【ドクター・いろひらのコラム】(15)

京大留学生たちが語る世界5ヵ国の医療保険

色平 哲郎
 
 先日、私が客員教授を務める関西の大学の経済学部講義で英国、中国、米国、ルーマニア、オランダ出身の留学生たちにそれぞれ母国の「医療保険」について、報告してもらった。
 以下、その要点を列記してみたい。
 
 英国――「国民保健サービス(NHS)」が税金で運営されており、国民の多くは原則無料で医療機関を受診する。
 しかし、国民皆保険といいながら実情は色あせ、医療は一時、崩壊した。患者は、受診まで一年以上待たされ、その間に亡くなったりしていた。
 
 中国――農業生産性の低さ、農村のインフラの欠乏、農民の所得格差という「三農問題」が深刻で、努力の痕跡はあるが、でも蔑ろにされがちである。
 医療機関の受診には、すべて前金が原則。
 「紅包」と呼ばれるご祝儀用の封筒に現金(100万円程度)を入れて渡すという。
 貧乏人は、医療とは無縁になる。
 
 米国――もう医療は限界。「医療をビジネス」にしたために酷い状態だ。まともな医療にかかりたければ、カナダに逃げるしかない。
 有害な薬物が野放しで、救急車は有料。一方、カネさえあれば世界最高の医療が、すぐに受けられる。
 
 ルーマニア――医師も病院も信じられず、怖しい。全土で過疎化が進み、高齢者は医療にアクセスしにくい。日本の皆保険制度はすごすぎる。私は日本で暮らし続けたい。
 
 オランダ――国民全員が民間の医療保険に加入することが原則。18歳まではタダで保険に入れているが、18歳になったら自分の責任で、どの保険に入るか、友人と一緒に、徹底的に研究して選ぶ。どの政党が医療を充実させようとしているかを調査し、選挙ではそこに投票する。
 
 留学生たちは、皆、口をそろえて日本の医療制度のすばらしさをたたえた。
 
 司会の日本人の女性人類学研究者が、「ケニアの農村部には医師がいません。皆さんがそこに住んでいて病気になったらどうしますか?」と留学生たちに訊ねた。
 
 「諦める」「周りの人からおカネを借りて、都市の病院にかかる」などの反応があった後、女性研究者は、こう切り返した。
 
 「ケニアの農村では、ふだんから皆がおカネを出しあって、ケガや病気になったときのために備えています。じつは、保険制度の原形のようなものが途上国農村では機能しているんです」
 
 留学生たちは、驚きを露わにしつつ、経済学部らしい質問も私に投げかけてきた。
 
 「経済分野ではイノベーション(技術革新)が進めば、コストは下がります。しかし、医療分野では画期的な薬の開発や、医療技術の革新が不断に行われているというのになぜ、医療コストは上昇し続けるのですか」
 
 鋭い問いだった。ひと言で説明することは難しいが、まず薬の開発などに巨額な初期投資がなされており、開発費を回収するためと称して発売時に高く値づけされがちなこと、新しい治療法が期待を広め、患者の対象を広げ、医療費のパイを大きくすることなどが挙げられようか。
 医療は公共財として、「技術」の集積であると同時に「商品」の集合体でもあった。
 留学生たちとの対話は、ふだん私たちが忘れかけていることに気づかせてくれる。
 
 
 色平 哲郎(いろひら てつろう)
 JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長
 
 大阪保険医雑誌2025年7月号掲載

(2025.9.20)
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