【フランス便り】(44)
すさまじいヒートウエーブ第2波に襲われたフランス
フランスや西ヨーロッパは、6月中旬から下旬にかけて記録的なヒートウエーブに襲われた。実は、その直前の5月にも季節外れ猛暑があったばかりだったが、6月のヒートウエーブはその激しさ、地理的広がり、継続期間、どれをとっても桁外れであった。北フランスに位置するパリは、普段の年は真夏でも気温30度を超える日は何日もないのだが、今回は2週間ほど35度近くを記録し、とくに6月24から2日間は最高気温が40度を超えた。
私は暑さには比較的強いと自負していたが、外の気温が30度をはるかに超え、室内の温度が30度近くになると頭がボヤッとして来る。そのため、今回は居間に1台あるエアコンに大変お世話になった。ただし、パリ地域で家庭にエアコンを持つ人は例外的である。フランス全体で、エアコンの装備率は28%くらいと推測されているが、その大部分は気候が異なる南フランスのもの(半分の家庭)なので、エアコンの普及率はパリ地域では1割以下とみられている。しかも扇風機すら持たない家庭も多く、5月、6月の猛暑であわてて扇風機を買い求めていた。
テレビや新聞の報道によれば、多くの人が暑さのために眠ることができず、苦しんでいたという。とくに、屋根裏部屋に住む人は暑さがひどく、眠れない夜を過ごしていた。この苦境を少しは和らげるためにパリ市は公園を終夜解放したので、若い人たちは風の通る公園で睡眠をとったものもあった。
私は今月号に別のテーマを考えていたが、今回のヒートウエーブが余りにも強烈だったので、今回はこの熱波の中で混乱するパリの状況とヒートウエーブが今後フランスに突きつける問題を考えてみたい。
1 6月のヒートウエーブ
一般的にフランスの5月と6月は比較的気候が安定し、過ごしやすい季節である。日が暮れるのも遅くなり、夜の10時過ぎまでは外は明るい。木々は緑が日一日と濃くなり、夏が近いことをうかがわせる。パリの6月の平均気温は最高気温が24度で最低気温が14度なので、夕方になればセーターは欠かせない日が多い。東京に比べると気温は3,4度低く、とくに朝晩は冷える。また、日本との大きな違いは、一日の一番暑い時刻は、昼ではなく、16時から17時となる。
このような気候のため、北フランスでは暑さ対策はまったく無防備と言ってよい。普通の住宅建設で一番注意することは暖房と保温効果である。政府の環境政策の主眼は、古い住宅の断熱効果をいかに高めるかにあり、暑さ対策はまったく考慮されていない。
ところが、今年の5月から6月の天気は普段の年と大きく異なっていた。早くも5月末に連日30度を超す猛暑が襲い、しかも10日間も続いた。フランスの気象庁(Meteo France)の説明では、高気圧がポルトガル沖と北欧に停滞し、サハラ地域から昇ってきた熱風がこの北欧の高気圧のために閉じ込められた状態でフランスの上空に停滞するドーム現象のために気温が上がり、暑さが長く続いたと説明していた。ただし、このような季節外れの暑さは、過去にも起こっていたので、今年は意外に夏が早く訪れたなと私は思っていた。
ところが、この5月の猛暑が終わり、一息ついていたところへ、今度は規格外の6月のヒートウエーブがやってきた。まず、このヒートウエーブの地理的範囲が膨大で、フランス、イタリア、スペインといった地中海沿岸のみでなく、イギリス、オランダ、ドイツといったフランスの北に属する国まで及んだ。また、その継続期間も長く、6月18日に始まり、一応7月の初めに酷暑は終わったが、その後も気温の高い日が続いている。この間、晴天の日ばかりで、風がこの期間まったくなかった。
酷暑のピークは6月24、25日で、この2日間は気象台は赤印の高温注意報を全国的に発令した。この2日間、気温は全国的に上がり、パリの40.6度、ボルドー地域で43.6度、涼しいことで有名だったブルターニュ地方のナントで42.2度を記録した。
もっとも、例外的に暑さが長く続いた年も過去にはあった。有名なのは1976年と2003年である。とくに、2003年には暑さが長く続き、15000人が暑さのために亡くなった。その大部分は、老人ホームの人や一人暮らしの老人であった。その教訓もあり、その後はすべての老人ホームなどの施設は必ず冷房のある部屋を1ヶ所は確保することが義務付けられた。ただし、それ以外の公共施設では、そのような法の縛りはない。今回、暑さ対策の不備が強く意識されたのは、病院、学校などであった。
フランスの学校の施設の管理体制は複雑である。幼稚園や小学校は地方自治体(町および市)、中学は県、高校は地域、大学は国が管理することになっているが、どこも財政問題を抱えているので、とても冷房施設までは手が届かない。私が目にした報道では、約7%の学校のみしか冷房の設備を持っていないという。私が多少知っているのは大学だが、古い建築(石造り)と安普請の建物が多く、設備は概して貧弱である。多分、小学校・中学・高校なども同様と思われる。さらに、建物は寒さ対策が主なので、日差しを遮るブラインドすらないところが多い。あまりの暑さに、今回、ピーク時には全国で3000校以上が閉鎖された。
