【オルタ広場の視点】

リニアプロジェク卜の前途を問う
―― 成否を決める中間評価の重要性 ――

橋山 禮治郎

はじめに

 2007年、JR東海(株)(以下、同社とする)が自社でリニア鉄道を中央新幹線ルート(東京・大阪間)に建設する計画を発表して12年近くなる。詳細は後述するが、リニア鉄道は現在の新幹線鉄道と比較すると、計画目的、採択技術、走行方式、工期、建設工事的、需要見通し、環境影響等の点であまりにも違いが大きい。そればかりか、今後数十年にわたって大幅な人口減少が確実視され、あるいは各地で発生している住民の反対や予期しない地盤変動等により工期の延長が避け難い等を考えれば、計画通りの工事の進捗及び経営採算の確保はかなり厳しいと思われる。

 こうした観点から最も重要なことは、同社及び政府が現時点で冷静に中間評価をすることである。同社は建設中の支払い金利を含めて、10兆円超(原発20基分に相当)の巨額な投資負担を要する。同社が投資額を自ら負担し、世界唯一の超高速鉄道を2037年頃までに計画通り実現できるかが問われている。そして実現したあかつきに国民生活、地域社会、将来の国の在り方に有益な役割を果たし、間違いなく事業として成功するか、という視点も欠かせない。本件リニアプロジェクトは技術的にも投資規模においても、世界中で先例なき革新的事業だからである。

 筆者も技術の進歩の重要性は十分理解するが、過去の歴史が示すように、新技術プロジェクトが全て成功しているわけではない。超音速機コンコルドは有名だが、わが国を見ても、高速増殖炉もんじゅ、熱核融合炉等がそれを示している。失敗を回避し成功を期すために求められるのは、過去の失敗事例から知見を学ぶことである。しかし超電導磁気浮上式鉄道には先例がない。
 1960年代以降、日本と同様にリニア技術に関心を持ったのは、米国とドイツの2国だけである。米国連邦議会は70年代半ばに、僅か2年間で研究開発を中止した。また常電導磁気浮上式鉄道の開発を企図したドイツでも、連邦議会は慎重に検討した結果、ベルリン・ハンブルグ間の実施計画を2004年に中止させた。その理由として、①在来鉄道や周辺国を結ぶ国際列車等との相互乗り入れができず著しく利便性に欠ける、②多くの需要が見込めず投資回収が困縦である、③建設工事費が高過ぎる、④技術的代替案がない、⑤沿線の環境破壊が避けられない、等が指摘された。わが国の投資環境もこれと殆ど違いがないにもかかわらず、審議会では実質的な議論は全くなく、「いいじゃないか」で無責任に政策決定された。

 筆者は20世紀半ば以降、国内や海外において計画または実施されてきた多くの戦略的、大規模かつ革新的なプロジェク卜の計画の開発目的・進め方の妥当性評価、技術評価、成否の決定要因分析、総合評価等に関わってきた。本稿では、本件観点から、このプロジェクトに内在している基本的かつ重要な問題点を指摘し、提言を試みたい。

1.リニア計画の基本的性格と政府審議会の在り方について

 本件整備計画は、民間企業JR東海が自主的に計画し自社の責任で実施・完成することを前提としている。国交大臣は、本計画の認可の可否についての検討と評価を交通政策審議会に「中央新幹線について」として諮問し、政府は同審議会の答申を受けて、2011年5月認可したが、認可までの行政判断過程に、看過できない疑問点がある。

 第一に、交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会(委員長:家田仁)の発足に先だち、同社が国交省に「計画書はリニア新幹線方式で提出していいか」と打診し、同省は書面により、鉄道局担当課長名で同社の意向を認めたことである。こうした行政判断が法的に是認されるだろうか。

 第二に、諮問内容の審議に関する疑義である。諮問は、ルート選定と共に、全国新幹線鉄道整備法(1970年5月制定。以下、全幹法)に明記されている新幹線鉄道と、それとは目的や走行方式等が全く異なる超電導磁気浮上式鉄道のいずれにするかの判断を求めた。諮問を受けた小委員会は20回開催(うち2回は非公開)されたが、公開の審議会では、両者の比較検討及び評価が全く行われなかった。「中央新幹線について」諮問を受けた審議会が、冒頭から専らリニア鉄道を対象に審議する委員会に変貌した点である。
 この点につき委員長からの説明は全くなく、事務当局から「わが国の新幹線は、安全性、信頼性、省エネ性、速達性、ネットワーク性、定時性、建設費用等の点では優れているが、リニアの方が高速性の点で優れているので、リニアが適当である」という一枚の資料が配布されたのみである。この文書は国民を愚弄した歴史に残る迷文であり、国民に対する説明責任を果たした公文書にも値しない。

