【書評】

『日本経済の潜在成長力と「東アジア経済圏」の形成』 —「アジア版」ニューディールに向けて—』   蛯名保彦/著 明石書店/刊 四六版184P 2300円

井上 定彦

 これまでも学長(新潟経営大学)の激務をぬって主として日本と東アジア経済圏をめぐる著書・論文を相次いで発表し続けてきた蛯名保彦氏が、退任後1年あまりでまた新たな著書を発刊された。

 著書の題目は、表記のように経済学者らしいおだやかなものであるが、ここでの議論は決して狭義の日本の潜在成長率に関する議論を中心としたものでもなく、また、現在はあたかもリアリティを失ったかにみえる東アジア経済圏論を抽象的に論じたものでもない。

 「序」にもあるように、「アベノミクス」というのは、第「一」と「二」の矢は見当違いであり「第三の矢」つまり成長政策のみが名目としてはまだしもなのであるが、それもこのような内容で戦略方向がズレたままでは、「逆に一層の成長率低下とより深刻化する財政危機の悪循環 いわゆるスタグフレレーションに日本経済に陥る危険性が強まっている」という。

 本来は過去4半世紀はつづいてきた東アジアと日本との「自然経済圏」(スカラピーノ)の形成発展の波に自然に乗ること、少子高齢化と地球環境保全の時代の到来をふまえつつ、日中韓、ASEAN にまたがるソーシャル・インフラストラクチャーを構築し「東アジア経済圏」をつくりだしてゆくこと(これを著書は「アジア版」ニューディールとよぶ)がもとめられている、というのが基本的主張である。すなわち本書のテーマから連想される地味な「経済専門書」であるにとどまらず、実証的分析にもとづくより「大きな構想」の提示をおこなっているのが本書の特徴ともいえよう。

 本メール・マガジン「オルタ」の語源( 「オルタナーナティブ=代替策」) ともかさなるのだが、日本とアジアのすすむべき道に関する「代替戦略」について、専門的データにもとづいて示したものとして、書評子はうけとめた。
 ここでは、21世紀の長期展望のなかで近代の欧米中心世界から東アジアを軸とするパワーの興隆、すなわち「東西逆転」という世界の地政学的な構造変化をまずふまえる。そしてそれは決して排他的なアジア経済圏形成にむかうということではなく、グローバル規模での「サプライ・チェーン・マネージメント」に例示されるような大きな経済・産業活動の世界規模にまたがる本格的な展開、米大陸・大欧州を含めた「グローバル経済化」という現実をふまえたものでなければならない。

 過去20年の展開にみられるように、これからの東アジアの発展は、ますます東アジア地域での「国際公共財」の戦略的構築、すなわち欧州とアジアをつなぐ「ランド・ブリッジ」や東南アジアの輸送流通に関わる「回廊」の形成を含む社会的共通資本の目的意識的形成が強く求められている。
 それは物流システムのみならず社会保障制度や産業民主主義のあり方をふくむソフトパワーにもかかわるものであろう。

 少子高齢化と経済の成熟化を前提として、日本は、東アジア世界とグローバル世界の中にに融合してゆく、それがまた本当の成長政策ともなる。そうした政策戦略が日本にもとめられ、同時に世界からも期待されているのではないか( 安倍政権の外交戦略はいかにこうした時代の要請から乖離したものであるか) 。

 そうした大局的視点をもった実証経済研究は意外に多くないだけに、オーソドックスなアジア政策のあり方をあらためて考えておられる皆さんに、是非おすすめしたい好著である。

  (評者は県立島根大学名誉教授)
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