【コラム】

有閑随感録(77)

石破首相辞任 一人のアメリカ人の捉え方
矢口 英佑

 石破首相が9月7日に自民党総裁の職を辞すると表明した。アメリカの関税措置に関する交渉に一つの区切りがついたことが総理大臣辞任の理由としていた。だがそれはあくまでも表向きのコメントであり、内心ではそう思っていなかったことは次のような石破首相の記者会見上での言葉から理解できる。
 「まだやり遂げなければならないことがあるという思いもある中、身をひくという苦渋の決断をした」
 まだやり遂げていない政策として、石破首相はアメリカの関税措置を受けた国内産業への支援、防災庁の設置、物価上昇を上回る賃金上昇、それにコメ政策を含めた農政改革を挙げており、決して一区切りなどついていないのは明らかで、まさに苦渋の選択だったのだろう。
 また次のようなコメントは石破首相も日本人であり、日本の政治家だったことを改めて確認させられた。このようなことを言うのは、対極にトランプというアメリカの大統領がいるからである。
 「『石破なら変えてくれる。石破らしくやってくれ』という強い期待で総裁になったと思うが党内で大きな勢力を持っているわけでもなく多くの方々に配意しながら融和に努め、誠心誠意努めてきたことが結果として『らしさ』を失うことになった。『どうしたらよかったのかな』という思いはある」と。
 みずからこのように語らなければならなかった石破氏の気持ちを思えばお気の毒にと言うしかない。結局、多勢に無勢で追い落とされてしまったのだから。
  
 参議院選挙での自民党の敗北が決まるや、すぐさま〝けじめをつける〟〝責任をとる〟ということで石破退陣が既定路線のように言われはじめた。その時、私は自民党支持者ではない(いや、だからこそかもしれない)が、ひそかに石破退陣必要なしと見ていた。なぜなら衆議院、参議院両選挙の自民党敗北要因は石破氏ではなく自民党の体質こそ、その責任は大きいと思っていたからである。なぜ挙党一致で首相を支え、山積みされている国民的な課題に向けて取り組もうとしないのか。首のすげ替えに躍起となっている自民党には呆れるばかりで、これではますます国民の自民党離れが進むのは当然だろう。
 
 ところでこの石破首相退任について、私の知り合いであるアメリカ人が日本人とは異なる視点から石破氏の退任を惜しんでいた。彼のブログを拾い読みした概要を以下に示してみよう。
 石破茂氏の首相辞任は、参議院選挙での自民党敗北の責任を踏まえ、やむを得ない措置とメディアでは喧伝されていたが、多くの日本人は石破氏の勇気、明確な情報に基づいた対応、同僚たちへの敬意により、多くの市民からは支持されていた。彼と直接話す機会は一度だけだったが、率直な態度に感銘を受けたし、他の自民党政治家のように反中国、嫌韓国発言を控えていたことにも好感を持っていた。
 他のG7諸国が沈黙するか、アメリカとイスラエルを支持している時、石破首相はガザからの難民を受け入れ、イラン、ロシア、中国と対立を繰り返すアメリカからの押し付けに抵抗し、日本は前例のない勇敢な立場をとった。
 またトランプ政権とワシントンDCの金融大手がAIと貿易、物流、サプライチェーンなどをコントロールして全世界を乗っ取ろうと計画している時に石破首相は途方もない厄介な存在となっていた。
 トランプ政権は高市早苗元経済安全保障大臣や小泉進次郎現農林大臣のような人物を首相に就任させようと動くだろう。二人ともワシントンのシンクタンクと関わりがあり、石破首相とは異なって、ワシントンの命令に従うことで利益を得る立場にある。
 トランプのチームの支援を受けて創設された極右政党・参政党は、MAGAが共和党を破壊したように自民党を破壊しようとするだろう。自民党は多様な意見を認めた封建体制だったが、その時代はもうすぐ終わるかもしれない。
 自民党の腐敗した体質とトランプ政権との密接さからは、石破首相に目覚ましい改革の実行を期待するのは非現実的だったが、一瞬にしても彼は輝いた。

 このようにアメリカのトランプ政権と世界の動き、そして石破首相、自民党の体質、さらには参政党まで持ち出して今回の石破首相退陣と今後の日本の政治について述べた意見は日本ではあまり見かけないようである。
 いずれにしても彼の捉え方や分析が正鵠を射ているのか否かは、今後の日本の動きが回答を示すことになるのだろう。
  
 それにしても退陣表明の際に自民党の在り方について石破首相は
 「『今さえよければよい』とか『自分さえよければよい』といった政党であっては決してならない。寛容と包摂を旨とする保守政党で真の国民政党でなければならない。自民党が信頼を失えば日本政治は安易なポピュリズムに陥るという危惧を強めている」と述べたという。
 この危機感、すでに実際に非常な勢いで実態化してきている。立憲民主党の野田党首が今回の総裁立候補者の顔ぶれを見て「敗者復活戦」と評したようだが、せめて次の総裁には石破首相の思いを忘れないでほしいものである。
 
元大学教員

(2025.9.20)
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