■【視点】

「石破退陣」をめぐる“誤報”問題

 ——「勇み足」か、「誤報」か、を考える
羽原 清雅

 石破茂首相の退陣が決まり、10月4日の自民党総裁選挙で新たな政治が始まる。
 
 7月20日の参院選挙は、石破首相率いる自民党は大敗を喫し、ほぼ1年前の衆院選挙、1ヵ月前の東京都議選挙に続いて3連敗となった。とくに参院では衆院と同様に過半数割れとなり、自民党政治はこれまでの安倍・菅・岸田と長く続いた多数派優位の一方的な国政運営ができなくなった。国民有権者のさまざまな意向は、自民党の思い通りにはいかなくなり、党内の憤懣は足場の弱い石破首相に向けられることになった。
 
 安倍時代の国政選挙6連勝という優位を失った自民党内、とりわけ右傾化の進んできた旧安倍派を中心に「石破攻撃」の声が高まった。前回衆院選挙で、党内少数派の石破総裁の台頭を許した高市早苗、小林鷹之らタカ派系列の面々はこれ幸いとばかりに、石破追放に動いている。安倍系育ちの比較的若い政治家は視野狭窄に慣れ、自己内部にあるべき社会に対する思いがもろく、国際的世界史的な学びが乏しい傾向もある。自己判断、自己責任の意識が弱く、学ぶ謙虚さが乏しいと、そうしたところに問題が生じてくる。 
 3連敗という国民有権者の対応が出た以上、第一党の総裁がその責任を負い、内閣総辞職することは基本である。従って、石破首相の引責は当然でもあろうが、しかし首相として国民に責任を果たす義務があり、場合によっては若干の時間を要することもあるだろう。急いては事を仕損じる。今は時間を惜しむよりも、問題の改革を急ぐべきだ。
 
 各紙などメディアの世論調査では、石破退陣の要求よりも、「辞めるな」の声の方が大きかった。近年、あまり例のない世論の反応だった。
 こうした反応は、石破政治を継続してほしい、というものではない。民意は石破の引責辞任くらいで済ませず、自民党自体が「ウラ金」問題などに決着をつけ、政治の浄化を図れ、という主張だった、と言えよう。その感覚が政治家自身になく、また自らの判断が十分ではない。自己決断よりも、左右の仲間たちの姿勢をみて、多数派の方につきたがる傾向がある。
 要は世論調査による多数派は、石破の辞任くらいで済ませず、より大きな問題として、いつまでも繰り返される政治とカネの問題に決着を求めたものだろうが、1988、89年のリクルート事件で暴かれた自民党腐敗の悪夢が30数年後になって再びよみがえった、という反省の感性がない。
 つまり、ひとつは政治とカネ、政治にまつわるウラ金作りでいいのだという惰性感覚、それと国民の税金に依存しているという自覚が乏しいこと、このふたつの感性の欠如が党内に蔓延するばかりか、国民一人250円の税金を受けていながら、その民意の象徴である「出費」に対する礼儀作法がないことへの怒りが継続しているのだ、と言えよう。
 
 もうひとつは、「数」に頼んだ安倍的独断型決行の政治が菅、岸田と3代続いたことで、民意の動向への配慮不足への不満や、有権者自身としての反省もあっただろう。長期政権への期待はずれ、あるいは論議の乏しかった防衛・軍事費の急増、あるいは政治が敬意をもってその知恵を借りるべき日本学術会議に対する不遜な扱いなど、個々の課題への狭隘な判断などへの批判もあっただろう。大きくなった政治権力が身につけておくべき寛大な包容力を欠いていることを、国民は時間とともに察知したのだ。
 この政治への税金の支援については、決定から5年後に、企業・団体からの寄付を廃止の方向で協議するとの、当時の細川護熙首相と河野洋平自民党総裁との間で決めた旨の両者の証言がありながら、石破はこの事実を認めようとしなかった。ウラ金を失いたくない自民党内の根強い気配に迎合したに違いない。
 
