【視点】
トランプの特異な人事は世界を揺るがす火種になるか
裏目に出かねない「忠誠心」
羽原 清雅
米国のトランプ大統領が動き出した。
どのような波紋を広げるのか、世界が注目する。トランプ独特の米国第一主義が、具体的にはどのような施策となり、各国はどのような影響を受けるか、ある意味では戦々恐々である。
1月20日の就任式で、トランプは「米国の黄金時代が今始まる」「私はとても単純に米国を第一に考える」などと述べた。国の領袖が、自国を第一に考えることは当然であるだろう。だが、その国に対立する国や国家的連合があることも事実である。緊張を緩和し、譲り合って協調を図り、全体の平和的な関わりを求めていくことは国際社会のマナーであり、その方向に進む努力も、大国である以上当然必要になる。トランプ政治には、その「アタリマエ」が乏しい。
また、米国内の分断状況は厳しく、選挙人投票ではトランプ312票、民主党のハリス226票と大差に見えるが、一般国民の投票でいえばトランプに49.9%(7726万票)、ハリス48.4%(7498万票)で、その差は1.5%(228万票)に過ぎない。共和、民主両党の差はわずかにも拘らず、トランプの強引な対応は将来的に亀裂を残し続けるだろう。「勝てば官軍」ではなく、敗者側への相当な配慮が必要な数字である。こうしたトランプの姿勢は、内政面での取り組みでも、対外的なありようでも、民主党系だけではなく国際的にも不満を膨張させ、将来的に禍根を残すのではないか。
逆コース トランプはさらに、破壊的な発言をする。地球の存続性を大きく問われている気候変動対策について、なんとかまとまっている「パリ協定」から離脱するという。地球温暖化に悩むなか、トランプは石炭、石油、天然ガスについて「掘って、掘って、掘りまくれ!」と声を荒げる。このマイナス効果は将来的に計り知れないだろう。人々の健康を左右する世界保健機構(WHO)からも脱退するという。
また、米国の抱える赤字削減のために、中国、カナダ、メキシコなどの関税を一方的に引き上げる、という。コロンビアをはじめカナダ、メキシコなども力でねじ伏せられ、妥協の方向になりつつある。こうした手口は経済面、外交面などに傷口を残すだろう。
驚くことに、トランプはパレスチナのガザ地区を米国が「所有」すると言い出した。紀元前に、ユダヤ民族は国を追われ、2000年以上世界の捨て子として苦労を重ね、ついにはナチスの手で600万もの命を奪われた。そのイスラエルはネタ二エフのもとで、パレスチナの200万以上の住民を追い払おうとする姿勢を、トランプは率先協力するという。人間の生存をどう考え、なんの権限を持ってそのような暴挙に走るのか。
さらに、北極圏の安全保障を名目として、デンマーク自治領のグリーンランド入手の動きを見せる。メキシコ湾をアメリカ湾の呼称に変える、という。米国建設のパナマ運河だが、管理権をパナマに返還したにもかかわらず、「中国管理になっている」からと言って取り戻そうとする。主権を犯す方針を許容すれば、ロシアのウクライナ侵略を許容することにもなりかねない。自国のみ優位の姿勢は、新たな無法を許すことにつながりかねない。
また、性別を男女のふたつのみとする、として、実際に存在する性的少数者を黙殺する。こうした排斥は多数の横暴であり、弱い立場の少数者を圧迫し、迫害を加えることにもなりかねない。不法移民排除の措置にも通じることだ。
内政面でも、トランプは自国の政治でも我を通す。2021年のトランプ政治の退場時に起きた連邦議会議事堂襲撃事件について、その暴力行為に参加した約1500人に恩赦を与える。トランプ自身の犯罪容疑の追及に関わった官僚群を追い立て、免罪の環境作りを急ぐ。これらは、利己的な政治権力の行使であり、民主主義の破壊にも通じる。
彼の在任するであろう4年間、米国第一主義は世界を悩ませ、混乱の火種をまくことにもなりかねない。いやな時代である。
石破首相の訪米 では、日本とのかかわりはどうか。日本時間の2月8日、石破茂首相は訪米し、トランプと会談した。日米首脳の会談としては異例なほど、緊張があった。結果としては当面、順調な運びでひと息つけたようだ。「日米黄金時代の幕開け」などと石破本人も、感触の良さに気をよくしていた。まずは、会談での結果を列挙してみよう。
1>懸案の日本製鉄によるUSスチール問題は、「買収」ではなく「投資」だ、ということで収まる気配だ。トランプ自身が、日鉄首脳と話し合うという。このまま進むなら、石破訪米の成果と言えるだろう。だが、トランプの後追い発言では、USスチールの株の日本側の保有は半分以下だ、と漏らした。
2>石破は、日本から米国への直接投資額を1兆ドル(約151兆円)に引き上げるとの約束をした。23年時点で約8000億ドルだったとするなら、トヨタ、いすゞの米国工場建設計画などからすれば、不可能な金額でもあるまい。だが、低落気味の日本産業界がはたしてこの額を可能にできるかどうか。
3>液化天然ガス(LNG)などの輸入拡大を図る。対中国の追加関税では15%上乗せだというが、さて日本は?