病院(多くは国立)も多くの問題を抱えている。フランスの公立病院(大型の病院はほとんど国立)の4分の3には冷房装置があると見積もられているが、一部の病棟にのみ冷房があるところが多く、病院の建物全体では、建物面積の約半数のみが冷房設備を有しているという(環境庁の推計)。つまり、多くの病院は財政事情がひっ迫する中、ベッド数の確保や医療器具への投資を優先するので、建物は貧弱なものが多い。
6月のヒートウエーブの際、政府は応急措置として、市場に出ていた3万台のエアコン機器を買い占め、優先的に病院に配備したという。このことは、いかにこれまで暑さ対策が無視されていたかを物語っている。
それでも、全体的に、病院は、今回、新型コロナの時のように、緊急患者であふれ、対応できない場面はなかった模様である。確かに、6月最後の週には熱中症などで救急医療サービスが厳しくなり、待ち時間などが大幅に伸びたところもあったようだが、どうにか無事にヒートウエーブを乗り越えられたらしい。
最後に、今回のヒートウエーブによる犠牲者数だが、政府が発表した部分的な速報値(オンライン上の死亡届のデータ)によると、6月末の週の暑さによる犠牲者数を2000人としている。その多くは独り住まいの老人で、老人ホームでの犠牲者は比較的少なかった。今後、この数値はかなり増えるかもしれないが、いずれにしても2003年とは比べ物にならないだろう。間違いなく、学習効果が効いた模様である。
以上はテレビや新聞の報道によるパリの状況だが、ここで私の生活体験をまとめてみたい。私たちは郊外のかなり古いマンションで暮らしているが、前のオーナーは居間にエアコンを持っていた。古くなったエアコンは7,8年前に故障したので、その時インバーター式のものに買い替えていた。もっとも、普段の年にはエアコンは暖房専門で、冷房に使うことは年に2,3回くらいで、それも暑い日の午後に数時間使用する程度だった。
ところが、今年はそのエアコンの世話になった。ヒートウエーブが2週間目になると、暑さに弱い家内が悲鳴をあげ、1週間近く毎日午後には冷房を入れることになった(午前中は風さえ通れば、そう暑くはない)。ただし、暑さがピークだった6月24、25日には夜もフル稼働してもらった。エアコンを切るとあっという間に室温が上がり、眠ることができないほどになっていた。
私の家の近くにテニスクラブ、サッカー競技場などがあるが、これは県からの通達で6月22日の週は全面的に閉鎖されていた。激しい運動で熱中症などが増えることが懸念され、病院制度に余計な負担をかけるのを避けるための措置であった。
私は毎日夕方に散歩1万歩を日課にしているが、困ったことに17時はもっとも暑いころとなる。ただ、その後も気温が下がらない日が続き、夜の9時過ぎでも35度近くの日が何日かあった。普段滅多に汗をかかない私だが、35度前後になると外を少し歩くだけでTシャツは汗だらけになった。なお、この週、町のレストランのテラスを使う人はほとんどいなかった。これも珍しい光景だった。
2 どうする今後の暑さ対策
地球の温暖化はいろいろな地域で現れているが、ヨーロッパは他の地域の2倍の速度で温暖化が進んでいるという。北極付近の万年雪や氷河層が温暖化で溶け出し、それが欧州の温暖化につながっているそうである。したがって、多くの気候学者が警報を鳴らしたように、今回のようなヒートウエーブは今後頻繁に起こる可能性がある。
これまで、国や自治体、企業、そして一般の人も暑さ対策はほとんど考えていなかった。しかし、今回のヒートウエーブは多くの人に大きなショックを与えたので、今後は、暑さ対策も生活の快適さや健康維持の1つのカギになろう。
3 エコロジーとエアコン
これまで、フランスでは、エコロジストや左翼の影響が強く、エアコンは環境に悪いという一種の固定観念が定着していた。新パリ市長グレゴワール氏(社会党)は、ヒートウエーブの始まったころ、Le Monde紙のインタビューで、暑さ対策として、パリの緑化やマンションのブラインド設置などを示した後、個人宅へのエアコンの設置は弊害が多く、最後の手段であるとの見解を示した。この見解は左翼や中道の政治家あるいは主流マスメディアに共有されている見解である。
2015年のパリ会議(長期的なCO2の削減目標を定めた国連条約の採択)以降、フランスでは、とくに若者を中心として地球温暖化に対する懸念や環境保全への関心が強くなっていた。そして、2019年のEU議会選挙でエコロジストが大幅に伸びたこともあり、EU委員会は2019年にグリーンディールと呼ばれる野心的な温暖化ガス削減の中長期の目標を立てた。また、2023年には2030年以降は燃料エンジンの車の新車販売を禁止するといったEU目標を採択した(最近、自動車産業が苦境なドイツの圧力もあり、その猶予期間などが延長されている)。このようなエコロジーに対する意識の盛り上がりの中で、エアコンは環境悪化の原因となるという観念が定着した。
