【視点】
加速化、秘匿化される軍事・防衛問題
国際緊張下に、日本はこれでいいのか
羽原 清雅
「防衛費増額、(日米)会談で言わないで」(7月13日付朝日新聞)なる記事が出た。トランプ大統領の関税強化交渉が日米間で進められる中で、参院選の過半数割れを懸念する石破首相の政府が、米側に頼んでいたことがこの報道で明らかになり、「やっぱり!」と思わざるを得なかった。
7回に及ぶ粘り腰の日米交渉の裏側で、このような日本側の「弱み」を示していたのか、と驚きなどではなく、「やっぱり!」感が確認された。
日米の同盟関係が、鈴木善幸政権のころから公然化され、昨今は日米同盟の存在は当然視されるようになっている。「米国の核の傘の中に入れてもらう以上当然」のように定着し、「同盟」といういわば「対等」を思わせるかの両国関係を印象付けてきたが、じつは日本の閣僚が従属的に、参勤交代的に米国に出かけていたのか、と改めて感じさせたのだ。トランプの傍若無人の「ディール」外交からすれば、小国日本としては腰の低い揉み手外交にならざるを得ないのか、と思いつつも、これでいいのか、と感じざるを得ない。
<弱肉強食でいいのか> ウクライナへのロシアの執拗な侵略、ガザへのイスラエルの窒息死戦略、そして核保有を許さないイランへの米国の先制攻撃など、武力大国が一方的に腕力を振るう。戦争を仕掛けるには通常、一応の「大義名分」を打ち出すものだが、そうした儀礼すらない暴力行為である。この手口が許されるなら、中国の「台湾開放」の武力行使もいつかありうるように思われる。第2次世界大戦の反省が、この80年間に消えているようでもある。
攻めるにせよ、守るにせよ、戦場内外の「人間抹殺」は、どのように理屈をつけても、「悪」の行為でしかない。第1次、第2次の世界大戦の教訓は、今の世界のリーダーの間ではただ黙殺されたままだ。
<沖縄から九州に軍事的拡充> 沖縄周辺への軍事体制の強化がいよいよ拡大している。陸上自衛隊の輸送機オスプレイが佐賀空港隣接の佐賀駐屯地に配備された(2025年7月)。佐賀県は防衛省から20年間計100億円の「着陸料」を受ける。その程度の問題で済まされるのか。千葉・木更津駐屯地から17機が移駐され、佐賀・目達原駐屯地から約50機のヘリも移され、夜間を含め最大1万7千回の離着陸が予定される。
南西諸島防衛の一環として、長崎・相浦駐屯地に本部が置かれ、離島防衛の「水陸機動団」との運用が進む。運用計画を見ると、大分・日出生台、熊本・大矢野原、長崎・大野原、宮崎・霧島の沖縄周辺の離島防衛の「南西シフト」がこの地域のとどまらず、九州各地にまで広がる。大分・湯布院駐屯地に地対艦ミサイル連隊が配備され、宮崎・新田原駐屯地に戦闘機F35Bの配置が進む。鹿児島・馬毛島に訓練用滑走路の整備、鹿児島・奄美、瀬戸内の駐屯地と分屯地の設置、沖縄・那覇の師団格上げ、宮古島、石垣、与那国の各駐屯地との連携の強化・・・・。
すでに南西諸島では、与那国島(16年)、奄美大島、宮古島(19年)、石垣島(23年)に陸自駐屯地が開設され、石垣には地対艦、地対空の両ミサイル部隊が配備されている。
地元には、それぞれに反対論もあり、安全性、事故、騒音、排水、トラブル、それに米軍の空港利用などのへの懸念も消えない。
さらに、北海道・静内対空射撃場では6月、陸自が海上の艦艇を攻撃する「88式地対艦ミサイル」の発射訓練を始めた。国内での百数十キロの長射程ミサイルの実射訓練は初めて。このように、日本全体が「南西シフト」に巻き込まれようとしている。こうした防衛という名の攻撃戦略は、中国を意識したもので、中国の出方によっては日本全体の危機にもつながるだろう。
さらに政府は、より射程の長い約1千キロに伸ばす「12式」を開発中で、今年度から全国7つの地対艦ミサイル連隊に配備されるという。軍事的拡大は、リスクの拡大でもある。
