【歴史的転換期としてのポスト・コロナを考える】

ポスト・コロナの社会と世界:フランスの今後を考える

 <フランス便り(29)>
鈴木 宏昌

 この稿を書きだす頃、コロナウィルスの第2波は、ヨーロッパ諸国で流行し、昨春には影響が少なかったドイツやスイスなどで重症患者や死者が増えている。また感染確率の高いイギリス型のコロナの変種が各国に入りこんでいるようで、各国の政府は神経質になっている。不思議にコロナの影響が軽微だった日本でも、感染者数が毎日のように増え、危機が迫っているようにも見受けられる。
 そのような状況の下で、ポストコロナの時代を考えることは、正直、難しいが、ここでは、日常から一歩離れ、中期の視野で、コロナ危機が終わったのちのフランス社会や経済のことを考えてみたい。

 まず、フランスのこれまでのコロナ危機の状況を確認してみる。コロナウィルスは、まず北イタリアで、2020年2月末から爆発的に流行し、入院患者が病院に殺到し、病院はその対応が十分にできない事態に陥る。フランスでは、そのイタリアを1週間から10日の遅れで追うように、3月初めから、コロナウィルスの感染者が増え続き、ついにマクロン政権は、3月17日から全面的なロックダウンに踏み切る。

 このロックダウンは厳しいもので、すべての商店、レストラン、学校は閉鎖、一般の人の外出は1日1時間に制限される。企業活動は、原則許されるはずだったが、厳しい衛生基準が課せられたので、多くの企業は開店休業に近かった。わずかにテレワークが可能な管理職や事務職の一部が活動を継続した。公共の交通機関はミニマムに抑えられ、実質的に通勤は不可能だった。
 このような状況が、2ケ月続いた後、段階的に移動制限などは軽減されるが、経済活動が大体戻るのは、6月中旬になるので、フランスの多くの社会・経済活動は3ヶ月間、政府の命令で停止するという前代未聞な状況となった。

 この間、経済を支えたのは、国の巨額の財政支出で、企業向けの大規模融資、税や社会保険の減免を行うとともに、影響の深刻な大産業(自動車、航空機、観光産業)には、特別支援措置を取った。また、仕事ができない労働者には、部分就業という特別な制度を設け、雇用と実質賃金の確保を行った。つまり、企業が払っていた労働者の賃金を、経済活動が停止した期間すべて国が負担するという前例のない制度だった。この結果、ロックダウンに伴う企業倒産や失業は起こらなかったが、フランスの国家財政は大幅な赤字となり、累積赤字は、昨年の春、GDP比で、約100%から、116%へと拡大した。

 7、8月というフランスの長いヴァカンスシーズンには、外国旅行が制限されていたことから、フランスの海や山のリゾート地は、普段以上ににぎわったという。9月からは学校や会社の活動が再開されるが、このころから、またもコロナウィルスの流行が各地で増加する。
 春には、コロナの流行は、パリ地域、北部地域(リール地方)、東部地域(アルザス地方)に集中していたが、9月からは、南部のリヨンやマルセイユで感染者数が拡大し続ける。10月に入ると、大学の閉鎖(遠隔授業のみ)、一部の都市での夜の外出制限が行われるが、爆発的な感染がおさまらず、ついに、10月30日からは、1ヶ月のロックダウンとなる。ただし、今回の制限は割と緩く、高校までの学校は開かれ、多くの会社や建設現場は活動を続けた。12月になると、ロックダウンは次第に解除されるが、新年に入ると感染者数が再び増加しはじめ、またも外出制限が強化され、夕方6時からの外出は禁止される見込みである。

 以上がフランスのこれまでの状況だが、ここで近隣のEU諸国の状況も確認しておきたい。この春には、コロナウィルスは、まずイタリア北部で危機的状況になったのち、スペイン、フランス、ベルギーで蔓延した。その後、イギリスが危機的状況になった後、アメリカや中南米で犠牲者数が拡大した。春の場合、EUの北部、すなわちドイツ、北欧諸国などは感染者数、死者などが少なく、EUは二つに分断されていた。ところが、この秋以降のコロナウィルスの第2波の状況は大きく変わり、ドイツや東欧諸国でも感染者、死者が多く出て、各国で、地域的あるいは全国的なロックダウンが行われている。

