【視点】
つくられる戦争
─「戦後」から「戦前」を見る
羽原 清雅
戦争を好む人はいない、に違いない。だが、ごく一部の浅慮の権力者は流され、その方向に向かいがちであることは否定できない。現実がそれを示す。第2次世界大戦後80年、戦火の兆しは世界各地に生まれている。
では、アジア・太平洋戦争から80年の日本はどうか。歴史をたどるなかで考えると、現状の日本から先行きを思うと、とても楽観視できない。
日本の憲法は、仮に国からの押し付けだったにせよ、ロマンを踏まえた、将来社会のありたい世界や国の姿を描いている。民主主義のなかった戦前の社会を一変させるためには、これまで経験のなかった他国発祥の民主主義を謙虚に受け入れ、あらたな国民のありようを示す優れた指針として必需である。憲法はあるべき社会への理念であって、すべてが現状の国情に合うようその都度手直しする必要はなく、大きく掲げた理念に向けて努め、歴史をまっとうに学び、未来の国民が納得しうる方向に持っていくことがあるべき姿である。
6,70点の憲法であっても、「あるべき姿」を示すことに正当性があるだろう。国の指針とは今という「現実」ばかりにとどまらず、長い先方を見て、国や国民のありようを考えるべきものなのだ。
*軽視される憲法 日本国憲法は不幸にも生まれてすぐに、東西冷戦下の朝鮮戦争と日本の経済復興に寄与した結果があって、非武装中立というアジアの小国としては一考にあたいする方向がゆがめられた。また、戦犯として追放された政治家、官僚、軍人らが新日本建設の試行錯誤の時期にこぞって復活、戦前の夢を追う国の枠組みを作り、戦前の「復古」を試みる思考が蘇ることになった。簡単に言えば、戦後の初期に首相を務めた石橋湛山の政治姿勢が短期で挫折、戦前の統治をよみがえさせる岸信介首相に引き継がざるを得なかったことが、今日の日本の姿に色濃く残ることにもなった。
自民党の一部やその政治を支える官僚、大手企業、社会周辺に「憲法改正」の風土を残し、それは解釈による憲法からの逸脱を許すベースとなって今日に至った。
自民党の長期政権を支える勢力と彼らのお題目にもなって、憲法の本義を考えない風潮として生き残っている。憲法を支えるかの野党であった社会・社民党は、いささか憲法の「具体化」に努めず、イデオロギー論争に明け暮れがちとなり、現実社会への憲法の生かし方にまで及ばず、ついには解体の道を進んだ。
*政治を緩ます小選挙区制 そして、11回・30年余も続く小選挙区制は、安定的2大政党の達成どころか、政界を多数党登場の場として国の方向性を見失わせる混乱性を見せることにもなった。
選挙制度による自民党の多数支配が維持され、政界の混迷もあって、歴史に基づく志向が薄らぎ、今や「戦争」をめぐる環境が整いつつある。もちろん、戦前の天皇・軍隊・官僚・財閥などの上意下達型ではなく、大衆社会化による軍事体制容認の気配が支配する環境である。
この制度が持続される中で、戦争のむなしさを回避する風潮が薄れ、愚かな戦前の歴史に学ぶ風潮は退化し、むしろ歴史に学ぶべき姿勢が戦争を迎えるかの意識と政治的対応を許容する方向に代わっていった。戦争の現実と被害、そして相手国民衆に与えた罪悪をも忘れる風潮が広がっていった。
「平和な社会を」といった温厚な気分は、単なる平和への甘えとなり、「平和を作り、守る努力をし、そのために闘う」気概を萎えさせる時代に遷ろっていった。
*進む軍事化 皮肉にも、安倍晋三首相は「積極的平和主義」の名のもとに国家安全保障戦略を描き(2013年)、ほぼ10年後には岸田文雄首相は「安保3文書」を国会等の論議も乏しいままに固めて「敵基地攻撃能力」なるリスキーな姿勢を打ち出し(2022年)、さらに保守派の高市早苗首相は安保3文書をさらに強化しようとする。
高市氏は米国になびき、中国を自らの“失言”によって挑発し、強気である。豪州、フィリピンなどとの軍事体制強化を図り、武器輸出のたがを外して、軍需産業を経済上昇の引き金に狙う。軍事防衛予算は2022年度以降、対GDP比は例年の1%以下から年々1.4、1.6、2.0、1.9%と伸び、いずれは3.5%に向かいかねない状況だ。安保3文書改定の会議は進み、「核兵器持ち込み」「原子力潜水艦建設」すら取り沙汰される。
