【ドクター・いろひらのコラム】

コロナ禍の全人類的教訓は?

色平 哲郎

 今年4月から新型コロナ医療費の公的支援が終わり、患者さんたちの顔が強ばっている。
 診療報酬上の例外状態は終わったが、患者さんにすれば、自己負担ゼロだった抗ウイルス薬のパキロビッドがいきなり3割負担、約3万円もの負担となるのは由々しき事態だ。
 いまも新型コロナの感染はじわじわ増えている。近い将来、また人獣共通感染症の大流行が起きるといわれる。コロナ禍で、わたしたちはいったい何を学んだのだろうか。

 WHO(世界保健機関)では、世界の公衆衛生の将来を左右する「パンデミック条約」の議論が行われてきたが、6月1日、各国間の意見の隔たりが大きく、交渉期間を最大1年、延長することになった。
 パンデミック条約は、新型コロナが拡大した時期に先進国と途上国の間で対策に格差が生じ、全世界で数千万人ともいわれる死亡者が出たことを踏まえ、途上国への支援やワクチンの分配方法などを盛り込む国際協定だ。背景には途上国の先進国への怒りがある。

 たとえば、南アフリカは、2021年11月、ゲノム解析技術などを駆使し、他国に先駆けて変異株のオミクロン株を同定してWHOに届けた。まもなくイギリス、ドイツ、ベルギー、イタリア、イスラエルなどでもオミクロン株の感染者が見つかった。
 南ア政府は、いち早く発見した科学技術と、国際社会のために即座にWHOに報告したことは「評価されるべき」と考えていた。ところが、欧米諸国を中心に航空便を止められ、渡航が制限されて「罰せられている」と憤った。ワクチンは届かず、その時点で南アの接種率は人口のわずか24%にとどまっている。

 このような仕打ちを受けた途上国側は、「公平」に感染対策をするようWHOに訴え、パンデミック条約の交渉が始まったのだった。
 その焦点は、「病原体アクセスと利益配分(PABS: pathogen access and benefit-sharing system))」である。これは、病原体やその遺伝情報を加盟国がネットワークをつくって共有し、メーカーが製造したワクチンや検査薬、治療薬の一部を無償、もしくは廉価で提供するよう求めるしくみだ。
 途上国側は、WHOが緊急事態を宣言した状況下で、製造した医薬品の20%の提供を求める案を出した。これに対し、欧米や日本は「企業の研究開発力を損なう」と反発し、交渉はまとまっていない。

 コロナ禍の最大の教訓は、公益=人類益のために各国が協力し、人間や動物の健康、生態系の健全性まで含めた「ワンヘルス」の重要性が再認識されたことだ。途上国をないがしろにすれば、先進国のパンデミックも収まらない。
 しかし、国際製薬団体連合会のトーマス・クエニ事務局長は「悪い条約なら、ないほうが良い」とまで発言している。ファイザーやモデルナなどはワクチンで莫大な利益をあげたにも関わらず、、、。

 グローバル資本主義か、ワンヘルスか。
 条約が通らないまま今後推移するようだと、「次」が人類終焉に繋がらないことを、ただただ祈るしかない。人類は重大な岐路に立たされている。

色平 哲郎(いろひら てつろう)
 JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長

※この記事は著者の許諾を得て『大阪保険医雑誌』2024年7月号から転載したものです。文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。
 https://osaka-hk.org/posts/zasshi202407-695
 <連載>ドクター.いろひらの保険医雑誌特集・B面

(2024.12.20)
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