 また審議会の最終答申前に国民の声を聞くべく行われたパブリックコメントの集計結果の73%がリニア計画に否定的だったが、委員長は「考慮する必要はない」と無視し、審議会総会も開かず、審議会会長の否定的見解も無視し、直ちに担当大臣に答申した。JR東海以外のJR旅客5社は意見を求められなかったが、全社がリニア計画に否定的だった。
 筆者の審議会委員の経験からも、これ程無責任で独善的な審議会は知らない。わが国で戦後最大規模かつ巨額な財政資金が投入される交通インフラ計画にもかかわらず、閣議決定も国会承認も経ずに、大臣の一存で進めてきた。なお、全幹法では「リニア鉄道」は「新幹線鉄道」と認められていない。鉄道事業法施行規則を改正して「浮上式鉄道」を追加したこととの関係でも、両者の比較、さらに閣議決定等の必要性が認められる。

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2.全幹法とリニア計画との関係について

 前述のとおり、全幹法による新幹線鉄道と、超電導磁気浮上式鉄道は全く別の交通機関であり、リニア中央新幹線なる俗称は排除されるべきである。新幹線とリニア式鉄道を、主要項目ごとに対比したのが<表1>であるが、リニア式鉄道が、全幹法に該当する鉄道でないことは明らかである。全幹法は新幹線の目的として ①全国に新幹線網の整備、②主要都市間の有機的・効率的な連結、③地域の振興、の3点を掲げている。これに対して同社は、リニア鉄道の目的として、緊急時の代替輸送とともに、東京・大阪間の旅客輸送力の不足の解消、リニア方式による超高速鉄道の実現、の3点を掲げてきた。同社の主張するこれらの目的は何れも的外れで、国民が理解できる目的になっていない。

 即ち東京・大阪間の東海道新幹線の座席利用率は依然60%台で推移しており、年末年始を除けば余力は十分ある。また大型の地震や津波等で東海道新幹線が非常事態に陥った場合に求められるのは、旅客輸送ではなく、分断された地域間の物資輸送である。東京・大阪間の高速輸送を目的とするリニアに、その代替機能は期待できない。さらに時速500kmの高速性の魅力はあるが、車窓も楽しめない鉄道を、どれだけの国民が、何のために必要とするだろうか。驚くことに、世論調査や人口減少を想定した需要予測さえしていない。国民の意識調査として唯一実施された調査<表2>を見ても、新規需要の顕在化は到底期待できない。

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3.民間プロジェクトか

 本件リニア鉄道計画の性格の曖昧さが、この計画の本質的な問題点を表している。リニア鉄道が国のプロジェク卜か、民間プロジェクトかという問題である。政府は当初から「民間企業のやる事業だから指示や介入はしない。資金が不足したら、会社自身が工期を伸ばせばいい」と公言してきた。またJR東海も、自主プロジェクトであり、政府の介入はお断わりだと主張してきた。
 ところが、事業主体たるJR東海は、認可5年後の2016年11月に、突如国からの財投資金3兆円を、鉄道建設支援機構経由で受け入れた。計画当初から国の資金援助は拒否すると明言してきた同社が、融資を受けた理由は必ずしも明らかでない。しかし、工事費総額の3分の1に相当する巨額な財投資金を、同社限定でかつ破格の優遇条件で受け入れたことは、「自主プロジェクト」の公約を自ら放棄したことを意味することは明白である。

 このような大規般財政投融資の受入にあたり、国交省は鉄道事業法に基づく計画変更手続を求める必要がある。同社が計画変更書を政府に提出したか。政府は大幅な経営計画の変更を認可したのかを明確にしていない。巨額の財政融資を必要としたのは、政府、JR東海のいずれか明らかにされていない。いずれにしても国家財政の投入という重大な計画変更によって、同社の公共的責任と政府の行政責任が一段と重くなったことは明らかである。
 2045年全線開通予定を8年繰り上げるための措置として財政融資資金の貸し付けを可能とする法改正まで行ったが、現状で判断する限り、大幅な工期短縮は実現しておらず、逆に全線開通の更なる遅延さえ懸念されている。

