【アフリカ大湖地域の雑草たち】(50)

* アフリカ最後の植民地

大賀 敏子

 I 50年の戦い
 
 ラバトに大使館
 
 2025年5月26日、ケニア政府はモロッコの首都ラバトに大使館を開いた。これは「1965年にさかのぼる両国の外交関係を象徴」し、「歴史、協力、相互尊重の絆で深められる」「新たな一章」だと言う(ケニア外務省)。
 疑問がわく。60年も関係があるなら、なぜいま大使館を開くのか。対するモロッコは、以前からケニアの首都ナイロビに大使館を開いている。
 このニュースには隠れた大事な意味がある。モロッコは「アフリカ最後の植民地」と言われる西サハラの大半を実効支配している。これに対し現地のサハラウィ人は、民族解放を目的にポリサリオ戦線を組織し、この50年間戦いを続けている。
 大使館開設は、ケニアがこの西サハラ問題に対し、モロッコ側に傾斜するという態度の表明だ。
 
 国家樹立宣言
 
 西サハラは、大西洋に面し、モロッコ、モーリタニア、アルジェリアと接するエリアだ。266,000平方キロメートルのほぼ全域が砂漠だが、リン鉱石、漁業資源などに恵まれている。
 19世紀末からスペイン植民地だったが、1976年2月26日、スペインが撤退。モロッコとモーリタニア両国が領有権を主張するなか、これに対抗し同年2月27日、現地のサハラウィ人はサハラウィ・アラブ民主共和国(SADR)樹立を宣言し、ポリサリオ戦線がアルジェリアの支援を受けて戦闘を開始した。1979年、モーリタニアが領有権を放棄して以来、モロッコが大半―エリアの大西洋側(地図、BBCから転写)―を実効支配下に置いている。モロッコ占領地とポリサリオ解放区とは、2000キロに及ぶ「砂の壁」で仕切られている。
 SADRは「共和国」という名前だが、いまの世界にはこれを国家として承認する国としない国とがある。日本は国家承認していない。

画像の説明

 
 民族の差異
 
 モロッコの人々とサハラウィの人々との違いは、多くの日本人の目にはわかりにくいだろう。いずれもイスラム教徒が中心の、黒人ではないアフリカ人としか見えない。その差異は外見より、歴史的、文化的要素からくるアイデンティティ意識の差異だと言われる。サハラウィの人口は60万人ほどで、対するモロッコは3,771万人(2023年 世銀)の人口を擁する。
 上述のように、アルジェリアはポリサリオ戦線を支持している。10万と言われるサハラウィ難民がアルジェリア国内で暮らし、SADRが亡命政府を置いている。アルジェリアと言えば、2013年1月、日本人10人を含む多くの犠牲者を出した天然ガス精製プラントでのテロが思い出される。ただし、これは国際テロ組織が起こした事件であり、民族解放を目的にするポリサリオとは直接の関係はない。
 
 独立か自治か
 
 西サハラ問題とは、サハラウィの民族自決権をどう守るのかという問題だ。国家としての「独立」か、モロッコ支配下での「自治」か。
 ケニアのこのたびのラバト大使館開設は、自治案を「唯一現実的かつ持続可能な解決策」として支持するという態度表明だ。ところが同時にケニアはSADRとも外交関係があり、ナイロビにはSADR大使館がある。このような複雑な態度は、西サハラ問題の歴史的経緯に由来する。
 
 II OAUが弱くなる
 
 国連ミッション
 
 国連は、1991年から今日に至るまで西サハラにPKOを派遣している。国連西サハラ住民投票ミッション(United Nations Mission for the Referendum in Western Sahara: MINURSO)(安保理決議690(1991))だ。
 その名が示すとおり、その役割は独立か自治かを決める住民投票の実施を支援することだ。しかし、投票者資格についての意見対立などで、いまだに住民投票は実施されていない。PKOはこのため、もっぱら停戦(1991年9月6日から発効)監視、地雷や不発弾の除去、信頼醸成への支援などを続けている。
 PKOのいまの任期は2025年10月31日までで、その根拠となった安保理決議2756(2024)が採択されたのは2024年10月31日、つまり、アメリカの政権交代前だった。アメリカの西サハラ問題への対応は後述する。
 なお、国連でのSADRの立場は非自治地域(non-self-governing territories)というものだ。国連憲章11章第73条に基づき、1946年当時72地域が指定されていた(総会決議66 (I) Transmission of Information under Article 73e of the Charter, 14 December 1946)。いまはグアム、ニューカレドニアなど17地域がこのグループにある(註)。
 
