■【コラム】フォーカス:インド・南アジア(43)

三菱マヒンドラ農機解散が映すもの

―日印ビジネス幻想と「選ばれない日本」、誰のための日印関係か
福永 正明

第1章 マヒンドラ撤退と日本農業の構造問題
 2026年3月、三菱マヒンドラ農機(本社:島根県松江市東出雲町)が農業機械事業から撤退し、9月末メドの会社解散が発表された。コロナ禍後に市場が縮小して国内外の売り上げ業績が悪化、23・24年と赤字が続き、25年3月期も売上高は約380億円にとどまり、赤字となった。
 前身企業から百年以上の歴史を持つ農機メーカーが、グループ約970人の雇用とともに姿を消す事実は、農業が直面する危機を象徴する。三菱マヒンドラ農機の前身企業は1914年の創業以来、戦後の農業機械化を支えた。だが農業従事者の減少と高齢化、小規模農家の急減、耕作放棄地の増加など、農業を支えた社会基盤が揺らぎ、農機市場も縮小し、スマート農業や環境対応技術への投資負担が増大するなか、中堅メーカーが単独で生き残る条件は厳しかった。
 こうした構造的な国内要因による経営悪化に直面し、同社は2015年にインドのマヒンドラ&マヒンドラ(以下、マヒンドラ)の資本を受け入れた。日本では「日印経済連携」の成功とも評価されたが、その実態は自力再建に苦しむ日本企業が外資に救済を求めたものであった。
 マヒンドラは農機分野で世界最大級の規模を持つほか、自動車、金融、IT、不動産などを展開するインド有数の巨大新興財閥であり、トラクター販売台数では世界上位の企業である。巨大企業の経営においては、投資に見合う収益確保が最優先の判断基準となり、地域への愛着や歴史は考慮されない。市場縮小という日本の構造問題に対し、マヒンドラは不採算事業の継続を選択せず、農機市場の将来成長性に見切りをつけた。つまり、日本社会が農業の将来像を描けない内的限界が、グローバル資本の冷徹な投資評価という外的な論理により裁定された。
 撤退による喪失は企業だけでなく、蓄積された技術、地域雇用、関連協力企業とのネットワークにも及び、影響を受ける協力企業は全国に580社、島根県内54社、取引総額最大336億円、売上の5%以上を三菱マヒンドラに依存する企業27社となる。
 この三菱マヒンドラ農機の解散は、日本が一方的にインドを評価する時代の終焉を意味し、インド企業側もまた投資先として日本を冷静に評価する現実を示している。利益が見込めなければ、いかに歴史ある産業であろうと切り捨てられる。

第2章 日印ビジネス幻想と語られない失敗――労働争議と高度人材交流の現実
 近年、日本では人口世界一(14億7000万人、2025年)、若い労働力、世界5位という国別の国内総生産(GDP)を背景に、「インドは最後の巨大成長市場である」とのフレーズを政府も経済界も掲げ、企業進出や投資を促してきた。しかし、その議論には偏りがあり、成功事例は繰り返し引用される一方、失敗事例は政策形成や企業進出支援に十分反映されていない。
 成功例の筆頭が自動車企業のスズキ株式会社であり、その子会社がインド自動車市場を代表するマルチ・スズキである。スズキは2026年時点でマルチ・スズキ株式の約58.2%を保有し、筆頭株主として経営権を有する。だが、インドでの2025年度の販売台数約176万台、乗用車市場占有率40.6%という成功は、単純な「進出」成果ではない。それは、故・鈴木修元会長自身が明らかにしたように偶然の出会いから始まり、また1980年代のインドは国家プロジェクトとして「国民車構想」が進められていたという背景があり、さらに長年の厳しい経営環境での現地化への努力、販売網や部品産業を育成した結果である。ところが日本では、その複雑な苦難の歴史は省略されることが多く、「インド進出での成功」との神話だけが残る。
 一方、NTTドコモはインド通信市場への進出で巨額損失を計上して撤退し、第一三共によるインド製薬会社ランバクシーの買収も巨額損失に終わった。ここでの問題は、失敗の検証なく忘れ去られ、教訓の共有なく、再び「成長戦略」が語られることである。
 またスズキの事例では明るい側面だけ語られるが、成功を支えた労働の現実は論じられることはない。マルチ・スズキでは2012年、首都ニューデリーに近いハリヤナ州マネサール工場で大規模な労働争議が発生、経営管理職1名が死亡、多数の労働者が逮捕され長期間の刑事裁判が続いた。この労働争議は「成功した日印協力」の背後に、賃金格差、非正規雇用、労働組合活動、労使対立などの現実を示す。
 さらに、ビジネス現場での摩擦や失敗の教訓が共有されないまま、近年の日印首脳会談では「高度人材交流」が協力分野として繰り返し表明されている。具体的には、2025年8月のモディー首相来日時に「日印人材交流イニシアティブ」が発表され、日印双方向で5年間に50万人以上、うちインドから日本へは熟練した人材や将来性のある人材5万人の交流を目指すアクションプランである。2026年7月の高市早苗首相訪印でも、人材交流の拡大は日印関係の将来を支える重要政策とされる。だが、受け入れ側である日本国内の雇用環境や労働をめぐる課題の検証なく、人材の呼び込みだけを謳う議論には根本的な欠陥がある。大企業や政府間協力という華やかな側面だけを楽観的に見ていては、「人の移動」の現場での摩擦を見誤ることになる。