 もう一点あげておこう。石破は総裁選挙時に発言していた、沖縄などの米軍基地問題や、とどまることのない米兵の暴行事件などをめぐり、日米地位協定の再検討について、一切発言しなくなった。防衛費を国内総生産(GDP)の2%引き上げの実施中に、トランプ大統領による3・5%への拡大化発言があったことについても対応策を述べようとせず、選択的夫婦別姓問題についても一切触れなくなった。
 こうした問題への言及を避けるのも、石破の党内基盤の弱さだろうが、首相・党総裁であれば言及あってしかるべきだっただろう。「敵」を恐れて発言がなければ、波風は立たないものの、決然とした姿勢を見せなかったことで、石破は首相としての力量を示すことができなかった。そうした姿勢が、足を引っ張るタカ派などの面々を勢いづかせることになったのではないか。
 
 本論に入ろう。
 <経緯> まずは、読売と毎日の、いわゆる“誤報”の経緯に触れたい。
 参院選挙の投開票は7月20日。21日朝刊は各紙とも、自民党の大敗とともに、石破首相の「続投表明へ」が一面の大見出しに。同時に、朝日は「政界不安定化は不可避」、読売は「(自民)党内責任問う声」など、石破辞任の空気が強まっていることを打ち出す。
 22日朝刊は各紙同じように、首相の続投表明を見出しにしつつ、党内の厳しい見方をうたっている。
 そして、23日夕刊で毎日が、全幅2段の大見出しで「石破首相、退陣へ」と打ち出した。「同月末までに退陣を表明する意向を周辺に伝えた。」とある。この「周辺に伝えた」 あたりに、もうひとつ実証する工夫があればよかった。
 読売の23日朝刊は「首相、近く進退判断」「関税協議を見定め」として、やや慎重だが、夕刊では「石破首相 退陣へ」と踏み込み、「月内にも表明」とうたった。
 読売は7月中に、毎日は8月末までに、とこの点は違った。読売は首相が「退陣の意向を固め、周辺に伝えた。」として、「23日午後には、自民党の首相経験者の麻生太郎、菅義偉、岸田文雄氏とそろって会談し、こうした考えを説明する。」と書いた。
 毎日の23日夕刊、24日朝刊ともに、やはり「退陣を表明する意向を固め、周辺に伝えた。」と書いた。両社とも、取材から得た事実、ということか。だが、石破は23日午後の自民党首脳との会談後、記者団に自らの進退について「一切話は出ていません。一部に(退陣の)報道がございますが、私はそのような発言をしたことは一度もございません」(毎日)、「(進退に関し)一切、話は出ていない」(読売)と書いている。事実、出席者はみなその話題はなかったとしている。その話が出ていれば、抗争途上でもあり、誰かが漏らしていただろう。
 
 <結果> その後、石破の「続投」の姿勢は変わらず、9月7日になって記者会見し、今度は正式に「党総裁を辞任し、退陣する」と明らかにした。その間、40日余。
 辞任の方向性は見えていたが、首相本人の意向をつかみきれず、両紙とも、苦渋の期間を過ごさざるを得なくなった。
 こうした結果待ちの期間は、政治記者にとっては苦しいものだ。世論に対して、少なくとも一定の期間は誤った情報を提供してしまったのだ。「首相周辺に取材した結果」の情報だったと書いたものの、それが退陣せざるを得まい、という強い流れを感じ取っての執筆だったとすれば、「虚報」を書いたことにもなる。また、その判断はほぼ最終的にはだれが下したか、ということにもなる。「勇み足」も「誤報」だが、原因の分かった誤報よりも、事実に基づかずに周辺の空気の強さを材料に踏み切ったとするなら、むしろ「虚報」を多数の読者に提供したことになり、その責任は重い。
 
