【視点】

歴史は繰り返される

山崎 洋(在ベオグラード)

 このところ、一時帰国のたびに京都で話をする機会があった。最初は2023年、本誌にも広告を掲載させていただいている拙著『山崎洋仕事集』の出版記念会で、毎年恒例の徳勝寺での詩人の集まりだった。次は翌2024年で、京大に近いキッチン・ハリーナというレストランでさまざまな分野の研究者や知人を前に、本稿の表題となった「歴史は繰り返される」という言葉について話をした。そして2025年には、ノーベル賞受賞に沸く京大で、一、二回生の授業の一環として、「歴史は書き換えられる」という題で講演させていただいた。このテーマについては次稿で論じたいと思う。

 初めにお断りしておくが、私は歴史の専門家ではなく、国際政治の評論家でもない。1963年、大学を卒業してすぐユーゴスラビアに留学し、ベオグラード大学で社会主義の新しいタイプとして注目されていた労働者自主管理の理念と制度を研究した。そのまま現地に残り、翻訳者・通訳として活動しながら90年代の不幸な内戦による連邦の解体と社会主義体制の崩壊を目撃した。ベオグラードで60年以上を過ごしたことになる。初めはユーゴスラビア社会主義連邦共和国という国だったが、その後、ユーゴスラビア連邦、セルビア・モンテネグロ、そして現在のセルビア共和国と国名が変わった。自慢ではないが、家から一歩も出ずに四つの国を見てきた日本人は、あまりいないのではないか。そういう人間として、以下に論じる歴史的事象について、いわゆる「専門家」や「評論家」の分析や「主要メディア」の論説を見るにつけ、考えさせられることが少なくなかった。

 表題の「歴史は繰り返される」はギリシャ・ローマ時代からの古い標語で、普通は「歴史は繰り返す」と訳されている。けれども、「繰り返す」を自動詞みたいに使うのがどうも馴染まない。辞書にも他動詞と書いてある。本来は「歴史は自らを繰り返す」ということだが、日本語には再帰動詞がない。そこで、言い換えてみたのである。
 人類の長い歴史を見てくると、王朝の繁栄と滅亡とか、無益な戦争とか、疫病とか、似たような事件が繰り返されている。受動態にすると、それでは歴史を繰り返す主体はなにかという問題にぶつかる。歴史自身か、それとも神か、天命か、自然現象か。多くの場合、それは人間であり、歴史から学ぶことなく過ちを繰り返す我々なのだ。
 時間軸に沿ってだけでなく、現代世界を同時的に見ても、似たような事件が次々と進行している。しかし、それに対するいわゆる「国際社会」の対応や歴史研究家や国際情勢分析家といった「専門家」の説明は、事件ごとに異なっているような気がする。歴史は繰り返されなくなってしまったのだろうか。歴史的事象は、異なった時に、異なった場所で、異なった人たちによって引き起こされるとすれば、「事情が違うので比較できない」と言うのは簡単だ。異なった事象を「繰り返し」とみるためには、なんらかの基準が必要だろう。
 私が念頭に置いているのは、①コソボ問題、すなわち北大西洋条約機構(NATO)によるセルビア共和国侵攻、②ウクライナ問題、またはロシアによるウクライナ侵攻、そして、③パレスチナ問題、具体的には今回のイスラエルによるパレスチナ・ガザ地区侵攻という三つの事件である。三つの事件は、長い歴史の流れの中では、ほぼ同時に起こったと言えるだろう。これらを比較検討することで、「歴史は繰り返される」という言葉がどれほど有効かを見てみたい。

