【「労働映画」のリアル】(80)

労働映画のスターたち(80)パオラ・コルテッレージ

清水 浩之

《“まだ明日がある”…イタリア社会派コメディの旗手がやって来た!》

 「イタリア映画」といえば、どんなイメージを思い浮かべるだろうか。フェデリコ・フェリーニやルキノ・ヴィスコンティなどの巨匠。マルチェロ・マストロヤンニ、ソフィア・ローレンなどのスター俳優。ロッセリーニの『無防備都市』(1945)やデ・シーカの『自転車泥棒』(1948)など、第二次世界大戦後に勃興したネオリアリズモ(新しい写実主義)。面白ければなんでもありのイタリア製西部劇=マカロニ・ウエスタン…。1970年代頃まではアメリカに次ぐ映画大国として、日本のファンに親しまれてきた。

 1980年代以降は『ニュー・シネマ・パラダイス』(1988/ジュゼッペ・トルナトーレ監督)をはじめ、ミニシアター向けのアートフィルムとして紹介されることが多くなったが、これは「日本の」映画業界がハリウッド作品や邦画を興行の中心に据えてきたから、と考えられるし、現にイタリア本国では、往年の味わいを受け継いだ作り手が、「イタリアならでは」と頷きたくなるエンターテインメント作品を送り出し続けている。そのことに気づかせてくれるのが、2001年から朝日新聞の後援で開催されてきた「イタリア映画祭」だ。

 毎年十数本が並ぶ新作ラインナップには、国際映画祭で注目される野心作と共に、本国でのヒット作も必ず登場する。失業した学者たちの犯罪コメディ『いつだってやめられる』(2014/シドニー・シビリア監督)、喜劇俳優のケッコ・ザローネが「無責任男」ぶりを発揮した『Viva!公務員』(2016/ジェンナーロ・ヌンツィアンテ監督)などを観ると、庶民や労働者をめぐる切実な事情を、笑いにくるんで提示する「イタリアならでは」の娯楽作が根強く支持されていることがわかる。こうした“笑える社会派”路線の旗手として、近年とみに注目を集めているのが、女優で脚本家、そしてこの3月から劇場公開される 『ドマーニ!愛のことづて』で監督も務めたパオラ・コルテッレージさんだ。

 2023年のイタリアで、ハリウッドの大作『オッペンハイマー』や『バービー』を抑えて国内興行収入ランキング1位の大ヒットとなった作品だが、舞台は1946年のローマ。アメリカ軍が駐留する街で暮らす貧しい一家の主婦が黙々と働く姿を、モノクロの映像で描く。派手さや賑やかさとは無縁なこの映画がなぜ観客に支持されたのか?というと、往年の「ネオリアリズモ」にオマージュを捧げながら、当時も今も変わらない問題を、ユーモアと共に提示しているからだと思う。すなわち、男女間の格差だ。

 主人公は聡明な働き者だが、兵隊帰りの夫には言葉と腕力の両方で虐げられ、娘に「ママのような人生はイヤ」と言われる。仕事先でも「女だから」という理由で、新入りの青年より賃金が安い。そもそも当時はまだ女性に参政権がなかったそうで(日本と同じタイミングなのか!)、男性中心の社会で「透明人間」として扱われる彼女たちが、それでも“まだ明日がある(映画の原題)”と呟きながら、しなやかに、したたかに生きていく姿が、男女を問わない多くの観客の共感を呼んだのだと思う。

 パオラ・コルテッレージさんは1973年生まれ。雰囲気が似ているかな…と思うのが、元NHKの武内陶子アナウンサー。役どころとしては松たか子さんや尾野真千子さんが近いかも。10代の頃からテレビで歌手や女優として活躍し、20代後半からは様々なジャンルの映画に出演。2014年、初めて原案・脚本を担当した『これが私の人生設計』(リッカルド・ミラーニ監督)で、男性オンリーの業界に挑む女性建築家を演じて高く評価される。彼女自身が映画の企画会議で味わった体験……“Do you see me?”(私が見えている?)が英題となっているように、ヒロインがあの手この手を繰り出して、旧弊に風穴を開けていく展開が楽しい。

 以後も、妊娠が原因で工場での仕事を失う女性の悲喜劇『あゝ無慈悲』(2015/マッシミリアーノ・ブルーノ監督)、ローマ郊外在住のシングルマザーが体験する地域格差を、イタリア版「翔んで埼玉」のように描いていく『環状線の猫のように』(2017/ミラーニ監督)、第2子の誕生がきっかけで平穏な生活を失う家族の奮闘記 『こどもたち』(2020/ジュゼッペ・ボニート監督)など、世界中の大人たちが「あるある!」と頷きたくなるテーマを、パオラさんは笑いを交えながら悠々と語っていく。イタリア映画の長い伝統がしっかりと受け継がれて味わい深い作品群を、皆さんにもおススメします。

 映画『ドマーニ!愛のことづて』公式ウェブサイト https://www.sumomo-inc.com/domani
 参考記事:「歌にモノマネに司会に監督業まで!イタリアの国民的人気女優パオラ・コルテッレージってどんな人?」 Movie Walker 2024年 https://press.moviewalker.jp/news/article/1193101/

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)

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●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

