【北から南から】中国・吉林便り(22)

どっちが裕福? 日本・中国

今村 隆一


 11月2日昼食後、北華大学日本語学科の職員室、6階建て逸夫楼(イフロウ)の6階で資料作りをしながら、ふと窓下の松花江(ソンファジャン)の方を見ると外は真っ白、粉雪でした。吉林での今冬の初雪でした。初雪は去年が10月21日、一昨年が11月8日、その前年が11月12日でした。
 午後からの授業で学生に初雪の感想を尋ねると異口同音「うれしい」でした。私も同感で、何故だか初雪は私たちをうれしく感じさせ、何か良いことがあるような期待がするものです。この日は午後の授業開始直前数人の学生からスマホの微信(WeChat)に「先生すごーい」とか「おめでとうございます」と入っていました。初めは何のことか判らなかったのですが・・・。良いことだったかどうかは11月下旬になればはっきりするでしょう。次の吉林便りで結果を伝えます。

 冬の訪れは10月21日の摩天岭(1,325m)登山で、入山した東南溝の沢沿いは積雪があり、風があると冷たく山は積雪ではないものの冬の気配でした。下山後の午後6時半過ぎに家に到着しドアを開けると部屋が暖かく感じ、供熱(ゴンラァ)と呼ばれる暖気供給が始まったと判りました。吉林市政府発表によると今シーズンの供熱開始は昨年と同日の10月20日24時でした。供熱は翌年の4月上旬まで5か月以上続くことになります。この期間が吉林の冬と言って良いと思います。長い冬の期間は幼児の声が極端に少なくなり、車椅子に乗った方の姿もめっきり減るのが常です。

 吉林では四季のうち冬が一年で一番長いことになり、その年によって異なりますが、私にとって冬を厳しいと実感するのは、気温が零下20度を下回り、風がある時です。しかし外に居なければ、つまり室内では22度から26度位あり全く外の寒さが苦にならない生活です。人によっては、寒いのが苦手と言われますが、最も寒い春節前後は北華大学の冬休みで、これまで私はその期間は吉林にいたことがないので、結果として極寒の辛さを避けてきたことになります。寒いと不安感が増し寂しくなるのが人の感覚でしょうし、幸福感を感じにくくなるのではないかと思います。

 「幸福」と言う言葉は、読み方つまり発音は違いますが、意味は日本と中国では共通です。「裕福」と言う言葉は、中国にはなく、それは「富裕」となり、意味は「財産があること、ゆとりがある」ことです。生後60年日本でしか暮らしたことがなかった私にとって、2008年3月の定年退職、直後の4月から始めた中国吉林での生活が満10年を迎えようとしていますが、日本での生活と違いはあるものの、慣れたせいか実感としては苦痛が少ない。
 この間わからなくなっていることは「裕福」とはどういうことなのか?です。私が見て知った吉林の人たちと日本に住んでいる人と比べて「どちらが裕福なのだろうか?」ということが最近気になっています。吉林の人の生活に深入りすることがなく、週末の戸外活動、大学での中国人学生・中国人教師との私的交流も表面上でしかないことで、中国の人を知ったことにはならず、TV画面やネットを見ている程度、市内移動や買い物程度で中国が判る筈は無い、「判った気になるのは間違い」と確信しています。

 では吉林生活を打ち切りたいと思ったことが無かったのか? それはありませんでした。吉林で暮らすことは日本で暮らすより裕福に感じているのかも知れないのです。私の年齢と鈍い金銭感覚にその原因があるかもしれません。吉林生活における漢語学習費、住居費、飲食費等は日本語を教えることでの収入では賄いきれませんので経済的に決して楽ではないのに、吉林は生活するうえで比較的安全で、プレッシャーをあまり感じないのです。週末は戸外活動、平日は北華大学登下校でゆっくりする時間が少ないのですが、それを自ら選んでいるからか、時間も金銭もゆとりが無いのに不満が少ない。

 では中国吉林の何が良いのか?

第1:素敵な自然環境です。以前にもこの吉林便りで紹介しましたが、市域の中心を南から北に向かって流れる大河「松花江」と市域及び隣接地域の緑あふれる「山やま」の存在は何よりの贈り物なのです。

第2:物価が安いこと。最近は徐々に高騰していると言われますが、野菜をはじめ穀物が安く、バス代もこの10年変化しておらず、市内循環は1元(約17日本円)です。
 床屋は洗髪2回、髭剃りは無いが生え際ともみ上げ部分は剃ってくれて15元(約285日本円)、10分位で終わります。

 この11月に私が近所のスーパー「多客源(ドゥオカーユェン)」で買った食品の値段は以下のとおりです。単位は500グラム当たりの値段(日本円で現在1元は約17円)です。
  きゅうり:5元  かぼちゃ:8元  玉ねぎ:1.7元  モロヘイヤ:6元
  ブロッコリー:10元  ミニ大根:10元  豆腐:1.5元  レタス:3元
  セロリ:1.5元  リンゴ:8元(安い物は2元位)  みかん:22.8元  キムチ:6元
  エクアドル産バナナ:3.5元  スライスした乾燥レモン:50元  飴:23元
 以上は量り売りとなっています。バナナは国産の格安品もありますが甘味は劣ります。
 他の購入物品
  160ml 瓶詰の高価な醤油:一つ2.5元  人参を入れ煮てある落花生24グラム:8元
  チャーシュー500g:32元  220グラム入りの味噌:2元

