【コラム】宗教・民族から見た同時代世界

ミャンマーの震災復興に宗教施設の復旧が欠かせないわけ

荒木 重雄

 3月末、ミャンマー中部を襲ったマグニチュード7.7の地震を巡って、軍事政権は、死者3700人余り、負傷者5000人以上、損壊家屋約1万戸と発表している。しかし、軍事政権が実効支配する地域は限られ、しかも、震源に近いザガイン地方は、クーデター後、民主派武装組織と国軍が激しい戦闘を繰り返している地域で、被害の全容は明らかでなく、おそらく全国での犠牲者は1万人に届くだろうと推察されている。

 雨季を迎え、生活基盤を失った住民の苦境は並大抵のことではないが、寺院など宗教施設の損壊が、その苦境にさらに追い打ちをかけていると、現地ではいわれている。それは、寺は、住民にとって、たんなる礼拝の場所ではなく、心の拠りどころであり、医薬品の配布や高齢者の介護などの役割ももつ、コミュニティーの中心だからである。

 小欄では、この視点から、ミャンマーの仏教に目を向けてみよう。

◆出家者と在家者の二重構造

 ミャンマー、タイ、ラオス、カンボジアなど東南アジアの仏教は、「上座部仏教」とよばれる、インドで古くはじまる、釈迦直伝を基盤とする仏教である。その特徴は、解脱を求めて修行に専念する出家者と、それを包む在家の一般大衆という、二重構造で成り立っていることである。

 人間は、なぜ苦しみから逃れることができないのか。それは、「無知」、すなわち、万物は縁起によってうつろう無常なものと存在の本質を認識し、執着を絶つ「知」をもたないからである。ならばその「知」、苦の止滅をもたらす叡智は、いかにして獲得できるのか。それは、戒に従った清浄な生活を送り、精神を統一し、透徹した眼で実存のあるがままを観照することによって可能となる。これが、釈迦が説いた仏教、すなわち「自己救済」の道である。

 この、持戒の生活と、精神統一の修行は、しかし、いかに固い意志をもとうと、汚濁と煩いに満ちた世俗の生活にあっては貫くことがむずかしい。ならば、一切の世俗のかかわりを捨て「家を出て」、もっぱら自己を磨き解脱への修行に専念する道を歩めばよい。そう勧めたのも釈迦であった。こうしてうまれた出家者たちは、修行を効果的におこなううえで互いの便利となる仕組みとして、宗教的生活共同体・サンガ(教団、僧院)を創りだした。

 しかし、こうして生産から離脱した集団は、生存じたいを他に委ねなければならない。そこで、その役割を担ったのが、一般の人々、すなわち在家社会である。

◆寺や僧との接触が心の支え

 出家者を支える在家の人たちの行為を動機づけるのは、パーリ語でいうクドー(善行、功徳。功徳の語源はこのパーリ語)の観念である。善行をなせば善果を得、悪行をなせば悪果を得る。善行と悪行のバランスシート(差し引き計算)で人生は決まる。この善果をもたらす因子がクドーである。現在の暮らしの幸・不幸は前世に積んだクドーの量の結果であり、来世に訪れる運命は、前世と現世で積んだクドーの総量で決まる。

 そのため、人々は、折に触れ、クドーを積むことを心がける。クドーを積む方法には、豪壮華麗な寺院を建立したり広大な土地を寄進することから、村の祠堂の修繕に少額の寄付をよせたり労力を提供することまで、さまざまあるが、庶民にもっとも一般的な方法は、毎朝、托鉢にくる僧たちに食物を捧げることである。ミャンマーやタイの街角や村の辻で展開される馴染みの光景はこうして出現する。

 この際、供養を受けた僧が礼を言うことはない。感謝するのは、供養して功徳を積む機会を与えられた俗人のほうである。一方、僧には、よほどのことがないかぎり、世俗の人たちからの寄進、喜捨を受け取る義務がある。

 月に4日の斎日や「カティナ衣会」など仏教の行事日に、寺を訪れ、戒を授かったり、法話を聴くのも、クドーである。法事ののち、僧に食事を供したり、僧衣や傘、草履など日用品を寄進するのも、庶民がクドーを積む手頃な方法である。

 こうした寺や僧との普段からの付き合いは、いつしか、俗世の人たちに、クドーのバランスシートという功利性を超えて、心の安らぎ、生きるよすが、アイデンティティーと化す。
 かくして、ミャンマーなど上座部仏教圏の人たちには、仏の教えを説いてくれる僧侶と長く合わないでいるのは、身の不幸と、不安に感じられるようになるといわれる。

 それだけではない。ミャンマーで僧は、在家者にとって、伝統医術に通じた「医師」であり、種々な悩みごとの「相談役」であり、争いごとあれば「調停者」となり、また、冠婚葬祭や吉事・凶事に霊力あるパリッタ(護呪)を唱え、聖紐で結界を結んで、安心安全をもたらしてくれる、なくてはならない存在である。

 そうしたコミュニティーの基軸となる機能をもつ宗教施設が、地震で損なわれたことは、地域の復旧、復興にとって、ことのほか大きな影響をもつとされるのである。

◆被災は古都マンダレーでも

 上は、地域社会に密着した各地の寺でのことだが、震源地に近い古都マンダレーの著名な寺院にも、震災の傷跡は大きい。地震で仏塔の頂上が倒壊する映像がネットに投稿されて人々の耳目を集めたシュエサーヤン・パゴダは、千年前に建てられた国宝級の寺院である。何百人もの僧、尼僧が学ぶ、ニュー・マソーエイン僧院やサキャディタ・ティラシン尼僧院、ユネスコの世界遺産暫定リストに掲載のメ・ヌ・ブリック僧院などの損壊は、地元のみならず、国の内外に及ぶ仏教徒のネットワークに痛みをもたらした。
 そして、これらの寺院の復旧の歩みには、内戦の混乱が、影を落としている。

(2025.5.20)
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