【アフリカ大湖地域の雑草たち】(48)
果物の王様の教え
大賀 敏子
スーパーの特売品・でも美味
バンコクで久しぶりに再会した友人Yにドリアンをもらった。
2025年3月28日のミャンマー地震はタイにも被害をもたらした。「タイは日本と異なり地震がなくて安全だ」と思い込んできただけに、Yを含め多くの人が「ほんとうにこわかった」と言う。そのお見舞いに行ったものだ。
別れ際、アフリカにはないでしょと、Yはお土産にドリアンをくれた。皮をむいた果実4つ、発泡スチロールのトレイにぎっしり詰まっていて、ラップが何重にもかけてある。スーパーの値札と「20%引き」の赤いシールがついたままで、飾らなくて気の置けないYらしい。ありたがく受け取り、それをさらにビニール袋で包み、バッグの底に入れた(写真、ウィキペディアから転写)。

ドリアンは「果物の王様」と言われる。こってりしていて甘い。ビタミン、ミネラル、食物繊維が豊富で、高カロリーだが不飽和脂肪酸を含む。甘いものを食べるなら、ケーキやアイスクリームよりは健康効果も高い。ただ、独特の匂いがあり、しかもそれが強い。
Yと別れ、一人でバスに乗った。運賃徴収に来た車掌の顔が一瞬にして変わった。タイ語はわからないものの、下車を求められていることは理解できた。しまった、ドリアンのことを忘れていた。強い匂いのため公共の乗り物では持ち込み禁止だった。
匂いが充満
そのドリアンをホテル自室の冷蔵庫に入れ、また外出した。夕刻、外から戻って自室のドアを開けると、おや、ほのかに匂いがする。ドリアンだ。冷蔵庫を開けると、ラップはぐるぐる巻きのままなのに、これはもう強烈に匂いが充満している。
気になってChatGPTで調べたら、ドリアンは何日も匂いが残るため、多くのホテルで持ち込み禁止だとのこと。違反したら罰金(1000~5000バーツ(およそ4000~20000円))か、最悪ならチェックアウトさせられる場合も。
そういえば、ドリアンをしのばせたバッグを持ってホテルに戻った時、清掃ワゴンを押すスタッフとすれ違った。
「******」
「******」
言葉はわからないし、仲間同士の会話だから気にも留めなかった。ただ、確かに「ドリアン」という単語は聞こえた。筆者のドリアン持ち込みは、すでにホテルに知られていたわけだ。
脇の甘さにうんざり
その日のうちに食べきるのはムリだ。仕方なく、重ねてChatGPTにバンコクでの処分の仕方を尋ねたら、「捨て方、めちゃくちゃ気をつけた方がいいです!」と、励みになる情報はない。具体的には、
1.絶対にそのままゴミ箱に捨てない! 匂いが強すぎて、周りの人や清掃の人に迷惑をかけます。
2.ホテルの部屋のゴミ箱には捨てない! 部屋に匂いが充満してしまうので、バレたら罰金の可能性も。
3.外の公共ゴミ箱を使うなら、周りに人が少ないタイミングでそっと捨てる 市場周辺やコンビニ(セブンイレブンなど)の外のゴミ箱はOKな場合が多いです。
思えば、チェックイン時、確かに何かにサインした。小さな文字のタイ語と英語がぎっしりで読みもしなかったが、禁煙、キーカードを紛失したら、といったホテルルールへの同意書で、そこにはドリアン持ち込み禁止もあったに違いない。自署した以上ホテルと民事契約が成立しており、それに違反したことは明らかだ。
脇の甘さにうんざりした。
本当に捨てちゃっていいの?