 <朝日の立場> この間の取材に当たっていた朝日はどう対応していたか。7月22日朝刊は、自民大敗、石破の続投表明、「『いばらの道』開票前夜に側近集結」などと各紙と変わりない。23日朝刊は1面脇3段で「麻生、菅、岸田氏と面会へ」、4面に「大惨敗 一度下野すべきだ」「続投こだわる首相に国会議員ら反発」と、当たり障りのない事実を紹介、派手な他紙に比べると、何か物足りないほどに見える。何らかの事情をつかみセーブしているのか、抜かれただけなのか、との印象すらある。
 そして、24日朝刊1面で「首相進退、党内の対立激化 石破氏、即時退陣を全面否定」と、他紙の報道に抵抗するかの自信を示した。いわば「書かない特ダネ」を示したようだ。
 結果として、事実、事実、事実にこだわった、と思われる。複数の取材源から同様なひと言がない限り、状況だけでは書けない。「当たり前だろ」と思えるのだが、かつて政局取材を長らく経験してきた筆者(羽原)としては、一歩先んじた他紙の報道が気にならざるを得ない。
 
 <始末-毎日の場合> 石破首相が正式に退陣を表明した9月7日、翌朝の毎日はどのような態度を見せたか。
 毎日は、1面の2段ほどのボックスに「『首相、退陣へ』報道、説明します」と示して、2面で長行の説明を載せた。日米関税の動き、石破周辺の退陣の気配、諸日程とのかかわりなどを縷々説明した。「進退をほのめかす発言」として「別に私は長くやりたいわけでもない」などを挙げ、また7月23日の首相経験者と会談する前に「政権側が首相経験者側に接触して8月中の退陣表明を示唆した上で、それまでの政権運営への理解を求めていたことも分かりました。」―「これらを総合的に判断して『石破首相、退陣へ』との見出しの記事の掲載に至りました。」という。
 そうだろうか。仮に首相経験者との会談の事前に8月退陣を示唆していたとすれば、それは必ず漏れていただろう。そうしたことが事実であるなら、毎日新聞のこの時の記事にしても、その事実を知った時点であっても、そうした裏の動きを書いていたに違いない。政治記者なら、間違いなくそうするだろう。だが、そうした情報は、毎日のみならず、どのメディアも報道していない。
 説明の最後の部分で、「当該報道をする時点で、首相本人が『政治空白』を懸念して報道を否定することは想定していました。しかし、記事の中で説明しておらず、読者の皆様を混乱させる結果となってしまいました。」と述べた。この言い分では、ピントをずらした説明であり、かえって読者に疑問を与えたのではあるまいか。
 
 <結末-読売の場合> 読売は、石破首相の退陣表明前の9月3日、1面と8面に大きくこの問題の「検証」を発表した。
 1面の見出しは「首相『辞める』明言」、「首相が翻意の可能性」として、石破自身が辞任することをもらしたように書き、「首相の『辞める』との発言を常に正確に把握していました。しかし、首相は辞任せずに、結果として誤報となりました。」(編集担当専務)として「おわび」とした。
 読売の苦衷は嫌というほどわかる。
 首相が当初の姿勢を、途中から「辞めない」と翻意したから報道が間違えることになった、でも報道の結果については詫びます、とし、もとはと言えば首相が当初言っていたことと違うことを言い出した、首相の「翻意」の結果、誤ったのだ、という論法である。
 
 「検証」のページの見出しに「進退 揺れ動く首相」「首相就任後 相次ぐ翻意」と大きく謳う。そして、「翻意」の事例として、①参院選挙の党の公約に、消費税減税をうたわなかったことを、選挙の敗退後に「悔やむ発言をした」 ②首相は当初、衆院解散に慎重な発言を繰り返したが、就任8日後に解散した ③戦後80年にあたり戦後検証の談話を出し、閣議決定することに意欲を見せたが、のちに談話の取りまとめを見送り、8月15日が過ぎても見解を表明しない、の3点を挙げた。
 「翻意癖」が石破の性格、とでも言いたいのだろうが、こうした迷いのプロセスと「退陣問題」とは性質、そしてレベルが違う。この3点の「翻意」には、それぞれに個別の事情があることは政治記者のみならず、各紙の記事に示されているとおりだ。
 