第3章 選ばれない日本――移民労働と暮らしの現実
 ITや先端技術など、特定分野で優れた技能を持つ高度人材の交流には、前提として人材を受け入れる側の社会が魅力的、すなわち「行きたい国である」必要があろう。しかし現在の日本は、円安、賃金停滞、研究環境の相対的低下、外国人への入管行政の管理強化や厳しい社会意識など問題は多い。
 インドの優れた技能を有する人たちは、技術指導・移転、報酬、家族との生活などを基準として、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、シンガポールなどを主進路として選び、日本は第一選択国ではない。すると問われるのは、「日本が選ばれる理由」だが、日印両国政府文書からは答えはない。
 さらなる問題は、日本社会を支える外国人労働者の現実が、日印関係をめぐる議論のなかでほとんど論じられないことである。現在、日本社会を支える外国人労働者の多くは、高度人材ではなく、技能実習制度、特定技能制度などを通じて来日している人びとである。介護、建設、農業、製造業、外食など、日本経済を支える現場では、こうした外国人労働者の存在は不可欠となっている。また、各地の「インド・ネパール料理店」の多くも、高度人材ではなく、南アジアから来日した移民労働者が支える。しかし、彼らを取り巻く環境は、円安による送金価値の低下、在留制度の厳格化、入管申請費用負担の大幅引き上げなどにより、厳しさを増している。
 つまり、日本政府は高度人材の受入れ拡大を掲げる一方で、すでに日本社会を支える外国人労働者に十分な生活環境や労働条件を保障しているとは言い難い。これは単なる政策上の矛盾ではない。「誰のための日印関係なのか」という、本稿の根本的な問いそのものである。
 物価高の下で人びとの暮らしやすさにつながらない経済成長、働く人びとの権利を軽視する投資拡大、地域社会に利益を還元しない市場開放は、持続的な発展とは呼ぶことはできない。かつて日本は、「豊かな国」であること自体が大きな魅力であった。しかし、長引く円安傾向、実質賃金の伸び悩み、研究環境や雇用条件の相対的低下により、その前提は揺らいでいる。
 人びとは理念やスローガンにより移動するのではなく、実利すなわち仕事、所得、教育、医療、住環境、将来展望など具体的条件により移動する。政府がどれほど高度人材交流を掲げても、働き、生活する魅力がなければ人は集まらない。マヒンドラの撤退が示した「選ばれない可能性」は、人材の獲得競争においても同様である。
 日本社会そのものに、国外の労働者から選ばれるための変革が求められている。すると問題は、在日外国人をいかに管理するかではなく、外国人も安心して働き、暮らし、家族を形成できる社会をどう築けるかである。

