■≪コラム≫【槿と桜】(137)
名門大学の定期試験で大量不正行為
ソウル大学、高麗大学、延世大学といえば韓国を代表する名門大学で、毎年、受験生の1%程度しか合格できないと言われている超難関校です。それだけ社会的評価も高く、社会に出てからは韓国という国の中枢を担う人たちと見られています。3大学を合せて、そのアルファベット表記の頭文字から「SKY」と呼ばれていて、韓国では別格扱いされています。
ところが2025年10月に延世大学が実施した定期中間試験のある科目で、AIを使った不正行為が行なわれていたことが翌11月に発覚し、韓国内に大きな衝撃を与え、波紋が広がりました。それに続いて高麗大学、ソウル大学でも同様の不正行為が行なわれていたことが明らかになって、大学内の問題としてだけでなく、人間とAIとの関係性、もちろん〝学ぶ〟という今回の事案に関わる問題点や対応方法など社会的な問題に発展しています。ただし、現在もさまざまな意見が出ていますが、社会的に明確な対処方法が示されているわけではありません。
一方、韓国のイ・ジェミョン(李在明)大統領は2025年6月に経済や社会全体の発展を目指すため、韓国をアメリカ、中国と並ぶ「AI三大強国」に育てるという政策を打ち出していました。いわば国家主導でAI投資を最優先させて技術を発展させ、経済の持続的な成長を促そうというわけです。そのため理工系人材の育成を支援するとして、小学生から大学院生までの学ぶ人たちだけでなく、経験豊かな研究者まで理工系人材を途切れなく支援するとしています。
こうした政策が反映されているからでしょう、韓国(日本でもそうですが)では、AIが人びとの生活と切り離せないものになってきているという実感を持つ人が増えてきています。これからの社会はAIが支える、そのためAIについての知識を持ち、使いこなせないと落伍者になってしまう、AIをうまく活用できる者が成功者となる、といった思いは若い人ほど強く持ち始めてきています。
そのような中で起きたのが、「SKY」でのAIを利用した試験での不正でした。
これらの不正受験は、見方を変えれば、AIというものをよく知っている、AIをうまく活用できる、といった時代の先端を走る頭脳明晰な学生たちが行っていて、ある意味では李在明大統領の政策を実践したとも言えます。
もちろんこれは私の皮肉ですが、試験とカンニング(不正受験)は試験というものが登場してきたときからついて回ってきています。たとえば、中国の隋代の西暦598年から清代の1905年まで、およそ1300年間続いた官吏登用試験の「科挙」でのさまざまなカンニング方法はよく知られています。
現在、韓国、中国、日本でも管理、監督が厳しい大学入試でさえ不正受験が起きるのがそう珍しくありません。ましてや今回の不正は大学の定期試験でのことだったわけで、管理、監督が甘かったことはいうまでもありません。
さらにこの3大学の不正受験には共通の条件が揃っていました。
① 大人数の受講生(延世大学は600人、高麗大学は1400人)
② オンライン授業(教室で教えず非対面での講義授業)
③ 試験もオンライン(動画)
日本の大学で教えている私からしますと、受講生が600人、さらには1400人と知って、どうしてこのような大人数で大学側が授業を実施したのか理解不能になります。また教師もなぜこのような大人数での授業を引き受けたのか、これまた理解不能になります。
ただ韓国と日本の大学状況が異なりますので、韓国では「理解不能」ではないのかもしれませんが。それにしてもこうした授業を担当した先生は大変だろうと同情せずにいられません。私もコロナ襲来中はやむを得ずオンライン授業を行いましたが、教室で授業するのとは違って学生の反応が掴めず、一方通行の授業となり、非常に教えにくかった体験をしました。
今回の不正受験では、試験もオンラインで実施したようですので、たとえAIを使わなくても他の方法でも不正はできただろうと思います。画面の映らない場所に参考書を置いたり、携帯やもう1台パソコンを置いてそれを利用することも可能だったはずだからです。私の経験からするとオンラインでの試験は〝不正の勧め〟をしているようなものだと思います。
これまた私の経験ですが、試験に代えてレポート提出も最近では成績評価を出すためには利用しにくくなっています。なぜなら受講生はネット上から私が出した課題に適した文章を探し出してコピーし、それを貼り付けて(いわゆる「コピペ」と呼ばれていて、「コピー &ペースト」の略語)レポートとして提出することが少なくないからです。そして今では日本でも学生たちがAIにレポートを作成させるようにもなってきています。
また600人、1400人の試験を採点しなければならない教員はあまりにも大変だろうと、これまた同情してしまいます。私など一科目35~40人の語学試験の採点でさえ大変なのですが、レポートとなると読まないことには判断できないのですから、それに取られる時間は半端ではないと思います。結果的には600人中190人、受講生の約3分の1が不正をしていたことがわかったというわけでしょう。担当教員が不正を名乗り出れば成績を0点、名乗り出なければ「有期停学」にすると不正学生たちに伝えた気持ちは理解できます。
しかし、こうしたその場の解決はできても、AIが日常生活の中にまで入り始めていて、さらに大学などの高等教育機関では授業の中で積極的に教え、使うようになってきているのが現状です。このような状況だからこそ、オンライン授業による大量受講での教育効果と教室での対面授業での教育効果、さらにはデジタル化して画面を見ながらの授業と黒板(白板)に教師が文字を書きながら、学生にノートを取らせる授業での教育効果などの比較検討が必要になっていると思います。さらに試験というものをどのように位置付けて、どのような形式で行うのがより教育効果を上げられるのかといった検証も必要なのではないでしょうか。
今回のようなこうした大学定期試験での大量不正が起きたことで、学生に対する処罰は当然でしょうが、授業形態や試験形式で、教える側が時代の動きに合わせられず、立ち遅れてしまっていることを露呈させてしまったと言えます。
「人間は考える葦である」とは、フランスの思想家パスカル(1623年〜1662年)の言葉としてよく知られています。人間がAIを利用していると思いながら、いつの間にかAIに頼るようになってきてしまった今回の不正受験はこのパスカルの言葉を忘れてしまっていたのだろうと思います。
パスカルは人間は、葦のように細く弱い存在だけれど、思考するすばらしい力を持っていて、その思考力で考え出すことの重要さをこの言葉に込めていました。
AIが考え出したすばらしい文句のつけようのない解答より、どんなにつたなくても自分という人間が思考して考え出した解答の方がAIとは比較できないほど大切だと思います。こうしたことを幼いときから教えていかなければ、人間はやがてAIに使われるようになってしまう恐ろしい時代になるかもしれません。いやその危険性は今回のAIを使った不正受験で、もうそこまで近づいていることを教えています。
大妻女子大学教授
(2026.02.20)
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