 「検証」では、石破が退陣を「明言」と書いている。1面には「関税交渉の結果が出たら、辞めていいと思っている。でも、交渉中に『辞める』なんて言えない。米国側からしたら『辞めると言っている首相を相手にどうして交渉をまとめるんだ』となる」――この石破の発言は正論だろう。しかし、この「辞めていいと思っている」との言い回しは、可能性のひとつではあっても、辞めることを前提とした「明言」ではない。この時点では、腹心でもある赤沢経済再生相が訪米し関税交渉のピーク時で、首相にとってのこの緊迫の状況を見落とせない。
 読売には、この発言は自民党大敗直後の7月22日夜、とある。朝日新聞によれば、この時間帯に石破は側近の国会議員や秘書官らのごく身内の面々と、とるべき5つの選択肢、つまり退陣、衆院解散、総裁選挙再出馬などの方策を協議していた。とすれば、「退陣」は選択肢のひとつであっても、「辞める」明言などではありえない。
 また、読売はこの翌日の朝刊に「首相、近く進退判断」の見出しの記事を掲載した。つまり22日夜の段階では、まだ退陣の「明言」は取材しきれていなかったことになる。
 読売によると、この記事を読んだ石破は「これで党内が静かになるといいな」と「周辺に語り、記事を肯定した。」と検証している。ここまでは「明言」はなかったのだ。
 だが、検証では「浮かび上がったのは、首相の発言が日々揺れたことだ。」、「続投理由を拡大」(小見出し)、「『疲れた』など弱音とも受け取れる言葉をもらすこともあった。」、「首相は当初、日米関税交渉で合意に達すれば、退陣を表明するとしていた。」など、事実の証明よりも石破の変化を印象付けたいような表現が目立ってくる。“翻意”周辺を表現で固めようとするようにも見える。
           ・・・・・・・・・・・・
 読売にしても、毎日にしても、苦しい局面だっただろう。
 状況の波に乗って書き、事実の確認に甘さがあったのではないか。
 思い込みに取り込まれたり、大きな流れに飲み込まれたり、あるいは確認の取りようが不十分だったり、取材にはそうした陥穽が多様に付きまとう。
 比較的長い新聞記者の経験からしても、こうした「怖さ」から抜けきれない。
 そこに、時間との戦い、取材相手の日頃の発言ぶり、その相手の派閥系列や立ち位置へのデータの有無、知らない世界に初めて足を踏み入れなければならない未知の広がりや深さ、抜きたい、あるいは抜かれまいという感覚ーーこうしたことがさまざまに付きまとうのが取材だろう。
 ここで取り上げたのは、筆者が所属していた新聞社が無事だったことで書くのではない。いつ、わが身の問題になるかわからない。そんな自戒を込めて、書いた。
 たくさんのいい記者が報道に加わって、優れた活字の世界を守ってほしいと思う。いかにデジタル文化、AI 文化が進んでも、ネタをネタとして扱うきっかけは記者の掘り起こすセンスや手腕、ひたすらの努力によるものであり、新聞社にはそれ以上の財産はない。  
 権力と戦える能力は、まず記者の冷静な問題感覚から生まれ、さらに追及できる取材力、判断力が必要になり、各種の権威・権力からの圧迫や、数を頼りのポピュリズム、強気や多数に流されがちな風潮に流されない冷静な判断力と気構えが必要だ。
 活字文化は過去・現在・未来を通した判断のもとに、読者と共にある。
 
 新聞社の幹部にそうした覚悟がなければ、現状の危惧される新聞メディアはさらに崩れていくことになりかねまい。

 
                        (元朝日新聞政治部長)
 
(2025.9.20)
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