 第一の「コソボ問題」は、セルビア共和国という主権国家で、南部コソボ・メトヒア自治州のアルバニア系少数民族の一部が武装反乱を起こし、これを鎮圧しようとしたセルビアに対し、外国が反乱を支援する形で武力侵攻した事件である。その結果、一国の主権と領土保全が侵害された。少数民族の母国アルバニアは反乱軍に対し領土の利用や武器の提供などで支援したが、ホジャ独裁体制の崩壊で混乱しており、正規軍がセルビア領内に入る力はなかった。したがって、反乱を使嗾したのは少数民族の母国ではなかったと考えられる。外国の武力行使は国連の決議に基づかない点で、侵略とみなされる。アメリカは当初、反乱軍をテロ組織に認定していた。アルバニア系住民の多くはセルビア共和国からの独立を求める戦いで、いわば影の政府を組織して活動する「非暴力無抵抗」に傾いていたが、反乱軍はこれを認めず、武力闘争に反対するアルバニア人をもテロの標的にしていたからである。しかし、アメリカは、セルビアによるテロ掃討作戦の論拠を奪うために、テロ組織の認定を取り消し、「コソボ解放軍」として認知した。アメリカやイギリスやドイツは、少数民族の権利が侵害され、人道上の危機になっているという理由で武力行使を正当化している。歴史的にみると、コソボ地方は、中世セルビア王国の時代の後、オスマン・トルコ帝国の支配下にあり、20世紀初頭にセルビア王国に再統合される。第二次大戦中の一時期、ファシズムのイタリアとナチス・ドイツの占領下に大アルバニアの一部になったことはあっても、アルバニア人の独立国家であったことはない。
 米国主導のNATO軍は1999年3月24日、セルビアの700倍といわれる圧倒的な軍事力を用いて78日間にわたる空爆を実施し、停戦協定に基づいてコソボ自治州に進駐する。セルビア側は国連安保理決議1244でコソボ地方に対する主権と領土保全を認められたことで、辛うじて面目を保った。コソボの完全非武装化が定められ、セルビア共和国軍・警察は一旦、撤退するが、停戦協定では、治安維持のため、1000人規模のセルビア警察の再派遣が認められていた。だが、欧米はこれを無視してコソボにアルバニア人テロリストを主体とする傀儡政権を作り、2008年には独立国家としてこれを承認する。
 セルビアは事件当時、モンテネグロとともにユーゴスラビアの継承権を主張して、新ユーゴと呼ばれたユーゴスラビア連邦を形成していた。したがって、攻撃はモンテネグロにも及んだ。新ユーゴは、NATO空爆後、セルビア・モンテネグロと名を変えて存続を図るが、2006年のモンテネグロ独立により、セルビア共和国とモンテネグロ共和国とに解体される。ユーゴスラビアの終焉である。モンテネグロは、セルビアと並んで、第一次大戦の結果成立したユーゴスラビア王国以前に、国際的に承認された独立の王国であった。したがって、国民投票によるその独立は、なんら問題がないようにみえる。ただ「国際社会」の提案した、有権者の過半数の投票と有効投票の55%の賛成という条件には、首を傾げさせられるものがあった。55%という見慣れない数字は、国民投票実施の賛成派と反対派の妥協の産物という説明だった。結果をみると、投票率86%はともかく、賛成55.5%というのは、話がうますぎるのではないか。その際、旧ユーゴ地域に住むモンテネグロ人には投票権が認められず、欧州連合や米国への移住者には投票権があった。
 コソボ独立は、90年代初に始まるユーゴ社会主義連邦共和国の解体過程の「最終章」を成すものであった。とはいっても、この過程は実はまだ終了していない。内戦を前に在ユーゴ・ドイツ大使はセルビアについて、イスラム教徒の多いサンジャク地方と北部のボイボディナ自治州の分離独立をも予告していたが、これは実現していない。どちらの地方でも分離派への支援は水面下で続けられているが、目立った成果はないようである。欧米が期待したコソボ共和国の国連加盟は、独立承認国の数が加盟に必要な総会の三分の二をはるかに下回り、実現されなかった。欧州連合(EU)加盟国でも、5か国が未承認である。欧州評議会、国際刑事警察機構(INTERPOL)、国連教育科学文化機構(UNESCO)などへの加盟運動も成功していない。