■【コラム】フォーカス:インド・南アジア(41)

「インド大国論」を直視する――幻想を脱し、現実から学ぶために

福永 正明

1.はじめに

 「グローバルサウスの盟主」「民主主義の巨人」「中国への対抗軸」――近年、日本の言論空間では、こうした言葉とともに「インド大国論」が繰り返し語られている。研究者も、ジャーナリストも、政策担当者も、世界最大規模の約14億6,000万人の人口、高成長、IT産業、軍事拡張、宇宙開発を挙げ、「次の超大国インド」を称賛する。
 だが問うべきは、その「大国論」が本当にインドを見ているのか、自らの地政学的期待や経済的願望を投影するだけではないのかであろう。
国内総生産(GDP)、人口規模、軍事力、IT産業、宇宙開発――確かにそれらは事実である。だが現在流通している『インド大国』のナラティブ(物語)は、インド社会のごく一部、いわば「光」の側面でしかない。
 その「光」の背後には、乳幼児死亡率の高さ、学習貧困、宗教対立、報道統制、農村の疲弊、深刻な格差という「影」が広がる。問題は、影が存在することではなく、その影を見ようとしないことである。

2.GDP規模と国民生活水準の乖離
 
 GDP規模と国民生活水準の著しい乖離がある。国際通貨基金(IMF)の『World Economic Outlook Database, October 2025』は、名目GDPでインドは世界第5位規模に達し『経済大国』とされる。ところがIMFの同資料は、インドの一人当たり名目GDPが約2,730ドルに過ぎず、世界143位前後とする。
 インドの一人当たりGDPは、日本、韓国、中国はもちろん、マレーシアやタイなど東南アジア主要国にも及ばない。
 この平均値すら実態を覆い隠すものでしかなく、World Inequality Database(WID.world)のインド研究は、上位10%が国民所得の過半を占め、人口下位50%の所得シェアは15%前後とする。
 世界銀行の低中所得国向け国際貧困線(lower-middle-income poverty line)は、2021年購買力平価基準で1日4.20ドル以下で生活する層を貧困層とする。同推計によれば、インドでは数億人規模がこの低所得水準近辺で暮らしている。食料・住居費が家計の大半を占め、教育、医療、衛生、安定居住へのアクセスが極めて限定されている。大都市圏への人口集中が激化しており、都市スラムにも巨大人口の低所得層が生活する。
 就業人口の大半は依然としてインフォーマル部門に属し、安定雇用も社会保障もない。GDP に占める農業部門の割合は15%程度であり、従事者は労働人口の4割以上を占める。巨大なGDPは人口約14億6,000万人により押し上げられた総量でしかなく、個々の国民の豊かさとはほとんど連動していない。豊かな人はより豊かに、貧しい人は取り残される構造が、インド社会には色濃く存在する。
 ところが日本ではGDP順位だけを取り上げ、「大国インドの時代」と喧伝される。これは経済構造と、実態の歪みを無視した表層的理解に過ぎない。
  
3.多数の乳幼児が死ぬ保健衛生の現実

 保健・衛生分野の現実は、国家の基礎的能力の限界を示している。インドの新生児死亡率は、世界銀行 World Development Indicators およびUN IGME推計によれば、2023〜2024年時点で出生1,000人あたり約17人であり、改善傾向にあるとはいえ、世界的にはなお高い水準にある。南アジア地域内でも、スリランカ(約6〜7)とは大きな差があり、バングラデシュ(約17〜18)と同水準にとどまる。
 国連児童基金(UNICEF)および国連機関合同児童死亡率推計グループ(UN IGME)の統計は、インドの5歳未満児死亡率は2023〜2024年時点でも出生1,000人あたり約30人前後に達し、年間死亡数では依然として世界最大級とする。
発育阻害や低体重など栄養不良も深刻な状況であり、農村部では安全な衛生環境や基礎医療へのアクセス不足が続く。
 これは単なる「途上国ゆえの遅れ」ではなく、経済成長の果実が基礎的な命と生活の保障へ十分配分されていない証しである。
 都市・空港・大都市地下鉄網、港湾・高速道路、工業団地などの大型インフラ、国防・IT産業へ投資は集中するが、母子保健、一次医療、栄養改善などの領域への投資は乏しい。結果として、「成長する国家」と「脆弱な社会」が同時にインドには存在する。

