中国茶文化紀行 「茶禅一味」(89)
大富豪の茶室
趙 慶春
中国雲南省のある大富豪の自宅内部図を見たことがある。さすがに大富豪の家だけあって、宴会場、プール、ジム、映画室、ビリヤード室、ゲーム部屋、さらに複数のバスルーム完備の客室があった。ただ、その自宅内部図を見ていて奇異に思ったのは「茶室」が大小合わせて10部屋ほどあったことだった。雲南が有名な茶の産地で、だれもが茶を好むと言っても、茶室が多過ぎないかとデザイナーに聞くと、部屋が多過ぎて用途に迷い、とりあえず「茶室」にしただけとのことだった。
似たような事例は少なくなく、たとえば、世界で最も豪華なヨットには2つのヘリポート、24のキャビン、2つのスイミングプール、いくつかのジェットバス、そして3人乗りの潜水艦まで備えているという。またある富裕者は一台数千万円もするスーパーカーを数十台持っているとか、こうした「豪華」「豪勢」は決して珍しくない。
こうした「心理」は大金持ちだけのものではない。庶民も例外ではない。アパートからマンション、そして一戸建てへ、2DKから3LDK、そして4LDKへと富豪のようにはいかないだろうが、さらには別荘も手にしようと望む人もいるに違いない。スーパーカーのコレクションは無理でもブランドバッグ、アニメキャラクターフィギュアや漫画シリーズのコレクション等、手頃な欲求満足を求める人は決して少なくない。
ここですでに述べたことがあるが、再度、人間の諸「識」を見てみよう。
前五識 眼識
耳識 鼻識 舌識 身識
第六識 意識 心理学で言われる潜在意識もこの第六識に含まれる
第七識 我執 俱生我執、末那識とも言う。
第八識 阿頼耶識 輪廻で唯一継承されるもの
仏性・仏の境地
われわれは眼、耳、鼻、舌、身などを通して、「自然に」美しい景色、綺麗な音、芳しい香り、美味しい味、居心地のよい温度、着心地のよい服等々を追い求めている。その上、第六「意識」によって達成感、成功成就感、人生意義、優越感、満足感等々、数えきれないほどの価値観が付加されることになる。
勿論、十人十色で人間は様々である。撮り鉄は一枚の珍しい写真で十分楽しめるし、十分自慢できる。権力こそ人生で最も価値があるとして、それに執着する人間もいれば、美女(あるいは美男)のみを愛する人間もいる。だが、「追求」するものは違っても、すべて「我執」から来る欲望、執着という点ではすべて同じである。
そして人間の欲求は次から次へと生まれ、満たされることは決してない。所謂「求不得苦」(求めて得られない苦しみ)である。「求不得苦」から煩悩が生まれ、結局、人生に煩悩が永遠についてまわる。
煩悩のない人生を目指すならば、「我執」を取り去らなければならない。これは仏教が目指す「煩悩のない」「常楽」成仏の世界への第一関門と言える。「我執」を取り去る方法については後述するが、その前にもう一つの「課題」が残っている。
「我執」を取り去れば、成仏できるかと言えば、「まだまだ」である。なぜなら「我執」はまだ「第七識」で、それより深層に「第八阿頼耶識」があるからだ。この「第八阿頼耶識」は輪廻で継承されるため、「第八阿頼耶識」を突破しない限り、輪廻から脱出できない。つまり、いくら煩悩が減っても、いくら「楽」な人生を送っても、最終的に「死」が待っている。
一方で、もし「第八阿頼耶識」を突破できれば(みずからが引き起こした「悪業」をすべて解消すれば)、「悟り」の世界が広がってくる。その「悟り」の世界は「生死」を超越し、成仏することになる。
仏教の諸流派の中でも浄土宗は日本で最も庶民の間に普及し、信者数が多い。善行(善業)を積んで、念仏などで心を浄化し、信心を深めていけば、来世「西方浄土」に転生できる、という分かりやすい教えによって庶民を惹きつけたのである。
「西方浄土」あるいは「西方極楽世界」は、中国伝統文化についての伝道者である南懷瑾(1918〜2012年)の『三界天人表』によれば、仏教の世界観における天界の一つで欲界四番目の「兜率天」(とそつてん)にあり、「楽多苦少」なので人間世界より「上」だと言われている。「西方浄土」に筆者は勿論、行ったことはないが、「心」を静にして、専ら「善行」に精進すれば、煩悩が少なくなるに違いない。
しかし、「西方浄土」はまだ「六道輪廻」の六道の一つでしかない。「西方浄土」に行ったとしても、まだ輪廻から脱出できないし、「生死」を超越できるわけではない。「西方浄土」の生活を終えたら、また輪廻に戻り、次の「行先」へ転生する。しかも、次の行先が「西方浄土」という保証はなく、人間世界の保証もない。新しい「悪業」があれば、地獄や畜生道に落ちることもあり得る。
われわれ人間は自分の「業績」「成果」から価値観、達成感、優越感、満足感などに浸り、それに執着しがちである。人間はみずから作り出した「価値」のプールで泳ぎ続け、人間絡みの世界でもがき続け、他者より勝ろうとする。残念ながらそうした自分に気付かないのだが、われわれの人生は他者に打ち勝つためにあるのではないはずである。
使い道がわからず10部屋の茶室を作るのも構わないが、それよりも人間界の限界を突破して、その「上」の別世界を目指さなければならないことに気付いてほしいものだ。
大学教員
(2026.6.20)
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