*外交・民間交流の衰退 軍事体制が進む一方で、政府の外交は影が薄い。戦争回避のためには
恒常的に当事国との絶えざる協議の場が必要だ。だが、重要な対中国との政府要人の会議や交流は減る一方だ。昨年11月の高市発言の一言が響いていることは間違いないが、外交的往来がないことは不用意な突発事でもあれば、戦乱を広げかねない。しかも、民間の方でも往来が乏しい。政府がだめでも、国民同士の往来が盛んなら、お互いの違いを分かり合い、交流を通じた平和的な空気が広がれば、双方の衝突も防ぐことができる。
*戦争は徐々につくられる 戦乱や衝突は突発的に生まれるものではない。以下のレジメは、東京、栃木での講演用に作ってみたものだが、戦争は年々仕組まれ、軍事力、社会の空気、憎み合いなどの蓄積によって醸成される。戦前のアジア太平洋戦争の経緯を見ていくと、戦争に至るまでには、徐々に準備が積み上げられ、なるべくしてなることが多い。
今日の日本周辺の緊張は、いわば衝突の準備段階にあり、振り返ってみてみたい。戦乱の緊張は徐々につくられ、いつか多くの場合血を流すことにもなる。
日本の今、沖縄、九州周辺を中心に普通ではない戦争準備が進む。政府の方針が次第に国民感情をその気にさせていく。現状の流れを冷静に見ていけば、緊張を高めている政府、政界、経済界などの姿勢が見えてくる。また、対立国の空気が読めてくれば、リーダーたちの邪心にそそのかされる愚は避けられるだろう。戦争への道を進める勢力の姿勢を見逃さず、もう一度現実を見直してみよう。
戦争は、ごく一部の権力ある人間たちがその方向に努め、国民の目を閉ざさせ、支持賛同を実らせる。以下、その進行ぶりをたどってみたい。
*戦争の要件
・領土、資源などの「利益」を確保したい狙いが潜む場合=戦前の日朝、日中関係
・歴史的な領土、民族、宗教などの対立的な問題を抱える場合=ユダヤ・パレスチナの関係
・国家間にイデオロギーの差異があり、またナショナリズムの衝突などが生じる場合=ベトナム戦争
・強大国と弱小国が隣接、内政が乱れがち、専制統治者が台頭するような場合=ウクライナ・ロシア
・誤認、執念など突発的事態の発生があり、かつ相互調整が不能になるような場合=サラエヴォ事件
*戦争準備のプロセス
・軍備の増強 名目は「他国攻撃」ではなく「自国防衛」として拡大。予算の増強を伴い、軍備の拡充・新鋭化が進められる。相手国を刺激し、同様の対抗措置に走る。
・相手国への対応 相手との関係悪化の事態が発生→相手を刺激し、相手も対抗して、政治問題化
→双方が問題点や欠点などをあげつらい、国民の対立感情、憎悪・蔑視の醸成へ
→外交、国交関係を冷却化させ、さらに旅行、文化など各種交流の減退へ
→外交関係で折り合えない障壁を設けて暗礁に乗り上げさせ、さらに緊張を激化
・相手国への憎悪拡散 敵対相手への憎悪、蔑視、弱点などの宣伝により国民感情を刺激徴発
→戦争意欲の高揚 →狭い国家的愛国心や忠誠心の育成
・マスメディアの動向 問題点の報道→焦点の過大報道化→敵対双方の対比の客観報道から自国擁護的視点に傾斜→相手国の弱点の指摘や批判、相手攻撃に走る→そして自国愛報道に熱中→政府のプロパガンダに同調し追従の姿勢へ→反戦報道の弾圧も
〈愛国的報道のほうが販売上有利、との営業重視に→全メディアが同調〉
・産業界の同調 軍需関連産業の政府協力→兵器産業、軍需物資関連産業の収益重視/一方で、相手国との取引停止/産業間格差の発生とその扱い/平和産業を圧迫/軍需産業が政府の主張や資金などの面で協力/戦争激化のあおりも→世論も容認の方向へ
*名目と実態
・自存自衛の戦争・アジア解放戦争
〈国家予算の大半を軍事費に投入/国内資源の乏しさ、軍事力のもろさの自覚欠如/食料、資材等は現地調達(兵站、補給なし=略奪など横行)/石油、ゴムなど生産部門の欠乏/兵士、国民の死を考えず/「天皇の軍隊」内部に乱れ/軍隊内の慰安婦など倫理問題など発生〉
・対中、対ソ、対米英の3正面作戦
〈日本の読みは甘く、米国民は戦意喪失・中国は力不足(愚民扱い)・ソ連は中立など〉
・天皇、神の国、神風、国民精神総動員
