【フランス便り】(41)
フランス人とクルマ
鈴木 宏昌
フランスは昔からクルマ社会である。アメリカほどではないとはいえ、日本の1.5倍の国土を持つ上に、そのほとんどが平地または丘陵地帯なので、車での往来に適している。しかも、人口が密集しているのはパリ地域と数えるほどの大都市近辺のみである。そのため、メトロ、電車、バスなどの公共交通網が本当に発達しているのはパリのみと言える。TGVでパリを出発すれば、10分くらいで牛が放牧されている緑の田園風景が広がってくる。
その昔、フランスの国鉄は世界一と言われ、日本の国鉄のモデルだった。ところが、現在では、大都市を結ぶTGVを除くと、幹線やローカル線の老朽化は大きな社会問題となっている。主要幹線の1つであるパリ-ルアーブルやパリ-クレールモンフェラン(フランスの中央部の都市で、ミシュラン社の本社があることで有名)は、ここ50年間ほとんど設備投資がなく、かかる時間はむしろ長くなっているという。したがって、フランスでは車による移動が圧倒的に多く、バカンス・シーズンの高速道路の 交通渋滞はひどい。
その一方、国連の地球温暖化に関するパリ協定(2015年)に象徴されるように、近年、フランス政府は地球温暖化対策として、車の使用を削減することを大きな政治目標としている。その一環として、政府はCO2の排出ゼロの電気自動車の普及のために大きな補助金を出している。しかし、補助金付きでも電気自動車は割高なので、首都圏などの富裕層以外には浸透していない。
この問題を複雑にしているのは、EUの自動車の排出ガス及び安全の規制である。フォン・デア・ライエンを委員長とするEU委員会は、Green Dealと呼ばれる地球温暖化対策を大きな政治目標としていて、ガソリン車への規制を大幅に強化してきた。EUの基準はそのままフランスの自動車メーカーを縛るので、ルノー、ステランティス・グループ(プジョー、シトロエン、フィアット、クライスラー)は近年電気自動車へ集中的に投資を行っている。ところが、電気自動車の売り上げは2024年から停滞気味で、多くのメーカ―は悲鳴をあげている。
一方、エコロジストの多いパリでは、市内からの自動車の追放を目指している。ただし、EUやフランス政府の地球温暖化対策という掛け声にもかかわらず、一般のフランス国民は電気自動車奨励を冷ややかに見ているようだ。このような事情を今稿で扱ってみたい。
まず初めに、EUやフランスにおける電気自動車化の動きを紹介し、続いて自動車産業の現在を見る。その後、車をめぐるパリ在住の人と郊外や地方都市に住む人の綱引きの状況を考えたい。
●電気自動車への傾斜
第一次フォン・デア・ライエンのEU委員会(2019-2024)は、欧州議会で 社会民主党やエコロジスト(それに穏健保守)が指導権を握っていた関係もあり、Green Dealと呼ばれる気候温暖化対策を大きな戦略目標として、様々な政策や規制を行ってきた。そして、2023年にはついに欧州議会が、2035年にはガソリン車やディーゼル車の新車の販売をを禁止するというショッキングな具体的目標を採択した。
この動きに呼応するように、2024年以前のマクロン政権は、環境問題に熱心で、再生エネルギーの普及や家屋の断熱化(フランスでは暖房によるエネルギー消費が大きな比重を占めている)などに大きな予算を注いできた。
フランスのCO2排出の3分の1を占めている運輸・自動車に関しては、電気自動車の普及を奨励し、町々の角などにバッテリーの充電装置の普及に勤めたり、電気自動車の新規購入の際に大きな補助金を出すなどの政策を実行してきた。また、大企業を中心として、社用の車には環境にやさしい電気自動車を使うことを政策的に誘導した。もっとも、2024年の国民議会選挙で中道が大きく敗退すると、財源不足の問題とも絡み、環境対策は停滞気味である。
このような状況下、フランスの主要メーカーであるルノー社とステランティス・グループは、2015年あたりから電気自動車への大規模投資を行い、電気自動車あるいはハイブリッド車の売り込みに必死になっている。テレビ、新聞などの車の宣伝はほぼ電気自動車のみとなっている。実際、ここ数年で、パリ郊外で見かける電気自動車の数は非常に増え、テスラなどの高級電気自動車も珍しくなくなった。
さて、2024年における新車(職業用のバンやトラックを除く)の登録台数をみると、全体では175万台で前年に比べて3%、2019年との比では22%の減となっている。その内訳は、ハイブリッド車が41.8%、ガソリン車30.2%、電気自動車16.8%、ディーゼル車7.2%であった。トヨタのヤリスなどのハイブリッド車はCO2の排出量が少なく、都市部の使用では燃料効率が良いので人気が高まっている。より伝統的なガソリン車も多くの人に支持されている。
電気自動車は近年大幅に増えているが、2023年あたりからその成長率は低くなっている(ただし、ドイツのようなマイナス成長ではない)。2016年まで、新車の大半を占めていたディーゼル車は最近そのシェアが急激に低下し、わずかに7%まで落ちてしまった。
