【「労働映画」のリアル】

労働映画のスターたち(83)

 阪東妻三郎
清水 浩之

《1925年のロックスター 剣の構えで語る「反骨」の人生論》

 今年、西暦2025年は「昭和100年」「放送100年」「戦後80年」など、様々なメモリアル・イヤーが重なり、歴史をあらためて知る機会が増えている。

 1925年の日本では「ラジオ放送開始」「治安維持法公布」「普通選挙法公布」(但し25歳以上の男子。女性参政権まではあと21年)などの出来事があったという。当時の人気スターを調べてみると、女優では岡田嘉子さん(1937年に旧ソ連への亡命=「恋の逃避行」を決行。1971年に一時帰国)、男優では「剣戟王」バンツマこと阪東妻三郎さんが、若い映画ファンの熱狂的な支持を集めていたらしい。

 昭和生まれの世代には田村三兄弟(高廣・正和・亮)のお父上としても知られるが、1953年に51歳の若さで亡くなっているため、全盛期を覚えている人は少ない。だが、彼がフィルムを大切に保管していた出世作『雄呂血 (おろち)』(1925年・二川文太郎監督)を観ると、100年前に巻き起こしたインパクトの大きさがよくわかる。

 江戸時代の中期、正義感の強い若侍が家老の息子の不興を買ったために周囲の誤解を招き、地位も将来も失って、お尋ね者の浪人に転落。初恋の相手の危機を知って、助けようとするが……。映画の最後に繰り広げられる大立ち回りで、数十名の役人を相手に独りで戦うバンツマ。十手、捕縄、六尺棒、熊手など様々な武器を薙ぎ払い、塀の上から屋根瓦を投げつけられると、刀で一閃し打ち砕く。延々と続く乱闘を俯瞰気味のアングルから見ると、怪獣ゴジラのような神々しささえも感じる。

 バンツマの新しさとは、それまで歌舞伎の様式美を踏襲していた「チャンバラ」を激しい乱闘に進化させたことだと言われるが、同時に、主人公を講談調の英雄豪傑から、大正デモクラシー期の若者たちが共感する、不公平な社会に服従したくない「怒れる若者」に一新したことも重要だと思う。敵に隙を与えない「青眼の構え」とは対照的に、刀を持つ右手を大きく広げたバンツマ独特の構えは、それ自体が人生論的な意味を持つとも言われた。サイレント映画の「もの言わぬロックスター」だ。

 バンツマこと本名・田村傳吉さんは1901年、東京・神田の木綿問屋の生まれ。父が破産したため立身出世の早道を求め、16歳で歌舞伎の11代目片岡仁左衛門に弟子入り。だが、家柄優先の世界に限界を感じ、活動写真のエキストラ出演や、旅回りの一座で役者の道を模索する。21歳のとき、興行に失敗して逼塞していたところを、京都のマキノ・プロに招かれる。

 「日本映画の父」と呼ばれた牧野省三率いるマキノ撮影所には、関東大震災直後、東京方面から多くの若手俳優やスタッフが合流していた。日活向島の女形俳優から監督に転身した衣笠貞之助。横浜・大正活映出身の内田吐夢、岡田時彦(岡田茉莉子さんの父)。浅草オペラから出発した脚本家・寿々喜多呂九平(すすきた・ろくへい)。バンツマは同じ下宿の呂九平と意気投合し、『鮮血の手形』(1923年・沼田紅緑監督)で初主演。呂九平脚本・二川監督とのトリオで『逆流』(1924)、『墓石が鼾する頃』(1925)と虚無的なヒーロー像を連作し、遂に『雄呂血』が実現した。