 コロナ対策の切り札であるワクチンの使用は多くのEU諸国で始まったばかりである。今回は、EUが窓口になり、臨床実験の段階から、ファイザー、モデルナやアストラゼネカなどと一括契約を行い、各国に人口比に従い、平等に分配することになっている。現在のところ、ワクチンの保存が難しいこと、その供給量が制限されていることなどから、ワクチンが一般高齢者に出回るのは、この春の終わりから夏先になると考えられている。多くの専門家は、この冬には、まだワクチンの一般的な影響は少なく、気候の良くなる春以降にコロナの勢いが衰え、ワクチンの効果が出ると予測している。

 ◆ ポストコロナはいつ来るのか?

 ところで、普通の生活、すなわちコロナウィルスへの感染を心配せず、マスクなしで外を歩き、自由に旅行ができるのはいつ頃になるのだろうか? 多くの人は、ワクチンが出回れば、コロナウィルスの危機は終わると信じたがるようだが、私はかなり悲観的で、相当長期間、コロナウィルスに振り回されるんではと思っている。
 その根拠は、まず、ワクチンがどこまで有効なのか分かり難いことにある。現在、ヨーロッパで承認されているのは、二つの新型ワクチンのみだが、それ以外に多くのワクチンの候補が実験段階にある。新型ワクチンは、人の免疫性を刺激し、それで、コロナウィルスの感染を防ぐことになっているが、危険度の高い人々に本当に有効なのか分かっていない。

 また、新型ワクチンはそのコストや価格が高く、抗インフルエンザ用のワクチンのように、一般的に使うことは難しいという。さらに、コロナウィルスの特徴である無症状の感染者の問題も残されている。その上、コロナウィルスの新変種がいくつも出てくることが考えられるので、しばらくは困難な状況が2、3年続くのではないかと考えている。つまり、有効なワクチンがさらに開発され、次第にコロナウィルスは、現在のインフルエンザと同じ程度の危険度になるのではと想像する。したがって、私は、ポストコロナの時代は、明日ではなく、かなり中期になるシナリオを想定する。

 ◆ ポストコロナ:パラドックスを好むフランス人の性格

 マクロン大統領は、最近、週刊誌エクスプレスへの長いインタビュー「フランスのアイデンティティに関して」の中で、フランス人は絶えず相矛盾したものを求める傾向が強いと指摘した(L' Express、12月23日付)。
 そのいくつかの例として、国家は、フランス語と並ぶ、フランス人のアイデンティティの象徴ながら、個人の自由を強く主張し、国の拘束を嫌う。COVID19の外出禁止などの措置に関して、市町村長は口々に国を批判するが、いよいよとなると国に頼り、すべてを国の責任とする。イスラムテロの問題も同じで、政府がテロ予防のために、一定の措置を計画すると、一部の人は個人の自由に対する侵害と強く反対するが、同時に、テロで犠牲者が出れば、国の責任とする。このように、フランスとフランス人は絶えず相矛盾した方向を同時に求めるので、アングロサクソンや北欧のような、地道な改革は難しく、二つの極のバランスで方向性が動いていくと指摘した。

 このマクロン大統領の指摘は、多分、間違っていないだろう。1980年以来、政治は保守と革新が交互に交代してきたが、その原因は、選挙時に、多様な相矛盾した期待を新政権に託すので、時間がたつと、別の選択肢を求め、反対政党の候補に投票してきたのだろう。ポストコロナの時代になっても、フランスは、中間的な変化を求めるというより、二つの相反する選択肢の中で、片方に傾く選択をする気がする。そこで、ポストコロナ時代におけるフランスとフランス人の選択の二つに問題を絞り、検討してみたい。