コソボ共和国は、完全な独立国とはいえないのである。旧ユーゴ地域ではセルビア共和国は最大の人口と領土を有し、バルカン半島の中心に位置し、国連制裁やNATO空爆で壊滅的な打撃を受けたにもかかわらず経済的に復興し、コソボの独立を認めず、NATOに加盟せず、ロシアや中国とも良好な関係を保ち、西バルカンでの影響力を高め、さらにはその主権主義的な政治によってEU内で主権主義的な立場を示すハンガリーやスロバキアとの関係も強めている。それゆえ、いわゆる「国際社会」によるセルビア共和国に対する政治的介入の試みや外交圧力は今も続いているのである。
 チトーのユーゴスラビア社会主義連邦共和国の解体によって、セルビア民族の三割が新たに独立した国々に残ることになった。そうした人々に対する民族浄化の試みは今も後を絶たない。スロベニアでは、セルビア人には少数民族としての地位も権利も認められていない。クロアチアでは数度の掃討作戦で、総人口の12%を占め、共和国構成民族だったセルビア系住民は、少数民族どころか統計上の誤差(3.5%)に限りなく近づいている。ナチス・ドイツ占領時代にセルビア人の大量虐殺を主導した過激な民族主義勢力ウスタシャのU字記章やスローガン「祖国のために」「セルビア人を柳に吊るせ」「セルビア人を殺せ、殺せ」が復活している。地方によってはセルビア語のキリル文字の書かれた墓碑の撤去まで進められている。ボスニア・ヘルツェゴビナでは、内戦の結果としてデイトン和平で認められた「セルビア人共和国」の権限をイスラム系ボシュニャク人主導の中央政府に移す活動が続いている。ドイツから派遣された上級国際代表が、自分の命令に従わない者は刑事訴訟の対象になるとの規定を、議会の承認なく刑法に持ち込み、それに基づき、セルビア人共和国の国有地の管理を中央の権限に移す決定に反対したセルビア人共和国大統領が訴追され、解任される事件まで起こった。さらに、ドイツの提案で、内戦中に起きたセルビア人勢力による捕虜の大量殺戮事件、いわゆるスレブレニツァ事件をジェノサイド(集団殺戮)として非難する決議が、国連総会で、賛成84、反対19で採択される。BBC放送の報道には、棄権68、欠席22の数字が落ちていた。トランプ演説の改ざん事件でBBCの編集技術の「高さ」は証明済みだが、国連加盟国の大半が賛成投票をためらったのには、それなりの理由があったはずである。それは提案国と欧米諸国にとって、都合の悪い事実だった。決議案には明記されていないが、それによってセルビア人にジェノサイド民族の烙印を捺し、あわよくばセルビア共和国から戦争賠償を取ろうという目論見だそうだ。独立したモンテネグロでは、国民の大半が話すセルビア語が公用語でなくなり、道路標識や役所の看板からキリル文字が消え、セルビア人を称する者は公務につけない状態が続いた。政府が非セルビア化の最後の一歩として計画した、セルビア正教会を廃止してモンテネグロ正教会を公認する試みが住民の抵抗で破綻し、セルビア人の代表を含む新政権が誕生したが、メディアなどでのセルビア攻撃はなくなっていない。北マケドニアでは、つい最近の選挙で主権主義政党が勝利して、ようやくセルビア系少数民族の代表が入閣を果たした。自由と民主主義を謳うそれまでの与党にセルビア人を登用する勇気がなかったのは、皮肉なことである。EU加盟交渉の開始のためには国名まで変える「勇気」があったのに。非武装化されたはずのコソボでは、「報復」の名のもとにセルビア系住民の虐殺、拉致、追放が行われ、臓器販売の疑惑まである。財産が不法に没収される。残してきた土地や家屋が気がかりで、様子を見に避難先から戻ってきたセルビア系住民は「戦争犯罪」容疑で起訴される。証拠はない。新たな所有者が証人となる。これは難民の帰還を阻む有効な手法として、クロアチアで実証済みのやり方だ。
 このように、「最終章」といっても、実際はただ、NATOが新たな軍事行動を起こす可能性がミニマムになったという意味である。アメリカの政権交代とドイツ経済の停滞により、軍事力の行使は当面、延期されたと考えてもよさそうだ。