 同時期にブレイクした市川右太衛門、大河内傅次郎、片岡千恵蔵、嵐寛寿郎、林長二郎(後の長谷川一夫)とともに「時代劇六大スタア」と呼ばれ、トーキー映画への移行期に発声で苦労したりしながらも息長く活躍。40代に入ってからは『無法松の一生』(1943年・稲垣浩監督)での車夫、『狐の呉れた赤ん坊』(1945年・丸根賛太郎監督)の川越人足、『王将』(1948年・伊藤大輔監督)では棋士・坂田三吉と、純情と反骨心を併せ持った「いい奴」を好演。『破れ太鼓』(1949年・木下惠介監督)での頑固親爺の哀愁が高く評価された。もっといろいろな役柄を見てみたかった人だが、息子さんたちが志を受け継ぎ、数々の傑作を生み出したのはご存知の通りです。

映画『雄呂血<4Kデジタル修復版>』『阪妻 阪東妻三郎の生涯』:Amazon Prime Video「時代劇専門チャンネルNET」で配信

(しみず ひろゆき、映像ディレクター・映画祭コーディネーター)
     ____________________
●労働映画短信
◎働く文化ネット 「労働映画鑑賞会」
働く文化ネットでは、毎月「労働映画鑑賞会」を開催しています。お気軽にご参加ください(参加費無料・事前申込不要)。働く文化ネット公式ブログ http://hatarakubunka-net.hateblo.jp/

7月の労働映画鑑賞会 第107回「葉っぱビジネスでSDGs」
(※6月の上映作品変更により、1か月遅れの上映となります)
開催日:2025年7月10日(木)18時 (17時45分開場)
上映作品:『人生、いろどり』 
2012年/112分 監督:御法川修 製作・脚本:西口典子
出演:吉行和子 富司純子 中尾ミエ 平岡祐太 藤竜也 ほか
内容:葉っぱを売って2億円……四国で一番人口の少ない町で起こった<奇跡>の実話。高齢化と過疎化が進む徳島県上勝町で、70~80代の女性が中心となって、町内で採集した葉っぱや道端の草を料理の「つまもの」として販売し、売上高2億6000万円をあげるビジネスを成立させた実話を映画化。
会場:連合会館2階 203会議室(地下鉄千代田線 新御茶ノ水駅 B3出口)

◎【上映情報】労働映画列島!6月~7月
※《労働映画列島》で検索! https://shimizu4310.hateblo.jp/

◇新作ロードショー
メガロポリス 《6月20日(金)から 東京 TOHOシネマズ日比谷ほかで公開》 H・G・ウェルズ原作の映画『来るべき世界』から着想を得たSF叙事詩。富裕層と貧困層の格差が広がった社会で、理想の新都市を構想する建築家。(2024年 アメリカ 監督/フランシス・フォード・コッポラ)

フォーチュンクッキー 《6月27日(金)から 東京 新宿シネマカリテほかで公開》 カリフォルニア州フリーモントの菓子工場。アフガニスタン出身の女性が、クッキーに入れるメッセージに自分の電話番号を紛れ込ませると…。(2023年 アメリカ 監督/ババク・ジャラリ)

消防士 2001年、闘いの真実 《7月4日(金)から 東京 シネマート新宿ほかで公開》 2001年3月4日にソウルで発生した弘済洞(ホンジェドン)火災事故。消火活動に挑んだ消防士たちを描く。(2024年 韓国 監督/クァク・キョンテク)

炎はつなぐ 《7月19日(土)から 東京 ポレポレ東中野ほかで公開》 伝統工芸品の和ろうそくが、養蚕農家やハゼ蝋職人、藍染職人など14人の手を経て作られる過程を追う。(2025年 日本 監督/大西暢夫)

◇名画座・特集上映
▼全国
【札幌 シアターキノ/他6館】 6/26 チャップリン『黄金狂時代』100周年・世界同時上映
【東京 渋谷 シアター・イメージフォーラム/他】 6/28から 「EUフィルムデーズ2025」…アクメッド王子の冒険(ドイツ)/イヌとイタリア人、お断り!(フランス)/農民(ポーランド)/フリー(デンマーク)/他