〈全権を握る天皇=現人神(あらひとがみ)のもとで現実離れの神話的論理を展開、国民束ね政策〉
・日清、日露、第1次大戦での勝利経験
〈偶然の勝利、それぞれ相手国に不利や弱点によるかろうじての勝利に酔ったうぬぼれ〉
・一億火の玉になって(戦前)→一億総ざんげとなる(戦後)
〈治安維持法などによる弾圧と拘禁/「大本営」発表という言論統制や偽装情報とメディア支配/同調圧力の国民性/国民は天皇の「赤子(せきし)」の風潮/人命軽視の「英霊」思考〉
*日本の4大戦争
①日清戦争(1894、5)一日本の勝利により台湾、澎湖島の割譲、賠償金約3億円を入手
〈露独仏3国の干渉で遼東半島を還付→「臥薪嘗胆」の合言葉に反露感情が高揚〉
②日露戦争(1904、5)一朝鮮での優越権、中国の関東州租借、長春以南鉄道利権など入手
〈賠償なく、領土割譲少なし、と講和反対の声高まり、日比谷などで焼き討ち事件〉
③第1次世界大戦(1914-18)一日本は英仏側で参戦、独租借の青島占領し山東省利権、南洋諸島の委任統治領入手、過重な対華〈対中華民国に〉21カ条を要求(15年)
〈米大統領の民族自決の提唱があり、中韓など独立運動、日本では労働運動など激化〉
④アジア太平洋戦争・第2次世界大戦(1937-45)一日独伊 VS 米英蘭など、初の敗戦となる
*戦争の犠牲者
①日清戦争 日本の戦死・戦傷死・病死など 1万3824人/清国3万5000人(概数)
《防衛ハンドブック/軍関係のみ》
②日露戦争 同 11万5621人/ロシア戦没者4万2628人
《人間自然科学研究所などの資料、ウィキペディア/軍関係のみ》
③第1次世界大戦 連合国犠牲者 514万3000人(うち日本300人)
同盟国犠牲者 338万6000人 両者計852万9000人≪同上/市民を含む≫
④第2次世界大戦 連合国犠牲者 1913万人
枢軸国犠牲者 870万人(うち日本軍230万人・市民80万人)
アジア諸国犠牲者 912万5000人 3者計6595万5000人
≪同上≫
◇沖縄戦 日本人戦没者 18万8136人(うち沖縄出身の軍人軍属2万8228人・県民9万4000人)
米軍戦没者 1万2520人
◇第2次大戦の遺骨収集 海外での死者240万のうち収容は128万のみ/未収容のうち海没は30万人
〈戦没者遺骨収集推進法成立は2016年〜2029年までで終了の予定〉
*戦前の日本の戦争プロセス
1>富国強兵策 経済力と軍事力への自信→日清戦争〈1894、5〉、日露戦争〈1904、05〉、第1次世界大戦〈14〜18〉の展開と日本の勝利
2>戦争の自信と利益 台湾〈1874〉、南樺太〈1905〉、朝鮮半島〈10〉、山東半島〈22〉、旧満州の植民地化〈31〉と賠償金(台湾=清から50万両、日清戦争=2億両)
3>軍事予算の膨張 徴兵、軍事力の強化〈国家予算中の軍事費 日清期66-69%、日露期81-82%、第1次大戦期35-51%、第2次大戦期75-85%〉
4>財閥の成長・軍事依存体質〈8大財閥〉→政府、軍部、財閥の癒着と右翼の参入と跳梁〈大川周明、北一輝、井上日召、安岡正篤、平沼騏一郎、頭山満、内田良平ら/黒龍会、玄洋社、国本社、猶存社など〉
5>侵略の開始・拡大 軍事力に自信がつくと弱みある地域への侵略戦争へ。朝鮮半島〈1875-1910〉、シベリア出兵〈18-22〉、山東出兵〈27-28〉など→本格化する満州事変〈31〉、日中戦争〈37-45〉の準備段階としての小規模紛争の拡大
6>開戦の大義名分作り 貧窮農民の救済と武闘移民政策〈加藤完治、満蒙開拓青少年義勇軍養成所〉→軍事衝突の謀略と挑発〈張作霖爆殺(28)、柳条湖事件(31、満州事変へ)、盧溝橋事件(37・日中戦争)など〉
7>愛国心教育 幼時から学校教育で徹底〈忠君愛国、非国民、国民精神総動員、軍神、英霊、聖戦、玉砕、翼賛、八紘一宇、神風、戦陣訓、ぜいたくは敵だ、撃ちてしやまん、欲しがりません勝つまでは〉
8>各界の同調圧力 各界の愛国運動の組織化〈大政翼賛会、翼賛政治会、大日本産業報国会、大日本国防婦人会、従軍作家陸・海軍部隊、農業報国連盟、文学、野球、棋道、戦時宗教など各種報国会〉
9>憎悪、侮蔑の定着 「敵国」意識の醸成〈鬼畜米英、米鬼、チャンコロ/kill jap!〉
