【コラム】八十路の影法師

ローマ字あれこれ

竹本 泰則

 インターネット上のニュースで、文化審議会が「改定ローマ字のつづり方」を文部科学大臣に答申したことが報じられていた(答申は令和7年8月20日付)。何ゆえに今ごろローマ字なのか、にわかには合点がいかなかった。
 覗いてみると、ローマ字のつづり方について、70年にもわたって規範としてきた「訓令式」を捨てて、英語の発音に対応した「ヘボン式」を採用すべきという提言らしい。
 このことで、あらためて思いいたるのは、普段目にする日本語文に使われている文字の種類の多さだ。漢字、かな(ひらがな・カタカナ)、算用数字(アラビア数字)、ローマ字と実に盛沢山。世界中でこんな例はあろうとも思えない。
 これらの文字種の中で、戦後、使われる割合が拡大したのはカタカナとローマ字だろう。逆に、しぼんできているのは漢字のように思える。
 コンピュータのキーボードもローマ字だらけ(アルファベット、英語)。旅券の氏名もローマ字だし、お札には「NIPPON GINKO」とある。家庭で使う電器製品などもメーカー名、ロゴなどにローマ字が使われている。
 
 自前の文字をもたなかった日本人はよその国・民族の文字を取り入れ続けてきた。
 古代中国で誕生した漢字がわが国で本格的に使用され始めたのは4世紀末から5世紀初頭といわれているので、1600年くらいの歴史があることになる。漢字から派生したかなが考え出されて定着・普及したのは平安末期だろうか。であれば、千年くらいの歴史になる。アラビア数字が日本に伝わったのは、幕末から明治初期にかけてのころらしい。歴史としては200年程度である。
 ローマ字はどうだろう。
 日本人がローマ字に初めて接したのはキリスト教伝来のときだろう。そのころに日本語をローマ字で表記した人たちといえば、日本語を学ぶ必要があった外人宣教師に限られていたにちがいない。
 鎖国時代の18世紀においても、わが国はオランダとはつながりをもっていたので、オランダ式ローマ字が蘭学者などといった限られた範囲で使われていたらしい。ただ、いつの世でも珍しいものを好む人はいるもので、国立歴史民俗博物館のインターネット上のページを開くと島津斉彬がローマ字でつづった日記を見ることができる。
 ローマ字は明治維新のころから漢字廃止の動きに呼応して盛んにとり上げられている。ところがその表記をめぐっては、早いうちから二つの流れがあって両者間に長い対立が続いている。
 初期は日本初の和英辞典である『和英語林集成』(1867年初版。ジェームス・カーティス・ヘボン著)から生まれた「ヘボン式」が広く普及していた。山川健次郎ら海外留学経験のある東大教授らが中心となって明治17年(1884年)に発足した「羅馬学会」は、英語の発音に準拠したヘボン式ローマ字による表記を推進していた。
 これに対して、地球物理学の学者である田中舘 愛橘(たなかだて あいきつ、1856 - 1952)は、五十音図に基づいて考案した「日本式ローマ字」を提唱してヘボン式に反対する。これが1885年のこと。両派の対立はこのとき以降。大正時代には文部省、外務省などがヘボン式を、陸海軍、逓信省などは日本式をそれぞれ支持していたという。
 政府はつづり方の統一を目指して臨時ローマ字調査会を組織し6年間の議論の末、1937年に日本式を基礎にしてヘボン式を多少取り入れたつづり方を、内閣訓令(第3号)をもって公布した。これが「訓令式」と呼ばれるつづり方。
 敗戦に伴いわが国は連合軍による占領統治の時代となる。司令官マッカーサーは日本政府に民主化に向けた5つの改革を要求したが、その中には教育の自由化があった。
 専門的な知見を得るために、GHQは米国に教育使節団の派遣を要請する。来日した使節団は第一次の視察後、その報告書の中で日本語の表記文字に関しても提案をしている。
 そこでは、漢字は廃止されるべきであり、代わる文字としては、かなよりも優れるとしてローマ字を提案している。つづり方の形式までは限定しなかったようだ。
 同使節団の提案は、男女共学、6・3・3制などの学制改革など多くが実現したが、国字のローマ字化は実現しなかった。しかし、学校におけるローマ字教育が実施されることになった。
 当初、ローマ字のつづり方の方式は各学校で選択するとなっていたが、その後訓令式が「よりどころ」とされ、現在まで訓令式が広く採用されてきた。
 しかし、このつづり方は学校教育を除いた社会生活の場においてはあまり普及しているとは思えない。
 
 蛇足ながら、ヘボン式と訓令式のつづり方の主な違いをみると、以下のようになる(⇔の前がヘボン式、後が訓令式)。
 し・・・shi⇔si、ち・・・chi⇔ti、ふ・・・fu⇔hu、ぢ・・・ji⇔zi、
 あっち・・・atchi⇔atti
 長音・・・母音字の上に横棒(マクロン)⇔山形の記号(サーカムフレックス)
 
 ローマ字教育は1947(昭和22)年4月に始まっている。1944年生まれの筆者は小学校、中学校でローマ字を教わったはず。しかし、どのような授業内容であったかはとんと記憶にない。それでも氏名をローマ字でつづることはできるし、パソコンはローマ字入力で使っている。つまりローマ字を使って日本語を表すことに不自由はしていない。しかしローマ字に関してはわからないことが多い。
 JR各社は駅名標にヘボン式を採用しているように思える。東京はTōkyō、大分はŌitaと表記している。ところが山手線の新駅、高輪ゲートウェイ駅の表記はTakanawa Gatewayだ。ローマ字に変えるのは日本語部分だけということらしい。
 一方で高速道路の案内標識はTokyo、Oitaといった表記になっている。こちらはローマ字表記なのか英語をもってきているのかわからない。
 プロ野球などのユニフォームには選手名が書かれている。選手時代の王貞治氏の背中にはOHという文字があった。高校時代の旧友に「大江」を姓とする人がおり、彼はみずからOheと表記していた。仲間は「おへ」と読んで笑った。これらは何式なのだろう。
 新聞やテレビのテロップなどにAIという文字が頻出する。ほかにNATOといった類もあるが、これらはローマ字ということになるのだろうか……。
 
 今更嘆いてもしようがないことながら、現代の日本語表記は多種の文字が入り混じっている上、英語などの他国言語をそのままに取り入れるなど雑然としている。なんとも奇異な現象といえるが、それを使いこなしている日本人の頭脳(あたま)も大したものと感心する。

(2025.9.20)
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