ディーゼル車は2010年代前半まで、国の国産メーカーの保護政策で、ディーゼル用の軽油価格が普通のガソリンより低く抑えられていたこととその燃費効率の良さから、フランスでは大人気であった。ところが、ディーゼル・エンジンは環境や健康に悪い微粒子(PM)や窒素酸化物(Nox)の排出が多く、健康に悪影響があることが判明し、ディーゼル車離れが始まった、それに加えて、2015年にフォルクス・ワーゲンのディーゼルゲート(ディーゼル不正事件)が発覚し、ディーゼル車の人気は凋落した。
この新車市場でやはり目立つことは、国や自治体からの補助金にもかかわらず、電気自動車の割合は非常に限られていることだろう。その一番の理由は電気自動車の価格である。同じモデルの車でも、電気自動車の価格はガソリン車に比べると1万ユーロほど高く設定されているので、多くの国民には手が出ない。その上、地方都市などでは、充電装備が不足しているので、電気自動車の普及は遅れている。
ただし、電気自動車で一番驚くべき数字は、2024年の新規購入者の52%が企業であることだろう。これは政府が大企業にはたらきかけ、環境対策を求めたことによる。大企業は昔から節税を兼ねて幹部職員に車を提供し、優遇する対策を行ってきた。また、環境対策に積極的な企業へ税の軽減などを行っていることが社用の電気自動車が増えた理由である。
以上は新車に関する統計だが、実はフランス国内で売買される車の75%は中古車である(2024年の実績で550万台)。買われる中古車の平均年数は10.6年と古い車が多い。その金額は、2~3年使用された車の3万ユーロから15年以上使用された車の5000ユーロと幅がある。中古市場で人気があるのはディーゼル車で全体の47%を占め、40%のガソリン車が続く。
地球温暖化対策としては、CO2や微粒子PMの排出量が絶対的に多い中古車の規制が一番必要なのだが、EUの規制はほとんどが新車に限られる。フランスでは今年からパリやマルセイユなどの大都市の中心部への古い車(ディーぜル車で15年以上経た車)の通行が禁止されるはずであったが、今国民議会でその適用が廃止された模様である。いよいよ、古い車の使用を規制しようとすると、一般国民からの反発が強い。
最後に、現在フランス人ンが使っている車(ストック)を紹介し、実際の姿を見てみよう。2024年にフランスで登録されているすべての乗用車は約4000万台、そのうち50.7%はディーゼル車で、ガソリン車は40.6%であった。CO2の排出がない電気自動車あるいは自動チャージのハイブリッド車はわずかに2.2%および1.5%でしかない。すべての車の使用年数は11.2年で、ここ10年この年数が延びる傾向がある。つまり、多くのフランス人にとって、自動車は昔のようにステータスシンボルではなくなり、使える限り車を維持する選択を行っている。
これは理屈に合った消費者行動でもある。2024年のすべての新車の平均価格は36000ユーロで、2018年の26000ユーロから実に1万ユーロほど上昇した。この分野のエクスパートが「新車を購入できるのは、会社か裕福な年金生活者に限られる」と喝破し、現実離れしたEUやフランス政府の急激な電気自動車促進と高付加価値の高級車を売り出す自動車メーカーのビジネスモデルを批判した。
●「より大きく、より強く、より高価な」車
ルノー・ステランティス(プジョー)に代表されるフランスの自動車産業は、もともと安価で庶民的な大衆車を得意としていた。大きな国内市場を持ち、伝統的に国内産業を保護する政策もあり、ヨーロッパではドイツに並ぶ自動車産業を誇っていた。ところが、21世紀になると、フランスの自動車産業は大きく後退し続けている。2000年の初めには、300万台の生産を誇っていたものが、2024年には130万台まで低下している。自動車の専門家であるPardi氏によれば、その大きな要因はEUの規制にあると指摘している(T. Pradi et al, ed. Global Shifts in the Automative Sector, Palgrave, 2025)。
EUが本格的に自動車の環境と安全基準を段階的に厳しくするのは2000年代からだが、そこで規制の在り方に関して、裏でドイツ・ロビーとフランス・イタリアのロビ―の間で競争があったという。高級車を得意としたドイツは、単一の基準の適用を主張し、大衆車を得意としたフランス・イタリアは、高級車と大衆車で別個の基準を設けることを主張した。結局、巨大なドイツのロビ―の主張が勝ち、車の重量により一定の違いはあるが、EU基準は基本的に同一の排出ガス・安全の規制が採択される。
同一の基準がすべての車に適用されることになると、比較的安価な大衆車は利益率が低くなり、どうしてもコストの削減のためには労働力などが安価な東欧やモロッコ・トルコなどへ工場を移転させざるを得なかった。そのため、フランス国内の車の生産は大きく落ち込み、国別の自動車生産ではスペインよりも少なくなった。