軍事化の広がりは25年4月には、空自の石川・小松基地にも広がり、米国製の最新鋭ステルスF35Aが3機配備される。日本海側の防空体制強化のため、という。青森・三沢基地に次ぐもので、年度内には宮崎・新田原基地に、F35Bが8機配備される。鹿児島県・馬毛島の自衛隊基地の工事が遅れており、いずれこの新基地で垂直着陸の訓練が行われる。
日本の国土全体が、軍事基地化し、戦前の日本を思い起こさせる。
<在日米統合軍司令部と自衛隊の統合作戦司令部の設置> すでに2024年7月には、日米の外務、防衛4閣僚のあいだで、自衛隊が部隊運用を一元的に担う「統合作戦司令部」を創設するのを機に、米側も在日米軍を「統合軍司令部」として再編成し、東アジア地域での日米連携を強化することを決めた。両国の作戦指揮は従来、在日米軍は日本政府、自衛隊との折衝に当たり、ホノルルのインド太平洋軍が日本駐留部隊の運用・作戦の指揮権を担当していた。今回は、インド太平洋軍司令官のもとに「統合軍司令部」を設け、日本側の統合作戦司令部のカウンターパートとなる。
こうした連携の強化策は、他国が対米攻撃に向かった場合、日本も巻き込まれることになるだろう。リスクを抱えての両軍の密着ということにもなる。
<アジアでの対中国対応> 「敵基地攻撃」の事態は、相手側からの報復的反撃を鵜来ることを覚悟しなければならない。その「覚悟」は、日本全体の国民に届いているだろうか。軍事基地化が進み、交戦を覚悟した戦闘態勢が整えば、それは自衛隊の問題ではなく、日本の国民全体の問題である。日本の現在の政治は、そのような事態を想定し、アピールを強めてはいない。机上の空論が空回りし、国民世論の納得も得ず、ひたひたと軍国化が広がっている。
日本国内の動きは、アジアに広がっていく。この2,3年、日本とフィリピン、オーストラリア、インド、韓国などアジア周辺国との軍事を含めた密接な交流が続く。オーストラリアとは22年の岸田時代に安全保障協力に関する共同宣言で、緊急事態時の対応などが協議されるようになった。昨24年9月には、外務、防衛の2プラス2閣僚の間で、自衛隊と豪州軍の共同訓練拡大、共同抑止力の構築を軸に「準同盟」化の方向を強めた。敵のミサイル基地などをたたく日本の「敵基地攻撃能力」(反撃能力)をめぐる協力関係強化を確認した形だ。
フィリピンとの間では25年、米国を軸に据えて、石破・マルコス首脳間で軍事機密情報を共有する情報保護協定締結に動き、岩屋外相、中谷防衛相も関与している。フィリピンも、対中国の領土問題の対立を抱えて緊張下にある。
また、インドについても、対中国の姿勢に温度差を抱えながらも、2プラス2の関係を強めている。韓国も、異例の政権交代があり、保守色から革新色への変化はあったが、対中国、対北朝鮮との関係では引き続き対日関係を強めようとしている。日米韓の安保協力を「制度化」する24年7月の3国防衛相による新段階も維持されそうである。
これらの動向は、トランプ米政権の強硬なアジア各国の防衛強化策を進めようとの姿勢を受けたものだが、これは台湾に対する中国の出方次第で変化が予想され、軍事力強化だけで固まる危険をはらんでいる。つまり、軍事中心の取り組みは、ともすれば和平に道を開くはずの外交面での努力を欠くことにもなる。
台湾をめぐる緊張はたしかに、アジア全般に広がっている。だが、その姿勢が一方に傾きすぎれば、危険な道を選ぶことにもなる。台湾に対する中国の出方は、すべて武力解放にある、と言い切れるのだろうか。ゆとりを失った軍事的対応だけでいいのか、単細胞思考の危険を感じざるを得ない。
<日本の軍事環境・志向の狭隘性> 日本の現実を見直しておこう。長期にわたった安倍政権時代に培われた「姿勢」ないしは「志向の狭さ」が、今日の政治状況に大きな影響を残している。
1.「日本人ファースト」 折からの参院選挙では、いくつかの小政党が外国人排斥を思わせる政策を打ち出していた。これまでも在特会、街頭右翼など、そうした主張は消えることはなかった。