 第二の事件、ロシアによるウクライナへの軍事進攻は2022年2月24日に起きた。この戦争について著者は、同年5月20日付の本誌に「セルビアから見たウクライナ戦争」と題する一文を寄せ、ユーゴ紛争との「偶然とはいえない」類似点を指摘しておいた。紛争当事者をあらかじめ「白」と「黒」に分け、異論をすべて宣伝として片付ける手法、戦争被害の自作自演、ネオナチと呼ばれる過激な民族主義集団の登場など。「黒」とされたセルビアのミロシェビッチ大統領とロシアのプーチン大統領が「吸血鬼」「殺し屋」というまったく同じ名称を冠せられているのも不思議なことである。その記事から3年半が経つが、この戦争は実質的には米露による第三次大戦だという論旨は、残念なことに、いまだ有効のように思われる。米国のトランプ大統領は、ウクライナ戦争を「バイデンの戦争」と呼び、間接的にこれがアメリカの戦争であったことを認め、ロシアのプーチン大統領との直接のディールで紛争の早期解決を図ろうとした。だが、周囲はそれを許さず、対ロ制裁の強化やウクライナへの軍事援助の再開へと向かいつつある。制裁は武力を用いない戦争である。かつてテレビのリアリティー・ショーの司会者として人気を博したトランプ氏は、力の誇示を好む性向がある。二頭の巨象が争えば、足元の草が踏みにじられる。セルビアのような小国がとばっちりを食うのだ。海のない内陸国は、石油は他国の領土を通るパイプラインで供給される。制裁で栓が閉じられれば、経済は破綻する。
 ロシア軍はウクライナに対して宣戦布告を行わず、特別軍事作戦と称し、首都を占拠して親ロ派の傀儡政権を樹立するつもりだったようだ。2014年のいわゆる「マイダン革命」で追放された親ロ派の復権のようなことを考えていたのかもしれない。そうなれば、ロシアとウクライナがドイツとフランスの仲介で2015年に結んだ「ミンスク合意」の完全履行により、ウクライナ東部のロシア人居住地域の安全が保障されるだろう。ロシア黒海艦隊の拠点であるクリミア半島の事実上の支配が最低条件だった。しかし、短期決戦は失敗した。NATOのストルテンブルグ事務総長(当時)がNHKのインタビューで述べたように、NATO加盟国は長年、装備、訓練、指揮に関してウクライナを支援してきたからである。「ミンスク合意」は、交渉を仲介したドイツのメルケル元首相によれば、そのための時間稼ぎだったという。ロシアはその効果を過小評価していた。今では、ウクライナ領内で特にロシア系住民の多い東部地域の「解放」を目指している。占領地区の住民投票を実施し、ロシア領に編入した。
 こうしてみると、ウクライナ問題は、ウクライナという国連加盟国で少数民族が反乱を起こし、これを少数民族の母国であるロシアが支援し、一国の主権と領土保全が侵害された事件である。国連安保理の決議に基づかない武力行使である点も、コソボ問題と同じだといえる。ロシアもまた、コソボ問題における欧米諸国のように、少数民族の権利が侵害され、人道上の危機になっているという理由で、武力行使を正当化している。ただ、それだけでなく、ウクライナがNATOに加盟することでロシアの安全が直接、脅かされるという、もっと深刻な理由も持ち出している。侵攻に先立ち、アメリカ政府に対し、「NATOの東方拡大策の停止」を繰り返し求めていた。答えは常に「ノー」であった。アメリカは逆に、ウクライナへの軍事支援により事実上の紛争当事者になる。この点も、コソボ問題との類似点といえるだろう。歴史的にみると、キエフ公国がロシア国家の起源であるとかウクライナの独立がいつ、どうやってなされたかといった議論はともかく、紛争地点となったドンバス地方やクリミア半島が革命まではロシア帝国領だったことは事実で、そのウクライナへの帰属が、ソ連時代に、独裁者の意向により、住民の意志を問うことなく決定されたことが問題を複雑にしているように思われる。ただし、そこに引かれた境界線は、ソ連解体まではいわば州境であり、国際的な国境ではなかったから、独裁者の署名が住民の生活に与えた衝撃はそれほど大きくなかったのかもしれない。
 コソボとウクライナの共通点として、少数民族の問題がある。すでに1975年のヘルシンキ宣言で、欧州の安全保障のために、合意なくして国境を変更してはならず、国境の外に母国を持つ民族集団、つまり少数民族には自決権が認められないことが定められていた。引き換えに、民族語による教育、民族文化、宗教などの権利が保障される。こうした権利が脅かされ、人道上の危機になっているというのが、外国による軍事介入の理由になった。だれが、どのように事実関係の確認を行い、独立や失地回復、母国復帰を主張する少数民族の運動の正統性を認定するのか。NATO空爆の主導者の一人、イギリスのブレア首相は、空爆は国際法違反ではないかと問われ、「我々が定めたものが国際法である」と明言した。その「我々」は、コソボについては、アルバニア系少数民族の自治権が奪われ、アルバニア語による教育が禁止され、アルバニア系住民は職場を追われているとして、セルビアとミロシェビッチ大統領を非難した。だが、ウクライナについては、同じ「我々」は、ロシア語が公用語の地位を奪われ、ロシア正教会が敵性教会として弾圧され、東部ドンバス地方のロシア系住民が日常的にウクライナ民兵の攻撃に曝されている事実を認めず、ロシアとプーチン大統領にすべての罪を負わせたのである。
 本稿執筆中に、トランプ大統領が28項目から成るウクライナ和平案を示したというニュースが入った。欧米のメディアからは早速、「ロシア寄り」とのコメントが出ている。アメリカやEUの好戦派の気に入らないのであろう。それだけ、和平実現の可能性が高いということか。フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長は、ウクライナに領土的譲歩を迫るトランプ大統領の和平案を批判し、「力で国境を変えることはできない」と述べたが、ロシア外務省のザハロワ報道官は、「彼女はコソボ問題について聞いたことがなかったのかしら」と皮肉った。フォン・デア・ライエンもまた、「事情が違うから一緒にできない」と言うのだろうか。事情とは、「我々」が認定した、先に述べたミロシェビッチの三つの罪を言うらしい。NATO占領下のコソボで、1999年以後に起きたセルビア系住民に対する民族浄化を正当化する人も、疑問視する人も、ミロシェビッチがこんなことをしたから、という点では一致している。「だから仕方がない」か「それにしてもひどい」かの違いで、結局はコソボ独立の現状を受け入れる点は変わらない。いわゆる「国際社会」は、コソボ問題が自決権のない自決のケースであることを認める場合にも、「暴力的な抵抗を招くことなくセルビアとの再統合はできない」という「現実主義」を取る。暴力を是認し空爆によって支持したのはだれだったのか、それは棚に上げておく。これについては、次回の「歴史は書き換えられる」で今一度、触れたい。いわゆる「ミロシェビッチの原罪」はまさに「書き換え」の好例だからである。

