【コラム】槿と桜(140)

アリランという民謡

延 恩株  

 韓国のBTSのメンバー全員(7人)がそれぞれの兵役を終え、2026年3月21日に韓国のソウルにある光化門広場で「BTS THE COMEBACK LIVE:ARIRANG」と銘打ったカムバックライブを開催したことは記憶に新しいと思います。3年5カ月ぶりの復帰だっただけに注目を集め、たくさんのファンが国内外から詰めかけました。
このカムバックライブ名にみえる〝ARIRANG〟とは、韓国人なら知らない人はいないほど広く知られた「アリラン」という民謡の名です。BTSはこの民謡に強いこだわりがあるようで2016年にシングル盤として出して話題になったことがあり、今回もライブのネーミングだけでなく、2026年3月にリリースした新作アルバムのタイトルも「ARIRANG」でした。

 現在、〝朝鮮民族の歌〟とも言われ、誰もが知っている「アリラン」ですが、いつ頃から歌われ始めたのか、その明確な時期はわかっていません。民謡ですから人びとが日々の生活の中でその時どきに口ずさんできていただけで、〝朝鮮民族の歌〟などと思う人はいなかったはずです。農村や山村,漁村などでの労働時の歌であり、人びとの思いや生活ぶりを歌い込んだものでしたから、文献的に残されている資料は多くありません。
 この民謡は高麗(고려 コリョ 918~1392年)末から朝鮮王朝(조선왕조 チョソンワンゾ 1392~1910年)初期に原型となる歌が生まれたと言われています。その後、人びとに受け入れられ、朝鮮王朝15~17世紀頃までに朝鮮半島各地に広まって、その地域ごとに歌詞や曲調に変化が加えられていったと見られています。そのため、現在では、数千種のアリランの歌詞と曲調があるといわれています。
 「アリラン」は庶民が歌っていたもので、上層階級や宮廷の人びとの歌ではなく、庶民の素朴な気持ちや感情が表現されています。その意味では他の民謡や朝鮮民族の「恨」(한 ハン)という感情が歌い込まれている「パンソリ」と同じく、庶民の喜怒哀楽やさまざまな生活ぶりなどが映し出されています。
こうして長い時間をかけて庶民の間で歌われ続け、人から人へ伝えられて各地域の言葉や生活ぶりが歌い込まれ、現代では「誰でもが知っている歌」となったというわけです。

 数千種のアリランの歌詞と曲調があると言われていますが、韓国人にもなじみがあり、日本でも知られている歌詞の内容はおおよそ以下のようになります。

1)
アリラン アリラン アラリヨ  아리랑 아리랑 아라리요
アリラン峠を越えて行く    아리랑고개로 넘어 간다
私を捨てて行く人は      나를 버리고 가시는 님은
十里も行けずに足が痛む。   십리도 못 가서 발병난다

2)
アリラン アリラン アラリヨ  아리랑 아리랑 아라리요
アリラン峠を越えて行く    아리랑 고개로 넘어간다
澄みきった空に星が多く    청천 하늘엔 별도 많고
私たちの胸には夢も多い。   우리네 가슴엔 꿈도 많다

3)
アリラン アリラン アラリヨ  아리랑 아리랑 아라리요
アリラン峠を越えて行く    아리랑 고개로 넘어간다
あそこのあの山が白頭山だよ  저기 저 산이 백두산이라지
冬至の時期でも花咲き乱れる  동지 섣달에도 꽃만 핀다

 音楽は歌詞だけでなくメロディーと一体化して味わうものですから歌詞だけで、その歌の善し悪しや好き嫌いが判断できないことは言うまでもありません。しかし、上記の歌詞を見るかぎり繰り返しが多く、表現されている内容も単純明快で、意味深長な言葉など見当たりません。いやだからこそ、庶民の歌として長い歴史を刻んできたとも言えるのでしょう。
 数千種の歌詞と曲調があるといわれるアリランですが、地域によって大別しますと、「旌善(정선 ジョンソン)アリラン」「密陽(밀양 ミリャン)アリラン」「珍島(진도 チンド)アリラン」の三地域のアリランがあります。これに「京畿(경기 キョンギ)アリラン」を加えれば、アリランの違いがおおよそ掴めると思います。これらのアリランの特色についてはすでに指摘されていることですが、大雑把に紹介すれば、次のようになります。

