【ドクター・いろひらのコラム】(17)

「人類・長生きのコツ」と「コモンズ憲章」

色平 哲郎

 過日、長野県佐久市の望月(旧・北佐久郡望月町)で開かれた「人権啓発講演会」に参加した。私も登壇し、車の運転をやめたおじいさんが買い物や通院の苦労を友人と語り合う一人芝居を演じた。客席から笑いが起こったのでホッとした。
 
 「長生きのコツは、笑いと仲間づくり。ぜひ、ここにお集まりの皆さんも劇団を結成し、劇を演じては如何でしょうか」と私は、参加者に呼びかけた。
 地域に「笑い」が欠かせないのは、終戦直後に佐久病院名誉総長の若月俊一先生が、医師や看護師の劇団を率い、村々で「健康講話」の劇を演じていた頃から変わらない。
 
 山間地で暮らしていると、山川草木すべてが巨大な舞台装置のように感じられることがある。佐久大学客員教授と医療従事者らの劇団「にっこり一座」は、まさに自然界に焦点を当てた農村演劇を、前述の講演会で演じた。題して「シカをしかってもしかたなしか」。
 
 一座は、鹿による農作物の被害をテーマとし、鹿の食害の現状や背景、捕獲や電気柵の設置、情報共有の大切さなどをユーモラスに演じた。最近、鹿や猪、猿、熊による被害が全国で拡大している。過疎による耕作放棄で野生動物の生息域が人里に近づいていることが獣害の一因といわれる。
 
 大きな観点からみると、獣害にも「地球温暖化」が影響しているようだ。
 冬が寒かったころは、多くの子鹿が越冬できずに死んでいたが、温暖化で生き残れるようになった。
 
 あるいは、熊は、温暖化で餌のドングリの豊凶周期が短くなったり、暖冬で十分冬眠できなかったりして、食べ物を求めて集落に近づく。
 ときに人を襲う。
 
 地球温暖化は、その主因が人間活動に伴う温室効果ガスの排出量増加だといわれており、グローバル資本主義の行きついた結果といえるだろう。
 2017年に哲学者のノーム・チョムスキーは、「新帝国主義」「新植民地主義」を世界史的に俯瞰し『誰が世界を支配しているのか』(双葉文庫)を書いた。
 
 この本の第7章「失われた『マグナカルタ(大憲章)』で、チョムスキーは「人間は欲望にむかって盲目的に疾走する」と述べ、本来は「共有」できるはずの天然資源が多国籍企業の餌食にされていると警告。
 略奪に夢中になっている間に化石燃料への依存が高まり、環境保護が遅れている現状を、こう記す。
 
 〈米国がその先頭だ。
 共和党は議会で環境保護をやめさせようとしているが、これはリチャード・ニクソンが始めたことだ。
 彼が今の政界にいたら危険で過激な存在になるところだ。
 大企業のロビイストたちは、堂々とプロパガンダのキャンペーンを張り、過度の心配など必要ないと国民に思い込ませようとしている〉
 
 彼は13世紀の「大憲章」(人権憲章)と同時期の「森林憲章」(コモンズ憲章)の意義を強調。
 故宇沢弘文教授も呑みながら、人類滅亡に至る環境破壊への危機感と「森林憲章」の重要性を私に語り遺した。
 
 チョムスキーが、膨大な文献を渉猟し、この実証的な本を著したその直前、第一次トランプ政権が発足。
 なんとこの本は、現在のウクライナ事態・ガザ事態を見事に予言し得ている。
 
 
 色平 哲郎(いろひら てつろう)
 JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長
 
 大阪保険医雑誌2025年10月号掲載

※この記事は著者の許諾を得て『大阪保険医雑誌』2025年10月号から転載したものです。文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。
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(2025.10.20)
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