 事業内容や外部に与える影響を考えれば、本件プロジェク卜は純民間ではなく、準国策公共プロジェク卜と位置づけられるべきであり、政府の責任も明確化されるべきである。即ち本件プロジェクトには、建設工事中・開業後を問わず、福島原発に準ずる大事故の発生、リニア計画が完成できないこと、又は開業後の経営実績が想定以上に低迷する等の重大なリスクがある。このようなリスクが顕在化した場合の国の対処の仕方は、JR東海のみならず、他のJR6社を始め現在および将来の国民と地域社会に、決定的な影響を与えることは必至である。

4.リニアプロジェクトは成功するか

 筆者の経験と知見によれば、大規模で革新的なプロジェクトを成功させるには、多くの国民が納得できる目的の存在と、それを実現させる必要条件の確保が不可欠である。平易に言えば、何のために、誰が、何時、何処で、何を、どの様に造るかの5W1H原則である。この基本原則に沿ってリニアプロジェクトについて、その関係を定式化したのが次式である。

 成功推計式=目的妥当性×実現手段の妥当性
 (実現手段=技術信頼性×経済性×環境配慮性)

 本件プロジェクトの成功可能性を推計するために、その目的と手段について検討してみよう。まず、JR東海の掲げる「超高速鉄道の実現」は手段の目的化である。何のために時速500kmの鉄道が必要なのか、プロジェクトの核心的目的を曖昧なままに、同社は工事を進めている。当初掲げた目的が的外れだったので苦し紛れだろうか、これに代えて主張し始めたのが、東京・大阪間のリニア開通による「人口6,500万人の世界有数のメガリージョン(巨大都市圏)の出現」、「東京一極集中の防止」、「名古屋から東京へのリニア通勤の急増」等である。これらの根拠は示されていない。これを先導してきたのが、同社を中心とした、これまでわが国の国土開発計画、交通インフラ投資等に関わってきた学者、沿線自治体首長、政治家、行政担当者、コンサルタン卜会社等である。

 工事着工の進捗状況を検証しても、各地で訴訟、調停申請、不服審査請求が提起され、あるいは大深度地下利用や残土処理をめぐって、予想を上回る困難な事態に直面している。沿線開発を無視した計画だけに、地域活性化効果もわずかしか期待されない。

5.リニア計画を評価す

 これまで本件リニア鉄道計画の目的について私見を述べてきたが、改めて当プロジェクトの全体像と実現手段の妥当性、計画自体に内在している特質と問題点を検討し、当初計画の実現可能性と成功への必要条件について評価してみたい。
 本件プロジェクトの特異性として、次の諸点が挙げられる。①先例なき革新的技術として開発してきた超電導磁気浮上走行技術に対するJR東海の強い実用化意欲、②巨額な工事費負担、③長い建設工事期間、③全線の86%が地下トンネル走行、⑤超高速性、⑥懸念される電磁波・電力問題、⑦リニア鉄道と新幹線網との非ネッ卜ワーク性、⑧非常時の救済策、⑨曖昧な需要見通し、⑬経営収支の不確実性、⑪地域振興への懸念等である。

 これらの特異性は一見相互に無関係のように思われるが、そうではない。実はその殆どが、前掲の推計式が示す、技術、経済、そして環境に関するものに集約されるだけでなく、その何れも超電導磁気浮上走行技術の採択に起因しているという点である。従って本件プロジェクトの成功・失敗は、目的妥当性と実現手段の妥当性のレベル如何によって決定すると言っても過言ではない。逆に言えば計画目的、技術信頼性、経済性、環境配慮性の何れかが低レベルである場合は、プロジェクトの成功はまず望めない。参考までに私自身が行ったプロジェクト評価では、成功例としては東海道新幹線、黒四ダム、名神・東名高速道路、東京駅舎改修、東京ディズニーランド、失敗例としては前述したコンコルド、チェルノプイリ原発、高速増殖炉(日、仏)、熱核融合炉、原子力船むつ、むつ小川原工業基地開発、福島原発、東京湾横断道路、宮崎フェニックスリゾー卜等が挙げられる。

 こうした観点から本件リニア計画を客観的に事前評価すれば、概ね下記のようになろう。

●目的妥当性:政府による超高速リニアへの盲目的評価の危険性、目的の曖昧さと独善性、プロジェクト実施の非適時性、代替案の検討・計画修正能力の欠如、見込めない海外輸出。

●技術信頼性:品川・大阪間の時間短縮の可能性(プラス効果)、市場的判断を欠いたリニア技術偏重、ドイツのリニア事例からの学習・知見の不足、リニア専門技術者の不足、東名間286kmの86%の大深度を含む地下や厳しい山岳部を貫通するトンネル大土木工事の安全性、大量の土砂搬出、山岳部のトンネル工事による水資源異変、緊急時の救済リスク、電磁波防護技術の信頼性、新幹線との非ネットワーク性、テロ対策、見えないリニア技術の将来性等、解決困雛な諸問題が存在している。