4>懸念材料だった関税問題は、あまり具体的な話し合いにはならなかったが、近く発表される。米国製品にかける関税と同等の関税が日本からの輸入品にかかるようだ。
5>日本に約10億ドル(約1500億円)の防衛装備品を売ることに。すでに安倍首相はF35戦闘機105機の追加購入を受け入れ、秋田と萩で不具合・不使用となったイージス・アショア2基を導入した轍を踏むのか。過大な武器類の購入は、近隣国との間の緊張材料にもなりかねない。
6>2027年度までの5年間に43兆円程度の防衛費を倍増させることになっているが、「27年度より後も抜本的に防衛力を強化していく」となって、この問題はあまり問題視されなかった。トランプはさらにどこまで履行を求めるのだろうか。
7>日米安保条約第5条による米国の対日防衛義務を沖縄・尖閣列島に適用するとの確認をしている。当然の確認、に過ぎない。
8>石破首相の就任前の「公約」でもあった日米地位協定のありようについては、触れずじまい。就任早々の話題でもないだろうが、いったいいつ切り出すことになるのか。気を持たせるだけで、首相の任期を終えてしまわないよう願いたい。
とりあえずは上記のように、石破・トランプ関係は一応順調だったが、今後にどのような手を出してくるか、決して楽観は許されない。2023年7月から1年間の米国からの黒字は1400億ドルと最高レベルで、ここにトランプが目を付けないわけはあるまい。
また、トランプは2019年、在日米軍の「思いやり予算」なる在日駐留経費を従来の3倍超の年間80億ドル(約1兆2000万円)の負担を求めた(元国家安保担当補佐官ボルトンの回顧録)という。このことからすれば、中台の緊迫下では再発しかねまい。トランプが環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱しておきながら、米国の農産物関税をTPPの水準にまで下げさせたケースもある。力づく、である。
小泉首相はブッシュ大統領の前でプレスリーのマネの道化役を演じ、安倍首相は就任前のトランプ大統領を訪ねて「ゴルフ外交」をするなど、えげつない姿をさらしたが、このような外交姿勢でいいものなのか。
トランプの特徴とされる「ディール」(取引)政治からすれば、大上段に極端なことを言って、相手を脅し、有利な交渉で自己主張を押し通す手法を使うだろう。大国の主張は、中小の国々にとっては大変な出来事である。大国の恫喝である。
トランプ人事への警戒 トランプ政治の先行きはまだ見えてこない。だが、第1期のトランプ政治に加担しながら、途中で離反した幹部は少なくない。この轍を踏むまい、と今期のトランプは「忠誠心」を見極めた人事を布石したという。
だが、幹部らを見ていくと、米国ファースト型、対中国強硬派、親イスラエル傾斜、タカ派、反DEI型の狭隘・不公平・部分突出傾向、不穏発言誘発タイプなどの傾向が見えてくる。ミニチュア・トランプのようでもある。
ある意味で、このような偏向した政権主導者たちの選択する道は狭く、米国の分断状況をさらに深めるのではないか。対外的にも、全体像をゆがめた方向に進められるのではないか。少なくとも、地球上の平和を誤った方向に引っ張るのではないか、そんな印象が消えない。
まだスタートしたばかりの政権だが、一応個性の強い幹部人事だけを見ておこう。
*副大統領―J.D.バンス 「ラストベルト(錆びついた工業地帯)」のオハイオ州選出の上院議員から起用。白人労働者層の苦境を書いた自伝で知名度を得る。トランプへの忠誠心が強く、また信頼も厚い。発言が過激になることがあり、批判もある。海兵隊出身。
*政府効率化省―イーロン・マスク 世界的な富豪で、3000億ドル超、41兆円級の資産を持つという。電気自動車のテスラを売り、宇宙開発のスペースXを買収し、2億人のフォロワーを持つというX(旧ツイッター)、地下トンネル開発のボーリングカンパニー、太陽光発電など先端的企業を握る。
かつてはトランプ批判の立場にあったが、急速に接近して重用される。近年になって反移民、反DEI(多様性・公平性・包括性)、反トランスジェンダーなど右傾化する。
冷酷、怒りやすい、自己中心的、とも言われ、時折舌禍を招く。日本のラーメン、アニメ、ゲームを好むという。政治性がどう発揮されるか。
*国防長官―ピート・へグセス トランプ寄りのFOXニュースの共同司会者。イラク、アフガンに兵士として出兵した経験はあるが、国防全体を統率しうる力量があるか。軍を率いる経験はなく、「型破り」人事とされる。女性から性的暴行の被害を訴えられており、資質を疑問視する声も上がる。
