【コラム】槿と桜(139)
ビニールゴミ袋パニック
アメリカとイスラエルがイランへの攻撃を開始したと発表したのが2026年2月28日(現地時間)でした。そして、イランは攻撃を受けた直後にホルムズ海峡を一部の国の船籍を除いて封鎖。それまでは石油と液化天然ガスの産出国がある中東地域から世界に向けて、約20%の船舶がこのホルムズ海峡を通過していましたが、封鎖以降、船舶の往来は約5%に落ち込んでしまったとのことです。
その影響は驚くほど早く、世界の燃料価格は一挙に跳ね上がりました。そのため日用品や食品など生活に欠かせない品の値上がりが始まっています。また、原油を精製して作る石油製品のナフサは、プラスチックやゴム、電子部品や塗料などの原料になりますが、私たちは日常生活上、ほとんどそれらの原料などを意識せずに使ってきていました。
イラン戦争が長引き、ホルムズ海峡も封鎖されたままの状態が続けば、原油の値上がりは避けられませんし、ガソリン代(すでに値上がりをしています)や電気料金の価格に影響し、製造分野(たとえば水道やガスの配管に使われる塩化ビニール管、ポリエチレン管、食品などに使われる包装用フィルム製品、ペットボトルのラベルなどに使われるフィルム製品等々)だけでなく、輸送コストにも跳ね返るのは必至です。
こうした状況は韓国でもまったく同じです。しかし残念なことに、この危機的な状況にかこつけて偽情報が一気に全国を駆け巡って、韓国民の間にパニックを引き起こしてしまいました。
かつて日本でも1973年10月にイスラエルとエジプト・シリアなどアラブ諸国との間で起きた第四次中東戦争により、中東の原油産油国が原油価格の70%引き上げを決定したことで、日本政府は「紙節約の呼びかけ」を発表しました。その約2週間後に大阪でのトイレットペーパー買いだめ騒動が起き、全国に波及して、パニック状況に陥ったとのことです。
でも、50年前に起きた日本でのオイルショックの影響からのトイレットペーパー買い占めパニックと今回の韓国でのゴミ袋買い占めパニックとでは大きな相違点があります。当時、日本では政府が買い占めパニックが起きる前に「紙節約」を国民に呼びかけていました。つまり50年前の日本の国民は「紙不足」が起きる可能性ありと認識しておくように、と政府から知らされていました。「紙不足」という確かな情報に基づいた不安や警戒心を誰もが持っていたことになります。
しかし、今回の韓国でのビニールゴミ袋買い占めパニックでは、李在明(이재명 イジェミョン)大統領自身が2026年3月31日の閣議で、ゴミ袋の在庫不足は「悪意のある偽情報」と非難し、警察庁に偽情報に対して厳正な対処を指示していたことです。
また、金星煥(김성환 キムソンファン)気候エネルギー環境部長官は、その前日の3月30日に「原料は十分で1年以上の供給に全く問題はない」と呼びかけ、有料のゴミ袋が手に入らない場合は他の袋の代用を許可するとしていました。
今回の韓国でのビニールゴミ袋買い占めパニックが起きた大きな要因は日本と異なり、全国でゴミ袋が指定されていて、それ以外のビニール袋では収集されないだけでなく、自治体から警告を受けてしまうためだったからでしょう。
韓国はナフサの需要の約45%を輸入に依存し、その7割が中東産とされていますから、アメリカ・イラン戦争によってプラスチック原料の「ナフサ」が供給不足になるのではないかとの供給不安定化を心配する向きがなかったわけではありません。またマスメディアも原料の供給不安定化の可能性について触れ始めていました。
今回のパニック騒動ではゴミ廃棄には「それだけしか使えない」という意識が国民の間に日頃から常にあったからでしょう。そのようななかで自治体指定の「有料ゴミ袋の在庫不足」という情報がSNSなどで流れれば、その真偽を慎重に確かめることなどせずにその情報に飛びつき、一気に拡散して買い占めパニックに陥ってしまったのもわからないわけではありません。「有料ビニールゴミ袋」がなくなればゴミが捨てられなくなるのではないかという不安が、人びとの間に急速に拡大して買い占めが起きたといえます。