 それでは、第三のパレスチナ問題はどうだろうか。2023年10月7日に起こった、パレスチナ・ガザ地区を統治するイスラム抵抗運動ハマスによるイスラエル領内への奇襲攻撃を契機に、イスラエル軍がガザ地区へ侵攻した事件である。ハマスによる攻撃の死者は1000人を超え、240人が人質としてガザ地区に拉致されたという。イスラエルは直ちに宣戦布告をして戦闘に突入する。これについては、私には分からない点がいくつかある。最強といわれるイスラエルの諜報機関モサドが攻撃を予知できなかったのはなぜか。人質解放交渉に時間を割かず、軍の準備期間もなく、直ちに戦闘に突入したのはなぜか。イスラエルもパレスチナも国家として相互承認していないのに、「宣戦布告」というのも不思議である。イスラエルは国連加盟国で、パレスチナも国連加盟国150か国以上の承認を得て国連にオブザーバーの資格で参加しているので、少数民族の自決権の問題ではない。その点、コソボ問題やウクライナ問題とは異なる。イスラエルのガザ地区侵攻が国連安保理の承認を得ない武力行使であること、アメリカが紛争当事者になっていることは、他の二つのケースと共通である。イスラエルがハマスをテロリストと定義し、その殲滅を将来の安全保障の問題として位置付けている点、ロシアがウクライナ侵攻に際して、ネオナチの殲滅を目標の一つに掲げていることと似ている。ただ、ガザ地区の、曲がりなりにも選挙で選ばれた正統政府の治安部門はテロ組織だが、コソボでは、少数の、自民族の支持もろくになかったアルバニア人武装集団はテロリストではなく、ドイツが提供した制服を着ておれば「コソボ解放軍」という軍隊で、支援すべきだという論理は、欧米諸国の「二重基準」、「二枚舌」の典型として考慮すべき点であろう。ここは、パレスチナ問題とコソボ問題の大きな違いである。歴史的背景については、紀元前の聖典における神の啓示の是非を論じることは意味がないので、それは措くとして、パレスチナにおけるユダヤ人国家の建設のそもそもの初めから、この地域におけ紛争は絶えることがなかったという事実は認識しておくべきであろう。
 私がユーゴスラビア留学当時、ベオグラードの語学学校で机を並べていた二人のパレスチナ人留学生は、自分たちは数世代にわたり難民生活を強いられており、パレスチナ人として生きるためには教育が基礎であると考えて仮設の校舎で必死に勉強してきた。ユーゴで学んだ知識を祖国の解放に役立てたい、と言っていた。二人が度重なる紛争を経て、今も生きているかどうかは疑問だが、「パレスチナ人として生きたい」という彼らの願いが実現しておらず、国連安保理で採択されたトランプ大統領の和平案では決して実現しないだろうことは疑いの余地がない。