 (註)国連憲章第11章第73条(抜粋)
 第11章 ⾮⾃治地域に関する宣⾔
 第73条 ⼈⺠がまだ完全に⾃治を⾏うに⾄っていない地域の施政を⾏う責任を有し、⼜は引き受ける国際連合加盟国は、この地域の住⺠の利益が⾄上のものであるという原則を承認し、且つ、この地域の住⺠の福祉をこの憲章の確⽴する国際の平和及び安全の制度内で最⾼度まで増進する義務並びにそのために次のことを⾏う義務を神聖な信託として受託する。
 1. 関係⼈⺠の⽂化を充分に尊重して、この⼈⺠の政治的、経済的、社会的及び教育的進歩、公正な待遇並びに虐待からの保護を確保すること。
 2. 各地域及びその⼈⺠の特殊事情並びに⼈⺠の進歩の異なる段階に応じて、⾃治を発達させ、⼈⺠の政治的願望に妥当な考慮を払い、且つ、⼈⺠の⾃由な政治制度の斬新的発達について⼈⺠を援助すること。
 
 モロッコ脱退
 
 一方、アフリカ連合では、SADRは正式な加盟国である。その前身であるアフリカ統一機構(OAU)が、1982年2月、SADRを加盟国として承認したためだ(1982年2月22日)。
 OAUを突き動かしたのは「民族自決の原則」だ。これは、当時もいまも、国際社会の原理原則の一つだ。1945年国連憲章も、1960年「植民地諸国および諸民族の独立付与に関する宣言」(1960年12月14日総会決議1514 (XV))も、⾃決の原則(the principle of self-determination of peoples)を明確に掲げている。さらに1963年OAU憲章は「アフリカ諸国の団結と連帯」を進め、「主権、領土の一体性、独立を守」り、「アフリカからすべての植民地主義の形態を根絶する」目的を明示している。
 当時(1982年まで)OAU加盟国のうち26ヶ国がSADRを承認していた。とはいえ、コンセンサスではなかったので、火種は残ったと言えよう。
 すなわちこの決定は、モロッコのOAU脱退(1984年、SADRがOAU首脳会議に出席したことを拒絶して)というコストをもたらした。そしてそれは、OAUの力を弱めるという大陸全体のコストでもあった。
 
 III さまざまな態度
 
 単独ではない
 
 このたびのケニアの決定は、単独行動ではもちろんない。
 2020年12月22日、第一期トランプ政権のアメリカは、西サハラ全域に対するモロッコの主権を認め、モロッコ提出の「自治案」を、西サハラ問題の「公正で持続的な解決のための唯一の基盤として支持」することを再確認した。この文言は、モロッコ、アメリカ、イスラエル3国共同声明、つまりアブラハム合意にある。
 これをモロッコから言えば、西サハラでアメリカの承認をどうしても欲しかったので、イスラエルとの正常化という、モロッコ国民には“ひどく不人気な”案を売り込んだということのようだ(Aboubakr Jamai, dean of the Madrid center at the American College of the Mediterranean)。
 ヨーロッパにもモロッコ提案の自治案を支持する国々がある。たとえば、スペイン(2022年3月から)、フランス(2024年7月から)、イギリス(2025年6月)だ。ヨーロッパにとって北アフリカは目と鼻の先だ。重要な経済的結びつきがあるばかりか、地域が不安定なら大量の移民の流入を引き起こす恐れがある。
 
 ガーナも
 
 アフリカでもすでにいくつかの国(マラウィほか)がモロッコ寄りの態度を示してきたが、いわゆる有力国としては、このたびのケニアのほかガーナ(2025年)がある。
 モロッコは、OAUを脱退してもアフリカの域内貿易や経済協力(いわゆる南南協力)で重要な役割を果たす大国で、これがアフリカの国々がモロッコ側に傾斜する事情だ。ケニアにとってはリン鉱・肥料を輸入し、茶・コーヒー・野菜を輸出するパートナーだ。
 サヘル諸国(サハラ以南の内陸国)にとっては、モロッコは大西洋アクセスという死活問題のカギを握る存在だ。チャドが西サハラのダクラ(モロッコ支配下の都市)に総領事館を開設(2024年8月14日)したのは、そのような事情を示す典型的な出来事だ。
 なお、モロッコは2017年1月31日、アフリカ連合への復帰を果たした。
 
 アフリカの大義
 
 その一方、SADR支持または中立の立場を堅持する国も少なくない。ポリサリオ戦線を支援するアルジェリア、またそれを支持するリビアのほか、南ア(2004年にSADR承認)、エチオピア、ナイジェリアなど有力国が多々ある。
 アルジェリアは上記のフランスの決定に抗議して大使を召還し(2024年7月30日)、事実を歪め、植民地的慣行にお墨付きを与えるものだと、旧宗主国であるフランスを激しく非難した。アルジェリア政府の声明にはこうある。
 「西サハラ問題が、完了すべき(なのにいまだ未完了である)脱植民地化プロセスに該当するということについて、国際社会は長い間疑いをはさんだことがいっさいない」(アルジェリア外務省、()は筆者)。
 言い換えればこういうことだ。脱植民地化は国際社会の大義だったはず。大国といえどもこれを否定することはまかりならぬ、と。
 
 IV はしごを外される?
 