日本でもそうですが、このSNSによる情報が個々人の生活に大きく食い込んでいる状況の功罪はよく話題に上っています。今回のパニック騒動もSNSの情報とどう向き合うべきなのか、あらためて私たちに問いかけられているように思います。
今回の騒動に対して大統領が「悪意のある偽情報」として非難し、警察庁に偽情報に対する厳正な対処を指示したというのも、なんだか滑稽にも映ります。アメリカの大統領は自分に不利な情報がSNSで流されると、たとえ事実であってもすべて「フェイク情報」として蹴散らしているのですから。
それより大統領みずからの口で事実に基づいた具体的な資料、統計、数字等々で原料の「ナフサ」は十分に供給できることを国民に知らせるほうが事態の沈静化には有効だったと思われます。その意味では金星煥(김성환 キムソンファン)気候エネルギー環境部長官が、有料のゴミ袋が手に入らない場合は他の袋の代用を許可する、としていたのは、上述しましたように今回のパニック騒動の要因を考えれば、有効なのではないでしょうか。
ところで今回の買い占めパニックが起きた韓国のゴミ袋について少し紹介しておきます。ゴミの収集ではかなり日本と似ていますが、上述しましたようにゴミ袋に関しては日本と比べてかなり厳格です。
韓国では、ゴミを捨てる場合、指定のゴミ袋を購入し、決められた日時に出さなければなりません。しかも同じソウル市内でも各区で異なりますから、ソウル市内で転居してもこれまでのゴミ袋は使えない場合も起こり得ます(袋のデザインや色も区によって異なります)。
韓国のゴミの廃棄方法は、実際に廃棄する量に応じて料金を支払う「従量制」(종량제 ジョンニャンジェ)のため、1ℓ、5ℓ、10ℓ、20ℓといった分量に応じた指定のビニール製の「従量制袋」(종량제봉투 ジョンニャンジェボントゥ)をあらかじめ購入する必要があります。しかも、指定ゴミ袋は「一般ゴミ袋」(일반쓰레기봉투 イルバンスレギボントゥ)、あるいは「生活ゴミ袋」(생활쓰레기봉투 センワルスレギボントゥ)と呼ばれるものと「生ゴミ袋」(음식쓰레기봉투 ウムシックスレギボントゥ)と呼ばれるものに大別されます。
ゴミ袋はスーパーやコンビニ等で購入できますが、区ごとに異なるため、住んでいる家と同じ区内にあるスーパーで等で購入する必要があります。ただし、ゴミ袋は陳列棚にはなく、袋の種類とサイズを店員に伝えます。
ゴミの分別は一般ゴミ、生ゴミ、リサイクル品と粗大ゴミに分かれます。リサイクル品はプラスチック、缶、ビン・ガラス、紙等で、それぞれ袋を分けますが、一般ゴミと生ゴミ以外のリサイクル品は指定の袋がありません。そのため、透明のビニール袋を利用します。家具や家電品等の粗大ゴミは各区のサイトで廃棄申請をし、申請書をゴミに貼って出します。
なお、日本でも一部自治体ではゴミの収集を真夜中に行うところもあるようですが、韓国では全国的に真夜中に行われます。そのためゴミの廃棄時間は夕方18時以降、夜中の12時までです。
最後に、今回のパニック騒動が教えていますが、SNSなどであらゆる情報が一気に広がってしまう社会になっているなかで、政府はどのように対応すべきか、その姿勢が問われているように思います。
日々起きる国内外のあらゆる事態にいかに対応し、その情勢分析に基づいた対処方法や方向性を国民にいかに敏速に、正確に伝えるかが求められているのです。そうでないと今回のようなパニック騒動はどのような事象であっても繰り返されてしまう恐れなしとは言えません。
(大妻女子大学教授)
(2026.4.20)
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