フランス便り(その9) フランス人の夏休み

鈴木 宏昌

 今年の初めから気候の不順が続いたフランス(地中海地方を除く)は、7月になると急に暑くなり、30度を超える日が多くなった。フランスが涼しいと聞いてきた日本人の友達は、日本並みの暑さにまいっていた。もっとも夜になると、最低気温は20度くらいまで下がるが、日本と違い、ホテル、電車、普通の家にはエアコンがないので、気温が30度を超えると本当に暑い。とくに、パリの街の中は風が通らず、寝苦しい夜が続くことになる。幸いにも、私のところは郊外なので、パリの街中ほどの暑苦しさはない(その代わり、夜パリへ外出すると、あてにならない近郊電車、バス、タクシーで苦労する!)。

 さて、7月の中旬以降、パリはすっかり夏の装いとなった。夏の装いとは、商店の多くが閉まり、外国人など観光客が多くなる。私の住んでいる近郊の街でも、多くの店が閉まり、新聞も町の中心にある本屋に行かないと買えなくなった。土曜日に開かれる町の市場へ行ったが、普段は肉屋、八百屋、魚屋など所狭しと屋台を並べ、歩くのも困難なものが、実に閑散としていた。商店も、オフィスも夏休みモードである。今回は、この季節の風物詩であるフランス人の夏休み(ヴァカンス)について書いて見よう。

 その昔(1970年代)、ジュネーブのILO本部に勤めていたころ、6月にもなると、同僚との話題の中心は夏休みにどこへ行くかということだった。ある同僚は山の別荘で3週間過ごすとか、また、ある同僚はホームリーブを利用して、長期に自国の家族のもとに戻るなどと会話が弾んだ。とくに、5月中旬に、部の夏の休暇予定表が回ってくると、多くの同僚がその表に3−5週間の休暇予定を書き込んでいるのをみると、早く夏の計画を立てなければと追い立てられる気分になった。

 久しぶりのフランスもあまり変わっていない。まず、テレビが7月近くにもなると、この夏の天気予報や交通渋滞のニュースを流すので、ヴァカンス・シーズンが近いことをいやでも悟る。時には、今年の避暑地の人気動向や値段などのニュースも流れる。

 私が机を借りている研究所でも、7月半ばを過ぎるとほとんどの研究者は来なくなり、森閑としている。若い研究者は、多くの場合、外国へ、年齢層の高い研究者はフランスの田舎へと散って行く。皆が顔を合わせるのは9月中旬になる。ユーロ危機あるいは不景気などとは言うものの、フランスの夏の最大のイベントはヴァカンスであることは間違いない。

 昔 私のゼミの学生がなぜフランス人は長い有給休暇が取れるのか不思議がり、フランス人に「働くこと」と「休むこと」でどちらが重要かという小さなアンケート調査をしていたのを思い出す。この学生は、フランス人は余暇(仕事以外の時間)に生きがいを感じるだろうと予想していたが、答えはかなり違っていた。フランス人の答えの多くは、仕事も休みもという答えだった。

 つまり、創造的な仕事を行うためには、普段のルーティンから開放され、英気を養う必要がある。あるいは、あまり一緒の時間の持てない家族とともにヴァカンスを過ごすことは家庭生活にとって大切という意見が圧倒的だった。フランスは、忙しい大統領やカルロス・ゴーンといった人たちも夏には、間違いなく2−3週間の休みを取る国柄である(不人気のオランド大統領は、今年は1週間しかヴァカンスを取らないと公言しているが、閣僚の間の評判はすこぶる悪い!)。

 そもそも、行政や企業が8月にオフィスを開いたとしても、働く人が少なく、重要な決定はできないし、本格的なビジネスにはならない。たとえば、ミシュランの星がつくパリの有名レストランは、ほとんど8月中は営業しない。常連客がパリにいなくなるためである(観光客用のレストランはもちろん開いている)。

 その一方、山や海の避暑地・観光地の人口は普段の何十倍に増え、ホテル、レストランなどは、7、8月の間に年間売り上げの大部分を確保する必要がある。フランスでは、所得の高いパリ人が夏の間、地方でお金を使い、パリの街は、外国人観光客に譲り渡すという、ある意味、実に合理的な所得の再分配の構造が出来上がっている。

