【コラム】

有閑随感録(74)

書店倒産減少だそうだが
矢口 英佑

 「書籍離れ」と言われて久しく、紙書籍に対する需要が減少して閉店ラッシュとも言えそうな状況が続いていると思っていた。ところが、2025年6月の帝国データバンク公表によると、2025年1〜5月の書店の倒産(負債1000万円以上、法的整理)は1件にとどまり、このペースが続けば、2025年通年でも過去最少となるかもしれないというのである。
 日本人、特に若者たちが紙の本を読まない「書籍離れ」の理由には、電子書籍の普及やスマホなどからの情報収集量が圧倒的に増えてきていることがある。さらに書店減少には、アマゾンのようなネット上での書籍注文が増加して、注文した翌日には手元に届くという利便性が大きく影響している。
 こうした書籍を取り巻く状況は書店にとっては脅威であり、撤退も仕方ないと見られていただけに今回の帝国データバンクの公表は少々意外だった。
 なんでも書店側の企業努力が功を奏してきたというもので、不採算店舗の閉鎖や従業員の削減のほかに、書店を単なる書籍販売店とするのではなく、文房具や雑貨の取り扱いを強化したり、雑貨販売面積を広げるケースや、あるいは喫茶コーナーを充実させ、顧客を長時間店内にとどまらせる「滞在型」を目指す動きが顕著になってきているというのである。
 そう言われると、神保町のある書店は店内に入るとゆったりとしたソファーやそれに合わせたテーブルが店内の真ん中にいくつも置かれ、靴を脱ぐこともできるようになっている。そして、書籍はソファーやテーブルを囲むようにゆったりと置かれている。店内が広いために圧迫感は全く感じられない。さらにその店内の奥にあるスタンドではコーヒー等の飲み物が注文できる。しかも夕方からは、さらに奥にかなり広めの一部屋があって、そこではアルコール類が飲めるようにもなっている。もう一軒の店は書店というより喫茶店・軽食店と言っても良いくらいなのだが、もちろん壁面にはびっしりと書籍が並んでいる。データバンクの公表を裏付けるようにいずれの店も店内はいつ見ても客は多めである。
 
 しかし、それでもやはり「だが」と思わずにいられない。書店が書店として本来の書籍販売という目的での利益が大幅に改善しているとは思えないからである。
 紙の出版物の流通ルートは、出版社→取次→書店だ。出版社が書籍を作り、日販やトーハンなどの取次店と呼ばれる卸業者が全国の書店に配送し、書店が来店した買い手に販売する。本来なら独占禁止法に違反しているのだが、この3者による「再販制度」が現在も維持されている
 商売が成り立つためには、当然のことだが、粗利益以内に支出が抑えられないと赤字となってしまい、商売は続けられないことになる。書店も例外ではなく、書店の経営が順調だったのは1990年代までで、当時は漫画(コミックス)と雑誌、週刊誌によって支えられていたのである。雑誌、週刊誌は週刊、月刊いずれも最新号が定期的に刊行され、安い価格で大量に売れるだけに取次店が全国に張り巡らせた流通網で、大量の雑誌、週刊誌類を全国の書店に素早く届け、一般書籍はそれらを積んだトラックに混載して配送されていた。
 そのコミック、雑誌類(紙媒体)の売り上げが全盛時の3割程度に落ち込んでしまっている現在、それらが売り上げの中心であっただけに書店の経営は厳しくなり、取次店による書籍の配送が遅くなったり届けられなくなっているのだ。取次店のトーハン、日販も2023年度でそれぞれ約13億円、約36億円の赤字経営となってしまっている。
 
 書店は再販制度で販売価格が決められているため書店側が自由裁量で価格を変えることができない。そして、書店の平均的な粗利率は20%〜24%とこれまた決められていて、書店は販売価格も仕入価格もみずから決めることはできない。つまり、利幅の改善ができないのに人件費、家賃、水道光熱費、電子決済手数料は増加するばかりで、他の商売(?)と一緒に展開しないかぎり赤字になるのは避けられないことになる。
 このようにみるなら帝国データバンクの公表は書店側の必死の努力が功を奏しているのだが、決して書籍部門だけでの好転ではないことがわかるだろう。
  
 今後、出版界はどうすれば改善できるのか。これまでにもこの欄で書いたことがあるが
 まず書店は、① 再販制度を廃止する。② そのため自主的仕入れ、完売を可能にする。③ みずからの手で特色ある書店作りに積極的に取り組む。
 出版社は、① 再販制度を廃止する。② 書店の粗利率を上げることに同意する。③ 薄利多刊行をやめる。④ 刊行物の価格を上げる。⑤ 刊行前に印刷部数を把握して残部を適数量とする。
  
 といったことが思い浮かぶが、所詮はごまめの歯ぎしりか。

元大学教員

(2025.6.20)
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