第4章 誰のための日印関係なのか――FOIPと国家中心外交を問い直す
 近年、日印関係を語る言葉は大きく変化した。かつては「親日国」や「仏教の絆」など文化的親近性が強調されていた。しかし現在では、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」、「経済安全保障」、「サプライチェーン強靱化」、「AI・先端技術協力」など戦略用語が前面に出る。
 訪印にあたりインド有数の英字紙『タイムズ・オブ・インディア』(2026年7月1日付)に掲載された高市首相の寄稿は(「日本とインド――戦略的方向性を共有する信頼のパートナーシップ」、首相官邸サイトにて原文掲載 Japan and India: Strategically Aligned Trusted Partnership)、これらの語句が繰り返し用いられ、日印関係の緊密化、経済安全保障、エネルギー安全保障、サプライチェーン強化、AIや先端技術分野での協力の重要性が強調された。しかし、その文章を読んで気付かされるのは、そこに具体的な人間の姿がほとんど見えないことである。
 また、日印関係の親密さを首脳同士の個人的な親交によって表現する場面も少なくない。しかし外交とは本来、国家間の制度的・政策的関係であり、個人間の親しさによって測られるものではない。国家間の成熟した関係を首脳個人の関係へ還元することは、外交を過度に人格化し、そこで暮らす人びとの生活や権利をかえって見えにくくする。
 ところが日印関係に関する議論では、人びとの生活は周辺へ追いやられ、国家戦略と経済戦略だけが前面に出てくる。ここで問われるのは、FOIPが掲げる「自由」とは誰のための自由なのかとの疑問である。政府文書や首脳会談では、「自由で開かれたインド太平洋」という言葉が繰り返される。しかし実際には、海上交通路の安全確保、投資環境の整備、サプライチェーンの維持、経済安全保障上の協力であり、それは国家と企業の活動を示している。だが自由とは、本来は国だけを意味せず、まずは人間の自由が重要ではないか。つまり、FOIPが掲げる自由は、海上交通路や企業活動の自由には具体化されているが、人びとの生活や労働の自由へ十分接続されているとは言い難い。
 労働者が労働組合を結成する自由。安心して働く自由。外国人労働者が差別や排除を受けずに暮らす自由、家族を形成し、子どもを育てる自由、将来への希望を持つ自由など、そうした自由もまた、同じく重要な自由であるはずだ。ところが現実の日印関係では、企業活動の自由は語られても、労働者の自由は語られず、投資や企業経営の自由は語られても、人びとの生活の自由は後景へ退く。
 さらに現在の日印関係は、中国を念頭に置いた安全保障協力として語られることが多い。しかし、第三国への牽制それ自体が外交の目的となるべきではない。外交は本来、人びとの生活をより安定させ、より豊かにするための手段である。
 次なる日印関係を構想する両国双方が、国家の論理や第三国への牽制を優先するのか、人びとの生活を優先するのか、その順序を問い直す必要がある。

第5章 結論――人間のための日印関係へ
 三菱マヒンドラ農機の解散に代表されるビジネスの成否、日系工場での労働摩擦、そして日本における外国人労働者をめぐる生活環境の課題は、共通して「誰のための日印関係なのか」という問いを我々に突きつけている。
 本稿で明らかなように、日本では長年にわたりインド進出こそが日本経済「再生の鍵」であるかのように語られてきた。だが、失敗の検証や現地社会との摩擦はほとんど語られない。三菱マヒンドラ農機のケースは、こうした日印ビジネス幻想に対する一つの警告である。日本企業がインドを評価するだけでなく、インド企業もまた日本を冷徹に評価する時代なのである。日本はもはや、当然のように選ばれる市場ではない。
 人材についても同様であり、日印首脳会談で高度人材交流が強調されるが、本来問われるべきは数値目標ではなく、日本が本当に働き先として選ばれる社会であるかとの点である。介護、建設、農業、製造業、外食などの現場を支える多くの外国人労働者の生活条件や将来展望は、華やかな外交の議論のなかで看過されてはならない。
 ここに現在の日印関係の限界があり、国家戦略や経済安全保障の陰で、人間の姿が見えにくくなっている。日印関係が最終的に目指すべきなのは、両国間を行き来する人びとが、より自由に、より安全に、より豊かに暮らせる社会を築くことである。それぞれの人びとが安心して働き、家族を形成し、子どもを育て、自らの将来を選択できる社会を実現すること。そのためにこそ経済協力があり、人的交流があり、外交があるのであり、その順序が逆転してはならない。
 今回のマヒンドラ撤退は、成功神話に依存し、失敗から学ばず、自らの魅力を過信してきた日本社会、そして国家や企業を中心に構想されてきた日印関係そのものへの痛打である。進出すれば確実に成功するわけではなく、高度人材プランを掲げれば自然に人材が集まるわけでもない。
 だからこそ、いま必要なのは国家や企業の側からではなく、人間の側から日印関係を問い直すことである。誰のための自由か、誰のための経済成長か、誰のための国際協力なのだろうか。その問いに正面から向き合うことこそが、「選ばれない日本」を乗り越えるための確かな第一歩となる。
(ふくなが まさあき、大学教員)

(2026.7.20)
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