安倍首相は2015年、終戦70年の談話として、「あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と述べた。そこには、過去の侵略戦争で亡くなった人たち、そしてその子や孫、後々までの世代に残される「心の傷」を忘れ、謝罪をしないよう宣言した。「都合の悪い歴史は消したい」との思いを率直に述べたものだが、他国の犠牲者への思いがない。
この歴史観の違いが、この島国日本の多様な国、多彩な民族への思いを乏しくさせ、外国人排除の思考につながる。戦争を仕掛けた側の首相自身が、その責任を忘れようと堂々という。本来、遺族が存在する限り、その思いに気を配らねばなるまい。他の国民とともに共生する構えができていない。この首相にとっては、忘れればよく、相手側の思いへのいたわりがない。
そのために、「戦争」そのものを否定しようとする精神が生まれてこないのだ。
2.旧軍志向への回帰 自衛隊は、軍隊ではないか。今更その論議はするまでもあるまい。
ただ、昨今の風潮として、日清、日露、第1次世界大戦、そして中国をはじめとするアジア太平洋戦争を率いた日本軍部、あるいはそのころの政治権力、官僚群が蘇りつつある。
突飛なことではない。具体例を挙げよう。首相による靖国神社参拝は小泉純一郎(06年)、安倍晋三(13年)、それに防衛庁長官の中谷元(02年)、木原稔防衛相(24年)の例がある。靖国は、戦前の軍国主義を支えた国家神道の拠点で、中国、韓国などの批判の的でもある。東条英機らA級戦犯までが、論議も乏しいままに、ここに合祀される。
これまでは、解体された戦前の軍隊との関係を断つために、自衛隊と靖国神社との関わりを避ける配慮があった。少なくとも、侵略され、一般の民間人まで多数を殺害された相手国への配慮があった。
だが今や、参拝を「現に慎むべき」とした防衛事務次官通達を黙殺するに至ったのだ。自衛隊が平然と、しかも制服のまま一団となって靖国詣でをする。「私人の立場」という言い訳をかなぐり捨てている。陸自の幹部らが集団で参拝(24年1月)。約200人の海上自衛隊も、靖国神社併設の「遊就館」を集団見学した。ここの展示には、太平洋戦争を「大東亜戦争」、特攻を「わが国古来の霊魂不滅の死生観と武士道精神にささえられ、云々」などと説明がある。時代錯誤なのだ。前年にも、練習艦隊の実習幹部が遊就館で「研修」している。
戦前は陸軍大将がこの神社の宮司になったことがあるが、いまは自衛官OBの元海将が靖国の宮司になる(同4月)。靖国行の行程計画が作られ、公用車が使われる。旧軍への回帰のつもりか、郷愁なのか。靖国の慰霊は、厚労省が神社側にすべての物故軍人の連絡をし、当人や家族の意向を無視して靖国に祭られてしまう。信仰の自由は無視される。旧軍隊の継続、あるいは再生、といったイメージが好まれる。旧軍時代の暴虐ぶりの反省はなく、ただ昔を懐かしむ、おかしな組織である。
しかも昨年は、海上自衛隊員による総額5300万円の「潜水手当」の不正受給があった。文民の防衛大臣には知らされていない。また、安全保障の機密情報を資格のない隊員が扱うといった不正で、113人が処分を受けた。川崎重工業からの裏金接待、利益供与が表沙汰になった。単なる犯罪行為では済まされない。国家の秘密に関わる組織であり、こうした事態が隠蔽されること自体、おかしなことであり、国民への裏切りだろう。また、制服組の台頭は、シビリアンコントロール(文民統制)システムの崩壊でもある。
3.財政規律を守れ 2025年度の軍事防衛予算は8兆7005億円。22年12月に「安保3文書」が出されて以来、軍事防衛予算は急激に増えている。23-27年度で総額43兆円にするのだという。前年度比7498億円の増額(9.7%増)で、年1兆円ベースの拡大となる。
多数の小型衛星で目標を探知・追尾する「衛星コンステレーション」構築2832億円、英伊との次期戦闘機開発787億円、自衛官処遇改善4097億円など、という。
25年度の一般会計総額は115兆5415億円で、社会保障費38兆2778億円、地方交付税19兆784億円などだが、借金にあたる国債費と利払いに28兆2179億円が必要になり、予算の25%を占める。