 ・「旌善アリラン」
 旌善郡は韓国の北東部に位置する江原道(강원도 カンウォンド)の山間部で、もともと江原道は大部分が山間部のため、冬は雪が多く寒さも厳しく、2018年に平昌(평창 ピョンチャン)で冬季オリンピックが開催されたことで知られています。
 この江原道の山あいにある旌善郡を中心に江原道一帯から北部慶尚道、忠清北道、京畿道東部まで広く伝わる「旌善アリラン」は、アリランの中でも「いちばん古い型」に近いとされています。素朴な曲調で山里の生活、貧しさ、恋愛、辛い労働、それらを含めた嘆きなどが歌い込まれています。

 ・「密陽アリラン」
 韓国の南東部に位置する(釜山もこの地方にある)慶尚南道の東部にある密陽市を中心に広がったアリランで、哀調が深く、恋愛、別離、恨み、強い情念が込められています。

 ・「珍島アリラン」
 韓国の南西部に位置する(密陽アリランの慶尚南道の西に位置する)全羅南道西南部の郡で、西は黄海に面し、南は海を挟んで済州島があり、珍島郡は珍島とその周辺の島々から構成されています。曲調は比較的ゆったりとして、悲しみ、離別、恨み、海辺や島の暮らしが歌われています。

 ・「京畿アリラン」
 韓国の北西部にある京畿道(ソウルもこの地方に位置する)を中心として上記の三つのアリランに見られた地方性を標準的な曲調、歌詞にしたなじみやすい標準版と言えるもので、国内ばかりでなく国外でも広く知られる「代表的なメロディー」になっています。日本でもこの「京畿アリラン」がいちばん知られています。
 
 そして、韓国の伝統的な音楽としては当然なのですが、アリランは三拍子で歌われます。日本では多くの場合、歌(歌謡曲や民謡も含めて)は四拍子です。農耕民族は四拍子、騎馬民族は三拍子とよく言われていますが、民謡などには韓日両国とも、こうした生活から生まれた伝統的なリズムが特に反映されていると思われます。
 600年以上にわたって歌われ続けてきたアリランですが、上記の三つのアリランに共通してみられるのは、労働、恋愛、希望、別離、悲しみ、恨み、嘆きといった情感です。庶民の素朴な思いとは、政治、経済、更に社会構造上でも基本的に厳しい身分制度の中で常に抑圧される側に置かれていた人びとでしたから、彼らの生活からにじみ出てきたものだったと言えます。
 さらに19世紀後半からは外国の侵略を受け、1910年からは日本の植民地となって国を奪われ、それまで以上の弾圧と抑圧状況に置かれました。加えて1945年からは民族分断の歴史が始まってしまい、アリランという民謡は人びとの民族共通の思いを表現する歌としてより人びとの心に根づいていったと言えます。
 その意味で、2012年には韓国の「アリラン」がユネスコの人類無形文化遺産に登録され、「多様な社会的背景の中で、継続して歌われ、共同体のアイデンティティを示し、社会的結束を高める文化的実践」と評価されたことは大きな意味があると思っています(2014年には北朝鮮の「アリラン」も登録)。

 このように歴史的に積み重ねてきた韓国人のアリランに向ける思いを、冒頭に示しましたBTSのライブに重ね合わせますと、「BTS THE COMEBACK LIVE:ARIRANG」というライブ名もさらに2026年3月にリリースした新作アルバムのタイトルが「ARIRANG」であったこともなんとなく理解できるのではないでしょうか。

 「兵役」という辛い「峠」を越えて、7人のメンバーが一つとなってカムバックでき、ファンとの再会を果たせたことをファンと共に喜び、これから澄み切った空を仰ぎながら、新たな希望に満ちた峠をファンの皆さんと一緒に越えていきましょう、とのメッセージが込められているように私には感じられるのですが。

 大妻女子大学教授

(2026.5.20)
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