【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

イランに続く苦難の数々は国際社会の「いじめ」か

荒木 重雄

 年を越す国際社会のリスクは、ウクライナ、ガザと並んでイランである。
イランと米欧との葛藤はすでに久しいが、今年はとくに、6月に「12日間戦争」とよばれるイスラエルと米国による武力攻撃があって、衆目を集めた。まずはその戦争の経緯から振り返っておこう。

◆国際法違反の「12日間戦争」

 パレスチナ自治区ガザを灰燼に帰し6万人超を殺戮した攻撃を起点に、レバノン、シリアなど次々、近隣に戦線を広げた、常軌を逸したイスラエル軍の行動の背景には、ネタニヤフ首相自身の政治的延命があるとされるが、6月には遂に、イランに、手を延ばした。
 イランが将来もつかもしれない核兵器はイスラエルの「生存を脅かす脅威」と主張した先制攻撃である。本土の核関連施設やミサイル発射施設などを空爆し、軍事部門の幹部や核科学者らを狙い撃ちで殺害した。多くの民間人も巻き添えで殺傷された。
 イラン側も、報復として、イスラエルに向けて多数の無人機やミサイルを飛ばした。

 そもそも国連憲章は武力による紛争の解決を禁じている。例外は、国連決議による安全保障措置か、武力攻撃を受けた場合の自衛権の行使のみだ。しかも、原子力施設への攻撃は明白な国際法違反である。
 さらに、イスラエルは、核不拡散条約(NPT)に加盟しないで、90発もの核弾頭を保有している。違法な核を保有するイスラエルが、NPT加盟国であるイランの核開発を力ずくで阻止しようと武力攻撃をするのは、どうみても道理が逆である。因みに、NPTは平和利用の核開発は認めている。
 
 そこになんと、トランプ政権の米軍が、尻馬に乗って、イラン攻撃に加わったのである。
 国連安保理ではあらゆるイスラエル非難の決議に拒否権を行使し、最新鋭の兵器を供与し、と、つねにイスラエルの後ろ盾を任じてきた米国が、またもや演じた、あからさまな二重基準である。
 
 潜水艦から巡航ミサイル「トマホーク」を放ったうえ、ステルス爆撃機で、イスラエルの空爆では届かないとされる地下に設けられた核施設に地中貫通弾「バンカーバスター」を投下した。国際原子力機関(IAEA)トップも、米国家情報長官も、「イランは核兵器を製造していない」と証言し、しかも、イランがトランプ政権と核問題をめぐる協議を続けていたさなかでの、不意打ちであった。
 国際規範をあまりにも逸脱した超大国の振る舞いであったが、イランと米国には、深い因縁がある。

◆イランと米国の深い「因縁」

 第2次大戦後、英国支配を脱しようと石油国有化を図ったモサデク政権をクーデターをそそのかして追い落とした米国は、国王パフラヴィ・シャーを傀儡政権に仕立てあげ、強権支配で国内を抑え込ませる一方、石油収入の殆どを米国の兵器と商品の購入に吸い上げるシステムを造りあげ、さらに、西側諸国とイスラエルの権益を守るためアラブのイスラム勢力に睨みをきかせる「ペルシャ湾の憲兵」の役割を担わせた。

 米国の政策とそれに追随する特権層の腐敗に反発した民衆は、しだいに抵抗を強め、ついに1979年、大規模な民衆蜂起を展開してシャー政権を倒し、国外追放されていた反体制指導者ホメイニ師を歓呼のもとで迎えた。現在のイランの成り立ち、「イスラム革命」である。

 「革命」の波及を恐れた国際社会はイラン包囲網を敷き、とりわけ、利権を失ったうえ大使館を占拠される屈辱まで嘗めた米国は、敵意を顕わにし、イラン・イラク戦争(80~88年)でイランを痛めつけたのみならず、「テロ支援国家」に指定し、国際社会を巻き込んだ厳しい経済制裁で締めつけた。
 苦境に陥ったイランでは、ホメイニ体制の宗教独裁化が進み、89年にハメネイ師が跡を継いでからも事態は変わらず、2002年には核開発が明らかになる。05年、国連は制裁を決議し、経済制裁が一層強化された。

 15年にはオバマ政権の米に英仏ロ中独を加えた6カ国との間で、核開発を制限する見返りに制裁を緩和する「核合意」にこぎつけたが、ところがその後に就任したトランプ大統領(第1次)は18年、合意から一方的に離脱して、反発したイランはウラン濃縮を加速させた。
 さらにトランプ政権が20年、イスラム革命防衛隊ソレイマニ司令官をイラクで暗殺するなど、緊張を引きずったなかでの、トランプ大統領返り咲きを迎えての今夏の事態であった。

◆国際社会の「いじめ」ではないか

 「12日間戦争」に戻ろう。
 イスラエルと米軍の理不尽な攻撃に対し、だがイランは、カタールの米軍基地に僅かなミサイルを放ち、しかも事前に米国にそれを通告する形式的な報復で、戦乱の拡大を抑えた。これにはトランプも「感謝」を表するほどの、冷静な対応であった。

 だが、イランにはIAEAへの不信が募った。NPT加盟国として査察にも協力してきたIAEAは核施設攻撃を防げなかったばかりか、提供した情報がイスラエルの攻撃に利用されたのではないか、との疑念だ。
 一旦は新たな協力を拒否する姿勢も見せたが、査察の再開などをIAEAと協議しはじめた矢先、またさらなる難題がふっかけられた。18年にトランプが一方的に離脱し、その対抗策としてウラン濃縮を高めたなどの経過は抜きにして、イランが15年の「核合意」に違反しているとして、英仏独の主導で、9月、国連による制裁がすべて復活したのである。
 
 イランはどう対応するのか。IAEAへの協力停止やNPT脱退、ウラン濃縮再開といった方向に進むのか。それは、イスラエルや米国のイラン再攻撃の口実にされるだけだろう。あくまで外交解決を追求するのか。だが国内には、交渉してもまた米欧にだまされるだけとの空気が蔓延している。
 どこまで続くイランの苦境。はたしてどこまで冷静さを保てるかが、イランの来年の課題となろう。

(2025.11.20)
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