AIは「ドリアン、食べる予定ない感じですか?🥺それとも、ちょっと味見してから捨てる?」とあくまで軽いノリだが、さてどうしよう。外で捨てるにしても、外国人の行動は思いのほか目立つものだし、コソ泥みたいでいつまでも気が休まらない。結局フロントに持参して処分を依頼した。
ホテルのように多くの人が出入りする施設では、笑みをたやさず礼儀正しいフロントラインとは一転し、強面の「トラブル係」が奥に控えているものだ。そのような人が出てきたら、それだけで旅行気分が吹き飛んでしまう。また、罰金ならまだしも、こちらの瑕疵を利用し、弱みに付け込んで「穏便に処理してあげるから、〇〇よこせ」と発展する場合も、どことは言わないが、世界の都市のなかにはある。
実際は、対応したスタッフは満面の笑みでことを収めてくれた。本当に捨てちゃっていいのか―こんなにおいしそうなのに―という顔に見えた。
行動原則はわかっていても
外務省はホームページとメールで海外安全情報を発出し、海外でのトラブルについて知らせ、注意喚起している。先日、「違法薬物(大麻等)の密輸に関する注意喚起」(2025年4月30日付け)が出されたばかりだ。
その内容は、外国で知人に「届け物」や「お土産」を託され、それを持って第三国に入国しようとしたら、意図せずに違法薬物輸入に加担していたというものだ。犯罪組織の関与が伺え、運び先は世界中どこでもありうるという。きっかけは、友人に紹介された、困っている(ように見せかけていた)ところを助けて親しくなった、SNSで応募したアルバイトの関係などだ。
外務省は「見知らぬ人はもちろんのこと、たとえ知り合いであっても、他人の荷物を安易に運ばないでください」と呼びかけている。まったくそのとおりで、自分のものではないもの、出所不明のものを、身近に置いてはならない、近づけてはならない。これは安全対策の初歩の初歩だ。
ドリアンの所持は違法ではないもののトラブルのタネにはなりうる。こう思って改めて外務省の注意喚起を見なおすと、これまでは自分のこととして深く考えず、見過ごしてきた意味合いが浮かんできた。
ホテルルールを読まずにサインしてしまったが、きちんと読んでいたとしたらどうだろう。たとえそうであっても、Yのドリアンを受け取り、平気で持ち込んだような気がする。つまり、Yの満面の笑み、人の好さとやさしさを前にしたら、サインしたことは簡単に頭から抜けてしまっていたのではないか。
行動原則を知っていることと、実行できるかどうかは別だ。
アフリカ人の人身売買
少なからぬアフリカ人がタイへ渡航し、トラブルに巻き込まれているという。観光旅行なら問題ない。問題は、働くつもりで行き、人身売買(human trafficking)の被害者になってしまうことだ。

公けになっている情報をまとめるとこうだ。通訳、英語の教師といった高収入、かつ、スマートなアルバイト斡旋を偽った求人広告に応じ、業者に手数料を払って、タイに渡る。バンコクに到着すると、タイ北部メーソット(Mae Sot)からミャンマーに密入国させられ、そこにあるサイバー詐欺の拠点で働かされる。あたりは反政府勢力の支配地域で、ヤンゴン政府(2021年のクーデター政権)の統治が届いていない。労働環境、生活環境は非人道的だ。事件が知られるようになったのは2022年ころからで、これまで救出されたケニア人は120人超だ(地図、ウィキペディアから転写)。
学歴があっても国内に仕事がないため、お金にさえなればと海外で働きたいと希望する人は多い。以前は欧米か中東が主な行先だったが、最近はタイを含めアジアが多い。ほとんどは若者で、働いて身を立てたい、一日も早く親を安心させたいという動機はまったく健全だ。
ケニア政府は、偽りの求人情報に騙されぬよう、慎重に確認してから行動せよと呼びかけている。
一瞬先はわからぬ
法の一線を超えるとは、加害者になるにせよ、被害者になるにせよ、どこかの性悪な人や不注意な人のことで、自分には関係ないこと、ありえないことと思っていた。しかし、実際はどうだろうか。トラブルのきっかけのほとんどは、そのつもりがまったくなく、それどころか、ときには善意の場合さえあって、そうであるからこそ危険な落とし穴なのではないか。
慎重になってなりすぎることはない。ドリアンの一件は、そんなレッスンを肝に銘じることとなった。
(ナイロビ在住)
(2025.5.20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
最新号トップ/掲載号トップ/直前のページへ戻る/[[ページのトップ>