【コラム】槿と桜(131)
ブランドニンニクの行方
韓国料理といえばニンニク(마늘 マヌル)を思い浮かべる人は日本でも多いと思います。料理の薬味調味料(양념 ヤンニョム)として用いられるだけでなく、丸ごと生のまま食卓に並ぶことも珍しくありません。原産地は中央アジアと言われていますが、韓国では古代朝鮮の建国神話の『檀君神話』にニンニクが出てきます。『檀君神話』にはニンニクだけでなくヨモギも登場して、人間界に降りてきていた天子の子・恒雄(환웅 ファヌン)が人間になりたいと望んだ虎と熊にニンニクとヨモギを与え、洞窟の中で100日間、この二つを食べて修行すれば人間になれると伝えました。虎は耐えられず逃げ出してしまいましたが、熊は100日間を耐えて、熊女(웅녀 ウンニョ)という人間の女性になって桓雄の子を産み、その子がのちの檀君(단군 タングン)になるという神話です。
神話ですからどこまで信じるかは別として、ニンニクとヨモギは強い生命力のある植物で、古代の人々にとって滋養強壮の食物であり、また免疫力を高める薬草として珍重されていたことがわかります。
現在、韓国でも日本でも健康志向がますます強くなってきていますから、ニンニクが血中コレステロールや中性脂肪を減らし、抗酸化作用があり、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞を予防する効能がある優れた食品として広く知られています。
このニンニクの生産量世界一は中国(山東省が約50%を生産)で、韓国は毎年、多少変動はありますが5位前後です。ただし一人当たりの年間消費量は韓国が世界一で6〜7kgで、日本の生産量は世界の30位後半で、消費量は一人当たり0.3kg程度と言われていますから韓国人がいかにたくさんニンニクを食べているのかがわかります。
ニンニクは寒冷地系、暖地系とあります(日本でも同じです)が、寒冷地系は薄紫色をしたものが多く、韓国の在来種で、鱗茎が6片集まって1個になっている品種です。暖地系はスペインや中国系のニンニクの改良種で、麟片が6片より多めの品種です。
韓国統計庁によりますと、韓国の2020年時点でのニンニクの栽培面積は25,376haで、2000年が44,941haでしたからかなり減少しています。
またニンニクの生産量は、2020年が約36万トンだったそうですが、韓国農村経済研究院農業観測センターによりますと、2024年のニンニク栽培面積は23,592haで2020年より約1,800ha減少し、生産量も約30万8000トンに減っています。
このような栽培面積、生産量いずれもが減少傾向にあるのは韓国の社会構造の変化と大きく関わっています。
まずなによりも韓国の農業全般で深刻な人手不足が起きていることです。その大きな理由の一つは、韓国社会が極端な学歴社会となり、大学進学率が75%を前後するようになっていることです。結果として3D(Dirty(きたない)、Difficult(きびしい)、Dangerous(きけん))とされる職業が敬遠される傾向が強まっていることです。農業はこの3Dの仕事と見られていて、若い就業者の第一次産業離れが顕著になってしまっています(この現象は日本でも同じです)。高学歴社会では第三次産業など都市型の職業に魅力を感じる人が多く、農村地域で育った若者たち(男女とも)の農村離れに歯止めがかかっていません。そして、もう一つは、これもすでに指摘されてきていることですが、ソウルという大都市圏への極端な集中が起きていることです。農村地域からだけでなく周辺の地方都市からもソウル圏への流入が続いていて、ますます農業を支える人材が減少してきています。こうした人手不足は農業だけでなく製造業や建設業などの3D企業や中小企業も同様の悩みを抱えています。
『毎日経済』(매일경제)2024年10月30日の記事はおおよそ次のような状況を伝えていました。
〈ニンニクで有名な慶尚北道義城郡(경상북도 의성군 キョンサンプクド·ウィソングン)では人口の半分が高齢者で、2022年に65歳以上の割合が45%となって全国で最も高くなっている。義城のニンニク畑では、以前は70代まで仕事をして農業から離れる人が多かったが、今は80代半ばまで畑仕事をする人が多く、50~60世代の彼らの子供たちは、大半が都市に移ってしまい、畑仕事をする働き手の90%はタイなど東南アジアからの人たちである〉
慶尚北道は山林が多い地域ですが、義城は平野が広がり、稲作を中心とした農業が主な産業で、ニンニクの生産でも韓国人なら韓国最高のブランド品の産地として誰もが知っています。義城のニンニクは「寒冷地系」で「暖地系」に比べると生産量が少なく韓国全体で3%ほどです。それでも高品質の寒冷地系ニンニクとして全国一位の生産量です。
義城のニンニクが質が高いとされるのは、他の産地に比べて日射量が少なく降雨量も少ないため実がしまり、特有の香りと強い辛さ、液汁が豊富なため少量でも味付け効果は抜群で、それだけにキムチの酸味を抑制する働きに優れています。
ところがこの義城郡の人口は2025年に公表された行政安全府の住民登録人口統計によりますと、48,239人だったそうです。1966年には20万人を超えていましたが、1990年には96,897人、2000年には68,145人と減少を続けたのは極端な学歴社会と都市型産業の発展が人口流出を起こしてしまったためです。こうして今や、上述しましたように1960年代半ばの20万人超から5分の1に近づくほどにまで減ってしまっています。高齢化率も45%に達し、韓国で「人口減少危機地域」としてもっとも消滅する可能性が高い自治体の一つになってしまっています。
これに関連して韓国雇用情報院は、すでに2015年に全国228の市郡区のうち80の地域(全体の35%)が消滅の危機にあるとしていましたが、2022年の公表では消滅危険地域は113地域(全体のほぼ半数)に膨れ上がっています。
首都圏への移住集中に歯止めがかからなければ、地方の生産可能人口は減るばかりで、地方に残るのは高齢者ばかりとなり、義城のような状況になるのは避けられません。高齢化→労働力不足→地域経済衰退→「地方の消滅」を既定の道行きにしてはいけないことは言うまでもありません。
政府は地域消滅を食い止めるためには、若年人口がソウル首都圏などへ移住するのを抑制することだとして、2021年に「地方消滅対応基金」を創設しました。地域創生の戦略プランを各自治体が立案し、それに応じて交付金を配分するものですが、どれほどの成果が得られるのかは予断を許さないところです。義城でも施策を実行していますが、大きな成果にはつながっておらず、義城の人口減少状況がそれを教えています。
上述の『毎日経済』のレポートにもありましたが、ニンニク畑で働く働き手の90%が外国人労働者であるという現実を、政府は一時の対処療法として考えるのか、韓国という国の形を根本的に見直す方向で考えるのか、重大な分かれ道にさしかかっているように思います。 「人口減少危機地域」としてもっとも消滅する可能性が高い自治体の一つになってしまっている義城がもしこのまま消滅してしまったら、ブランドニンニクとして有名な義城ニンニクが消えてしまうことになります。もしそのようなことが起きれば韓国人に強い衝撃を与えることになるでしょう。
一人の消費者としてそのような事態にならないことを願うばかりです。
大妻女子大学教授
(2025.8.20)
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