【コラム】
有閑随感録(85)
神保町地上げ屋騒動?
矢口 英佑
古書店街として知られる神保町がかつて1980年代後半に地上げ屋が跋扈した時期があったことはこの街に長く住む出版関係の長老に聞いたことがあった。なんでもその当時は都心にしては地価が安いと見られていたことからだったという。
古書店はもちろん喫茶店や飲食店など地域の人びとは神保町を守るために横のつながりを強め、地上げに抵抗して闘ったそうである。それだからだろうか5月の三崎神社の夏祭りにはこんなに地域の人がいたのかと思うほど祭りのいでたちの人で溢れ、車の通行を止めて神輿を盛大に担ぎ練り歩くという、最近の都心では珍しい光景が見られた。
とはいえ、この街を歩けばすぐ気がつくのは建物と建物の間が櫛の歯が欠けたように狭い空き地があちらこちらにあり、どこもといっていいほど2〜3台、あるいは5〜6台が利用できる有料駐車場になっている。そのため小さな駐車場に挟まれた小型のビルが自分の存在をアピールするかのように建っている所もあるが、こちらの気のせいか、孤立感が漂っているように見えてしまう。そのビルの持ち主には不動産業者が絶えず売却交渉に押し掛けているのではないのかとついつい邪推してしまう。素人目に見ても、そのビルが解体されて両隣の空き地(駐車場)と合わせれば、それなりの大きさの建築物が建てられるだろうと思えるからだ。
そういえば、桜通り側には一つはかなり大きい9階建のビルが、もう一つは敷地面積はそれほど広くないが11階建のビルが今年中には竣工するという。思い返せば、かつてはそれらの土地には、一つはいくつもの小さなビルが建ち並んでいたし、一つは小さな駐車場だったのだ。
これらの土地状況、建物状況に地上げ屋が絡んでいたという話は聞いていない。それどころか9階建ての大きなビル建設に至るまでには小さなビルの買収に不動産業者は20年を要したというから、悪質な地上げ屋が関わっていたということはなさそうだ。むしろ〝鳴くまで待とうホトトスギ〟の徳川家康方式だったのだろう。
ところがつい最近、時たま行くスナックの横の9階建てのビルとその隣の武具を扱う二階建ての店舗に解体工事をする旨の告示が「日鉄興和不動産」名義で張り出されていた。
そしてその武具屋の隣の古書店のシャッターの柱には、
「集英社林社長強引な建物解体やめてもらいたいです」
「集英社と行政の再開発に住民は苦しんでいます」
「ビル解体で住んでいる家、壊れる可能性 泣く泣く家族共々街を出ていくことに」
「千代田区樋口区長様 集英社のための開発は街から住民がいなくなります」
「東京地検は集英社社百周年神保町三丁目再開発事業を見守り」
「千代田区は再開発と集英社百周年をセットで考えている」
「集英社解体強行 止められるのは樋口区長だけ」
「工事会社の指摘 この九十年の家は長い解体工事に耐えられない」
「NHK様 集英社・行政連合と住民の戦いの現場を取材してください」
「アスベスト被害老朽化ビル」といった、なんとも物騒な心がざわつくような言葉を書きつけた紙が所狭しと貼り付けられていた。この古書店が張り出した文を読むかぎり、「日鉄興和不動産」に所有する店舗を売却していないため、明らかに「地上げ屋の手法」で苦しんでいることが手に取るようにわかる。
地上げ屋の手法には「嫌がらせ」「環境破壊」「危険不安」「住民団結崩し」などがあるそうだが、これらの訴え文を読む限り、すべて「地上げ屋的手法」に当てはまりそうだ。そして、「地上げ屋的手法」の最大の特徴は、本家本元は表面に姿を現さず、名義や会社名を何重にもして、不動産会社や土地開発業者などが交渉にあたる。
ところが、今回の事例では「日鉄興和不動産」が表面に出てきてあれこれ動き回っているという構図でありながら、こんなにも本家本元として集英社の名前が堂々と古書店が張り出した訴えの紙に明記されているのも珍しいのではないだろうか。
この古書店の訴えを集英社は黙殺しているようで、真偽は不明だが、「ビル解体で住んでいる家、壊れる可能性 泣く泣く家族共々街を出ていくことに」「工事会社の指摘 この九十年の家は長い解体工事に耐えられない」という訴えからは、かえって集英社の黙殺が理解できるようにも思える。
日本有数の大規模出版社からすれば家族経営的な弱小書店などモノの数でもないだろう。いずれは呑み込んでしまうのは、金のある奴が勝ちという資本主義経済の典型だが、こうした窮状に行政側も動く気配はないようだ。「千代田区は再開発と集英社百周年をセットで考えている」という言葉がそれを教えている。
この古書店、最近は日中もシャッターを閉めたままだ。解体するビルはアスベストまみれの建物らしいことは「アスベスト被害老朽化ビル」の言葉からわかる。
この古書店は靖国通りに面している。集英社はこの古書店から裏の細い路地を挟んだその奥に大きなビルを構えている。
「集英社のための開発は街から住民がいなくなります」という訴えの真偽はいずれ「時」が教えてくれるに違いない。
それにしても古書店街としての神保町が「時」の経過で、すでに変容し始めていることは事実であり、この古書店の訴えが悲しくも恐ろしい警鐘になっていないことを……。
元大学教員
(2026.6.20)
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