10>反対勢力の弾圧 治安維持法〈1925〉など各種の弾圧法規の策定/社会主義者らの拘束〈1928年3・15、29年4・16両事件、37、38年人民戦線事件など〉、殺害〈山本宣治、小林多喜二、三木清ら〉、言論弾圧〈滝川幸辰事件、天皇機関説問題=美濃部達吉、矢内原忠雄事件、河合栄治郎事件など〉
11>政権・政策への攻撃 右翼勢力の横暴〈1930浜口雄幸首相襲撃、32 井上準之助、団琢磨射殺(血盟団)、5・15事件=犬養毅首相殺害、36 2・26事件=斎藤実内大臣、高橋是清蔵相殺害等〉
12>軍人政権の誕生 山本権兵衛=海、寺内正毅=陸、加藤友三郎、斎藤実、岡田啓介=海、林銑十郎、阿部信行=陸、米内光政=海、東条英機、小磯国昭=陸、鈴木貫太郎=海
13>外交の弱体化と国際的孤立 対華 21カ条要求の強制〈1915〉、浜口協調外交の挫折〈1930、35ロンドン海軍軍縮条約への反発/30 統帥権干犯問題〉、国際連盟脱退〈33年42対1〉、三国防共協定〈33〉、対米宣戦布告〈41 不調〉
14>相次ぐ戦時規制立法 国民生活の圧迫〈輸出入等臨時措置法、軍需工業動員法、国家総動員法、電力国家管理法、賃金統制令、国民徴用令、価格等統制令、奢侈品等統制令、米穀供出令、生活必需物資統制令など〉→国家統制の乱用が自在に行われる
15>戦闘各国の大量犠牲と長期化 双方の戦闘員・非戦闘民間人の無差別犠牲化〈第2次世界大戦の犠牲者は枢軸国870万、連合国1913万、アジア諸国犠牲912万〉
*結論的に
1.「戦争は悪だ」という視点に立つ政治を。
2.戦争に至るまでの過程で、「外交」機能を高めること。一方の国の軍備増強は、相手国を刺激、対抗して、外交よりも軍事が台頭する。国際緊張が高まる前に、双方の対話外交を強めたい。
3.外交とともに、「民間交流」の日常化を強めたい。双方の緊張関係が高まる前に、双方の国民が日常的に深く交わることで、相手国民の志向、歴史、習俗、文化、伝統、食物、生活対応などの「共通点」と「違い」を理解、許容し合い、双方の違いを認め合える関係を築きたい。国同士の政治的な「外交」の根底には、民衆同士の「交流」がなければなるまい。国際関係の土台である。国の付き合いの基本は「相互理解」であり、それは従属や卑屈などではない。
4.とくに、島国は交易交流があって生活が成り立っている。この地勢的なことを忘れて、領土的侵出を考えた歴史的な過ちは繰り返すまい。食料、資源が自給できない島国の生命線は、他国との平和的な交流を基調とすべきで、対立的同盟は必ずしも有効ではない。
5.自国愛・愛国心は必要だが、かつての狭隘な「愛国」は終わった。いままた、「核兵器共有論」、「敵基地の先制攻撃論」でいいのか。仮に戦闘状態に勝ったとしても、戦死者が出、戦没遺族に貧窮と苦痛が伴う。戦争の事態をいかに避けるか、という視点を欠く政治でいいのか。
相手国も同様に兵士ばかりではなく、その親族知人らに不幸をもたらす。生命、財産、歴史、文化、産業、各種施設など双方の被害は大きく、復興に膨大な人材やコストを要する。
6.SNSなどによるフェイク的情報、一方的な世論操作、情報過疎など見えない影響力の浸透が怖い。ひそかに浸透するイメージ戦や挑発、開戦時の自国第一の偏向性など、自立した冷静な判断力は発揮できるか。客観的情報の収集と理解、相手国と自国の情報の判断、情報分析の才覚、そして付和雷同性の排除などが求められよう。
7.「自衛、防衛」姿勢から「敵基地攻撃能力(反撃能力)」への拡大解釈、武器輸出禁止の原則から積極的開発・輸出・経済活性化の手段への転嫁など、戦乱拡大へのリスクに騙されない。「防衛」の名の攻撃は、相手国の無防備の一般国民に危害を加えることにもなりかねない。権力者とその周辺の用語の説明と、実際に発生しうる結果としての惨劇を見間違えまい。戦前の同調が、戦後の後悔とわが身の不幸、さらに相手国民への償いの気持ちにつながることを自覚しておきたい。
〈元朝日新聞政治部長 羽原清雅〉
(2026.6.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/ページのトップ/バックナンバー/ 執筆者一覧