4.教育の貧困

 教育問題は極めて深刻である。インドの教育面では、インド工科大学(IIT)に代表される高度技術教育がしばしば称賛される。たしかにIITは、IT産業やグローバル企業で活躍する人材を輩出してきた。しかし、それはインド教育全体の姿ではない。むしろ、IITに象徴されるエリート教育と、農村部の初等教育における学習貧困との落差こそが、インド社会の教育格差を示している。
 実際、世界銀行・ユネスコ統計研究所による『The State of Global Learning Poverty: 2022 Update』は、10歳時点で簡単な文章を読み理解できない状態を「学習貧困」と定義し、南アジアの学習貧困率は約60%と指摘した。
 農村部対象の「年次教育状況報告(Annual Status of Education Report、ASER調査)」では、第5学年児童の半数以上が第2学年レベルの文章を読めず、割り算ができる子どもは4分の1程度との結果である。すると「学校へ通学する」ことと、「教育を受け学力を養われている」ことが一致していない。
 筆者が1980年代初頭から観察してきた北インド東部の小さな農村でも、校舎のコンクリート化、給食室、テレビ、インターネット設備の整備は進んだ。しかし、社会経済格差の拡大により、上位・中位社会経済層の子どもたちは英語教育による近隣バーザールの私立小学校へ通学し、最下層の子どもたちだけが村の公立学校へ残されている。農繁期にはこうした子どもたちが労働力として駆り出され、貧困のため子どもを労働市場へ送り出さざるを得ない世帯も少なくない。
 「インド大国論」が依拠する最大の根拠は、「人口ボーナス」である。だが若年人口はそれ自体では国力として活用されていない。教育、栄養、保健、安定雇用などの社会要因が整いはじめて「人的資本」となる。現状は、「人口ボーナス」が、容易に「人口オーナス」へ転化することは明らかである。

5.民主主義の「静かな解体」――選挙的専制主義としてのインド

 政治的自由と民主主義の質も、深刻に劣化している。国境なき記者団(RSF)が2026年4月30日に公表した『2026年世界報道自由度指数』でインドは、180カ国中157位であった。
 RSFは理由として、ジャーナリストへの暴力、巨大資本によるメディア所有の集中、報道機関の政治的同調、国家安全保障法制や名誉毀損法などを通じた報道の犯罪化を挙げる。この順位が問題なのではなく、インドの言論空間が権力と資本によって狭められている現実を示すことが重要である。
 新聞・テレビの大手メディアの多くがモディー政権と近接する巨大財閥資本の影響下に入り、BJP政権支持のナラティブを流す状況が常態化している。また、政府批判を許さない姿勢も厳しく、独立系メディアへの捜査、ジャーナリストへの圧力、外国メディアへの規制、オンライン空間の統制も強い。
 現政権下の民主主義の変質を理解するには、スウェーデン・イェーテボリ大学のVarieties of Democracy研究所(V-Dem)の「選挙的専制主義(electoral autocracy)」概念が有効である。
 選挙的専制主義とは、従来の軍事政権や一党独裁のように露骨に民主主義を否定する体制ではない。重要なのは、インドを単純に「独裁か民主主義か」という二分法で捉えないことである。選挙は存在する。しかしその内部で、報道の自由、少数派の権利、制度的自律が徐々に掘り崩されていく。この曖昧で中間的な状態こそ、現在のインド政治を理解するうえで重要である。すなわち、制度の形をした専制――それが選挙的専制主義である。
 インドの政治心理学者・社会思想家アシス・ナンディ(Asis Nandy)が1980年代以降、繰り返し警告したように、インドの世俗主義(secularism)と多元性(pluralism)は、単なる制度設計ではなく、日常生活での宗教的共存や社会的折衝の積み重ねにより支えられてきた。しかしモディー政権下で現在進行するのは、その多元的なインドを、「ヒンドゥー教国家」という単一の国家像へ集約する動きである。
 すると「世界最大の民主主義国家インド」との表現は、もはやきわめて慎重でなければならない。たしかにインドでは、巨大な有権者による全国規模の選挙が行われるが、選挙が行われることを以て、健全な民主主義を意味するものではない。
 報道の自由が下位に沈み、批判的メディアが圧迫され、宗教的少数派や周縁の人びとが不安に置かれ、国家、資本、そして多数派宗教が結びつくならば、それは民主主義の外観をまとった権威主義でしかない。
 特に、インドの民主主義は、突然崩壊したのではなく、むしろ制度の外形を維持したまま2014年のモディー政権成立以降、少しずつ内側から削られてきた。これこそが、現在のインド政治の最も厳しい現実である。