▼北海道・東北
【秋田 アウトクロップ・シネマ】 6/21・22 本日公休(2023年 台湾)
【宮古 東屋の蔵】「シネマ・デ・アエル」…7/5・6 シサム/新米記者トロッ子 私がやらねば誰がやる!
【山形ドキュメンタリーフィルムライブラリー】 7/18 「懐かしいやまがた再発見 2025」…暮らしの中のゴミ/八森の夏季学生村/シーハイル蔵王/緑の芽 47インターハイの記録

▼関東・甲信越
【柏 キネマ旬報シアター】 6/28~7/4 「キネマ旬報シアターセレクションVol.10」…風たちの学校(監督:田中健太)
【東京 ラピュタ阿佐ヶ谷】 6/29~8/23 「日活映画黄金時代 水の江滝子レボリューション!」…初恋カナリヤ娘/狂った果実/霧笛が俺を呼んでいる/銀座の恋の物語/月曜日のユカ/他
【東京 シネマヴェーラ渋谷】 7/5~8/1 「人間を描く ウィリアム・ワイラー特集」…イカサマ商売/グッド・フェアリー/大自然の凱歌/嵐が丘/ミニヴァー夫人/我等の生涯の最良の年/他
【東京 京橋 国立映画アーカイブ】 7/15~8/24 「返還映画コレクション(3)第二次・劇映画篇」…召集令/進軍の歌/征戦愛馬譜 暁に祈る/姉の出征/愛國の花/海の母/サヨンの鐘/五重塔/他
【松本 上土シネマミュージアム】 6/21・22 「上土シネマでFilmプロジェクトvol.1」…キューポラのある街/帝銀事件 死刑囚

▼東海・北陸
【小松 團十郎芸術劇場うらら】「ウィークエンドシアターinうらら」…6/27 愛のアルバム 7/18 麗しのサブリナ 8/8 波止場
【ナゴヤキネマ・ノイ】 7/5~18 「ラウラ・シタレラ監督特集」…オステンデ/ドッグ・レディ/詩人たちはフアナ・ビニョッシに会いに行く

▼関西
【長浜 宮前舎】「宮前シネマ」…6/20・21 医学生、ガザへ行く(2021年 スペイン)
【大阪 九条 シネ・ヌーヴォ】 6/28~7/18 「IDE大インド映画祭2025」…アルケミスト/盲目の目撃者/最終ラウンド/ラストファーマー 最後の農夫/スルターン/ただ空高く舞え/叔父/他

▼中国・四国
【広島 八丁座/サロンシネマ/横川シネマ/広島市映像文化ライブラリー】 6/27~9月 「今夏、広島のスクリーンで平和の思いを新たに」…木の上の兵隊/ジョニーは戦争へ行った/野火/他
【徳島市シビックセンター】「徳島でみれない映画を観る会」…6/22 市民捜査官ドッキ 7/20 小学校 それは小さな社会 8/17 あの歌を憶えている 9/14 TATAMI

▼九州・沖縄
【福岡市総合図書館 映像ホール シネラ】 7/9~13 「アジアの女性映画監督再考 第6期:イラン篇」…あの家は黒い/オフ・ザ・リミット/青いベール/街の陰/母ギーラーネ
【那覇 桜坂劇場】 7/5・6 「20周年感謝祭!6作品無料上映」…米軍が最も恐れた男 その名はカメジロー/ホテル・ハイビスカス/パイナップル・ツアーズ/ナビィの恋/母なる証明/他

◎日本の労働映画百選
働く文化ネット労働映画百選選考委員会は、2014年10月以来、1年半をかけて、映画は日本の仕事と暮らし、働く人たちの悩みと希望、働くことの意義と喜びをどのように描いてきたのかについて検討を重ねてきました。その成果をふまえて、このたび働くことの今とこれからについて考えるために、一世紀余の映画史の中から百本の作品を選びました。

『日本の労働映画百選』電子書籍版(2021.04更新)
https://drive.google.com/file/d/1WUUYiMwhdncuwcskohSdrRnMxvIujMrm/view

(2025.6.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