25年度には基礎的財政収支が黒字化するとの見込みで、税収の伸びに期待するが、こうした楽観的な期待をもとに取り組んでいいものか。国と地方の債務残高は1200兆円を超している現実がある。さらに膨張すれば、財政への信用は下がり、国債金利の上昇を招くだろう。債務残高は国内総生産の2倍を超えて、先進国では最低の水準にあり、財政健全化のためにはいずれ歳出の抑制、あるいは増税に迫られることにもなろう。このような楽観のもとに放漫財政を続ければ、日本の将来像は一層暗いものになる。
7月18日付の朝日新聞によると、敵基地攻撃を担う「スタンド・オフ・ミサイル」を搭載するF15戦闘機の改修や試験などのために1兆円超、1.5倍超のコストがかかることが防衛省関係の取材で判明した、という。この改修機の配備は2027年度の予定だったが、さらに遅れるという。こうした予算以上の経費がかさんでくることが、軍事機器関係では少なくない。予算通りに行かず、さらなる大きな出費になれば、全体の予算を膨張させることにもなる。事態はそう簡単ではないようだ。
国防は、同盟国の意向よりも、まずは自国の可能な力量を知ることに始まる。
ちなみに、戦前の国家予算に占める軍事費の割合を見てみよう。日清戦争期 66-69%、日露戦争期 81-82%、第1次世界大戦期 35-51%、アジア太平洋戦争期 75-85%という大規模の投入だった。国民の日常生活を重視する現代にあっては、このような予算構成はありえまいが、しかし自国の持つ国力、予算執行のバランスを長期的に踏まえた政治でなければなるまい。
4.にぎわう武器市場 防衛軍事予算の急膨張は当然、世界の軍事関係企業を刺激する。すでに25年5月の幕張メッセでの防衛装備品の展示会は大いに賑わいを見せた。この展示会の日本開催は3回目、という。出展は33ヵ国から471社、このうち約130社は欧州系、日本からの出展は169社で、前回の2023年よりも、出展者の数は1,6倍に増えたという。
政府は23-27年度の5年間に防衛費を43兆円に、つまり従来の1.5倍に増やし、国内総生産(GDP)比2%にする方針だから、この種の企業が燃えて当然なのだ。しかも、武器輸出のために防衛装備移転3原則の改定はすでに23年末に決められ、次期戦闘機を日英伊3国で共同開発し、輸出を解禁することも決まっており、市場の拡大が準備されている。
「戦争準備」がこうして、また一歩前進する。軍事産業は一時低調気味とされたが、息を吹き返す。「死の商人」と言われ、日本の戦前の4大戦争時に財閥系軍事産業が稼ぎまくったと同じような光景が見え始めている。2027年にも、この展示会が日本で開催されるという。
5.武官出身の防衛相の存在 中谷元・防衛相が目下、大活躍である。武器の展示会は防衛省・自衛隊OBらでつくる実行委員会の主催。防衛省、経済産業省が後援する。展示会には、石破茂首相が基調講演で、同盟国、同志国による装備協力の連携は「わが国、地域の平和と安定を図るうえで極めて重要」(5月23日付朝日新聞)と述べたという。武力が平和をもたらすのか、沖縄・摩文仁の丘の戦没者墓苑で言えるものなのか。
中谷氏は防大卒、中尉級の武官出身。防衛庁長官、安保法制担当相、防衛相として重用される。文官統治が原則のポジションながら、武官でもあり、政府としては使いやすいが、原則としてはどうか。彼は6 月のシンガポールでのアジア安全保障会議で、従来の「ワンシアター(ひとつの戦域)」構想を、「OCEAN(オーシャン)」構想と言い換えた。対中国を念頭に東シナ海、南シナ海を中心としたひとつの「シアター(戦域)」としていたが、戦域の表現が有事を思わせるため、「オーシャン」としたものだ。小細工に過ぎないが、武官らしい発想でもある。