 ところで、フランスにおいて、ヴァカンス(夏休み)は、比較的最近になって定着した社会慣習である。農業人口が大多数を占めていた20世紀以前のフランスでは、農業のリズムにより生活習慣が形成された。学校が6月に終わり、長い夏休みになるのは、収穫の手伝いのために子供が駆り出されたためと言われている。

 ところが、19世紀の後半になると、富裕階層が裕福なイギリス人を見習う形で、夏を海辺で過すことが流行となり、まずイギリスに近いフランス北部の海岸にリソート地が生まれる。Touquet、Deauville、Dinard などが有名だったが、その後、大西洋岸のビアリッツ、あるいは地中海のカンヌ、ニースなどが著名な避暑地になる。

 今でも、これらの避暑地には、19世紀後半から20世紀初めにかけて作られた大きな別荘が数多く残っている。多分、当時の富裕階層は召使を何人も連れて、長い夏休みを避暑地で過ごしたのであろう。しかし、ヴァカンスが一般労働者の権利になり、普及するのは第2次大戦後のことでしかない。確かに、1936年の人民戦線内閣のときに、初めて2週間の有給休暇が法定化されるが、すぐにフランスは戦乱に巻き込まれる。戦後、この法定2週間の有給休暇制度は維持されるが、毎日の生活に苦しんでいた多くの労働者とその家族にはヴァカンスの余裕はなかった。

 1956年に法定年次有給休暇が3週間に拡大するが、これが当時のモータリゼーションとマッチして、長期の夏休みがフランス人の生活に定着してゆく。7、8月には、家財道具を車のトランクと屋根に積み込み、暖かい南フランスあるいはスペインへ向かうことが年中行事となる。高度成長期には、大企業や国営企業は年次有給休暇の充実を図り、法定3週間に相当の上乗せが行われた。また、休暇手当てというボーナスを出す企業も増えてくる。

 1969年に4週間目の年次有給休暇が法制化されるが、これは中小企業の労働者に大企業の労働条件を拡大したことを意味した。さらに、ミテラン大統領が選ばれた1981年に、法定有給休暇は5週間へと長期化する。ところで、このフランスの5週間の年次有給休暇は、当時のEU主要国の水準(4−5週間)から見て、長い方だが突出したものではなかった。むしろ、ドイツや北欧諸国の方が長い有給休暇を享受していた。

 さて、2000年以降になると、フランスの有給休暇は国際標準からかなりかけ離れたものになる。というのは、2000年にオブリ法により35時間制へ移行した際に、多くの企業は、時間単位のコントロールが難しい管理職、専門職、エンジニアー階層に、労働時間短縮分相当の代替休日を与えた。つまり、週39時間から35時間への短縮を年間休日の増加という形でつじつまを合わせることになった。

 その結果、管理職、専門職、エンジニアーは年間、6日から10日くらいの有給の休日が加算されるというすごいことになった。この時短短縮分の代替休日は、厳密には有給休暇ではないが、当該のひとたちにとって、有給休暇の上乗せであることは間違いない。したがって、フランスの大企業や500万人を超える公務員には、年間7−8週間の休暇が与えられていると見てよい。

 では、このように長い有給休暇をどのようにフランス労働者は取っているのだろうか?

 まず言えることは、日本では大きな問題である有給休暇の未消化問題は、制度上、フランスでは考え難い。法律上、年次有給休暇は、その年に取得することが義務化されているので、未消化の労働者がいる企業は罰則の対象となる(もちろん、病気などの正当な理由がある場合を除く)。

 年次有給休暇の取得時期の決定権は使用者にあるが、企業内では、組合代表(複数組合が原則)、従業員代表などが有給休暇の取得状況を監視している上に、フランス労働者は権利意識が高い。伝統的な個別紛争の解決手続きである労働裁判所に持ち込めば、有給休暇の未消化は間違いなく労働者が勝つ。

 最近では、さらに、有給休暇の長期化を実効あるものにするため、休暇の貯蓄口座制度も多くの産業別あるいは企業別協約で設けられ、有給休暇の一部を年次を超えて持ち越すことが可能になっている。なお、その昔は、有給休暇は連続取得が原則であったが、1982年以降、連続休暇は最大4週間と制限されている(最低2週間の連続休暇の原則は維持)。

