則の重要性から考えると、政治的・
政党的系列化の事態は早急に克服されることが求められますが、私たちの想像を
超える難しさがあるようです。

 その背景の1つに、88民主化闘争以降の指導者や活動家たちがどこでどのよう
な活動を続けてきたかという事情もあるといわれています。典型的に3つのタイ
プがあり、現在の民主化運動や労働組合運動への立場や対応に様々な違いをもた
らしているといわれています。

 第1は投獄など厳しい弾圧を受けながら国内にとどまり闘い続けてきた人々、
第2は国境地帯などで対国軍ゲリラ闘争を展開してきた人々、そして第3は亡命し
国際的に反軍政・民主化闘争を進めてきた人々、この3つに分けられるというの
です。

 この中で、第1の人々が最も尊敬を集め影響力を持つといわれ、その多くがN
LDの活動に関わっているといわれています。あらゆる権力からの独立の原則を
踏まえたこれらの人々との「相違」の克服なしに、労働組合運動の前進を図って
いく統一的な取り組みは困難と思われます。これも民主化に向けた「産みの苦し
み」の1つなのでしょうか。

 (筆者はミャンマー・ヤンゴン在住・ILO代表)
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