また、中谷氏は4月、フェラン米海軍長官との間で、米側で衰退気味の造船業について協議、造船分野以外でも「両国の防衛生産、技術基盤の強靭化、日米同盟の抑止力、対応力の向上に資するものなら、協力を」と述べている。こうした会談が、防衛省内の文官レべルでどうなのかは不明ながら、武官としての跳梁であってはなるまい。防衛省は、AI兵器の研究開発に取り組み、中谷氏も乗り気だが、誤った扱いの不安も消えていない。とにかく出すぎないことだ。
6.政府、防衛省の隠ぺい体質 軍事防衛問題については、相手国のあることでもあり、機密・秘密はやむを得ない一面がある。だが、政府や省内のごく一部が判断する中には、国全体を危急存亡に追い込むこともありうるわけで、極力知らせるべきは知らせなければならない。難しい問題である。昨年の自衛隊内に続いた不祥事についての国会論議では、閣僚らの歯切れの悪い説明が続いた。戦前にさかのぼれば、大本営発表の統一的な虚偽の発表が相次ぎ、国民の大半が騙され続ける現実があった。また、国家機密の名目で隠蔽され続けたことも広い範囲に及んだ。
「機密」はありうる、やむを得ない、という感覚は、戦時を迎えた国民には受け入れやすい一面はある。だが、そうした「うそ」の積み重ねは、過ちを広げ、まっとうな判断を妨げ、権力の横暴を持続させることになる。この事態だけは避けなければならない。
あとの稿で触れるが、すでに国会の論戦では、隠蔽体質が見え始めている。報道と政党が大きく問われるところだ。
一例をあげれば、先の国会で能動的サイバー防御法案の質疑、あるいは敵基地攻撃能力の審議の際に、野党側が「国会への報告」「攻撃能力の行使基準」を正しても、「手の内を明かすことはできない」「詳細は差し控える」との答弁で逃げていた。こうした応答では、国会の質疑は成り立たず、政府などの「やりたい放題」「責任の所在」「追及の二の矢、三の矢」の追及などは不可能になる。
<NATOの対応> トランプ大統領の関税攻勢の背後には、世界各地での軍事力強化の狙いがある。6月の北大西洋条約機構(NATO)首脳会談では、トランプ米政権が加盟32ヵ国を相手に「GDP比5%」の防衛費増額を求めた。
現行のGDP比2%を3.5%に引き上げ、防衛関連費(橋、港などのインフラ整備、サイバー防衛など)と合わせて、2035年までにGDP比5%にする目標を採択した。
米国の防衛費は2024年度でGDP比3.19%、ドイツで同年度2.10%で、そう簡単な目標ではない。NATO内でも、2%に達した国は約20しかない。一応の合意はできたが、具体的にはこれからの課題になる。トランプの任期は三年余、中間選挙での判断はあっても、3期目はない。米国政治がそれほど早くは戻らないにしても、国民に新たな判断の説明は求められよう。民主主義の本来の趣旨からすれば、に過ぎないのだが。
日本はどうか。米国はすでに日本に対して、非公式に3.5%に引き上げるよう求めている。一部の報道では、日本を含むアジアの同盟国にNATO同様の5%への引き上げを要求しているという。日本政府側が、参院選挙中はこうした要求をしないよう米側に伝えたことで、一応収まった形だが、いずれは表面化するだろう。
日本の防衛費は戦後長くはGDP比ほぼ1%で推移したが、22年末岸田政権時に5年で総額2%を受け入れ、25年度予算では9.9兆円、GDP比1.8%になったところだ。だが、防衛力整備の内容、予算、財源をセットで決める、という岸田首相の発言は果たされていない。
しかも、米国から購入予定の装備などの費用対効果に問題もあり、また安定財源確保の道も不明のままで、不確実の面も多い。形式的な「同盟関係」や「核の傘」論議の前に、それぞれの国情と財政判断などをもとに主体的に決めるべきだろう。トランプ政治の脅しや、日ごろの追従ムードに乗ってはならない。
なによりも外交の最大限の努力を払い、武力に頼る国際関係に向かうことは回避しなければならない。戦前、戦後の日本の歴史をもう一度かみしめる必要がある。惰性的に流される自民党主導の政治姿勢を改めなければ、戦争体制、有事覚悟の状況は克服できない。
