【コラム】槿と桜(134)

北朝鮮拉致被害 韓日の温度差

延 恩株

 2025年10月21日に日本の総理大臣に就任した武市首相が11月3日に東京都内で行われた、北朝鮮による拉致被害者の帰国を求める国民大集会に出席しました。そして、拉致被害者全員の帰国実現に心血を注いでいく。日本が主体的に行動することが重要であり、拉致被害者の方々の命と国家の主権がかかっているため、解決への手段を選ぶつもりはないとして、北朝鮮側に首脳会談を打診していると述べていました。
 以前から日本では北朝鮮による日本人拉致に対して日本全体が大きな問題として取り組んでいるのを目にするたびに韓国との温度差がかなりあることを感じていました。
 この温度差を生み出す決定的な違いは日本と北朝鮮はまったく異なる民族、国家ですが、韓国と北朝鮮は同一民族で、もともと一つの国家であったのが、分断されて二つの異なる政治体制が生まれ、現在も休戦状態が続いていることです。
 そのため、韓国では北朝鮮側からの軍事的侵攻を常に警戒しながら、その一方で38度線で分断されたために家族離散問題、南北統一問題、脱北者(北朝鮮から脱出してきた人びと)問題など日本とはかなり異なったいくつもの大きな問題と向き合わざるを得ない現状があります。

 日本では1970年代から1980年代にかけて日本人が突然、行方不明になる事件が日本国内のさまざまな地域だけでなく、海外でも同様のことが起きていました。
 その後、北朝鮮の工作員による組織的な動きだったことが判明したにもかかわらず、北朝鮮は拉致を否定していました。ところが2002年9月、小泉純一郎首相(当時)が北朝鮮の金正日(キムジョンイル 김정일)主席(当時)と平壌で会談した際に北朝鮮は初めて拉致を認めました。そして、その翌10月には、拉致被害者のうちの5人が日本へ戻されました。その後の調査や拉致被害者たちの証言から北朝鮮に拉致された日本人はまだ多くいるらしいことがわかってきました。
 一方、韓国での拉致に関しては、日本が戦争に敗れ、1945年に朝鮮半島が日本の植民地支配から解放された翌年の1946年から始まっていました。当時は朝鮮半島の国づくりがまだ混沌としていた時期で、大韓民国(韓国)も朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)もまだ生まれていませんでした。北朝鮮側の指導者だった金日成は南朝鮮側からインテリ階層を狙って連れてくる指示を出していて、これが北朝鮮による韓国人拉致問題の始まりと言われています。韓国では北朝鮮による拉致を拉北(ナップク 납북)、拉致被害者を拉北者(ナップクヂャ 납북자)と言います。
 1953年に朝鮮戦争が休戦状態になって以降、北朝鮮は多くの韓国人を拉致し、少し古い資料ですが、2014年の国連の調査委員会の報告書では、拉致被害者は約3800人で、そのうち516人は安否不明となっていましたが、現在までこの行方不明者の数は変わっていません。
 日本と比べますと拉致被害者は圧倒的に多いのですが、韓国国内での拉致問題への関心は日本ほどに高くないのが現状です。朝鮮戦争中に北朝鮮側に連行された人びとは10万人近くに上り、休戦後も捕虜となったまま抑留されていた軍人が5万人以上いて、これに離散家族も加えれば、北朝鮮側から今現在も戻っていない韓国人があまりにも多く、行方不明者の数も正確には掴めない状況だからです。
 それだけに明らかに北朝鮮に拉致されたことがわかっている人の家族は「拉北者家族会」(代表は崔成龍(최성용 チェ・ソンリョン))といった団体を結成して、被害者の帰国を促す活動を続けています。しかし、韓国政府には拉致被害者帰還に絞った日本のような動きはなく、事態の進展は見られていません。
 このような状況が続くなかで、「拉北者家族会」の人びとが2025年4月27日未明、北朝鮮との軍事境界線に近い坡州(파주 パジュ)市で、日韓両国の拉致問題を訴えるビラを風船につけ、北朝鮮へ向けて飛ばしました。このビラには、韓国の拉致被害者7人の写真や情報、それに日本人拉致被害者の横田めぐみさんの写真や情報も掲載していたようです。
 坡州市は、韓国京畿道北西部にあって、ソウルから北西部へ車で約1時間ほどに位置する市です。板門店のある軍事境界線(38度線)を挟んで北朝鮮に最も近く、非武装地帯がある韓国唯一の市となっています。ちなみに日本の神奈川県秦野市とは海外友好都市の関係を結んでいます。
 この坡州市から「拉北者家族会」が北朝鮮へ向けてビラを風船につけて飛ばしたのには地理的な関係から最も北朝鮮に近い場所だったからでした。こうした試みは2025年だけでも4月から6月まで3回試みられていました。

