【コラム】
有閑随感録(80)
女子大学の行方
矢口 英佑
日本に制度として「女子大学」が生まれたのは1945年の敗戦後のことで、日本の女子大学の歴史は80年弱でしかない。戦前にも女子大らしきものはあったが、正式には専門学校だった。もっとも大正時代初期から女子大学設置の動きがなかったわけではないが、男ですら大学に進学する人数が限られていた時代だけに、設置に向けての動きはほとんど相手にされなかったようだ。
しかしその一方で、戦時中の1940年9月に教育審議会が女子大学創設と医学、理学、文学、家政という女子大学での学問領域を定めていた。だが戦況の悪化などによって立ち消えとなって戦後を迎えたのだった。
戦後の女子大学は「戦後の⺠主社会を支える女性の育成」と「女性の特性に即した教育」が教育の柱とされた。ここには1940年の教育審議会での方向性が意識されていたことは間違いなく、学ぶ学問に「男女の役割別観」が入り込み、その結果、女子大学には文学部、家政学部が多く置かれることになったと言えそうだ。
この「男女の役割別観」は「男女雇用機会均等法」などが施行されて性別によって仕事の内容が大きく異なることがなくなってきている現在では考えられないが、女子大学数が伸びていた時期は日本の社会が暗黙のうちに、この男女の役割別を認めていたのだ。それがわかるのは短期大学という二年制の半大学教育機関には家政学部が多かったことだろう。
こうした状況から1950年代後半になると早くも女子大学の教育姿勢に疑問を投げかけて社会人養成を目的としておらず、女性に教養を与えようとしているだけで高級花嫁学校にすぎないという声が大学教師からあがった。また評論家の大宅壮一は家政学は学問でないとして、女性が男女平等を求めるなら家政学などという屈辱的な学科は女子大からなくすべきだと、二人とも当時では非常に強烈な批判を行なっていた。
こうした批判を当の女子大学や短期大学がどう受けとめたのか具体的にはわからないが、1960年代前半の4年間で女子大学が17校も増えた事実を見れば、大宅たちの批判は蹴散らされたとも言えそうだ。しかし、この二人の批判は時代の流れの中で方向性として間違っていなかったことが現在の状況が証明している。
もう1点、短期大学の多くが姿を消し、女子大も消え始めている現状の伏流がやはり1945年を境にして流れ始めていたことだろう。それは女子大学が正式に認可されたのと同時に戦後の新たな大学も出発し、それらの大学の門戸が女性たちにも開かれ、男女共学を当然とした大学教育も始まっていたことである。つまり女性が学べる大学は女子大学だけではなくなっていたのだ。今や首都圏の大学の在学生の男女比率がほぼ拮抗するか、女性が多く占めるような状況になっているのを見れば、この伏流は今や本流になっているとも言えそうである。
大学経営が社会の動きの変化と密接になってきているのも見逃してはならないだろう。遠い昔、大学は「象牙の塔」などと言われて社会と隔絶した存在であったことを考えれば、今や「産学協同」どころか「産主学従」(という言葉があるのか知らないが)となっている。たとえば就職氷河期と呼ばれた1990年代から2000年代にかけては、学生たちは大学は出たけれど就職先が得られない厳しい就職難の時代だった。その当時、女子大学では資格の取れる専門職の学部、学科(栄養学系、保育・教育学系、健康・福祉学系など)設置が盛んになり、女子大学指向が強まった。しかし、2010年代以降、就職状況が改善し、就職状況は売り手市場に転じて、企業側は男子だけでなく女性も積極的に採用するようになった。
こうなると、教員には教員養成のための科目が多くあり、学ぶ側からすれば負担感が大きく、栄養学系も資格試験のハードルの高さなどから、さらに保育や福祉業界の雇用条件の悪さ等々から敬遠されるようになっていった。
これに追い打ちをかけるように、2015年には女性活躍推進法が成立して、女性を積極的に採用し、男性と同等の職務が果たせるように国がバックアップするようになった。
日本の産業構造が大きく変貌している現在、女性も男性と同等の働きができると捉えるのが一般的となり、女性を成長戦略の中核と国が旗を振っているなかで、企業が女子学生の総合職採用を大幅に増やすようになっている。
こうして資格を持つことが就職に必ずしも有利ではなく、大学で総合的な知識を身につけることの方が重要との認識が女子学生やその保護者に浸透してきている。
かくして、2000年以降の25年間で7校の女子大学が募集停止・廃校となっていて、女子大学の共学化では2026年以降で8校が予定されている。
少子化が進み、大学入学者数が確実に減少している時に、その半数にしか入学者希望者への門戸を開かないということは、女子大学経営者はみずからの首をみずから絞めていることになるのだろう。
今後、女子大学が女子大学として存続しうるには大都市圏にあること、すでに大規模大学か、それに近い学生が在籍していること、交通他の立地条件に優れ、多様な文化的刺激を受けられる、といった条件を備えていないと共学の大学に太刀打ちできなくなるのではないだろうか。
もっとも女子大学が共学化に踏み切っても、その後が安泰とは言えないのは言うまでもない。4年制大学の約半数が定員に満たない大学淘汰の時代に突入しているのだから。
元大学教員
(2025.12.20)
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