*国務長官―マルコ・ルビオ キューバ系で、初のヒスパニックの国務長官。フロリダ州出身の共和党上院議員からの起用。トランプが最初に大統領選の指名を得た際、ルビオと争い、中傷合戦があったが、今回は早めに国務長官に起用を決めた。東アジア通で、中台や日本に詳しいとされるが、タカ派で中国、イランには強硬な姿勢をとる。バイデン大統領の出した対ウクライナ軍事支援の緊急予算案には反対した。
*厚生長官―ロバート・ケネディ・ジュニア 民主党のジョン・F・ケネディ大統領の甥で、無所属で大統領選に出馬したが、トランプ支持を表明、いわばその転身ぶり、異端児ぶりの見返りとしての起用か。ただ、ワクチンと自閉症に関わりがあるなどと主張して反ワクチン活動をし、また水道水の化学物質が未成年の性自認に影響するなどと主張。
本人は環境派弁護士として公害訴訟などで著名になったこともあり、厚生行政は食品、医薬品、感染症対策、医学研究など生活に直結する業務が多く、誤情報、非科学的主張が問題にならないか、との懸念がある。
*商務長官―ハワード・ラトニック 投資銀行CEOで富豪。政権移行チームの共同議長。対中国の関税政策に賛成、同時多発テロで658人の従業員を失ったことなど、米国第一主義のトランプ政策に添う輸出規制、産業振興、高関税問題などの施策に取り組む。関税など、日本への対応がどう出るか、注目される。
*財務長官―スコット・ベッセント 投資ファンド経営の富豪で、トランプに経済分野で助言を続けてきた。トランプによる減税を延長することを最大の課題とする。歳出改革で財政再建策が急務だ。
*通商代表部(USTR)代表―ジェミソン・グリア 元USTR首席補佐官を務めた弁護士で、トランプ前政権時代に関税引き上げの強硬姿勢を見せたライトハイザー通商代表の側近だった。トランプが表明している中国、カナダ、メキシコへの追加関税を主張しており、この担当を務める。
*連邦捜査局(FBI)長官―カシュ・パテル パテルは第1期のトランプ政権下で国家安全保障会議(NSC)の対テロ上級部長、国防長官代行の首席補佐官を務めた。トランプを信奉する。現長官に辞職を迫り、国防総省出身のパテルを充てる。パテルは、トランプに対して続いている捜査を批判しており、バイデンのもとの捜査官らを一掃する方向だ。トランプの容疑である20年の選挙時の結果覆し問題、機密文書持ち出しなどでの起訴について、これに関わった捜査官らを追放の構えもある。
一度は司法長官候補になった下院議員のマット・ゲーツに代わって起用されるパム・ポンディのもとで、外国から流入した犯罪組織、国境をまたぐ人身売買や麻薬密輸などに取り組む。
*国土安全保障長官—クリスティ・ノーム サウスダコダ州知事として、国境管理強化のために州兵をメキシコ国境に派遣したことで、トランプは高く評価した。不法移民取り締まりへのトランプの期待は大きい。
*大統領首席補佐官―スーザン・ワイルズ 彼女は政治コンサルタントで、トランプの22年の中間選挙、今度の大統領選の選対本部長として仕切ったことで信頼がある。事実上の参謀役。ホワイトハウス職員を束ねる。冷徹とされ、トランプから「氷の乙女」と言われた。
*国家安全保障担当大統領補佐官―マイケル・ウォルツ フロリダ州選出の下院議員。グリーンベレーの一員として中東、アフガンに派遣された経験を持つ元軍人。対中国に強硬な姿勢をとる。ウクライナの軍事支援に否定的な発言をした。米国第一主義の立場。
トランプは彼について「力による平和」の立場から安全保障政策を推進する、との期待を見せる。
*国家情報長官—トゥルシ・ギャバ―ド ハワイ選出の下院議員でサモア系。彼女は元民主党の下院議員だったが、同党を批判して保守層の人気を固めた。大統領選に名乗りを上げた無所属の上院議員バーニー・サンダースの支持を表明して注目された。
*国連大使―エリス・ステファニク ニューヨーク選出の下院議員。当初は穏健派だったが、トランプの米国第一主義に同調、トランプの言う「力による平和」路線を外交政策に反映する、という。対中国批判を主張。親イスラエルの立場にあり、国連で、強硬なイスラエルに批判が高まると、米国の資金拠出を見直すよう訴えた。
*駐日本大使―ジョージ・グラス 実業家で元銀行家。トランプに大口の献金をする。第1次トランプ政権時には、ポルトガル大使を務めた。対中国の強硬派で、中国からの投資を受け入れたポルトガル側に、米国か、中国か、いずれをとるか、と迫り、外交摩擦を起こしたという。
(2月10日現在/元朝日新聞政治部長)
(2025.2.20)
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