2019年からはGreen Dealもあり、ヨーロッパの主要メーカーは電気自動車の生産に集中する。大きなバッテリーが必要な電気自動車やハイブリッド車はどうしてもガソリン車に比べて重量が重くなる。2016年と2023年で新車の平均重量を比較すると1553Kgから1947Kgと重くなっている。電気自動車化とより高級で大きなSUVのモデルが主流になったためである。となると、より強力なエンジンが必要となり、車の価格が短期間に1万ユーロも値上がりする結果となった。
このように、フランスの自動車産業の後退は顕著で、最近その速度が増している。例えば、EU内におけるフランスの自動車産業は2018年に12.8%であったものが2024年には7.4%まで落ちている。今後フランス国内で、自動車関連の大規模な工場閉鎖や大量解雇の問題が発生すれば、間違いなく労働組合の強い反発が起こり、政治が介入せざるを得なくと予想される。
これまで、中国市場で潤っていたドイツの巨大な自動車産業も苦境におちいっているので、EUの掲げた2035年に燃料エンジンの車の発売を禁止する目標は実現する見込みは少ないだろう。電気自動車の付加価値の40%近くがバッテリーであり、全世界のバッテリー生産の9割が中国製である。そのため、中国の電気自動車とヨーロッパで生産された電気自動車では40-50%の価格格差があると言われる。EUの電気自動車は中国製の電気自動車と競争するのは不可能に近い。今後EUは、その目標を転換させ、より現実に即した方向に向かうざるを得ないだろう。
●パリに住む人と生活上車を必要とする人
日本と同じように、フランスでも、パリやリヨン、マルセイユのような大都市の中心部に住む人と地方都市や農村部に住む人では車の必要度がまるで異なる。パリ市内には古くからあるメトロ網が充実しているので、普段の移動はメトロやバスを使う。ただし、郊外の交通網となると貧弱で、昔からある近郊の電車やRERという快速のメトロのみなので、その選択肢は限られている。RERは、東京の通勤電車のようで便利だが、主要な路線は東西および南北に走る2つしかない。パリ以外の大都市では地下鉄がほとんどないので、バスや市電を使うことになる。それも大都市の中心部のみに限られる。したがって、パリ以外の都市では車による移動が主となり、どうしても1家族に車が1~2台は必要となる。
ところで、週刊誌のExpress(7月11-16日号)を読んでいると、面白い世論調査が紹介されていた。調査対象の半分の人は、車はないことが望ましいと答えた。その残りの半分の人に車の用途を尋ねたところ、職業上必要が13%、公共交通がなかったり、時間がかかりすぎるが19%、自由な移動ができるが58%であった。この多数派の中には、普段は公共交通を利用していても、買い物やバカンスの際には車を利用する人が多いのだろう。職業上必要という人の数が意外と少ない感じもあるが、他の理由のところに〇をしたのかもしれない。
大都市の住宅はここ10年で非常に高騰しているので、一般の労働者には手が出せなくなっている。そこで多くの人は相当離れた郊外に家またはマンションを求める。このため、車なしには仕事ができない。日本のハローワークに相当するFrance Travailは失業者の運転免許取得のための訓練に補助金を出している。
その一方、パリ市は近年市民の健康と環境改善のために車を追放しようとして、道路のレーンを削り、そこを自転車専用にしたり、駐車のスぺースを減らしたりしている。この動きに対し、郊外に住む職人や配達の人からは不満が伝えられているが、パリ在住者から強い批判の声はない。実は、行政的にパリ区域に住む人口はわずかに220万人でしかなく、1200万人とされる首都圏の人口の5分の1以下である。
パリ市民と地方の利害の違いがもっとも浮き彫りになったのは2017年に吹き荒れた黄色のベスト集団だった。政権に就いて間もないマクロン政権が地球温暖化政策のためにガソリンに対する税を引き上げようとした時、車が生活上絶対に必要な地方都市の人達が多くの町の入口にバリケードを作り、ガソリン価格の引き上げに抗議した。その際の名スローガンは「地球の終りよりは月末(の金銭簿)」だった。エリートの集団のマクロン政権が地球温暖化政策という高邁な目標で突っ走ろうとしたところを地方の庶民に足をすくわれた出来事だった。
社会における車の位置づけは難しい。マクロ・レベルで地球温暖化や環境問題を考えるれば、自動車の使用の制限や電気自動車化という考え方は理解できる。しかし、毎日の仕事や子供の送迎などで車が欠かせない人が多いのも事実である。国が電気自動車奨励で補助金を出しても、平均で3万6千ユーロにはねあがった新車には手が出ない。購買力の低い人が車に使える予算はせいぜい1万ユーロ位でしかない。フランス社会における車の位置づけは、首都に住む裕福な階層と生活が厳しい階層との相克でもある。また、政治における長期と短期の相克でもある。
2025年7月14日、パリ郊外にて、
鈴木宏昌(早稲田大学名誉教授)
(2025.7.20)
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