【コラム】
有閑随感録(71)
森友学園文書非公開「違憲」判決に思う
矢口 英佑
8年前に学校法人・森友学園への国有地払い下げ価格が不当に安いとされて問題となり、その売却経緯の記録文書を開示しないとした国に対して近畿財務局の職員だった赤木俊夫さんの妻が関連文書の開示を求めた裁判「森友文書非開示取り消し訴訟」に対し、大阪高裁は2025年1月末、公文書の非開示は「違法」とした。
この「違法」判決に対して政府は上告しない方針であることを加藤財務大臣が石破総理大臣からの指示として発表した。あまりにも当然のことなのに裁判所の判決に従うとして今頃になって、という思いは強いが、安倍時代の強行路線から様変わりしたことは確かなようだ。しかし、この政府の姿勢転換が少数与党に追い込まれた現在の自民党だからなのか、石破氏の個人的な思いが反映され、それなりの指導力が発揮された結果なのかは今後の政府の動きを見る必要がありそうである。
しかし、私たちは今後の政府の対応に厳しい目を向けていかなければならない。と言うのも、なぜこの事案が裁判沙汰にまでなっていたのか、その根っ子にある問題を忘れてはならないからである。
そのためには少しおさらいが必要のようである。
2017年2月9日に朝日新聞が朝刊一面トップで取り上げたことがきっかけだった。大阪府豊中市の国有地に対して財務省の出先機関である近畿財務局が2013年に売却先を公募し、2016年に森友学園に売却された。ところが、それ以前にこの土地に隣接する少し広い面積の国有地が14億円余で豊中市に売却されており、森友学園に売却された国有地の不動産鑑定評価価格は10億円近かったのである。しかし森本学園への売却額はわずか約1億3400万円だったのである。
奇怪なことがこのあたりから起き始める。その一つは、売却金額が朝日新聞の取材でわかる前に、近畿財務局は地元市議の求めに対し売却額の公表を拒否していたのである。
なぜ〝売却額の公表拒否〟をしなければならなかったのか。常識的に考えて、まず考えられるのは、売却額があまりにも安すぎると近畿財務局も理解しており、もちろんその理由も承知していた。したがってその価格が広く知られてしまえば、社会的には当然「なぜ」の疑問が大きく膨らんでくるため、それを避けようとしたからだろう。さらには売却先の森本学園に何らかの不都合、不利益が生じるだけでなく、どこに飛び火するかわからない事態(飛び火するであろう組織や人物はある程度すでに想定できていた)になることを避けようとしたからだろう。
簡単に言えば、〝売却額の公表拒否〟は火種となる〝疑惑〟を早い段階で消そうとしたのである。その意味では朝日新聞の調査・取材は社会の木鐸としての役目を果たしたと言える。
森本学園への売却額が約1億3400万円だったことが『朝日新聞』によってすっぱ抜かれると、なぜ不動産鑑定価格よりも8億円以上も安く値引きされたのか、という当然の疑問が出てくることになった。奇怪なことの二つ目は、その理由の説明として、近畿財務局は森本学園に売却した土地の地中から見つかった大量のゴミの除去費用という理由を持ち出して、中央突破を図ろうとしたのだった。だが、これまた常識的に言って、ゴミ除去に8億円以上も必要だったという一連の説明に納得する者などいるはずもなかった。
つまり〝疑惑〟や〝疑念〟とは、〝変だ、おかしい〟に対する説明や釈明に納得できないから生じるわけで、納得できない側はさらに調査、追求を進めることになるし、その声は次第に大きくなるものである。
しかもさらに新たな疑惑——学校法人森友学園の籠池泰典理事長と安倍晋三首相(当時)との浅からぬ関係——が浮かんできたのである。
籠池氏はこの取得した国有地だった土地に「日本で初めての神道の小学校」を開設するとしていたのだが、憲法改正を求める日本会議は安倍首相の有力な支持団体で、籠池氏はその日本会議の大阪の役員だった。それに加えて、籠池氏はその開校予定の小学校を「安倍晋三記念小学校」とし、名誉校長に安倍首相の妻・昭恵氏の就任を計画していたという。
こうした事実から〝疑惑〟への社会での常識的な判断としては、籠池氏と安倍首相との特別な関わりから国有地が不当に安く払い下げられたと見るような動きとなったし、当然だったろう。
この事案が明らかにされると、2017年2月17日の衆院予算委員会で安倍首相は、
「私も妻も一切、この認可にも、国有地の払い下げにも関係していない」として「私や妻が関係していたとなれば、総理大臣も国会議員も辞める」と大見得を切ったのだった。
この答弁を信じた国民がどれだけいたのだろうか。籠池、安倍両氏の不透明な関係は現在までも依然として〝疑惑〟として残り続けていると言っていいだろう。
繰り返すが、〝疑惑〟をかけられた側は、事実を明らかにすることが種々の理由から憚られるため、事実と異なる〝事実もどき〟を提示したり、追求をかわすための硬軟取り混ぜた説明や手段を持ち出してくるものである。
国有地払い下げ価格の不公表、ゴミ除去に8億円必要、などはその典型であり、そうした中で関係者たちをさらに窮地に追い込んだのは安倍首相の予算委員会での大見得だったのではないだろうか。
その結果、驚くべきことに翌年2018年3月に森友学園と近畿財務局との土地払い下げに関わる交渉を時系列的に記録した財務省の公文書が、疑惑発覚後、国会議員に開示されたものが書き換えられていたのである。
これは間違いなく犯罪である。それにもかかわらずその後には関連文書の存否も明らかにしなくなるのだが、公文書改ざんが発覚するや、直後に近畿財務局の職員・赤木俊夫さんの自死という悲惨事が起きてしまったのである。彼は上司の命令で森友関連の公文書を改ざんさせられていたのだった。
冒頭に示した高等裁判所の判決は、森友問題の公文書の非開示が「違法」としただけである。次々に疑惑を浮上させていった森友事件は、いったい「誰」が指示したのか、その点が明らかにされないかぎり、赤城さんの自死は報われないだろう。私が言う「誰が」が改ざんを命じた人物でないことは言うまでもない。
2025年2月6日、石破首相は記者団に対し「赤木さんが強い使命感と責任感を持って仕事にあたってこられたと聞いており、そういう方がみずから命を絶たれたことは重く受け止める」と語ったという。
今回の判決では文書の開示まで命じていないだけに、財務省が関連文書の存在は認めながら不開示の決定を出すこともあり得るし、たとえ開示したとしても姑息な手段に出る可能性もあり、いわば本丸の「誰」に行き着くまでにはまだまだ道のりは遠く、その手前で事をうやむやに終結させてはならない。
元大学教員
(2025.3.20)
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