4月の労働映画鑑賞会 
第104回「石を架ける」
開催日:2025年4月10日(木)18時 (17時45分開場)
上映作品1『石橋のふるさと―肥後の石工を訪ねてー』 
1988年/16分 企画:熊本県観光振興課 制作:ABC
内容:肥後の石工により手がけられた熊本県内の石橋の歴史に触れ、木橋に代わって盛んに石橋が架けられた理由及び工法を中心に紹介する。
上映作品2『石を架ける―石橋文化を築いた人びと―』
1996年/39分 企画・制作:文化工房 脚本・監督:田部純正 (洪水をなだめた人びと/ほか) 撮影:高橋愼二 (柳川堀割物語/ほか) ナレーター:国井雅比古 (元NHKアナウンサー、プロジェクトX/ほか) プロデューサー:桂 俊太郎 (夢と憂鬱 吉野馨治と岩波映画/ほか)
内容:日本を代表する数多くの石橋を架けた、江戸時代・肥後の“種山石工(たねやまいしく)”と呼ばれる職人たち。彼らが残した石橋の秘密を解明する。
会場:連合会館2階 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口)

◎【上映情報】労働映画列島!3月~4月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
労組と弾圧 《3月14日(金)から 東京ほか6都市で開催 「TBSドキュメンタリー映画祭」で上映》
ミキサー運転手の労働組合「連帯労組関西地区生コン支部」。ストライキをした組合員が逮捕されていった過程から、戦後最大規模の労働事件の真相を紐解く。(2024年 監督/伊佐治整)

マリア・モンテッソーリ 愛と創造のメソッド 《3月28日(金)から 東京 シネスイッチ銀座ほかで公開》 イタリア初の女性医師で、画期的な教育法を生み出したモンテッソーリ。20世紀初頭に「子どもの家」を開設するまでの7年間を描く。(2023年 フランス=イタリア 監督/レア・トドロフ)

ミッキー17 《3月28日(金)から 東京 TOHOシネマズ日本橋ほかで公開》
『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督新作。身勝手な業務命令により何度も命を落としては生き返る「使い捨てワーカー」が逆襲に立ち上がる、SFブラックコメディ。(2025年 アメリカ)

ふしだらな結婚 《4月13日(日)から 東京 シネマヴェーラ渋谷で公開》 
日本初公開となる1933年のコメディ。自立した女性がうっかり結婚。待っていたのは夫婦の権力勾配、仕事上の嫉妬、自由と権利の対立……。(1933年 アメリカ 監督/ロバート・フローリー)

◇名画座・特集上映
▼全国
【東京 新宿 K’s cinema/他】 3/22から 「第1回 日本モンゴル映画祭」…ハーヴェスト・ムーン/獄舎Z/シティ・オブ・ウィンド/ホワイト・フラッグ/冬眠さえできれば/ターコイズの空の下で/他

▼北海道・東北
【苫小牧 シネマ・トーラス】 3/29~4/11 「シネマ・トーラス27周年記念作品」…ブルータリスト/ノー・アザー・ランド 故郷は他にない
【まちポレいわき】 3/21~27 「いわきポレポレ映画祭 2025 ありがとう、西田敏行さん」…ゲロッパ!/ナミヤ雑貨店の奇蹟/マエストロ!

▼関東・甲信越
【柏 キネマ旬報シアター】 3/22~28 「特集 旅立ちのうた」…コーダ あいのうた/シング・ストリート 未来へのうた
【東京 神保町シアター】 4/5~5/2 「映画で紐解く―花街、色街、おんなの街」…噂の女/濹東綺譚(1960)/赤線玉の井 ぬけられます/骨までしやぶる/甘い汗/フラワーズ・オブ・シャンハイ/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 4/12~5/2 「プレコード・ハリウッドⅡ」…夜の看護婦/特集社会面/歩道の三人女/獨裁大統領/従業員通用口/飢ゆるアメリカ/麦秋 むぎのあき/他
【塩山シネマ】 3/30~4/6 映画 ふしぎ駄菓子屋 銭天堂(2024年 監督/中田秀夫)

▼東海・北陸
【金沢 シネモンド】 3/29~4/4 「相米慎二特集」…お引越し/夏の庭 The Friends
【岐阜 ロイヤル劇場】 4/5~18 「時代を切り取る―ブラックコメディ!? 滝田洋二郎監督特集」…コミック雑誌なんかいらない!/僕らはみんな生きている(週替り上映)

▼関西
【京都文化博物館フィルムシアター】 3/20~4/29 「「日本のハリウッド・京都」撮影所特集」…羅生門/忠臣蔵(1912)/弥次喜多 善光寺詣り/快人狼/からくり蝶/赤西蠣太/他
【橋本 つくるがっこうイホルラ舎】 3/29 「はしのまち映画会」…よみがえりのレシピ(2011年 監督/渡辺智史)
【神戸 元町映画館】 3/29~4/4 レッド・パージ〜今に続く負の遺産(2024年 監督/鶴見昌彦)

▼中国・四国
【広島 横川シネマ】 3/27・28 「広島大学映画研究会特別企画2025:パレスチナ戦争(を/と共に)考える2本の映画」…ルート181/最初の54年間 軍事占領の簡易マニュアル
【徳山 シネマ・ヌーヴェル】 3月7日リニューアルオープン 3/21~4/4 アプレンティス ドナルド・トランプの創り方/おんどりの鳴く前に/セッションマン

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 4/2~20 「没後10年 原節子」…東京物語/晩春/麥秋/河内山宗俊/めし/青い山脈/続青い山脈/お嬢さん乾杯/白痴
【別府ブルーバード劇場】 3/21~27 サヨナラホームラン (2023年 監督/山田雅大)

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2025.3.20)
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