 こうして三つの事件を比較してみると、国際法に関わる部分は、ある程度、共通だが、歴史的背景は異なると言えるだろう。専門家を称する人たちは、事情が異なるので一緒にはできないと言って、比較分析を拒否する。表面に出ているかいないかは別に、常にひとつの超大国の名前が絡んでいることも、大学などに籍を置く研究者が尻込みする理由のひとつかもしれない。
 専門家だけではない。国際機関も同じである。例えば、国際刑事裁判所は、ウクライナの戦場に残された数千人の子供をロシアが領内の安全な地域に連れ去ったことが戦争犯罪だとして、直ちにプーチン大統領を起訴したが、ガザ地区については数千人の子供が殺戮されても、長い間、眉一つ動かさなかった。私のように、セルビアから旧ユーゴ国際戦争犯罪法廷の活動を見てきた者にとっては、あらかじめ「白」と「黒」とを分けて考える最近の欧米的思考の表れとみて、またか、ということになる。ロシアは「黒」で、イスラエルは「白」なのだ。国際原子力機関(IAEA)も同様で、ウクライナのザポリージャ原発がロシア軍の手に落ち、その後、原発に対する攻撃が繰り返されたが、犯人の特定を避け、双方に自制を呼びかけるだけであった。ロシアを非難しないことで、だれが攻撃したかを推測させるという方法では、攻撃を停止させる効果はない。敵の進撃を阻止するために橋を落とす、ダムを爆破するというのは、自国民を犠牲にしても、戦争犯罪にはならないようだが、影響が地球全体に及ぶ核施設は別ではないか。イランを非難することでイスラエルとアメリカに核施設爆撃の口実を与えたことも、IAEAへの信頼を揺るがせる出来事だった。
 主要メディアの論評にも、同じ問題がみられる。ロシアのウクライナ侵攻を論じて2022年2月3日付の朝日新聞の社説が「第二次大戦後の世界秩序を揺るがす暴挙である」と書いているが、セルビアに対するNATO空爆やコソボの独立強行については同じような台詞が使われた様子はない。セルビアはあまりにも小さく、世界秩序とは関係がないと言いたいのだろうか。セルビアの自業自得と考えているのだろうか。
 文書化された国際法、例えば国連憲章や多数の国際条約の適用基準が国の大小や影響力の強弱によって常に動揺するならば、「世界秩序」という言葉は成立しない。上記の三つの事件に共通する問題はそこにある。それを許す人間の愚かさが、同時的にも、「歴史は繰り返される」という命題を成立させるのではないだろうか。
 ただ、人道上の悲惨さは、パレスチナが抜きん出ていて、コソボ問題はもちろん、ウクライナ問題とも比較できない。一方で爆弾をばらまき、他方で人道援助物資をばらまく。「二枚舌」を超えた「二重人格」。言葉を失うほかはない。

 以上、「歴史は繰り返される」という言葉について、コソボ問題、ウクライナ問題、パレスチナ問題という三つの戦争を取り上げて、比較してみた。基準を設けて分析してみると、いわゆる「専門家」や主要メディアが「事情が違うので一緒にはできない」として避けている比較分析が可能なばかりでなく、問題の理解に有益なことも分かってくる。ただ、戦争はこれだけではなく、アフリカ諸国などでは、じゅうぶんに報道されないだけで、悲惨な状況が続いているし、最近でも、核保有国のインドとパキスタンの衝突、タイとカンボジアの国境紛争など、事件は後を絶たない。徐々に日本に近づいてきているようにも見える。その日本でも、「核武装は安上がりだ」と主張する党が支持を伸ばし、台湾海峡有事の際には日本が軍事介入するという国会答弁が新首相の口から出る。「歴史が繰り返されない」ように、過ちを繰り返さないことを、真剣に考える時だと思う。

(2025.12.20)
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