 たった一つの武器
 
 「アフリカの年」と言われたのは1960年から65年になる。あのころのアフリカは、インフラ、高度な技術、経験豊かな人材など、なにごとも時間をかけて作っていかねばならないものばかりだったが、それでも唯一、すぐ活用できる武器があった。団結することだ。
 典型的には、相対的に遅れていた南部アフリカ諸国の解放と独立の支援だ(アンゴラとモザンビークが1975年独立、ジンバブエ(旧・ローデシア)が1980年、ナミビアが1990年)。一足先に独立していた国々は汎アフリカニズムを掲げて団結し、本国で非合法化された解放勢力のリーダーたちをかくまい、和平交渉を仲介し、必要に応じ武器を送った(たとえばザンビア(1964年独立)が果たした役割については、オルタ広場2021年7月号『アフリカの長州』)。
 また、OAUはナミビアに特別の力を注いだ。南ア支配下にあったナミビアの独立は、one of themではない、それなしにはアフリカ全体の解放はありえないと明言した(アフリカ統一機構、1984年宣言ほか)(1990年3月独立、オルタ広場2024年2月号『粘り強い人たちの大陸』)。
 OAUがSADR加盟を認めたのは1982年だと先述したが、それはこのような時代にあって、ごく自然な流れだったとも言える。
 
 分裂する大陸
 
 その一方、アフリカは分裂も経験してきた。たとえば早くも1960年末、コンゴ動乱をめぐり、東西冷戦をそのまま反映して、ルムンバ支持か否かで真っ二つに分かれた。第二次コンゴ戦争(1998-2003年)はいくつもの国を巻き込み、事実上のアフリカ大戦だった。
 西サハラに関し、アフリカはまた分裂している。
 モロッコ側の情報では、2017年現在、28のアフリカの国々が自治案を支持し、2025年1月、世界46ヶ国(うちアフリカ13ヶ国)がSADR承認を取り消した、とある。参考に、ウィキペディアにあった2022年現在の情報を示すが、これには直近の動きは反映されていない(図、ウィキペディアから転写)。
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 テロリスト認定
 
 これを書くなか、さらに新しい展開があった。アメリカ議会が、ポリサリオ戦線を外国のテロ組織と指定する法案の審議を始めた(超党派議員2名連名で6月24日下院に提出)。イランから訓練やドローン製造など軍事支援を受けているためだという。
 このニュースに「そりゃ違うだろっ!」とは、アフリカ政治に詳しいとある友人(アフリカ人)の、とっさの反応だ。ポリサリオが武装したのは、脱植民地化という20世紀の必然のなかで、民族と領土を守るためだったのだから、と。
 この友人の気持ちはわかる。ポリサリオの代表者は、国連加盟国の代表者ではないものの、国連事務総長を含め各国の元首、閣僚、外交官と日常的に面会し意見交換する外交の当事者で、筆者も長くそう認識していた。それがテロリストと呼ばれてしまうのか? それとも、近年のポリサリオに、米国法でテロリストと分類されざるをえないような性格の変更があったのか?
 
 思い込み?
 
 西サハラ問題には国際政治のさまざまな思惑が絡み合ううえ、状況は刻々と変化している。ここに書いた内容にも、少なからず誤りがあるかもしれない。ただ、ひとつ感じることがある。
 それは国家間の関係にとどまらず、人との関係にもあることだ。誰かと共通理解があると心得えていたのに、時代のせいなのか相手が変わったのか、それがいつのまにか単なる思い込みになってしまっていて、あるときはっとさせられる、といったことだ。
 SADRは脱植民地と民族解放という梯子を、アフリカの同胞と手を携えて一緒に登っていたはずだ。しかし、最後の一段でその梯子を外されることになってしまうのだろうか。
 引き続き目が離せない。

 (ナイロビ在住)
 
 参考文献
 
 外務省、2025年1月「国連西サハラ住民投票監視団 United Nations Mission for the Referendum in Western Sahara (MINURSO)《概要》」
 UNIC Tokyo
 Yasmine Hasnaoui, 2017, Morocco and the African Union: A New Chapter for Western Sahara Resolution?, Arab Center for Research and Policy Studies
 Sarah Yerkes and Natalie Triche, February 2025, Trump’s Lesser-Known Deal of the Century? Resolving the Western Sahara Conflict
 Sarah Zaaimi, Iran has ambitions in Western Sahara. Trump can contain them by bolstering ties with Morocco, Atlantic Council, 18 November 2024
 New York Times, 30 July 2024, France Aligns With Morocco on Western Sahara, Angering Algeria
 Menahem Kahana, AFP, 18 July 2023, Israel recognises Moroccan sovereignty over Western Sahara
 Ministry of Foreign and Diaspora Affairs, News – Inauguration of Kenya Embassy Rabat, 26 May 2025
 JOINT DECLARATION The Kingdom of Morocco, the United States of America and the State of Israel,
 Amina Elghoubachi, Barlaman Today, 7 January 2025, Ghana Suspends Diplomatic Relations with Polisario
 MSN, 11 July 2025, U.S. Congress reveals details of proposed bill to designate Polisario as a terrorist organization
 S/2024/707, 1 October 2024, Situation concerning Western Sahara – Report of the Secretary-General

(2025.7.20)
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