【コラム】中国単信(142)
中国茶文化紀行 「茶禅一味」(79)
我執と共生共存
趙 慶春
以下は「まかないでハンバーグをつくって誰が食べるのか名前を書いたら、サイコパスな感じになってしまった…」とつぶやき、ツイッターに投稿した写真である。(飛空艇酒場バッカニア池袋店【公式】さん @Buccaneer_tokyoより)。
ごく普通の写真で、筆者も「どこか部活の晩御飯かな、美味しそうだ」と思ったのだが、ウェブ上には「怖い」というコメントが溢れた。何が怖いのかと不思議だったが、まさかミンチに書かれた名前は食べる人ではなく、「原材料」と読み取ったか?「人肉?殺人?」――マンガ『東京喰種』からの発想なのかもしれないが、どういうことのない写真に現われたコメントに人間の発想、意識、考え方等の「多様性」に驚かされる。
日本に「窓際族」という言葉がある。企業で第一線のポストから閑職に追いやられた中高年サラリーマンを指すのだが、意識的に「冷遇」し、自主退社にまで追い込むケースもある。たとえば「トイレの隣」に追いやる、「陰湿な独房」のような部屋に追いやり仕事を与えないなどである。
しかしその一方で「窓際族が羨ましい」という声も少なくない。仕事をしなくて給料が貰える、嫌がらせを無視して相手の手法に嵌まらなければいいのだと。
そうかと思うと、英紙デイリー・メールによると、フランスの香水会社「INTER PARFUMS」社で取締役だったFrederic Desnard氏(48)は2016年に会社を相手取って一日に1時間も仕事をせず退屈だったとし、賠償金36万ユーロ(約4400万円)を求める訴訟を起こした。Desnard氏は年棒8万ユーロ(約1000万円)以上だったが、一日20~40分、社長の補佐をする以外に仕事がなかったという。彼は数年間、こうした状況が続いたため深刻な精神障害を病むようになったというのである。会社側は彼の主張に呆れるばかりだったが、提訴から4年が過ぎた2020年6月、裁判所は会社側がDesnard氏に5万ユーロを支払うよう命じる判決を下した。過労(burn out)ではなく退屈(bore out)を理由に勝訴した初めての事例だったという。ちなみに英紙デイリー・テレグラフは「一部の専門家によると、フランス労働者の3分の1は『bore out』現象に苦しめられている」とも報じていた。
「同じ人間」とは言え、こんなにも「意識」に相違があるのだ。
東京都は自転車は歩道を走るとしていたが、2008年から車道走行へと規則変更があった。この「自転車」、車を運転しているときは「安全走行には邪魔な存在」と規則変更を恨んでいたが、夜の散歩中に自転車が歩道を疾駆して身の危険を感じ、「自転車はやはり車道」と思い直したことがある。ちなみに、中国では歩道と車道の間に「自転車道」が存在している(日本でも時々見かけるが)。
(中国の自転車道。歩道と自動車道の間に位置し、道幅が自動車道に負けない場合さえある。)
人間は立場が変われば、ある物事への意識も基準も変わるものである。個人の考えの多様性は必然的にグループ、社会での認識の多様性につながる。
コロナ感染拡大時には「マスク派」と「ノーマスク派」の対立、「ワクチン派」と「反ワクチン派」の対立が世界各地で見られた。
世界各地で紛争や戦争が起きているが、多数派、少数派の違いはあるものの残念ながら、戦争に対して誰もが反対ではなく、「賛否両論」が必ず出てくる。
アメリカ分断、世界分断という言葉が日常的に登場しているが、多様性が悪いわけではない。独自の意見を持つとは、独自の思考能力があり、自己思索の習慣があることの証明とも言え、独自の意見が言えることは民主的な環境に生きている証明でもある。ただし多様性が分断を生むことも事実である。
では「多様性」とは何であろうか。性質が異なる存在を認識、受容、そして共存できればそれで済み、心の安らぎと平和が訪れるのだろうか。
人間は異なる血縁、地縁を持ち、異なる教育と社会的薫陶を受け、行動慣習、価値観から人生目標、生命意義まで多様性を持つことになる。無論、そのことに問題はない。問題は異なる人間同士が異なる存在、異なる意識を「認識、受容、共存」を判断する際、常に「自分の立場」を放さないことである。
我々は「我執」を以て「多様性」を語っているのである。言い変えれば、我々は「我執」に執着しつつ相対的なさまざまな現象に「寛容」な心を持つべきだとしているのである。
「我執」を捨てない限り、「多様性」は調和主義に過ぎず、共生共存が「平和」的に実現しているといっても、危ういバランスの中の〝我慢集合体〟に過ぎない。
「調和主義による我慢集合体」というこの現実社会に身を置いている我々人間にとって、もう一つ直面している「課題」がある。人類永遠の課題とも言える――「死」の問題だ。
大学教員
(2025.8.20)
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