【コラム】宗教・民族から見た同時代世界
偽情報が煽る暴動。だが、市民が対抗して立ち上がった!
既に旧聞に属するが、英国で7月末から8月初めにかけて、1200人に及ぶ逮捕者が出る暴動があった。なぜか日本のメディアでは殆ど報道されなかったが、他国のことと片づけられない事柄を含んでいるので、振り返っておきたい。
ことの成り行きは、次のとおりである。
◆移民を巡る憶測で社会分断
英イングランド北西部の、リバプールにほど近い海辺の町サウスポートで、7月29日、子ども向けダンス教室に刃物を持った男が押し入って、数人に斬りつけ、3人の女の子が亡くなった。
この日のうちに警察は、近隣に住む英国生まれの17歳の少年を逮捕し、テロ事件ではないと発表したが、それとは別に、容疑者は昨年、小型ボートで英国に到着したイスラム教徒の移民希望者だという誤った憶測情報が、ソーシャルメディアで流れ始めた。すると、それを断定し、非難、糾弾する、意図的な偽情報が次々と続いた。
翌30日の夜、サウスポートでは1000人以上の市民が集まって犠牲者の追悼集会が開かれた。と、その一部から暴力行為が発生。群衆は近くのモスクや警察署にレンガやビンなどを投げつけ、警察署に放火し、警官27人が病院に運ばれた。
これをきっかけに、移民排斥を叫ぶデモ、暴動が、ロンドン、マンチェスターをはじめイングランド全土に広がり、北アイルランドのベルファストにまで飛び火した。暴徒は、モスクや移民希望者が宿泊する施設をおもな襲撃目標としたが、一般の公共施設にも破壊が及び、商店の略奪にも手を染めた。
群衆の中で破壊行為を主導したのは、覆面をした男たちだった。彼らは、解散した「イングランド防衛同盟(EDL)」など、極右グループのメンバーや支持者たちと目された。しかし、周りには、ベビーカーを押す母親や父親、国旗柄の服を身につけた子どもたちなど、暴徒らを応援する家族連れの姿も見られたという。
しかしやがて、各地で、暴力に対抗して移民を守ろうと、市民が上がった。とりわけ8月7日夜、極右勢力が国内約100カ所の移民関連施設の周辺でデモを実施するとの情報がネット上で出回ると、全国で2万5000人を超えたと見られる市民による対抗デモが各地で展開され、警察の大量動員による警備と併せて、極右勢力は動きを封じられた。
この日を境に、騒乱は終息に向かった。
◆SNSの煽動に抗った市民
この10日余りに亙る事態の顛末から、幾つかの重要な事柄が見えてくる。まずはソーシャルメディア(SNS)の作用である。
騒乱に火を点けたのは、「キーボード戦士」ともよばれる、極右などのインフルエンサーたちであった。彼らは、「犯人はイスラム教徒」との偽情報で人種的・宗教的憎悪を煽り、人々に「路上に出よう」と呼びかけ、放火された車両などの写真に添えて「さあ続け!」と投稿した。
この事件ではソーシャルメディアX(旧ツイッター)を所有する米富豪イーロン・マスク氏の動向も物議をかもした。彼はXに、警察に発煙筒を投げつける群衆の動画に「内戦は避けがたい」と添えて投稿したり、英紙デイリー・テレグラフのオンライン記事に見せかけた捏造画像で「英政府は、暴動に参加した者たちを南米フォークランド諸島に追放しようと、緊急強制収容所を建設している」と陰謀論を振りまいて、右翼を煽った。
マスク氏はこれらの投稿を自分のものと認めていないとのことだが、それはともかく、この騒乱でのXの役割は大きかった、とされる。というのは、マスク氏が22年にツイッター社を買収すると、それまで同社の憎悪表現(ヘイトスピーチ)規制ルールに基づいて凍結されていた極右政党「ブリテン・ファースト」や著名な極右活動家らのアカウントが復活され、その結果、扇動目的の言説が大手を振って行き交うようになったからである。
さて、ソーシャルメディアに踊らされたとはいえ、暴動がここまで広がりを見せたのは、人々に現状への不満が蓄積していたからだともいわれている。生活費の高騰や公共サービスの低下である。また、暴動が起こった地域は、多様性に乏しい、白人弱者層の均質的なコミュニティーとの分析もある。外国人や移民は、そうした社会が抱える鬱憤のはけ口として、スケープゴートにされやすい存在なのだ。
だが、移民を守るため、暴動に対抗して立ち上がった市民も少なくなかった。彼らは、幾つもの地域で、襲撃対象になっている建物を守ろうと、カウンター(対抗)デモに取り組んだ。
また、暴力を受けた施設には、地元住民が駆けつけて片づけにあたったり、恐怖におののく被害者を抱きしめて励ましたり、食料や日用品を持ち寄ったり、募金活動をはじめたりした。
とりわけ、極右勢力が全国各地の移民関連施設にデモをかけるとの情報が流れた8月7日夜の市民の立ち上がりは目覚ましかった。ロンドン首都圏や、バーミンガム、リバプールをはじめ、全国30余りの都市で、標的と予告された難民申請者が滞在する施設や、移民支援を行う法律事務所や、モスクの周りを、数百人、数千人の市民が囲んで守り、ついに、極右勢力は姿を現わさなかったり、早々に退散したりで、襲撃は不発に終わって、代わりに、広場や大通りを埋めた群衆から、「極右を止めろ」、「人種差別にNO」、「私たちは同じ人間だ」のシュプレヒコールが轟きわたった、と報じられている。
最近の欧州では、移民や難民の排斥を掲げる極右政党が、フランスでは国民議会で第1党となり、ドイツでは州議会で躍進するなど、各地で勢力を拡大しつつあるが、ソーシャルメディアのありようにせよ、外国人の受け入れようにせよ、否応なく国際化が進むわが国でも、向き合わねばならない課題である。
(2024.10.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/ページのトップ/バックナンバー/ 執筆者一覧