【ドクター・いろひらのコラム】(8)

医師にとっての「生命」とデモクラシー

色平 哲郎

 日本とアメリカを比較する尺度の一つに「女性の社会進出」がある。米国医科大学協会のデータによれば、2019年に全米の医学部に在籍する学生のうち、女性は50・5%、男性は49・4%。近年、女性の入学者が増え続け、男女比が逆転したという。

 そのころ、日本では大学医学部の入試で女子学生や浪人生を不利に扱う不正が発覚し、大変な騒ぎだった。第三者委員会が設けられ、調査をして改善策がとられたようだが、医学部の女性比率はアメリカに遠く及ばない。

 アメリカは、平等の条件で試験を実施し、男だろうが女だろうが高い点数をとった者を合格させる。世界的な競争の波にさらされているので、性別に関係なく「優秀な人材」を求めている。背景には、医師とコメディカル、あるいは医師どうしの分業が合理的に行われ、労働環境、就労体制が整っていることがある。女性医師も仕事場に溶け込みやすいのだ。

 かたや日本の医療界では、女医は体力がない、妊娠・出産で現場を離れるから戦力にならないと見下されてきた。とくに外科は、主治医が手術後も24時間体制で患者さんに張りつき、術後管理に携わる、そんな自己犠牲が当たり前とされてきた。だから男性にしか務まらない、という決めつけがはびこった。
 しかし、現在では腹腔鏡・胸腔鏡を含めた「鏡視下手術」が標準となり、外科医の体力的負担感は軽減傾向であるという。仕事の合理的な分業、効率化を進め、男女が助けあって働ける環境をつくる機は熟した。また、そうできないようだと日本は長期停滞から抜け出せまい。

 男女が平等に働けるかどうかは、デモクラシーの問題でもある。20世紀前半、日本の女性は家に縛りつけられ、参政権もなかった。そうした状況で、平塚らいてうや市川房枝は、大正デモクラシーを背景に婦人運動を起こし、人間としての権利を獲得していった。

 では、私たち医師にとってデモクラシーとはどのようなものだろうか。ピラミッド組織で生きている医療者は、ともすれば職業意識が強すぎてデモクラシーを見失いがちだ。
 そこで紹介したい本がある。小児科医でエッセイストとしても知られる松田道雄氏の『私は女性にしか期待しない』(岩波新書)だ。この本のなかで、松田氏は「生命」の視点からデモクラシーを見事に定義しているので、引用しておこう。

 〈生命が尊いのは、生きるか、死ぬか、をきめるのは本人だけの権利で誰にもゆずれないからです。この権利を人間であるかぎり、能力と関係なしに、平等にもっているのが、デモクラシーです。他人の能力を評価する人間に、生命を左右する特権をもたせないのです〉。

 太平洋戦争中、軍医としてビルマ(現・ミャンマー)に派遣される予定だった松田ドクターらしい生命観であり、デモクラシー論であろう。

 私事ながら、この春から大学院で隔週の講義を始めた。参加する女性院生たちのひたむきさに感銘を覚えている。

 JA長野厚生連・佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長

※この記事は著者の許諾を得て『大阪保険医雑誌』2024年8・9月合併号から転載したものです。文責は『オルタ広場』編集事務局にあります。
 https://osaka-hk.org/posts/zasshi202408_09-696
 
(2025.1.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ掲載号トップ直前のページへ戻るページのトップバックナンバー執筆者一覧