【コラム】

有閑随感録(75)

食糧危機を思う
矢口 英佑

 スーパーマーケットの米売り場での値段が次第に値上がりしてきたのは2024年の春頃からで、米が売り場から消え始めたのは8月頃からだったろうか。総務省「小売物価統計調査」を参考にすれば2021年1月当時の米(コシヒカリ)5キロあたりの価格と2024年12月のそれとではおよそ1600〜1700円ほど高くなっていた。ただし地域差はあるのだが。
 その後も米価格は上昇、結局、政府は2025年3月に備蓄米放出を始めたが、我が町のスーパーマーケットに備蓄米が並び始めたのは6月中旬以降だった。これも地域差がある。
 それにしてもこれほど米価が高騰するとは……。
 
 かつて米は日本人の主食だったが、戦後の欧米化の波は食生活にも及び、良く言えば食のグローバル化だが、米以外の食物を日本人が食べ始めた。それらの食糧は日本国内産では賄えず、食料の自給率低下につながっていった。自給率が低いということは、国内で生産される食料だけでは日本人の食生活を維持できないため国外から輸入しなければならないということである。
 2023年度の日本の食料自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースで61%(農林水産省の2024年8月公表による)だったという。一般的に「食料自給率」といえばカロリーベースの数字を指すことが多いのだが、国民の栄養摂取量を満たすために必要なカロリーのうち国内で生産した食料のカロリーが38%という意味である。いかにも少ない数字だが、この中には米も入っているはずである。
 なにしろ日本の政府は1971年から「減反政策」を導入して米の生産量減少を意図的に実施して、米余りを防ごうとしてきていたのである(2018年度に廃止)から。
 米の生産過剰によって米価が下がり、米生産者の赤字経営に陥るのを避けるために、生産量を消費量に合わせて国内の米価を安定させることを目的とした政策だった。
 しかし生産量と消費量をギリギリの線で維持する政策が2018年まで維持されてきたことに驚くばかりである。なぜなら地球温暖化によって気候が異常化してきており、これまでのように農作物の生産が順調に進まなくなってきているのは今に始まった事ではないからである。1993年には全国的な天候不順(冷夏と多くの台風襲来)で米不足が起こり、タイから急遽、米を輸入する事態になっていた。しかし喉元過ぎればで、日本はその後も減反政策をやめなかったのである。

 こうした不測の事態(いや、今や予測可能な事態と言うべきだろう)は日本だけでなく世界各地に起きてきているのである。
 2022年1月に日本のマクドナルド店が「マックフライポテト」の販売を一期間、中止したことは記憶に新しいのではないだろうか。その理由は、北米から輸入しているポテト(マクドナルドのポテトは日本産ではなく、北米産だったのである)の船便の経由地であるカナダ・バンクーバー港近郊での大規模な水害とコロナ流行でのサプライチェーンの混乱の影響だった。
 このような国際的な流通上での異変や悪天候などによる生産量の減少などの影響で食料の安定供給が脅かされる可能性はますます高まってきているのである。
 今回の米騒動が我々日本人に教えていることは日本人は米を食べなくなったと言ってもやはり主食としての存在であり続けているということだろう。
 食料自給率の低迷は食の問題としてだけあるのではない。我々日本人の生活に大きく影響を与えてしまうことは上述した事柄だけでもわかるはずである。
 
 今回の米不足、米価高騰が教えていること、そして、日本の食料自給率が低迷していることは、日本の農業政策の失敗があると言わざるを得ない。要するに農業を含めた第一次産業が魅力ある仕事、大切な仕事で、そうした仕事に従事しようと思うような政策をとってこなかったのである。減反政策などはまさに逆方向の政策であり、農地減少、後継者減少、農業従事者減少は当然の帰結と言わざるを得ない。その結果、生産者の高齢化、耕作放棄地の増加は眼を覆うばかりとなってしまっている。
 私の親類も新潟で米作りをしているが、長男は米作りを継がず、サラリーマンになってしまい、結局、娘の夫に米作りを託すことにしたようであるが、引き継ぐ者がいるだけまだマシというものだろう。
 農業を取り巻く環境は気候変動という点だけを見ても厳しさが増している。異常気象と呼ばれる天候の異変は農業生産に大きな影響を与え、収穫量に直結する不安定要因として大きくなってきている。毎年のようにテレビの画面に台風や豪雨、長雨が頻発することで収穫できなくなった米や果物を前にして嘆き、落胆した生産者の顔が映し出されているではないか。それに加えて輸入穀物や食料品との価格競争は激しく、農業からの撤退を余儀なくされる生産者も少なくない。生産力の低下は食糧自給率のさらなる低下につながる。

 今回の米騒動を受けて、石破茂首相は7月1日、米の安定供給に関する関係閣僚会議で、2025年産からコメを増産する方針を示した。これまでの政府の方針を大きく変えるものだが、「こんな騒動が起きてようやく気がついたのか。こちとらはずっと減反政策反対派だった」と憎まれ口をききたくなる。政府は4月に策定した食料・農業・農村基本計画で米の生産量を2023年の791万トンから2030年に818万トンに増産するとしていたが、どんなに音頭をとっても踊るのは生産者だ。生産者が納得できる足腰のしっかりとした、さまざまな財政的な支援策を打ち出さなければならないのは言うまでもない。減反で減少した耕作地の回復や高齢化した生産者をどのように若返りさせるのか、何よりも農業従事者の増加をどのように進めるのか、石破首相は「生産者の皆様の所得が確保され、不安なく増産に取り組めるような新たなコメ政策に転換する」と述べていたが、生半可な取り組みでは実効果を上げる事は至難だろう。しかも単に米作だけの話ではないのだ。
 さらに地球規模で見れば、食料危機は深刻な問題となってきている。自然災害は世界中で頻発しており、地球温暖化による気候変動(人間が作り出したものにほかならない)や世界各地域での戦争は食料生産に悪影響を及ぼし、飢える国や人びとが増加してきている。確実に食料不足が進行している。食糧不足は食料価格の高騰につながり、貧しい者はますます飢えていくことになる。
 こうした地球規模の状況があるにもかかわらず、日本の食糧自給率低迷からの脱却に日本の歴代の政府は本格的に取り組んでこなかった。今回の米騒動は食料のすべての問題に通じており、日本人が食糧危機に直面する確率はますます膨らんできているのだ。

  元大学教員

(2025.7.20)
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