 このような被害者家族の切迫した思いからの行動に対して日本とは事情が大きく異なることを教えている実態があります。
 それは、ビラの散布に対して坡州市を管轄する京畿道が北朝鮮との政治的緊張が高まっているとして、坡州市を「危険区域」(ほかに金浦市、漣川郡を含む)に指定して、ビラの散布を処罰の対象としていることです(ビラ散布目的で関係者が危険区域に出入りしたり、その他の禁止命令、または制限命令に違反した場合、1年以下の懲役、または1000万ウォン(日本円で約100万円)以下の罰金刑)。北朝鮮からの直接的な軍事行動を警戒していることがわかります。
 さらに、非武装地帯を挟んで北朝鮮と接しているため、風船を飛ばすことで北朝鮮を刺激して、緊張が高まることをこの地域の住民は恐れています。実際、北朝鮮から報復のゴミ風船が飛来したり、拡声器で大音量の騒音を流されたりして生活や健康面での悪影響に悩まされる人が出ていました。

 拉致被害者家族による北朝鮮への風船によるビラ配布という示威活動が韓国の市民から反発を受け、自治体からも反対されてしまっているのです。さらに2025年6月9日に李在明政権下の韓国統一省が「拉北者家族会」が北朝鮮向けに風船を飛ばしてビラの散布をしたことは「朝鮮半島の緊張を高め、接境地域の住民の生命と安全を脅かす行為である」ため「強く中止を要請する」という事態にまでなっていました(『KOREA WAVE』2025年6月12日より)。
 これには李在明大統領が北朝鮮との関係改善のために融和姿勢を示す必要があるとの判断をしたことと大きく関係しています。被害者家族の示威行動を法的な措置を取ってまで止めさせようとする方向は日本では考えられないでしょう。
 このように韓国での北朝鮮による拉致問題は、拉致被害者の家族たちが政府へ要望書を送り、講演会を開き、北朝鮮への示威活動繰り返すほどには政府・世論の反応は消極的であり、場合によっては彼らの行動を抑圧する傾向があるのです。

 上述しましたように韓国と北朝鮮は同じ民族でありながら、朝鮮戦争で分断されてしまいました。戦争勃発の危機は休戦以降も何度かありました。しかし、韓国に住む人びとの多くは、それでも南北が統一されることを望み、二度と同じ民族同士が戦争をしてはならないという思いを抱いています。それだけにこうした思いが強ければ強いほど、「拉北者家族会」のような団体の行動は北朝鮮の反発を呼ぶ、危険な動きと捉えてしまう傾向があります(もちろんすべての韓国人ではありません)。

 拉致被害者家族の無念さを幾分でも和らげるには、李在明大統領の北朝鮮への融和的な姿勢(それは「拉北者家族会」の示威行動を法律的に抑え込もうとしていることにつながっています)に舵をきるならば、その姿勢を強く推進し、北朝鮮からの軟化姿勢を引き出さなければならないでしょう。
 しかし、北朝鮮は2023年に南北統一を進めるという方向性を否定しています。2024年にはロシアのウクライナ侵略戦争に北朝鮮軍を派兵して支援し、事実上の軍事同盟を結び、韓国を「敵国」として位置づけました。
 このような情勢であるだけに、李在明大統領の対北朝鮮政策が一気に良好な方向に進むとは思えませんし、韓国での拉致問題解決も国民の全面的な支援が得られない中で、解決までには多くの困難があると言えるでしょう。

大妻女子大学教授
(2025.11.20)
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