25年5月23日、日米首脳の電話会談があった。トランプは石破に「米国にはF47というこんなにすばらしい次期戦闘機があるが、一度見に来ないか」と誘った。F47は第5世代ステルス戦闘機に代わる空対空戦闘機で、第47代大統領にちなむF47機だ。トランプは厳しい関税の状況を突き付け、本音としてはこの高額の戦闘機を売り込もうという魂胆は明らかである。
このように、トランプの日本への思いは関税だけにあるのではない。トランプはすでに1987年9月に、NYタイムズなど米3紙に「何十年もの間、日本やほかの国々は米国を利用してきた」「日本は米国の防衛力にただ乗りしてきた」といった意見広告を出している。この怨念に追随することはあるまい。トランプの狭隘な思考・判断と世界の求めたい方向とは違うことが明白になるだろう。追随する同盟国日本、というだけではない裏側は見え見えである。
<政治の貧困> 2025年のいま、参院選挙が全国的に展開されている。だが、軍事防衛問題はほとんど語られていない。当面の最大の課題は物価の高騰、日常生活への圧迫であることは間違いない。
だが、国会開会中の与野党の論議に、軍事防衛問題が十分に取り上げられただろうか。
1960年当時の国会は、日米安全保障条約のもたらす日本の将来をめぐって、激しい論戦が行なわれた。野党からの厳しい質問、政府の可能な限りの答弁は、国会周辺、あるいは各地で広範に行われたデモや集会で日々取り上げられ、野党側の提起する指摘が新たな疑問を掻き立て、また政府の米国側を配慮しながらの答弁は新たな疑問を呼ぶなど、真剣な応酬があった。
だが、国会の論戦で日本の軍事状況をめぐる論議はほとんど話題に上らない。野党の政治家の不勉強もある。あえて言うなら、学歴社会で学び、考える思考を身につけながらの限界を見せつけてはいないのか。
軍事問題の専門家がメディアにほとんどいないことで、論議が深まることがない。国民世論も、日常的に日本の将来を考える習性が薄れたためか、一過的に終わってしまう。
ひとつの新兵器が登場すれば、その効能次第では自衛から攻撃に代わる。自衛と攻撃の違いは、交戦状態になれば、大変な違いとなり、その人的、物的損傷は国家間の大問題になる。
だが、そうした論議の深まりもなく、単問と単答で済まされてしまう。奥行きを極めるほどの、日頃の研究がなく、政党や政治家を支える頭脳機関も乏しい。
このような浅いままの国会論議に、メディアも国民世論も慣れてしまい、「そんなものだ」で済まされてしまう。台湾有事は他人事のようで、米軍や自衛隊の急激な増強策のもたらすマイナス部分への追及がない。その先に待ち受ける可能性もありうる隊員や一般人の「犠牲=死」にまでたどり着けない。武器のありよう次第では、偶発的な交戦状況すら引き起こされよう。これらのことは、当然国会論議になっていなければおかしい。
<憲法の持つ意味> 日本には憲法がある。あった、というべきかもしれない。ともあれ、「戦争放棄」の条項は生きている。非武装平和など、多くの点は解釈改憲や法律改定などによって、理念よりも実態の変質に向かったが、政権党などによる「改憲」が叫ばれながらも、憲法の基軸は今もどっこい生きている。
自衛隊のありよう、軍事的な強化、「民主」の形骸化など、終戦時の憲法理念は朝鮮戦争の勃発以降に相次いで変化されてきたが、それでも憲法の基軸は生きている。このよりどころはまだまだ大きく生きている。問題は、その生かしようである。
「ディール」ばかりのトランプ攻勢は、原則の乗っ取りに過ぎず、正しく応酬すればいい。理念まで放棄したら、戦後に再出発した日本の意味はない。彼の在任期間は短い。
基軸に戻ろう。そして、過去の過ちに思いを致そう。それが、日本の生きていく道であり、現実に流されるばかりの日本ではない強靭さを示そう。
もういちど「国民世論」の所在を、深く見直してみよう。
揺らぎ続ける現状の日本だが、混乱の中で戻るとすれば、それは憲法の理念でしかない。流されまい。原点を忘れまい。
(元朝日新聞政治部長)
(2025.7.20)
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