ただし、1世代前のエアコンは、電気冷蔵庫と同じように、フロンガスを多量に排出し、評判が悪かったが、近年EUの規制が強化されるとともにエアコンそのものが改善され、フロンガスの排出量は少なくなった。5月、6月のヒートウエーブに直面し、多くの個人は先を争ってエアコンを求めだした(ただし、市場にエアコンはほとんどない)。政治のレベルでは、極右や保守はエアコン普及を急ぐ必要を唱え始めている。マスコミの一部は、今後の暑さ対策の柱として、エアコンの普及を擁護し始めている。この擁護者たちは、エアコンが普及しても全体のフロン排出量の1~3%くらいがエアコンによるもので、その他は暖房によるものとしている。また、エアコンの普及率が90%を超える日本やアメリカの例を引用することが多くなっている。
今回の熱波の教訓は、35度前後の日が1週間も続けば、エアコンなしの生活は難しいことが実感されたことだろう。室内の温度が30度になれば、仕事に集中することは困難で、生産性は落ちることは間違いない。それに何より、これまで人が追求してきた生活の快適さが失われる。だからこそ、6月には市場にあったエアコンは取り合いの状態だった。外の気温が40度に達すれば、町の緑化や扇風機では不十分で、エアコンに頼らざるを得ない。
ただし、国や自治体の対策としての冷房は財政負担という大きな課題を抱えている。フランスの2026年の累積財政赤字はGDPの117%に達し、2026年の予算の赤字は5%を上回ると予測されている。どうして相当の投資額が予想される病院や学校の冷房に回す予算が確保できるのだろうか?
個人のレベルでは、経済的に余裕のある人は今後エアコンを買い入れるだろうが、貧しい庶民の場合、エアコンを買うことは難しいだろう。私の感じでは、日本で10~20万円前後するエアコンは、こちらでは、規格の違いもあり、50万円はかかると思われる。そのエアコン機器はほとんどすべて極東(日本、韓国、中国)からの輸入品である。
こうした状況を考慮すると、当分はまず豊かな層の人たちが個人的にエアコンを買い求め、その後、遅れて病院や学校に冷房装置が入ってゆくものと思われる。貧困層へのエアコンの普及に関しては、国や自治体からの補助金が必要だが、現在の財政状況ではその実現は困難だろう。
4 水資源の確保
今回のヒートウエーブは単に暑さのみの問題ではなく、それに付随して水資源の確保が問題になりそうである。今年の冬から初春には雨の日が多かったが、降雨量はそれほどではなかった。その後、5月以降晴天が続き、各地の河は水量が低下している。そこへ、3回にわたるヒートウエーブで飲み水や灌漑に使われている地下水のレベルも大きく減っている。とくに、暑い南西部(トウルーズやボルドー地方)でその傾向が顕著である。
フランスの水資源の消費の3分の2は農業で、残りの3分の1が家庭用水、発電所、工業用などとなっている(France Stratégie 2024)。この数字が示すように、農業は水なしでは成立しない。酪農や穀物生産(トウモロコシ)などは大量の水を使う。この夏、水不足が表面化すれば、水資源の取り合いが大きな政治問題になりそうである。また、中・長期的には、温暖化に沿った農業に変革することが求められるに違いない。もう、すでにワイン産業では気候温暖化の影響で生産地域が変わりつつあり、ボルドーなどは必死で品種改良などで伝統のワインを守ろうとしている。牧畜、穀物生産あるいは果実の生産なども灌漑に頼っているので、今後ビジネスモデルの変革が必要になってくるかもしれない。欧州の農業大国であったフランスも、今後、水不足の実態を直視する必要があろう。
付記
この稿を書き終えようとした時、また第3波のヒートウエーブがやってきた。ここ4,5日最高気温が少しずつ上昇し、昨日は37度まで昇った。最近の天気予報はかなりはずれが多く、5月、6月のヒートウエーブは直前まで最高気温や継続期間が過小評価されていた。どうも、気象庁の予報モデルは、今回の異常気温をうまく察知できなかったようだ。
ところで、最近マスコミで花形となっている気候学者や天気予報士に一つ苦情を呈したい。今回のヒートウエーブの直接的な原因に関しては、まったく説明あるいは納得できそうな仮説の提示すらなく、ただ気候温暖化の影響だとしている。気候温暖化は、気候学者が膨大なモデルを使ったシミュレーションで、長期的傾向を示したものであろう。その多くは今回のようなヒートウエーブが2050年くらいに頻繁に起こると警報を鳴らしてはいるものの、今日、明日の天気予報には使えないはずである。今回の異常気象はどうして起きたのか、また、北ヨーロッパやアフリカあるいは中東の天気とどう関係しているのか?天気予報はジェットストリームの影響、熱帯地方の動向、他の大陸や海洋の温度など変数が多すぎ、予測不能であるのかもしれないが、私たちが納得できるような有力な仮説はないのだろうか?もしかしたら、天気・気候の専門家や報道関係者は地球温暖化という、すべてを包含する表現で思考が停止しているのだろうか?
2026年7月14日、パリ祭の中で、鈴木宏昌(早稲田大学名誉教授)
(2026.7.20)
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