6.誰が「インド大国論」を語るのか

 この「インド大国論」が、一部研究者や長期インド駐在経験者によっても再生産されていることも問題である。
 そこでは、「巨大市場」「民主主義国家」「対中牽制の要」など単純な「明るい」言葉が繰り返されるが、乳幼児死亡率、学習貧困、宗教対立、報道統制、農村の疲弊などの「現実」は驚くほど語られない。
もちろん、インドのプラス面を語ること自体に何ら異議はない。問題とすべきは、肯定的な側面だけを語り、不都合な現実を沈黙のなかへ、あるいは闇へ封印することである。
 外交官や企業人としての長期駐在経験、インド政府・大使館関係者との面会、シンクタンクからの資料提供、現地エリートとの交流は、本来ならば現実を多面的に理解するための手段となる。ところが、長期滞在したことと、その地の実情を「誰の目線で見たか」ということは別である。それらがいつしか、「インドを知っている」という権威の根拠となり、権力側の「偉大国」路線をそのまま反復する装置として動き、メディアもまたそれを好感度の高い内容として拡散させる。
 それは知ではなく、アクセスに酔った追随でしかない。
 研究者はもちろん、インド評論家、識者には、政府高官に会った回数でも、現地エリートとの距離の近さでもなく、距離を謙虚に自覚し、そこで見えなくなるものを問い直す姿勢が求められる。
 乳幼児死亡率、学習貧困、農村の疲弊、報道統制、女性や宗教的少数派、周縁化された民族集団への圧力といった厳しい現実を語らず、「巨大市場」「民主主義国家」「対中牽制の要」という言葉だけを繰り返すなら、それは分析ではなく、政策的願望の代弁にすぎない。
 知識人や研究者の役割は、本来、権力が創出する成功ナラティブをなぞることではない。権力を批判的に検証し、そこで見えなくされている人びとの暮らしや苦痛に寄り添い、その声を社会に届けることにある。
 問われるのは、インドが大国か否かだけではなく、インドを語る日本側の「知」が、何に奉仕しているのかである。

7.まとめ

 筆者は1970年代に初めてインドを訪れて以来、長くインドとそこに暮らす人びとと付き合い見続けてきた。しかし、インドを見るという行為は、単に他国の社会文化の観察ではなかった。むしろ、自分自身と日本社会を見つめ直す作業でもあった。そこから筆者は、日本社会のさまざまな問題への関心を広げるとともに、インドを専門とする者として、日印原子力協力協定への反対運動、現地の原発建設予定地住民との交流、現地NGOとの協働にも関与してきた。
 そうした筆者に大きな示唆を与えたのは、作家・堀田善衛の『インドで考えたこと』(1957年、岩波新書)であった。
 堀田氏は、暗く、圧倒的な人の密度をもつベンガル地方のカルカッタ(現:コルカタ)を歩きながら、インドを「解答」ではなく、「問い」として受け止めた。
 貧困、宗教、暴力、民衆、国家、民主主義――インドとは、近代そのものの矛盾を極端な形で露出させる場所であり、それゆえに、見る者自身を問い返させる存在となったのである。
 1980年代に藤原新也氏の写真に惹きつけられ、多くの若者がガンジス河のほとりに座り、露天の火葬場を見つめ、遠くの日本社会にいる自分自身の姿を思い浮かべていたのも同じであった。
 インドの報道統制を論じることは、日本の言論空間を問い直すことでもある。宗教ナショナリズムを論じることは、首相の靖国神社参拝問題を語ることにもつながり、日本社会の排外主義を問い直すことでもある。外国人労働者の存在なしに自らの食を支える農水産業が成り立たない現実を直視せず、「外国人排斥」を叫ぶ日本社会の姿は、「ヒンドゥー国家」建設へ熱狂するヒンドゥー教多数派主義と、決して無縁ではない。
 だからこそ、インドを「成功する大国」あるいは「失敗した途上国」という単純な物語に押し込めてはならない。
 私たちに求められるのは、賛美でも蔑視でもない。光と影の双方を見つめながら、複雑な現実を複雑なまま理解する姿勢である。
それこそ、堀田善衛の言う「インドで考える」ということだったのではないか。
 幻想の「大国インド論」からの謙虚なる卒業とは、単にインド認識を修正することではない。インド直視を通して、自分たち自身を見つめ直すことである。

(ふくなが まさあき・大学教員)

(2026.5.20)
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