●経済性:建設単価が新幹線の2-3倍を要する巨額な建設工事費、大量の電力消費、途中新駅のみならず、名古屋駅での乗り換え旅客数は多くを期待できず、全線開通後も総需要は現状を大きく上回ることはないと思われる。(理由:人口減少、高齢化、経済産業活動の低下、地方の衰退、国会財政の劣化等)。従ってリニアの全線開通後の移動需要も厳しいと予想される。もう一つJR東海にとっての死活的問題は、リニア収支の持続的確保であるが、高いリニアの建設・運営コストを大幅に低減させる選択肢は、ここまで来た以上、殆ど残されていない。なお、これに該当しないが、リニアの対米輸出などは幻想にすぎず、早期に断念すべきであろう。いずれにせよ、リニア関係者にはこのプロジェクトの前途に今後どう向き合うか問われており、最後に筆者の考えも述べてみたい。

●環境配慮性:大深度地下掘削工事やわが国有数の山岳地域のトンネル工事による自然環境破壊(水、土砂、騒音、岩盤崩落、景観破壊、振動、騒音、電磁波等の問題)がすでに各地で起こっているが、環境は国民全員のものであり、一度破壊され失われたものは永久に戻すことはできない。それ故に地域独占を認められプロジェクトを進める立場にある同社には「自社の、自社による、自社のため」のプロジェク卜であるという意識だけに走らず、専門家や沿線住民の意見も十分尊重して相互理解を深める姿勢が強く求められる。また、同社は電源について原発を前提にするが、すでに原発への依存は困難である。
 その他、特記すべき技術的事項として、テロ対策がある。

6.今何をすべきか――筆者からの提言

 筆者は約半世紀に亘り、鉄道、道路、空港、原子力関連施設、首都移転、都市づくり、LRT等の都市交通、自動車産業、環境保全など広範な分野に亘り多くのプロジェクトの調査、分析、評価等に関わってきた。その経験からすると、いかなる交通機関、インフラ施設であろうと、必ず長所と短所がある。長所が大きければ国民がその成果を喜んで受け入れ、事業としても成功する事例が多い。他方で、完成までの工期が長い場合は、その間に投資環境に大きな変化が起こるリスクが高<、計画当初にその成否を予測することは容易でない。

 本件の場合、計画認可にあたって、人口減少、東京一極集中、経済成長力の低下、地方の衰退、更なる高齢化等が、評価の前提とされなければならなかったが、実際にはこれらを殆ど無視した巨大投資プロジェクトとして認可された。今こそこれらの、この与件を基に、路線特性や国民にとっての必要性等を十分考慮しながら、プロジェクトのリスクをどれだけ低減できるかが決定的に重要である。
 本件プロジェクトは、前述のように、計画の目的の曖昧性、実現に必要な中核的手段である超電導磁気浮上式が世界で未だに実用化されていないこと、人口減少や路線特性、更には国民にとっての必要性等から楽観的な収益確保は期待できない。かかる観点からすれば、本計画が成功する確率はかなり低いと想定せざるを得ない。リニア計画が現在のまま進められるならば、失敗する可能性もあり得ることが懸念される。現に同社首脳が2013年9月の時点、で「リニア事業の赤字経営は必至である」と言及した。にも拘わらず、政府も株主もこれを唯々傍観し統けたのは理解し難い。この大規模で革新的な事業が失敗することがあってはならない。

 こうした懸念から、筆者は同社並びに監督官庁である国土交通省に対し、下記の点を強く提言したい。上述のように、供給面と需要面で厳しい状況が広がりつつある現時点で成すべきことは、今こそ一時立ち止まってリニアプロジェクト全般に亘り、計画の中間評価を徹底的に行うことである。
 筆者は意図的にプロジェク卜の将来を悲観しているわけではない。計画の中間評価は事業当事者にとって厳しい作業だが、建設が危機的状況だったにもかかわらず、中間評価(事業計画の再検討)の実施により何とか失敗を回避した事例もある。その貴重なケースが成田国際空港である。空港計画は当初の用地選定の段階から難問続出で失敗必至だった。事態打開のために、国、自治体、地元住民、学識経験者および空港公団間で率直な意見交換の場が設けられて合意がなされた結果、当初計画の一部変更も含め工事が軌道に乗り、ようやく開港に成功した事例である。
 英仏海峡トンネル計画も甘い判断からユーロトンネル会社は破綻したが、その後大胆な計画変更で立ち直り、現在安定した業績を上げている。歴史や過去の失敗事例から知見を学ぶことこそが成功への道である。