第3:便利さです。中でもスマホの普及に伴った情報多様なアプリの出現は、買い物と支払いの態様を激変しています。スマホ決済アプリが現在中国内を席巻しているようで、北華大学構内外でもキャッシュレス決済が激増しています。町なかでもスーパーでの支払いをスマホを掲げて済ましています。また買い物もネットで注文します。バイクでの輸送・宅急便の大規模な増加で、大学構内の商店前も宅急便物資が山と積まれています。私は普段家にいることがないので、物品の買い物はしていませんが、列車と航空機、映画、音楽会のチケットは今年からスマホでの予約購入を始めました。

 吉林市内の公共交通機関はバスまたはタクシーです。公共バスの運行時間は路線によりますが朝6時頃から午後7時頃まで(もっと遅くまでの運行希望が出ているようです)で、運航時刻表は無く、路線によって運行頻度が異なります。スマホでバスの進行状況が確認できますので、バス停にはそれに合わせて行くようにしています。タクシーも基本距離2.5キロ6元からで、車両数も多く、夜中も不自由なく乗車でき、スマホで呼ぶこともでき、公共交通機関は便利です。

 一方、高騰しているのは不動産価格と自動車、電気製品、そして何よりもインターネット関連機器で、携帯電話は2008年頃はスマートホーン(スマホ)はなくガラ携でしたが、2010年以降一気にスマホが普及しました。1台のスマホは千元(約1万7千日本円)位から8千元(約13万6千日本円)位までです。10月27日発売予約のアップル社「iPhoneX」は人民日報によると5秒で550万台が売り切れたそうです。予想価格は1台8,388元(約142,941日本円)とすると、高価と買う人の多さにも驚きます。パソコンは各種あるので一概に定まりませんがスマホの1.5倍位からでしょう。

 不動産とは住宅のことで、こちらでは建築物の一区画を購入するもので、その建築物の1平方メートル当たりの価格を専用面積で購入します。私が吉林に来た2008年当時は1平方メートル当たり500元位の物件が、1・2年後に一気に千元・2千元と上昇し、現在は5から6千元となっていると聞きます。現在私が住んでいる家は3寝室とLDKで80平方メートルありますので、もし新築を1㎡ 5千元で購入すると40万元(約680万日本円)となります。豊かになった人が何軒もの家屋を購入したと聞きました。では外国人が家屋を購入することができるかどうか?ですが、基本的には出来ないと思います。しかし8年位前、ある日本人が中国人の名義で購入したと聞いたことがあります。何処にも抜け穴があるのでしょう。

 吉林は生活するうえで比較的安全で、プレッシャーをあまり感じないとは言え、決して楽園ではありません。
 食べるものはあまり美味しくないし、危険も潜んでもいると言えます。吉林は内陸部にあり、海が比較的遠いので、新鮮な海水魚を食することは期待できません。安価な食料品とは言え、食材を日本と比較すると劣ります。道路をはじめ公共建築物も日本と比較すると施工が劣っています。とりわけバリアフリーにはほど遠い現状です。北華大学の建築物では留学生宿舎の友好会館以外エレベータ―はありません。最近完成した吉林駅や住宅建築物、市中の百貨店等はエレベーターとエスカレーターが設備されるようになりましたし、以前は難儀したトイレ捜しと設備も完備され始めました。

 市中での自動車の事故は以前に増して発生していますし、吉林での自動車の混雑は、道路の立体交差化等の対策を上回るほど増えています。自動車の路上での駐停車は歩行に差し障るほどにおびただしい状況です。何よりも働く人と一般生活者のモラールとサービス精神欠如も相変わらずです。冬季の空気汚染、PM2.5の増加は国内の他都市に比べ数値は高くないものの、この2・3年、吉林も汚染が進んでいます。

 しかし、これらは私から見て、必ず克服できると信じることが出来る事柄なのです。少し前の日本も同じだったのではないでしょうか。今やインターネット普及、関連技術以外多くの科学分野、工業生産は世界トップの量と質(全てではない)で世界各国をけん引する中国です。それでも旺盛な中国国内での学校教育普及と海外進出意欲、第19回党大会報告で、青空を守る戦いに勝利することと貧困撲滅を国内の主要課題としたことは中国のレベルを更に高めることにつながると信ずるのは自然な見方だと思います。この点については具体的には日本と中国とは違うという異論があるとは思いますが。

 転じて日本では、10月22日の日本の選挙で自公与党が衆議院議員総数の3分の2を獲得しましたが、すぐ日本通の友人から「アベ晋三は憲法を改正するか?」と問われました。「簡単ではない。悪人が考えている良くないことだから」と私は答えました。アベ自民党と公明与党に批判的な私にとって選挙結果は残念としか言いようがありません。しかし、小池何某ではなく、真っ当な新しい希望が今回の選挙で生まれたと感じました。議席減となった日本共産党にとっても共闘の在り方に課題が残りましたが、一部小池何某や自民党側にもある真っ当な部分を含めた共闘共動等も含め、今後克服できるものと期待したいと思います。原発を推進し、北朝鮮恐怖をあおる好戦志向で、米大統領との懇親ゴルフで醜い笑顔のリーダーをいただく日本の人の多くは幸福ではない、と私は思わざるを得ません。でも11月3日国会周辺4万人の九条改憲反対集会のように、ここにも真っ当な運動が厳然といてあると言えます。

 漢語で「天下興亡、匹夫有責」とは、天下の興廃は、一人一人に責任があるということです。 日本と中国の人々どちらも裕福でありますように!

 (中国吉林市・北華大学漢語留学生・日本語教師)

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