 さて、フランスの公式統計で、フランス人のヴァカンス取得状況を見てみよう。2008年の統計によれば、世帯全体の約60%はヴァカンスを取っていた。このヴァカンスの定義は、連続して4日以上、自宅以外で過ごすことを意味する。この統計が始まった1964年には、4割強くらいの世帯がヴァカンスを取っていたので、ここ40年の間に、2割弱ほど取得率が上がっている。

 ヴァァカンスを取らない人あるいは取れない人は、主に経済的理由と健康上の理由だが、地方に住む人の中には、自宅を連続して離れることを必要としない人も多い。逆に、大都市に住む人はヴァカンスをとる傾向が強い。

 ヴァカンスの行く先を見ると、人気の高いのは海岸で、その後、田舎、山などとなる。滞在方法は、借り別荘・アパートが一番多く、その後、家族の家、自分の別荘、ホテル、キャンプ場、友達の家となる。もちろん、年齢、職業、出身、家族構成、所得水準、居住地域などでヴァカンスのあり方は大きく異なる。

 公式統計のデータは、少々抽象的なので、具体的な例として、娘のところの夏休みを紹介してみよう。娘の夫婦は子供2人(9歳と4歳の男の子)で、共稼ぎである。今年の夏は、ブルターニュ海岸の別荘を友達と一緒に1週間ほど借りた(7月初め)。その後、子供たちは地元(ストラスブール)の夏季クラス(遠足やカヤックなど)で3週間ほど過ごす。8月からは、ヌベールというロワール地域の小都市にいる旦那の実家で子供たちを1ヶ月ほど預かってもらう(田舎なので庭が広い)。

 その間に、2週間ほどは娘の夫婦も一緒に過ごす(そのうち、4日ほどは近くの山でキャンプ生活)。まあ、娘の夫婦の夏休みの過ごし方は、小さな子供を持つフランス人家庭の典型だろう。経済的な負担を考慮しながらも、子供たちが楽しい雰囲気で夏休みが過ごせるよう工夫している。

 実際、フランスに住んでみると、最近のヴァカンス先の選択肢の多さに驚く。1970年代には、休暇の選択肢は、実家や別荘を除くと、ホテル、借り別荘、キャンプ場、ヴァカンス村と相場が決まっていた。多分、一番一般的だったのは滞在型の避暑地ホテルで、1週間が最低単位で、1日2食が多かったように思う。価格に応じて、デラックスなホテルからごく家族的なものまであった。

 貸し別荘は、インターネットがなかった当時、カタログに目を通し、電話で予約していた。借りる単位は最低2週間以上と長期滞在用のものが多かった。キャンプ場は、施設に応じて星の数が決まってはいたが、安価だった。ただ、人気のキャンプ場は1年前から常連客で埋まり、ほとんど空きがない状態であった。

 ヴァカンス村は、高度成長期に労働者の家族のためにヴァカンスを広めるという目的で、公共機関からの援助を得て、廉価な休暇施設を海や山の避暑地に設けた。大企業の福利厚生を扱う企業委員会とタイアップして、一定の役割を果たしていた。

 ところが最近では、インターネットの発達もあり、選択肢が大きく広がっている。近年フランスで人気が高いのは、貸し別荘のネットワークとイギリスにもあるベッド・アンド・ブレックファストに似た Chambres d'hote のようだ。貸し別荘といっても、タイプによりいくつものアソシエーションに分かれるが、多くは海岸や山などの避暑地に立てられた家やマンションを週単位で貸し出す。インターネットのサイトに行けば、地域、広さ、価格水準ごとにリストが掲載されている。もちろん、キッチン、家具つきなので、家族が長期間過ごせる。

 値段は、場所や時期により大きく異なるが、1週間に3万円くらいから10万円くらいが目途だろう。もちろん、コートダジュールのような人気スポットになれば、値段がさらに高くなる。Chambres d'hote は個人の家を改築し、いくつかの部屋を貸し出すもので、朝食が付くのが建前となる。古い農家(とても広い)を改築し、いくつかの部屋やアパートを貸し出すものが多い。簡易なキッチンがあり、シャワー・トイレは完備しているので、家族連れには人気が高い。

