【書評】回想のライブラリーを読んでー書評・感想・想い出

『回想のライブラリー』読後感

 篠原 浩一郎

 北京郊外の21世紀日中友好ホテルの傍を流れる河岸に立つ柳の下のベンチに座って語り合う初岡さんと胡啓立さんを離れたところから私たちは微笑ましく眺めていた。私たちとは、香山健一夫人、小野寺正臣夫妻、小島弘さん、篠原の5人。1950年代に国際全学連で香山健一と友情を育み、1961年には世界青年学生フォーラムで初岡さんと友情を育み、文化大革命で失却・下放され政治局常務委員に上り詰め再び天安門事件で失脚、そして今宋慶齢基金会の理事長として私たちを招待してくれた男の穏やかな笑顔に私は見惚れていた。
 あの素晴らしい感動に満ちた1週間は胡啓立に感謝すると共にそれを実現していただいた初岡さんに感謝している。

 『回想のライブラリー』にみる初岡さんは子供の時から読書に親しみ、学生時代は社研活動の先頭に立って活動して、その時に培った社会民主主義の立場を今に至るまで貫かれている姿が内容豊かに描かれている。没理論的に反原爆から学生運動に飛び込んだ私は社会民主主義は日和見だと一顧だにしなかった。まさにこの本で初岡さんに敵対した連中の一人であった。読書や討論で理論的に考えることが不得手な私が、間違いを悟るためには、これまた体あたり的にその後、労働運動の現場を20年経験しなければならなかった。

 P244に「ドイツの社民党やフランスの社会党などは、その国の新左翼派学生のかなりの部分を受容して、その中から活力ある幹部、活動家を生み出した。それによって党の活性化と新しい時代への先取り的適応をしていく。こうしたプロセスは日本の左翼政党や労働組合にはなかった。」
 著者の温かい目が、超がつく過激な学生運動活動家に注がれているのは有り難いと思う。筆者のような、実際の社会運動の中で理論的活動を行う資質に欠けた学生活動家の大勢にとって、激しい活動こそが自分の表現であった。理論はそれを表現するために借用しているだけで深い理論的検討を経て達しているわけではなかった。学生運動を終えたのちの社会活動の中でその情熱と経験が活かされることを願っている。
 学生運動と社会人による運動が切断されていることが今日の社会民主主義政党の地位低下を招いた原因とみることもできる。

 「安保三池の闘いが一段落すると」、「青年学生運動も政治課題中心の街頭闘争から新しい方向に転換すべきだと考え始め」、「少数精鋭的な活動家中心の社青同」を「大衆的青年団体に転換させようと動き始め」た著者たちに「社会主義協会や学生班から『右翼的』として攻撃され」(P116 )、1963年の社青同大会を機に自ら作った社青同を離れ、ユーゴに向かう。
 そのユーゴこそ、右か左かの二項対立で世界を割り切る過ちの悲劇が繰り返し現れる場所として著者はその地で得た友人たちを語ることで描いている。なかなか理解が深まらない地域としてすぐ考慮の外に置きがちだが、それこそ右か左かの思考の過ちの表れだと自戒させられた。

 著者は学生時代に社会タイムス編集部に在籍し、山口健二と一緒に仕事をする。「実に明快な論理を展開する人で、聞く人を酔わせるような語り口だった。人がなれなれしくするのを拒否するような雰囲気を持つ不思議なひとだった」(P229)
 私も1959年秋の九学連大会(熊本)に現れた山口健二と出会い、「篠原くん、読唇術を会得しなきゃいけないよ」などと変わったことを忠告された。九州のブント一角を共産党にひっくり返すという離れ業を残して去っていったと思われるので、私は今でも、当時の学生運動に現れた不思議人間のトップだったと思っている。のちに三島由紀夫の短編「親切な機械」で、彼が戦後すぐ起きた「京大女子学生殺人事件」の犯人の京大生に殺人教唆を与えたように思われ京大を去ったと知り、謎の一端が解けたように思った。学生運動に参加して最も良かったことは、こうした普通ではお目にかかれないほど優れた能力を持った不思議な人たちに出会えたことだった。学生運動とはそういう人材を輩出する場でもあった。

 今年2月初めの解散総選挙で高市自民党が3分の2を超え、立憲民主党が大敗を喫した。遠因は60年安保後に社青同を大衆的青年団体に切り替えるべきところを、社会主義協会を先鋒とした少数精鋭主義が支配して大衆を見下してきたことにあるのではないだろうか。当時の岸内閣の目指す開発独裁型の、民主主義を否定する政治に対し起きた、革命的な大衆闘争。その後の池田内閣から始まる自民党政権には、民主主義的に論争を重ね社会経済的な改革を野党と共に達成できる可能性があったのではないだろうか。スキャンダルを種に反権力闘争を叫ぶだけの野党は、大衆に見放されその大衆が高市支持に向かったように見える。

 『回想のライブラリー』は、一貫した社会民主主義の運動に身を置きながら、多くの人と変わらぬ友情を育み、膨大な読書と世界情勢への飽くなき関心を糧に生きてきた著者の軌跡を記した一冊だ。その歩みをたどることは、今こそ日本が進むべき道を示す檄文を読む思いがする。(2026年2月13日)

(2026.02.20)
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