【コラム】

有閑随感録(79)

ある小出版社の話
矢口 英佑

 小出版社の社員と雑談をしていると、どうしても最近の出版界の様子や書籍販売戦略、編集者の雇用状況などが話題になる。だが当然、どれも景気のいい話は出てこない。それどころか、いくつものつき合いのあった出版社が次々に店じまいをしていくとのことで、書籍文化の衰退の波が弱・小出版社を直撃しているらしい。
 もちろん自分のところも他人事ではないと言いながら、これまでの〝薄利多種多売〟の方向をやめて、〝厚利少種少売〟を進め、さらに原稿にもよるが、出版希望者から出版協力費といった類の一定程度の資金を提供してもらう、ということになるようだとのこと。
 確かに〝厚利少種少売〟は一つの経営方針として考えられる。〝薄利多種多売〟は利益率が低いため、多く売れなければならない。だが、全国の書店が確実に減少し、取次店の日版、トーハンの扱う書籍数がこれまた減少を続け、さらに運行便の減少から小売店に届くまでに日数が多くかかるとなれば、踏んだり蹴ったりの状況になりつつあるのだ。なにせ新刊本を売ってくれる小売店が年々減少しているのだから、これまでの印刷部数では捌けずに在庫が増えるばかりということにもなりかねない。また〝多売〟するためには広範囲に新刊本が行き渡らなければならないのだが、上記の理由に加えて、流通が順調とは言えない最近の人手不足では難しくなってきている。
 どうせ多くの人びとの手に届かないなら、買い手を絞って限定的にし、一定の読者に的を絞った方がいいとも言える。ただし、売れない代わりに利益率を上げるために1冊の価格がこれまでより2~3割高になるのは避けられないところだろう。
 だが、「一般の人たちには理解が及んでいないのだが」と、くだんの社員が言うには、新刊本の在庫が一掃されるほど取次店が当該新刊本を書店に配本したからといって、それで上出来とならないのが怖いところなんだそうだ。つまり全国の書店に配本されたから、それらが売れるとは限らないからだ。配本されてから6カ月以上過ぎると、それ以降、売れなかった本は徐々に出版社に戻されてきてしまう。そうなるとひとまず売れたとして取次店から払われていた金額を返却しなければならなくなり、在庫が増える、資金繰りが苦しくなるという状況にも陥る可能性があるのだ。
 要するに出版社は1冊の本を刊行すると、およそ1年が経過しないと正確な販売実数は掴めないし、その本によって利益が出たどうかはわからないことになる。出版業というのは、その意味では、収益の結果が出るまでには時間がかかる商売といえそうで、自己資金と回転資金をそれなりに持っていないと、上述したように会社を閉じることになってしまうのだろう。
こうした苦しい状況を少しでも打開するために「出版協力費」を出版希望者に求めることになるのだろうが、これはひとえに執筆者の出方次第で、なんとも不透明感が漂っている。 
 最初から自費出版を刊行の主路線にしている出版社であるなら刊行希望者も端からそのつもりでいるのだから、出版社側もなんら問題ない。だが、これまで「出版協力費」など執筆者に求めてこなかった知人の出版社などは、この話をいきなり持ち出せる相手、これにはいくつかのケースがあるそうだ。
・これまでその執筆者とのつながりがなかった。いわば飛び込み。
・その執筆者とのつながりがあってもその関係が薄い。
・あまり多くの読者を期待できそうもない内容。
・執筆者が最初から一定程度の出版費用負担を申し出る。

 逆に「出版協力費」を求めない執筆者とは、
・執筆者とのつながりが深く、これまでもこの出版社から刊行していて、赤字にならない程度の実績がある。
・執筆者とのつながりが浅くても原稿内容が一定の読者を獲得できると期待できる。
・執筆者自身が刊行した著書を捌ける道筋を持っている。
・執筆者が刊行後、200冊程度を購入する。
・執筆者とつながりのある紹介者の立場を重んじる。
 問題はこれらのいわば中間にいる執筆者で、その場合は基本的には社長にその判断を任せることにしていて、執筆者との面談段階から社長に委ねてしまうとのこと。しかし、どうしても自分が対応しなければならない時は、どのような原稿内容であろうと最初から「出版協力費」を求めることにしているという。無論、「協力費」の価格は社長が決めることになるのだが、結果的には「協力費」に応じる執筆者は6割程度だそうだ。
 この数字の妥当性は判断できないが、お金を出しても自分の著作を作りたいという人がまだそれなりにいることだけは確かなようだ。
 
 こうした会社運営方針の転換は、現在のような出版界の状況ではやむを得ないのかもしれない。
 だが気になるのは、「出版協力費」を捻出できる人はいいが、お金の工面がつかない人は結局、出版を断念するしかなくなるのだろう。ひょっとしたら素晴らしい内容の原稿が、あるいはバカ売れする可能生のある原稿があるかもしれないのに。

(2025.11.20)
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