 一般的には、料金はホテルよりは割安だが、中には昔のお城を改築したものもあり、その場合は、高級ホテル並みの料金となる。フランスの田舎をドライブしていると、いたるところに Chambres d'hote の広告が目立つので、多くの農家などが副業として経営しているのだろう。キャンプ場もいたるところにあるが、最近はプールやレストランなどの施設が充実したものに人気が集まっているという。キャンプ場といっても、昔のようにテントを張ったり、キャンピング・カーを使う人もいるが、備えつきのバンガローやモービルハウスを借りることもできるので、安価な宿泊施設でもある。

 最後に、最近のフランス人のヴァカンスの全体像(2012年の Le tableaux economiques de la France, 2012, INSEE)を見ると、ヴァカンスの滞在先で、一番比率が高いのは「家族の家で過ごす」であった(全体の36.2%)、その後、様々な借り別荘(15.1%)、自分の別荘(14.0%)などが続く。伝統的なホテルは13.1%、キャンプ場は7.6%なので、かなり貸し別荘・アパートに食われている。

 さて、最近のフランスは不景気が続き、10%を超える慢性的な失業率が続いている。それでも、フランス人の夏休みに対する執着は強い。しかし、所得が伸びない昨今、夏休みの経済的な負担は大きい。

 そのため、今年のヴァカンスの傾向としては、滞在期間の短縮と外食を少なくすることといわれる。多くの家庭は、値段の高い地中海の避暑地を避け、近くの海岸に行っているのかもしれない(地中海の水温は22−25度くらいまで上がるが、パリに近いノルマンディーではめったに水温が15度を超えない)。

 ただ何と言っても、家族の家に行くのがもっとも経済的な負担が少ない。地方都市や田舎に両親を持っている家族の場合、孫を見せるという名目で田舎に行く機会が増えることだろう。ただ、地方の観光産業にとっては、このような個人の選択は大きなマイナスになる。幸いなことに、フランスには総人口の3倍にあたる外国人観光客が訪れるので、その一部はカバーしてくれるが、知名度の低い避暑地は、今年は苦戦が強いられる。

 ところで、このようなヴァカンス大国フランスを冷ややかに見ている外国人からは、だからフランスの経済は不振なのだという批判が聞こえてくる。フランスで働く日本企業の人からよく聞く批判だし、アメリカの投資家なども同じような意見・偏見を持っている人が多い。

 本当のところは、フランスの法定5週間の有給休暇は、EU主要国の水準と大きく変わりはない。ヨーロッパ最強の経済を持つドイツや北欧諸国は、フランスと同程度の有給休暇を持っている。しかし、労働時間の短縮分の休日を加算すると、状況は異なる。7、8週間を超える休暇の取得は企業競争力の面では明らかにマイナスである。

 たとえば、グローバル生産を行うルノーやプジョー・グループでは、フランスの工場を削減し、東欧などの人件費の安いところに生産拠点を移そうとしている。その主な理由は、割高な賃金と短い労働時間である。最近 ルノー・グループの協定(成長のための協定、2013年3月13日)は、賃金引上げなしに、労働時間の延長が盛られ、話題となっている。フランス産業の競争力を回復させるためには、35時間制の見直しが必要と思われるが、前の社会党政権のシンボルでもあるので、オランド政権には政治的に危険な問題だろう。

 さて、夏休みの問題に戻ると、日本とフランスの労働者の違いを感じざるを得ない。有給休暇の取得に会社の上司や同僚に後ろめたさを感じる日本のサラリーマンとは違い、フランスでは、管理職の人たちが率先して休暇を取る(付与される有給休暇も長い)ので、労働者は気兼ねをしない。もっとも、企業は、8月中、工場やオフィスを閉めてしまうので、有給休暇の未消化の問題は少ない。

 まあ、涼しさの増す9月になると、いつものように、多くの人が日焼けした顔で、どこで、どんな夏休みを過ごしたのかで話が盛り上がることだろう。(2013・8・16。パリ近郊にて)

 (筆者は早稲田大学名誉教授)
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