 前掲の失敗プロジェク卜はいずれも中間評価を怠ったケースである。失敗例の中でも、わが国の歴史で最も無謀で愚かな大失敗プロジェクトを挙げれば、言うまでもな<、それは、320万人の国民の命を犠牲にした「太平洋戦争」である。そこには正しい目的、最適な手段・進め方、そして自らが置かれた状況に対する冷静な中間評価があっただろうか。

 ここでもう一度、国交省と審議会の判断に戻ってみよう。国交省は「新幹線よりリニアの方が適当である」と公言し、同社の望むリニアを支援してきた。他方、同社がリニア計画で求めている究極の目的は、現在も将来も「超高速鉄道の実現」である。しかしこの半世紀を振り返れば、わが国で最も成功したプロジェクトは東海道新幹線である、と評価している国民が圧倒的に多い。開業以来55年間も車両事故ゼロの新幹線の実績をさて置いても、リニアの方が技術的にも経済的にも環境的にも優れていると評価できる根拠はどこにあるだろうか。十分実証されていない新技術に安易に走らず、経験工学で得た検証済み技術の改善改良で造り上げたわが国の誇りうる新幹線を、東京・大阪間で運営している当事者は誰だろうか。他ならぬJR東海ではないか。

 これまで国内外を問わず、成功を確信して挑戦した大規模かつ新技術指向の巨額投資プロジェク卜は少なくない。本計画も同様であるが、沿線住民の利便性や自然破壊を無視し、その他の環境負荷も著しく、殆どをトンネル走行で景色も楽しめず、安全性に不安を持たせる超高速車両である限り、多くの旅客需要は見込めないだろう。JR東海自らが赤字経営の可能性を認めるリニア鉄道を、今のまま進めてよいのだろうか。

 参考になるのは、冒頭に述べたドイツの事例である。連邦議会は、磁気浮上方式鉄道基本法と同需要法を制定し、各分野の専門家からなる科学技術等検討委員会を設け、その計画目的と、意義、有用性、経済性(需要、建設費)、環境への影響、輸出可能性等を検討し、計画中止を決定した。この判断に至るまでの政策決定プロセスがいかに冷静かつ総合的に行われたかを、我々は謙虚に学ぶべきである。わが国においても、こうした実質的な検証と再評価によって最善の方策を模索していくことが、形骸化した審議会答申より遥かに有益ではないだろうか。
 ただし問題は、わが国では既に沿線各地で工事が進捗中であるため、現計画の再評価、計画変更、広範な中間評価等に割く時間が制約されていることである。しかしそれを口実に冷静な計画再点検が実施されないならば、プロジェク卜のリスクは増大し、開業後の安全性、信頼性、採算性、環境保全性等に問題が続出するのは必定である。

 「実践なき理念は空疎であるが、理念なき実践は危険である」とは有名な英国哲学者T.ホップスの言である。リニアプロジェクトがそのような最悪の事態に突入しないためにも、今こそ司法当局には同社と政府(国交省)の双方に対し自己組織内における冷静な中間評価の早期実施を促し、これと並行して国会の中に「リニア計画中間評価検証委員会」を設け、リニア計画の問題点と今後の進め方等について徹底した審議を行うことを提言する。なぜならば、これ程大規模で巨額のインフラプロジェクトであるにもかかわらず、その目的が何か、責任はどこにあるか、環境破壊はないか、事業は確実に完成するか、その効果がどのような形で国民と将来社会に及ぶか、経営事業の持続性が確実に期待できるか等について、かなりの不確実性が残されているからである。

 (はしやま れいじろう/アラパマ大学名誉教授)

<参考文献>
1)橋山禮治郎(2000)「公共的プロジェクトの成否と政策評価」、『運輸政策研究』3巻3号
2) 同 (2008)「リニア中央新幹線の実現可能性に関する事前評価」、日本経済政策学会
3) 同 (2011)『必要か、リニア新幹線』岩波書店
4) 同 (2012)「巨大科学技術プロジェクトはなぜ失敗するのか」、『世界』岩波書店
5) 同 (2016)「リニア計画の意義、リスク、残された選択」、『日本の科学者』9月号
6)西川榮一(2016)『リニア中火新幹線に未来はあるか』自治体研究社
7)国土交通省(2010-2011)「交通政策審議会鉄道部会中央新幹線小委員会資料」

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