 ◆ 国民の健康と経済とのバランス

 今回のコロナの危機でまず浮き彫りになった問題は、医療機関、とくに国立病院におけるベッド数、器材、人員の不足だった。フランスの医療制度は、民間の一般医、専門医と国立の病院と大きく分かれているが、主力は国立病院で、医療関係の公務員は100万人を超える。昨年の4月には、パリ地域や北部地域の病院はコロナ患者であふれ、周辺諸国や南部地方に重症患者を搬送せざるを得ないまでになった。

 フランスは、もともとGDPにおける医療関係の支出が高かったこともあり、1990年以降、病院の合理化が継続して行われた。各病院の独立採算制、治療行為の価格制限、医療関係者の賃金抑制など多岐にわたった。経済的観点からの医療制度の合理化であった。そこに、コロナ危機が直撃したことになる。国民の健康を経済に優先したマクロン政権は、3ヶ月に及ぶロックダウンを行ったが、それは圧倒的多数の国民から支持されていた。

 ポストコロナの時代において、人々の健康や医療と経済成長をどう調和させるのかは、将来の政権の大きな課題になるはずである。同時に、医療制度の改革は簡単ではないだろう。医療関係者は、専門医、救急医療、麻酔の専門医、看護士、看護補助、事務職など、資格に基づくギルド社会でもある。現政権は、昨年の秋、医療関係者の賃金のかなり大幅な引き上げを行ったが、それでも、看護士など待遇は魅力的なものではない。

 とはいえ、医療関係者の待遇改善は、将来の国の財政状況を考慮すると、簡単ではないように思われる。まず、GDPにおける医療関係の支出は、2018年に11.3%とEUの中ではトップクラスである上、人口の高齢化も進んでいる。そのため、医療費は増加し続けることが予想される。医療費は原則社会保険方式(使用者、労働者)ながら、最近では、CGSと言われる税収入の比率が増えている。フランスの税負担率あるいは国民負担率は、EU中で最も高いので、これ以上、税負担や社会保険料を引き上げることに対する抵抗は強い。

 その一方、コロナ危機の結果として、産業の大きな転換や雇用・失業の問題が大きく浮上するものと思われる。フランス企業の国際競争力は一般的に弱くなっているので、今後、企業税や社会保障費の使用者負担が増加すれば、企業活動の低下や生産の海外シフトが進んでしまう。しかし、フランスでは、雇用問題は最後的には国の責任と考える人が多いので、国は産業政策や雇用政策に深入りせざるを得ない。

 国は、いつまでも金融市場からの借金ですべてをまかなうことはできないので、近い将来、ときの政権は健康の確保と経済の再建のどちらかを選択することが必要になる局面が来ると思われる。そのとき、政府あるいはフランス人はどんな選択をするのだろうか? 医療の充実、とくに高齢者の介護を重視するのか、あるいは昔のように、病院制度の合理化を進めるのだろうか? あるいは国立病院の民営化のような革命があるのだろうか?

 ◆ EU統合の促進対保護主義

 フランスの将来を考える上で、一番大きな問題はEUとの関係ではないかと私は思っている。周知のように、フランスはEU創設時からの加盟国であり、地理的にもEUの真ん中に位置し、フランス抜きでのEUは考えにくく、実際、現在のフランスの経済・政治はEU抜きでは考えられない。同時にフランス人の中には、EUやその象徴であるEU基準に反発する人も実に多い。

 フランスは、その昔、農業大国であったこともあり、伝統的に保護主義で自国の産業を守ろうとする習性がある。ドゴールの時代には、国のチャンピオンを出現させるために、経済計画を作成し、半官半民で、大企業を育成した(エアーバス、ルノー、タレス、アレバなど)。その後、大企業の民営化が進み、国が産業政策を指導することは少なくなり、EUの市場統合の流れでこれまで来ている。
 しかし、いったん一定の産業が不振になると、すぐに国に頼り、外国との競争を回避しようとする。極右のマリーヌ・ルペン氏や極左のメランション氏たちは、間違いなく、フランスを統一EU市場がら分離させ、保護主義で国産産業を守ることを目指している。このような反EU派は、多分、積極的なEU支持者を上回ると思われるので、この潮流には絶えず注意する必要がある。

 コロナウィルスは、EUにとって大きな試練だった。この春以来、多くの国で国境閉鎖が続き、シェンゲン協定は停止状態になっている。衛生・健康政策は、EU憲法上、各主権国家の管轄であるので、EUが直接介入することはできなかったが、コロナ危機が深刻だったイタリア、スペインなどでは、EUが何もしないのに不満の声が強かった。同時に、今回のコロナ危機は、EUが目覚ましい革新的な措置を取り、その役割を改めて、多くの人に印象付けた。

 まず、多数の競合する抗コロナワクチンの開発が行われている最中に、EUは、その購買交渉の統一窓口になることに成功し、各国が別々に薬品会社と交渉することを禁止した。その結果、フェイザーやモデルナのワクチンの相当量を確保し、12月末から各国に配り、ワクチンの接種が各国で進んでいる(日本はいつ?)。もしも、EUの介入がなければ、富める国(ドイツ)がほぼ独占していたと思われるので、EUがワクチン購買の窓口になったことは、EUにとっては、大きなヒットであった。

 次に、EUが750 Billion ユーロに上る共同の経済再建計画を結ぶことに成功したことが大きい。財政規律を重視する北ヨーロッパ諸国とコロナ禍に直面した南ヨーロッパの対立だったが、ドイツが共同出資に賛成したことで、ようやく協定締結につながった。

 では、ワクチンが効果を発揮し、普段の生活が戻ってきたとき、フランスとEUとの関係はどうなるのだろうか? フランスの国内にもEU内にも、多くの困難や障害が存在する。
 まず、フランス国内では、やはり政治情勢が気になる。2022年に大統領選挙が行われるが、誰が大統領に選ばれるかで、フランスのスタンスがかなり変わることが予想される。現在のところ、有力候補と思われているのは、マクロン大統領と極右のルペン女史だが、2017年のように突然、新しい候補が出現する可能性もある。ルペン氏が万が一大統領に選ばれれば、フランスとEUとの関係はギグシャックしたものになるのは間違いない。たとえ、マクロン大統領が再選されたとしても、国民議会で絶対多数を獲得することは難しく、一種の連立内閣となり、対ヨーロッパで思い切った発言をすることは困難となる。

 また、フランス企業は、政府の財政支援でかろうじて、崩壊や大量失業を避けてきたが、平常な経済に戻ったとき、果たしてフランス企業の国際競争力はどうなっているのだろうか? 保護主義なしにフランス企業や雇用を守ることは可能だろうか? EUの統一市場は、各国の保護主義を克服する手段だったが、コロナ後、経済再建が軌道に乗らない場合には、保護主義の亡霊がフランスや各国で現れるかもしれない。フランスでは、2018年の黄色のベスト集団や2019年の年金改革反対デモやストで、市場開放に反対する人たちの勢力が侮れないことが示された。

 その一方、EU内の情勢も不安材料が多い。まず、平時になると、一旦停止されているEUの財政規律が議論されると思われる。ドイツや北欧諸国には、南部諸国は放漫財政を続けていて自助の努力をしないという批判があるので、EUの財政規律を今後どうするのかは、大変に深刻な問題となる。それに絡み、心配なのは、各国でポピュリスムが進行することだろう。ドイツ、オランダ、イタリアなど主要国で、ポピュリストの政党が大きな発言を持つような事態になると、EUは大きな危機に陥ると思われる。

 もし、そのような悪い変化がなければ、EUの統一市場はそれなり進むと思われる。ただし、英国が去り、EU市場のパイは小さくなっている。巨大なアメリカや中国と比べると、EUの成長力は限られる。やはり、何か大きな共通目標がないとEUの活力は失われてしまう。1980年代から1990年代にかけて、社会的ヨーロッパなどを目指したEUはどこに行ってしまったのだろうか?
  (2021年1月14日、パリ郊外にて)

 (早稲田大学名誉教授、パリ在住)

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